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番外編
聖なる夜に(2)
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「ねえ、お兄ちゃん、ここ何処?」
千葉が周りの景色を眺めていると、つん、と服の裾を引っ張られた。
見ると、まだ三歳程の小さな女の子がいた。
「何だ? 迷子か? 親はどうしたんだ」
「ふぇっ」
薄いピンク色のケープを着た女の子は、今にも泣き出してしまいそうだ。
瞳には、涙が滲んでいる。
「千葉?」
「どうやら迷子らしい。外は寒いから、コンビニの中に入った方が――」
くーきゅるる。
女の子から、空腹を訴える音が聞こえた。
「え……?」
女の子の視線は、千葉の食べかけのおにぎりに向けられている。
(ああ、オレの唯一の昼飯が……)
「お腹空いてるのか?」
千葉の問いかけに、女の子はこくりと頷いた。
千葉は、手に持った食べかけのおにぎりを女の子に渡して言った。
「これで良かったら食えよ」
「うん!」
女の子は嬉しそうに答えた。
☆
「どこ行ってたの!?」
その時、女の子の母親らしき女性が駆け寄ってきた。
「貴方誰? まさか、この子を誘拐するつもりなんじゃないでしょうね」
「は……?」
千葉は、突然現れた母親らしき人物に、疑いの目を向けられ、一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「何、持ってるの? それ、誰に貰ったの?」
「お兄ちゃん、あたしにくれたの」
「そんな物捨てなさい! 何が入ってるか分からないのよっ!」
女の子の手をぱしり、と叩き、おにぎりは路上に放り出された。
「――あんた! 何、言ってんだよっ!」
呆然とし、何も言わない千葉の代わりに、柳が母親の腕をつかんだ。
女の子は、母親に手を叩かれた痛みの為なのか、おにぎりが無くなった悲しみからなのか、大きな声で泣いていた。
「あなた、警察を呼ぶわよ!」
「柳……腕を放せ」
「こんな母親……許せねぇ」
今にも、母親を殴り兼ねない柳の手を、千葉は逆に掴んだ。
「すみませんでした。お宅のお嬢さんが迷子になっていたので、声を掛けただけなんです」
礼儀正しく千葉が謝ると、母親はようやく落ち着きを取り戻し、女の子の手を引っ張って駐車場に止めてあるエア・カーに乗せた。
それを見送って、柳はまだ怒りの冷めない様子で言った。
「オレ……孤児で良かった。少なくとも、あんな母親はいらない」
「お前ね……オレの代わりにいつまで怒ってるんだ……」
「だってほら、おにぎりが! おにぎりが!」
「怒りどころを間違えてないか? 柳」
☆
休憩時間が終わり、午後の運びいれが終わり、帰り支度を始めた時、チーフはオレ達を呼んだ。
「何ですか?」
「今日の依頼人がいい人でな、一人一人にチップをくれたんだ。お前等の分もあるから、持って行け」
チーフがそう言って、千葉達に渡したのは、茶色の封筒だ。
中を見ると、一万円札と一緒にお礼状が入っていた。
「いっ一万円!」
「――……」
予想外の収入に、二人は言葉も出ない程に喜んだ。
二人合わせて二万円もあれば、施設の子供達に、何かおいしいものでも食べさせてやれるからだ。
「千葉、今日の飯、何にする?」
「皆と相談してからだな」
帰りのトラックの中で、オレ達は、今日の夕飯の事ばかり話していた。
その様子を見ていたシロクマ引越し便のスタッフは、呆れた様に笑っていた。
スタッフは施設の状況を把握していない。
「お疲れ様でしたー」
「おう! お疲れ、また明日な」
「はい」
シロクマ引越し便の車で、施設まで送ってもらうと、施設の前に見たことのない車が止まっているのに気付いた。
「あれ? 何の車だろう?」
「本当だ。珍しいな」
千葉は、エア・カーの側面を見た。
それには区役所のマークがある。
――区役所?
「一体、何の用だろう」
そう思いながら、青山羊荘へ入って行った。
「ただいま――!」
柳は、大きな声で皆に帰宅を知らせた。
貰った二万円をむき出しに、満面の笑顔で部屋に入ろうとした。
すると。
「他に金に換えられるものはないか?」
そんな声が聞こえてきた。
――まさか、強盗か?
