森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

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番外編

聖なる夜に(3)

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  翌日も引越しの依頼があった為、遅れた施設の時計よりも早く、千葉と柳は起きた。
  最も、腹が減って目が覚めたからであったが。

  昨夜の区役所の人間達は、流石に小銭までは取って行かず、女主人は千葉と柳にお昼代を持たせてくれた。

 「行ってきます」

  二人は軽く手を振って、施設から引越し屋のトラックに乗り込んだ。

 「今日は遠方へ引越しされるお客だ。だから、オレ達は荷物をトラックに乗せるだけだ。昼には終わるぞ」
 「そうですか……」

  チーフは午前中に終わると喜んでいたが、二人の気持ちは複雑だった。
  時間給で働いている為、その分、収入が下がるのだ。
  空腹の為か、二人の心には「金、金、金……」と金の事ばかりが脳裏をよぎる。

 「着いたぞ!」

  トラックが目的地について、二人は依頼主の家を訪れた。
  家の前の表札には、「千葉」と書かれていた。

 「偶然だな、お前と同じ苗字だ」
 「そうだな」

  千葉なんて苗字は多くはないが、どこにでもある苗字だ。
  さして、気にする事もなく、千葉はインタフォンを鳴らした。

 『はい』

  インターフォンから、女性の声が聞こえる。

 「シロクマ引越し便です。お荷物の運び出しに来ました」
 『はい。今、ドアを開けますね』

  そう言って女性はドアを開けた。
  しかし、出て来た女性の顔を見て、二人は驚いた。それは、つい先日コンビニで出会った、性格の悪そうな母親だったからだ。

 「貴方達、この間の誘拐犯じゃないの!」

  女性は、二人を指差して言った。

 「おかーさん、どうしたの? あっ! この間のお兄ちゃんだ」

  あどけない顔をした、千葉がおにぎりをあげた女の子の姿がそこにあった。

 「僕達は誘拐犯じゃありません。引越し屋です」
 「――そう、嫌な所に頼んじゃったわ……」

  その言葉に、二人は内心むっとしていたが、これも仕事と割り切って女性宅に入った。

 「お荷物は、これだけですか?」
 「そうよ。さっさと運んで頂戴」

  機嫌が悪そうに腕を組んで、見張る様に立っている女性の態度に二人は疲れた。

――ただでさえ、空腹で目が回っているのに。

  自分達の不運を呪いながらも、作業はスピーディに進んでいく。
    この分だと午前中で完全に終わりそうだ。

 「一度、休憩に入ります」
 「そう、休憩が終わったら、さっさと片付けて頂戴ね」

                ☆

「柳、オレ自販機でコーヒー買ってくるよ。喉渇いた」
 「オレは、ちょっと休ませて……」

  千葉も柳も、もうフラフラだった。
  まともに食事をしたのはいつだったのか、分からない程だ。

 「ん……?」

  おぼつかない足取りで、千葉が自販機にコインを入れようと、尻ポケットにある筈の財布を取り出そうとして異変に気付いた。
  僅かな金が入っている筈の財布を落したのだ。

 「あの家で落としたのか……?」

  恐らく引越し荷物をトラックに入れる際に落としたのだろう。
  千葉は慌てて依頼された家に戻った。

                   ☆

  家に戻ると、生悪の母親が、ぽつんと立っていた。
  何かをじっと見ている。
  それは千葉が落とした財布だった。

 「すみません、それは僕のもので――」

  千葉が声をかけると、母親は、はっとした表情で千葉を見た。

 「財布、落ちてたわ……これは、貴方のものね。身分証明書が入ってたから、中身を確認させてもらったけど」
 「はい、拾って下さって、ありがとうございます」

  母親は、千葉に二つ折りの財布を渡した。

                 ☆

  結局、千葉はコーヒー一つ買えないままで、休憩時間が終わってしまった。
  依頼主の母親の言う通り作業を続けた結果、昼が訪れる前に、運び入れや、部屋の片付けは終了した。

 「運び出し、全て完了しました」
 「ご苦労様でした。良かったら、これ、皆さんで飲んで下さい」

  作業を終えると、何故か母親の言葉遣いは柔らかなものに変わっていた。
    二人はそれを不思議に思いながら、母親からの差し入れのコーヒーを飲んだ。

 「祥子、お兄さん達にお礼を言いなさい。お引越し、手伝ってくれてありがとうって」
 「ありがと――!」

  祥子と呼ばれた女の子は、目一杯お辞儀をしながら、二人に感謝を伝えた。
  千葉のコーヒーを飲んでいた手が止まる。

――祥子?

