森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

文字の大きさ
上 下
76 / 94
番外編

花模様(2)

しおりを挟む
  カリムには、リルとゼンに隠していた事があった。
  それを告白しようと、あの花見に参加したのだが、逆にリルに衝撃的な告白をされてしまったのだ。
  カリムは酔いつぶれて眠ってしまい、気付いたのは夕飯の頃だった。

 「もう、カリム、お母さん心配したわよ」
 「ごめん母さん、もうあんな真似しないよ」

  カリムはガンガンとする頭を押さえて、家までゼンが運んできてくれた事を聞いた。

 「ゼン君に感謝しなさい」

  カリムの父親は、諭すように言った。
  酒のせいで食欲は無いに等しかったが、ぽつぽつと夕飯を口に運ぶ。

――この出来事は、背中を押してくれるのだろうか

 今のカリムにとっては、そう思うしかなかった。

 「カリム……この間の話だが、母さんとも相談した結果、お前の好きな様にさせてやろうと思う」

  それは、ゼンやリルは、まだ知らない事だ。
  カリムは、その時になるまでの準備をこの一年間してきたつもりだった。
  幾何学大学付属高校への編入する手続きを。

 「ありがとう。父さん、母さん」

  幾何学大学に度々訪れていたカリムは、小さなカーティス村で一生を過ごす事が出来ないと思った。
  出来れば勉学に励み、十樹や桂樹の様な研究者として活躍したかった。
  望む未来を実現させる為、カリムは週に何回かは幾何学大学で、桂樹に勉強を教えて貰い、この一年を頑張ってきたのだ。

  それでも、あの世界でのカリムの成績は平均より少し上程度だ。

  桂樹は言った。

 「転校して、大学に入る為の勉強をし直せ」と。

  幾何学大学に特待生として入れる学力がないのだ。
  世界の違うカーティス村では、学ぶ事もまた違っているため、カリムは幾何学大学付属高校に転校する事を希望し、ようやくそれが叶いそうなのである。

――只一つ、心残りがあったのは、リルの事だけ……

 もう今は、カリムと関係のない話になってしまったけれど。
  リルにとって、一生カーティス村で過ごした方がいいに決まっている。

  神隠しの森と幾何学大学は、変わらなく繋がっているが、カーティス村の住民は未だ幾何学大学の事を恐怖の森と呼んでいる。
  記憶操作をされた者は尚更のことだ。
  いつ封印されてもおかしくない二つの世界で、そんな住民達の架け橋になれば――とカリムは思うのだ。

  そんな事を考えていると、リルから電話があった。

 「もう会えないって言っただろ?」

  そう言うと、リルは、「会えないけど、話をしちゃ駄目だとは言われなかったよ」と楽しそうに今日の出来事を語る。

――もうすぐ、この関係も終わりになる

                  ☆

 ――三日後

  ゼロとリルが付き合っているという事実は、もはや噂ではなく、村人全員が知る所となっていた。
  当然の事ながら、その知らせはリルの母親の元へも届いていた。

 「リル、ゼロくんと付き合ってるって本当?」

  つい先日まで、神隠しの森へ行く原因となったトラブルメーカーのカリムとの仲を解消させようと、ぶつぶつ文句を言っていた母親は、リルの口から直接聞くまで、にわかには信じなかった。

 「本当だよ、お母さん」
 「カリム君……カリム君はどうなるの?」
 「カリムが何の関係があるの?」

  リルはきょとんとした顔で、母親に答える。
  母親は「ええと……」と口を濁らせた。

 「それで、ゼロ君ってどういう男の子なの?」
 「学校一のナルシスト! って皆呼んでるよ」
 「ナルシスト……?」

  ゼロとしては、もっと別の部分をアピールしてもらいたい所だろう。
  母親としては、トラブルメーカーとナルシスト、どちらを取ってみても頭を悩ませる問題だ。

 「そんでねー、学年二番の成績の子だよ」

  いつも不動の一位を取っているのが、カリムだということは知っている。
  それについて不満はないが、やはり神隠しの森の事件が未だカリムを認められない一因である。

  リルの母親は、その時はっとした。
  リルの口から、カリムは関係ないと聞きながら、カリムの事を気にしているという事に。

  カリム君は、ゼロとリルが付き合い始めた事を、どう受け止めているのだろう。
  リルの母親は、複雑な気分で夕食の用意をした。

                   ☆

 「えー、今日は皆にお知らせがあります」

  高校一年生になったばかりの生徒達は、まだその環境になれず、皆、少なからず緊張した面持ちで担任の先生の話を聞いていた。
  一学年で40人しかいない教室には、当然の事ながら、ゼロもリルもゼンもいる。