二人がそう思った時、どやどやと何人もの人間が部屋を荒らしている様子が見えた。
真ん中でオロオロとしているのは女主人だ。
千葉と柳を見つけて、女主人は声を絞り出すかの様にして言った。
「あなた達、……おかえりなさい」
「金目の物、ありました! こいつ現金を持ってます」
突然、背後から一人の人間が、柳が手に持っていた現金を奪った。
「お前等、何するんだ!」
「私達は、区役所の人間だ。青山羊荘は税金の未払いで、区から令状が出ているんだ」
「何だって?」
「そう言う訳で、この金は、税金の未払い分の一部とさせて貰うよ」
区役所の人間は、柳の手から奪った二万円をウエストポーチの中に納めた。
「区の人間は、貧乏人から金を取るのか?」
千葉は、怒りを押さえ込む様に両手の拳を握った。
「これが世間というものだ。君達がもっと働けば、きっとこの施設環境も良くなるだろう」
区役所の人間は、それを当たり前の様に言って笑った。
「それじゃ、今日はこの辺で――」
立ち去ろうとする区役所の人間に対し、柳は我慢出来ない様子だった。
「何が区役所だよ! お前等のやっていることは強盗と何の代わりもないんじゃねーか! それでお前等飯食いやがって、オレたちなんて何も――!」
「柳! それ以上言うな!」
柳は泣きながら、区役所の人間に掴みかかった。それを見て千葉は、柳と区役所の人間の間に割って入った。
「君は賢い子だねえ、また今度も宜しく頼むよ」
「――っ」
――また今度。
また次も、この様にやってくると言うのだ。
千葉は激高し、気がつけば、区役所の人間の顔を思い切り殴っていた。
「お前! 何をやっている!」
「公務執行妨害で逮捕する!」
「――っ!」
区役所と共にいた警察官の手により、千葉の手に手錠がかけられた。
区役所のエア・カーに乗り込む時、柳の叫び声が辺りに響いていた。
☆
幸か不幸か、千葉はその日の内に解放された。
殴った相手に大したケガはなく、情状酌量の余地があるとの裁判所の審判が出た。
ただ、千葉には前科がついた。
青山羊荘に帰ると、皆は寒い中、震えて千葉の帰りを待っていた。
当然、食料はない。
千葉は、引越しの際に貰った飴玉を子供達に配って、それが、今夜の食事になった。
「千葉、オレ達、何も間違った事なんて言ってないよな?」
就寝時、柳は布団の中で千葉にそう言った。
「間違ってないよ。柳の言った事はオレも思った事だ。だから、オレの代わりに怒った柳の代わりにオレが殴った」
「……何か、ややこしいな」
柳は、千葉の言っている事がおかしくて笑った。
千葉が周りの景色を眺めていると、つん、と服の裾を引っ張られた。
見ると、まだ三歳程の小さな女の子がいた。
「何だ? 迷子か? 親はどうしたんだ」
「ふぇっ」
薄いピンク色のケープを着た女の子は、今にも泣き出してしまいそうだ。
瞳には、涙が滲んでいる。
「千葉?」
「どうやら迷子らしい。外は寒いから、コンビニの中に入った方が――」
くーきゅるる。
女の子から、空腹を訴える音が聞こえた。
「え……?」
女の子の視線は、千葉の食べかけのおにぎりに向けられている。
(ああ、オレの唯一の昼飯が……)
「お腹空いてるのか?」
千葉の問いかけに、女の子はこくりと頷いた。
千葉は、手に持った食べかけのおにぎりを女の子に渡して言った。
「これで良かったら食えよ」
「うん!」
女の子は嬉しそうに答えた。
☆
「どこ行ってたの!?」
その時、女の子の母親らしき女性が駆け寄ってきた。
「貴方誰? まさか、この子を誘拐するつもりなんじゃないでしょうね」
「は……?」
千葉は、突然現れた母親らしき人物に、疑いの目を向けられ、一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「何、持ってるの? それ、誰に貰ったの?」
「お兄ちゃん、あたしにくれたの」
「そんな物捨てなさい! 何が入ってるか分からないのよっ!」
女の子の手をぱしり、と叩き、おにぎりは路上に放り出された。
「――あんた! 何、言ってんだよっ!」
呆然とし、何も言わない千葉の代わりに、柳が母親の腕をつかんだ。
女の子は、母親に手を叩かれた痛みの為なのか、おにぎりが無くなった悲しみからなのか、大きな声で泣いていた。
「あなた、警察を呼ぶわよ!」
「柳……腕を放せ」
「こんな母親……許せねぇ」
今にも、母親を殴り兼ねない柳の手を、千葉は逆に掴んだ。
「すみませんでした。お宅のお嬢さんが迷子になっていたので、声を掛けただけなんです」
礼儀正しく千葉が謝ると、母親はようやく落ち着きを取り戻し、女の子の手を引っ張って駐車場に止めてあるエア・カーに乗せた。