 「お譲ちゃん、お名前訊いてもいいかな?」
 「うん!祥子っていうの! 千葉祥子!」
 「…………」

  千葉は一瞬、時が止まった様に思えた。
  これは単なる偶然で済ませていいものだろうか。
  柳も千葉同様に驚いて、顔を見合わせた。

 「なあ、千葉、千葉祥子って……お前」

――まさか。

 「おーい! お前等! 今日はもう帰るぞ、トラックに乗れ!」

                  ☆

「なあ、千葉……あの家、お前の家だったんじゃねーの? で、あの子は千葉の妹……」
 「まさか! そんな筈ないだろ? 偶然だよ、偶然……」

  二人はトラックに乗って、青山羊荘から一番近いコンビニで降ろして貰った。
  そして、昼飯を買うため、コンビニに入って財布を確かめた。

 「パン一個ぐらい買えるだろ」

  そう思い、財布に手を伸ばした。
  その時、いつもより分厚い財布に気付いたのだ。

 「え……?」

  千葉は、尻ポケットから財布を取り出し、中を見た。
    すると、財布の中に一万円が十枚、十万円が入っていたのである。

  千葉は驚いて、あの母親の事を思い出した。

――何故。

  こんな風に、金を忍ばせる機会があるとしたら、あの時しかない。

 「うわ! 千葉、どうしたんだ、この金!」

  あの母親が身分証明書をじっと見ていた姿を思い出す。

――もしかして、本当にオレの母親だったのか?

                  ☆

  二人は、財布に入っていた十万円で、今晩の夕食を買った。
  青山羊荘へ向かう道で、空を見上げていると、雪がはらはらと降ってきた。

 「ホワイトクリスマスだなぁ」

  ぽつりと呟いた柳に、千葉は、はっと笑った。

 「オレ達には関係ないけどな」
 「そうでもないだろ? 今年はお前がサンタの様なモンだ」

  柳は、コンビニで買い込んだ、食糧の入った袋を持って言う。

 「それは、あの母親の金だろ。サンタはオレじゃない」
 「千葉、お前はそれでいいのかよ。もしかしたら、千葉は、あの母親の許に戻れるかも知れないんだぞ。
  ――何なら、引越し先の住所をチーフに聞いてやる」

  そう言って、携帯を出した柳の手を、千葉は止めた。

 「オレはいいよ。もし仮に、あの女性がオレの母親だったとしても、十万で過去を清算出来ない……許せないんだ。だから、これは手切れ金だと思う事にする」
 「素直じゃねーな」

  柳に言われながら、千葉は、別れ際に手を振っていた祥子の姿を思い出した。
  あの子は、今生の別れとは知らず、「さよなら、おにーちゃん! またねー!」と再会の言葉を口にしていたのだ。

  またね、と……。

 「――なあ、柳、命の価値って何だ?」
 「は?」

  千葉の突飛な発言に、柳は顔をしかめた。

 「オレは、金でやり取り出来る様なものじゃないと思うんだ……」

  言いながら、千葉は自分の言った言葉が、酷くぼんやりと、儚く、幻の様に消えてしまう。
  そんな気がした。

                  ☆

 二人が何気ない話をしながら、小さな林を抜けると、青山羊荘から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

 「ん?」
 「千葉……あれ」

  柳が、青山羊荘の門を指差す。
  そこには、自分達が、この様に捨てられていたのだろう赤ん坊が、バスケットに入れられ、雪の降る中で泣いている。

 「この寒い時に……しかも、今日はクリスマス・イヴだぜ?」
 「何だって、こんな時期に」

  千葉は、ピンク色の産着を着た、生後三ヶ月程の女の子を抱き上げた。
  あやしていると赤ん坊は泣きやみ、すうっと千葉の腕の中で眠った。

 「サンタからのプレゼントかよ。とんだクリスマスだな」
 「全く……」

  千葉の腕の中で、すうすう寝息を立てている赤ん坊を見て、もう二度と会わないだろう祥子の事を思った。

  もう、何も出来ない。何もしてやれない。

 「この子、名前もつけてないみたいだぜ?」

  柳は、赤ん坊が入っていたバスケットの中を見て言った。
  手紙も何もない。一枚の毛布が入っていただけだった。

 「――のえる」
 「え……?」
 「今日はクリスマス・イヴだ。いい名前だと思わないか?」
 「千葉、さっきは、オレにクリスマスなんて関係ないって言ってなかったか?」
 「ふふ……」

  柳の言葉に、千葉は笑って誤魔化した。
  のえるの体温が、千葉の腕に伝わってくる。

 「あったかいな……」

  明日はどうなるか分からない。
  けれど、せめて君の幸せを願う。
  そして、母親と妹に祝福を――

 のえるが、千葉の忘れかけていた、大切なものを思い出させてくれる気がした。









(終)

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