森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

文字の大きさ
上 下
66 / 94
番外編

聖なる夜に(2)

しおりを挟む
 「ねえ、お兄ちゃん、ここ何処?」

  千葉が周りの景色を眺めていると、つん、と服の裾を引っ張られた。
  見ると、まだ三歳程の小さな女の子がいた。

 「何だ? 迷子か? 親はどうしたんだ」
 「ふぇっ」

  薄いピンク色のケープを着た女の子は、今にも泣き出してしまいそうだ。
  瞳には、涙が滲んでいる。

 「千葉?」
 「どうやら迷子らしい。外は寒いから、コンビニの中に入った方が――」

  くーきゅるる。

  女の子から、空腹を訴える音が聞こえた。

 「え……?」

  女の子の視線は、千葉の食べかけのおにぎりに向けられている。

 (ああ、オレの唯一の昼飯が……)

 「お腹空いてるのか?」

  千葉の問いかけに、女の子はこくりと頷いた。
  千葉は、手に持った食べかけのおにぎりを女の子に渡して言った。

 「これで良かったら食えよ」
 「うん!」

  女の子は嬉しそうに答えた。

                  ☆

「どこ行ってたの!?」

  その時、女の子の母親らしき女性が駆け寄ってきた。

 「貴方誰? まさか、この子を誘拐するつもりなんじゃないでしょうね」
 「は……?」

  千葉は、突然現れた母親らしき人物に、疑いの目を向けられ、一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 「何、持ってるの? それ、誰に貰ったの?」
 「お兄ちゃん、あたしにくれたの」
 「そんな物捨てなさい! 何が入ってるか分からないのよっ!」

  女の子の手をぱしり、と叩き、おにぎりは路上に放り出された。

 「――あんた! 何、言ってんだよっ!」

  呆然とし、何も言わない千葉の代わりに、柳が母親の腕をつかんだ。
  女の子は、母親に手を叩かれた痛みの為なのか、おにぎりが無くなった悲しみからなのか、大きな声で泣いていた。

 「あなた、警察を呼ぶわよ!」
 「柳……腕を放せ」
 「こんな母親……許せねぇ」

  今にも、母親を殴り兼ねない柳の手を、千葉は逆に掴んだ。

 「すみませんでした。お宅のお嬢さんが迷子になっていたので、声を掛けただけなんです」

  礼儀正しく千葉が謝ると、母親はようやく落ち着きを取り戻し、女の子の手を引っ張って駐車場に止めてあるエア・カーに乗せた。
  それを見送って、柳はまだ怒りの冷めない様子で言った。

 「オレ……孤児で良かった。少なくとも、あんな母親はいらない」
 「お前ね……オレの代わりにいつまで怒ってるんだ……」
 「だってほら、おにぎりが! おにぎりが!」
 「怒りどころを間違えてないか? 柳」

                  ☆

 休憩時間が終わり、午後の運びいれが終わり、帰り支度を始めた時、チーフはオレ達を呼んだ。

 「何ですか?」
 「今日の依頼人がいい人でな、一人一人にチップをくれたんだ。お前等の分もあるから、持って行け」

  チーフがそう言って、千葉達に渡したのは、茶色の封筒だ。
  中を見ると、一万円札と一緒にお礼状が入っていた。

 「いっ一万円!」
 「――……」

  予想外の収入に、二人は言葉も出ない程に喜んだ。
  二人合わせて二万円もあれば、施設の子供達に、何かおいしいものでも食べさせてやれるからだ。

 「千葉、今日の飯、何にする?」
 「皆と相談してからだな」

  帰りのトラックの中で、オレ達は、今日の夕飯の事ばかり話していた。
  その様子を見ていたシロクマ引越し便のスタッフは、呆れた様に笑っていた。
  スタッフは施設の状況を把握していない。

 「お疲れ様でしたー」
 「おう! お疲れ、また明日な」
 「はい」

  シロクマ引越し便の車で、施設まで送ってもらうと、施設の前に見たことのない車が止まっているのに気付いた。

 「あれ? 何の車だろう?」
 「本当だ。珍しいな」

  千葉は、エア・カーの側面を見た。
  それには区役所のマークがある。

――区役所?

 「一体、何の用だろう」

  そう思いながら、青山羊荘へ入って行った。

 「ただいま――!」

  柳は、大きな声で皆に帰宅を知らせた。
  貰った二万円をむき出しに、満面の笑顔で部屋に入ろうとした。
  すると。

 「他に金に換えられるものはないか?」

  そんな声が聞こえてきた。

――まさか、強盗か?

  二人がそう思った時、どやどやと何人もの人間が部屋を荒らしている様子が見えた。
  真ん中でオロオロとしているのは女主人だ。
  千葉と柳を見つけて、女主人は声を絞り出すかの様にして言った。

 「あなた達、……おかえりなさい」
 「金目の物、ありました! こいつ現金を持ってます」

  突然、背後から一人の人間が、柳が手に持っていた現金を奪った。

 「お前等、何するんだ!」
 「私達は、区役所の人間だ。青山羊荘は税金の未払いで、区から令状が出ているんだ」
 「何だって?」
 「そう言う訳で、この金は、税金の未払い分の一部とさせて貰うよ」

  区役所の人間は、柳の手から奪った二万円をウエストポーチの中に納めた。

 「区の人間は、貧乏人から金を取るのか?」

  千葉は、怒りを押さえ込む様に両手の拳を握った。

 「これが世間というものだ。君達がもっと働けば、きっとこの施設環境も良くなるだろう」

  区役所の人間は、それを当たり前の様に言って笑った。

 「それじゃ、今日はこの辺で――」

  立ち去ろうとする区役所の人間に対し、柳は我慢出来ない様子だった。

 「何が区役所だよ! お前等のやっていることは強盗と何の代わりもないんじゃねーか! それでお前等飯食いやがって、オレたちなんて何も――!」
 「柳! それ以上言うな!」

  柳は泣きながら、区役所の人間に掴みかかった。それを見て千葉は、柳と区役所の人間の間に割って入った。

 「君は賢い子だねえ、また今度も宜しく頼むよ」
 「――っ」

――また今度。

  また次も、この様にやってくると言うのだ。

  千葉は激高し、気がつけば、区役所の人間の顔を思い切り殴っていた。

 「お前! 何をやっている!」
 「公務執行妨害で逮捕する!」
 「――っ!」

  区役所と共にいた警察官の手により、千葉の手に手錠がかけられた。
  区役所のエア・カーに乗り込む時、柳の叫び声が辺りに響いていた。

                ☆

  幸か不幸か、千葉はその日の内に解放された。
  殴った相手に大したケガはなく、情状酌量の余地があるとの裁判所の審判が出た。
  ただ、千葉には前科がついた。

  青山羊荘に帰ると、皆は寒い中、震えて千葉の帰りを待っていた。
  当然、食料はない。

  千葉は、引越しの際に貰った飴玉を子供達に配って、それが、今夜の食事になった。

 「千葉、オレ達、何も間違った事なんて言ってないよな?」

  就寝時、柳は布団の中で千葉にそう言った。

 「間違ってないよ。柳の言った事はオレも思った事だ。だから、オレの代わりに怒った柳の代わりにオレが殴った」
 「……何か、ややこしいな」

  柳は、千葉の言っている事がおかしくて笑った。

               

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

処理中です...