それを見送って、柳はまだ怒りの冷めない様子で言った。
「オレ……孤児で良かった。少なくとも、あんな母親はいらない」
「お前ね……オレの代わりにいつまで怒ってるんだ……」
「だってほら、おにぎりが! おにぎりが!」
「怒りどころを間違えてないか? 柳」
☆
休憩時間が終わり、午後の運びいれが終わり、帰り支度を始めた時、チーフはオレ達を呼んだ。
「何ですか?」
「今日の依頼人がいい人でな、一人一人にチップをくれたんだ。お前等の分もあるから、持って行け」
チーフがそう言って、千葉達に渡したのは、茶色の封筒だ。
中を見ると、一万円札と一緒にお礼状が入っていた。
「いっ一万円!」
「――……」
予想外の収入に、二人は言葉も出ない程に喜んだ。
二人合わせて二万円もあれば、施設の子供達に、何かおいしいものでも食べさせてやれるからだ。
「千葉、今日の飯、何にする?」
「皆と相談してからだな」
帰りのトラックの中で、オレ達は、今日の夕飯の事ばかり話していた。
その様子を見ていたシロクマ引越し便のスタッフは、呆れた様に笑っていた。
スタッフは施設の状況を把握していない。
「お疲れ様でしたー」
「おう! お疲れ、また明日な」
「はい」
シロクマ引越し便の車で、施設まで送ってもらうと、施設の前に見たことのない車が止まっているのに気付いた。
「あれ? 何の車だろう?」
「本当だ。珍しいな」
千葉は、エア・カーの側面を見た。
それには区役所のマークがある。
――区役所?
「一体、何の用だろう」
そう思いながら、青山羊荘へ入って行った。
「ただいま――!」
柳は、大きな声で皆に帰宅を知らせた。
貰った二万円をむき出しに、満面の笑顔で部屋に入ろうとした。
すると。
「他に金に換えられるものはないか?」
そんな声が聞こえてきた。
――まさか、強盗か?
二人がそう思った時、どやどやと何人もの人間が部屋を荒らしている様子が見えた。
真ん中でオロオロとしているのは女主人だ。
千葉と柳を見つけて、女主人は声を絞り出すかの様にして言った。
「あなた達、……おかえりなさい」
「金目の物、ありました! こいつ現金を持ってます」
突然、背後から一人の人間が、柳が手に持っていた現金を奪った。
「お前等、何するんだ!」
「私達は、区役所の人間だ。青山羊荘は税金の未払いで、区から令状が出ているんだ」
「何だって?」
「そう言う訳で、この金は、税金の未払い分の一部とさせて貰うよ」
区役所の人間は、柳の手から奪った二万円をウエストポーチの中に納めた。
「区の人間は、貧乏人から金を取るのか?」
千葉は、怒りを押さえ込む様に両手の拳を握った。
「これが世間というものだ。君達がもっと働けば、きっとこの施設環境も良くなるだろう」
区役所の人間は、それを当たり前の様に言って笑った。
「それじゃ、今日はこの辺で――」
立ち去ろうとする区役所の人間に対し、柳は我慢出来ない様子だった。
「何が区役所だよ! お前等のやっていることは強盗と何の代わりもないんじゃねーか! それでお前等飯食いやがって、オレたちなんて何も――!」
「柳! それ以上言うな!」
柳は泣きながら、区役所の人間に掴みかかった。それを見て千葉は、柳と区役所の人間の間に割って入った。
「君は賢い子だねえ、また今度も宜しく頼むよ」
「――っ」
――また今度。
また次も、この様にやってくると言うのだ。
千葉は激高し、気がつけば、区役所の人間の顔を思い切り殴っていた。
「お前! 何をやっている!」
「公務執行妨害で逮捕する!」
「――っ!」
区役所と共にいた警察官の手により、千葉の手に手錠がかけられた。
区役所のエア・カーに乗り込む時、柳の叫び声が辺りに響いていた。
☆
幸か不幸か、千葉はその日の内に解放された。
殴った相手に大したケガはなく、情状酌量の余地があるとの裁判所の審判が出た。
ただ、千葉には前科がついた。
青山羊荘に帰ると、皆は寒い中、震えて千葉の帰りを待っていた。
当然、食料はない。
千葉は、引越しの際に貰った飴玉を子供達に配って、それが、今夜の食事になった。
「千葉、オレ達、何も間違った事なんて言ってないよな?」
就寝時、柳は布団の中で千葉にそう言った。
「間違ってないよ。柳の言った事はオレも思った事だ。だから、オレの代わりに怒った柳の代わりにオレが殴った」
「……何か、ややこしいな」
柳は、千葉の言っている事がおかしくて笑った。
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