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第(1/7)話: 狼たちの宴

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クロスボーンズグレイブヤード
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第(1/7)話: 狼たちの宴

ミスター・ドゥプリュ曰く「人生とは夢のまた夢」らしいけど、
当時はそんな事を理解できる年齢じゃなかった。

あの日、僕はひたすらにドゥプリュ氏の手を握り締めていたんだ。

「でも、今は夢じゃないよ。僕も、ドゥプリュさんも、現実だよ」

おお!何と無邪気な反応だろう!
今考えても、この時のドゥプリュ氏の受け答えは完璧だった。

「そうだなユスフ。だが、いずれそうなる」

記憶も夢も変わらない。現実以外は幻に過ぎない。
でも、だからこそ夢を見る。

そして朝を迎えたら、一番大切な今と向き合うんだ。



「いい加減、起きなさいユスフ!」

怒鳴り声で目を覚ます。
母さんは僕のベッドから毛布を剥いで蹴飛ばした。そうでもないと僕は起きない。

「遅刻するぞ、早くしろ」

新聞を読んでいる父が紙面から目を離さずに恫喝する。
僕はまだ夢の中にいて、その内容を覚えていたいのに皆がバタバタ動くので忘れてしまう。

「いいんじゃない、別に」

姉のヨルゲンが歯を磨きながら言う。

少し前までズボラだったのに、最近になってお洒落に目覚め毎朝鏡ばかり見ている。
眉毛を全部剃るのが流行りなのよ、と僕の顔まで剃ろうとして昨日は親に怒られた。

「うす」

言葉少なに頭を撫でて通りすぎたのが兄のヒョードル。

《野郎ども》の仲間の印、腕のドクロを見せつけようとどんな服でも袖を破る。
いつかお前も仲間にしてやる、もう少し大きくなったらな、が口癖だ。

僕は黙って食卓につき、牛乳をたっぷりかけたフレークを食べた。
お腹が満たされると、夜に見た夢のことなんか吹っ飛んでしまう。

「行ってきます!」



日曜日、いつものように近所の人のお手伝いに出かける。

下半身が動かないドゥプリュさんの身の回りをお世話するのだ。
・・・と言っても僕は殆んどお喋りをしていただけだけど。

唇を大きく開けて、歯肉で笑うドゥプリュさんが好きだった。

「お早うございますコンラッドさん」

扉を開けると割烹着姿のコンラッドさんが出迎える。
土地の人ではないコンラッドさんに陰口を叩く人もいたけれど間違っている。

彼女がササッと作る青菜の炒め物は絶品だった。

「それはね、隠し味にお酒を入れているからよ」

それを聞いて大人の階段を登った気分になったものだ。

「やあ、坊主」

ドゥプリュさんは今日もすこぶる機嫌が良い。
人懐っこい笑みを浮かべて手招きしている。

「今日は取って置きの話をしてあげよう。今度は私が君に語る番だ」

それまで僕は気付きもしなかったのだけれど、
ドゥプリュさんが話を聞きたがるのは外の世界のあれこれを知りたかったからだろう。

そして、どんな人にも過去はある。

「そこの棚にある本を見てくれ。左側だ。焦げ茶色の背表紙の・・・そう、それだ」

それは使い古された日記帳だった。
開くといきなり挟まっていたものが落ちる。

一枚は軍服姿でにこやかに笑う数人の男のモノクロ写真。
もう一枚はスタジオで撮られたと覚しき女の人の写真だ。

「私にも若かった頃があってな。今のように平和な時代ではなかった。
・・・戦争じゃよ。ある日突然、何の前触れもなしに奴らが攻めてきて、全てが終わった」

ドゥプリュさんの話に呼応するように、部屋がひとしきりガタガタと揺れた。

最初は地震かと思ったが違ったようだ。

「ちょっと待ってドゥプリュさん」

窓を開けて外を見る。快晴だ。
何も変わったところはない。

「何だったんだろう・・・どうぞ話を続けて下さい」

当のドゥプリュさんまでもがさっきの揺れに動揺し、眼球をぐりぐり動かしている。
額には脂汗が溜まっていた。

「最初は空爆だった」

ひゅううん、と空をつん裂く音がして立ち上がる。
飛行機雲が一筋の線を描く。

次の瞬間、その先にある公民館が爆発した。

「うわっ!」

ガシャン!と冷たい窓ガラスが割れて降ってくる。
本棚からあらゆるジャンルの書籍がベッドに散らばった。

「ミスター・ドゥプリュ!大丈夫ですか!ミスター・ドゥプリュ!」