 「カリム、出なさい」
 「はい」

  教師から、教卓の前に立つ様に言われて、カリムは席を立った。

 「今度、幾何学大学付属高校へ、カリム君は編入する事になりました。皆とは、ここでお別れになります」

  一同は、途端、ざわめいた。

  この小さなカーティス村では、こんな形で他の学校へ編入するなんて事は、未だかつてなかった。
  小・中・高・大と、生徒達はエスカレーター式で進級し、村で働き、ゆくゆくは誰かと結婚し、一生をカーティス村で過ごしていくのが当然だった為、皆、少なからず動揺していた。

  リルやゼンは、カリムの突然の報告に驚いて、何も言えなかった。

 「皆、お世話になりました。たまに、この村に帰って来るつもりでいますが、その時は、よろしくお願いします」
 「カリム……!」

  ガタタ…と椅子を鳴らして席を立ったゼンに、カリムは無言で笑みを返した。

 「静かに! 後日、カリム君のお別れ会をしようと思います。それについて意見のある人は先生まで――以上」

                     ☆

 授業後、カリムの周りには人だかりが出来た。
  皆、思い思いにカリムに質問を投げかけたり、別れを惜しんだり、反応はそれぞれだった。

 「幾何学大学ってどこだよ」
 「この村でいいじゃない。何でそんな訳分かんないトコ行くの?」

  その輪の中に、ゼロもリルもゼンも入っては来なかった。
  その事を気にしていた訳ではないが、教室はカリムにとって少し居心地の悪い場所になっていた。

 「じゃ、オレ、今日はもう帰るから」

  カリムは、そう言って、人だかりになっている机から離れ教室をでると、いつも一緒に帰っているゼンが無言でついて来た。
  ある一定の距離をおいてついて来るゼンに、カリムは振り返って言った。

 「何も相談しなくて、悪い、ゼン」
 「本当になっ!」

  両手を合わせて謝るカリムに、ゼンは言った。

 「お前が幾何学大学に行ったって、オレはカリムに会いに行くからなっ!」
 「ゼン……」

  カリムにとってゼンは、一生の友人になるのだろう。
  幾何学大学へと気持ちは向いているものの、やはり不安もあった。
  そんな不安を打ち消してしまう様な、ゼンの一言にカリムは感謝した。

  幾何学大学付属高校へ編入する手続きや住居の世話は、全て十樹と桂樹がやってくれている。
  カリムは、ほとんど身一つで、向こうの世界で生活する事になっている。
  それだけ環境が整っているという事だ。

 「カリム、神隠しの森まで見送るよ」
 「ああ、ありがとう」

                   ☆

 リルは放課後、ゼロと桜の木の下で待ち合わせをしていた。
  遊びに行く約束をしていたのである。
  しかし、楽しい予定が入っているはずなのに、リルの心はどこか寂しかった。

  長く咲いた桜は、風が吹く度に、はらはらと花びらを降らせていた。

 「ゼロはまだかなぁ」

  リルはつまらなさそうに、ため息をついた。

――分かっている。ため息の原因も寂しい気持ちも。

  カリムがいなくなるからだ。けれど……

 自分はもう、大きな声を出して泣く様な子供じゃない。
  リルは桜の木を見上げながら、はらはらと涙をこぼした。

  そして十分後。

 「ごめんよ。当番の掃除が長引いて……リル?」

  ゼロは、走って待ち合わせの場所に来たのだが、そこにリルの姿はなく、桜の花びらだけが地面を彩っていた。

                    ☆


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】徒花の王妃

つくも茄子
ファンタジー
その日、王妃は王都を去った。 何故か勝手についてきた宰相と共に。今は亡き、王国の最後の王女。そして今また滅びゆく国の最後の王妃となった彼女の胸の内は誰にも分からない。亡命した先で名前と身分を変えたテレジア王女。テレサとなった彼女を知る数少ない宰相。国のために生きた王妃の物語が今始まる。 「婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?」の王妃の物語。単体で読めます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

処理中です...