コンラッドさんが慌ててキッチンから駆けつける。

「コンラッドさん!何が起きたの?」

答えたのは彼女ではなく、町に点在するスピーカーから溢れる低い男の声だった。

『あ、あ』

声が割れている。

『これより、粛清を始める』

顔の見えない男たちは、割れた窓の四角い縁を乗り越えてやってきた。
黒ずくめで武装している。

そのうちの一人が何かを言おうとしたドゥプリュさんを銃剣の持ち手で強く打ち付け、気絶させた。
僕は固まってしまい動くことができない。

コンラッドさんの身体を嘗め回すように見る男の目。
彼女は顎を触られた瞬間、逃げ出した。

『追え』

僕は首根っこを掴まれて移動させられる。
男たちに慈悲はない。

途中、包丁で対抗するコンラッドさんの姿が見えた。
続いて、獣のような叫び声。

『大丈夫だ、安心しろ』

そのまま外に出る。
町全体が焦げ臭い。

覆面を脱いだ青い目の男に肩を揉まれた。

『大人しくしていれば問題ない』

大丈夫なものか。

ドゥプリュさんは何もしていないのに殴られた。
コンラッドさんは獣になってしまった。

「ドゥプリュさんは・・・」

後ろを振り向いてぞっとする。

バルコニーが燃えていた。
火の粉が散って僕らの顔に降りかかる。

『来い』



最悪なのは、家族の最期を目撃したってことだ。

僕は奴らのジープに載せられて町の様子をまざまざと見せられた。
粛清には時間が掛かり、通りの角を曲がる度にジープは停まる。

「んだよ!ざけんな!」

家からまず出てきたのは姉のヨルゲン。

暴れている。

腕を掴んでいた黒ずくめの顔に唾を吐きかけたのを見た時は、思わず応援したくなった。

でもすぐに不安になる。
そんなことをしてタダで済むはずがない。

「駄目だよヨルゲン!」

姉が気付いてこちらを向く。

「ユスフ!あんた・・・」

隣の男がヨルゲンを突き飛ばし、そのまま顔面に銃弾を埋め込んだ。

パラパラパラ!

手入れされた顔が台無しになる。
僕はあまりの光景に目を瞑った。

『見ろ。もう一人出てくるぞ』

半裸になった兄のヒョードル。
両手をあげて降参のポーズ。

自慢のスキンヘッドからは血が滴っている。

「ぐっ」

角材で殴られて膝をつく。

「殺せ・・・覚悟はできてる」

だがその目はハッキリと敵を睨み付けていた。

『馬鹿だなあ、あんちゃん』

ガラガラ声の角材男が兄の前に回り込んで頭をどつく。

『せっかく親にもらった命なんだ。粗末にしちゃいけねえよ』

そういえば、まだ両親を見ていない。
押し入れにでも隠れているのだと思いたい。

『服を脱げ』

およそ信じがたい命令だ。

兄は奴らが本気だということを知っていて、ズボンを下ろした。

『ふん、みっともない姿だな、まったく!』

戦争において最も有効に相手の意志を砕く方法は、いつの世だって裸に剥くことだった。
戦意を喪失した敵はもはや敵ではない。

『裸じゃ可哀想だから、いいものをあげよう』

兄の手足に填められる枷。
・・・太い鎖が付いていた。

『連行しろ!』

後にはヨルゲンの、無惨な死体が残される。



目を覚ました時には既にジープの中ではなかった。

賑やかな楽器の音がする。

「夢・・・?」

素足で絨毯の上を歩く。音に導かれるようにして扉を開くと、禍々しい光景が目に飛び込んできた。

『ケルビン!おいケルビン!』

その部屋で行われていたのはまさに、酒池肉林の大騒ぎ。
樽酒がいくつも並び、一糸纏わぬ裸の女たちが踊らされている。

『ケルビン、起きろ!』

飲んだくれて椅子で寝ていた男の一人が目を開けた。
その青い目には見覚えがある。

僕を拉致した張本人だ。

『やあ、小僧』

いやらしくニタリと笑う。

『そんなところで突っ立ってないで、こっちに来たらどうだ?』

従うと、身体をぴったり擦り寄せてきた。

『一緒に楽しもうじゃないか』

ねちょねちょとした舌が僕の唇を抉じ開ける。

気持ち悪い!

でもガクガク震えて抵抗できない。

『海の向こうじゃ、もっと楽しいことが待ってるぜ』

熱い涙が頬を伝い、己の運命を初めて呪った夜だった。

【つづく】

次回予告!

少年は海を渡り、違う世界に住む少女と出会う。
少女は成長し、世界を変える決意をする。

悲惨な世界のボーイ・ミーツ・ガール!

次回『コペルニクスの憂鬱』・・・乞う!ご期待ッ!
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