森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

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番外編

聖なる夜に(1)

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*暗殺屋の千葉と柳の話です。


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  ある日の朝。
  道路から、一本外れた場所に建っている「青山羊荘」という名の孤児院に、一人の赤ん坊が置き去りにされていた。
  大きなバスケットの中に、すっぽりと小さな身体が収まっている赤ん坊は、自分の存在を確かめる様に、泣き声を周囲に響かせていたが、朝早くまだ孤児院で働く者は皆寝ていた。
  しかし、その泣き声を聞き、目が覚めた女主人は、慌てて赤ん坊の下に駆けつけた。

 「あらあら、大変」

  女主人は、青い産着を着て毛布に包まっている赤ん坊を拾いあげると、赤ん坊は安心したのか、すぐに泣くのをやめた。抱き上げると同時にパサリと一通のカードが路上に落ちたことに女主人は気付く。
  そこには、赤ん坊の名前らしきものが書かれていた。

 「――千葉祥?」

  朝露のかかる孤児院の前で、女主人はその名を呟いた。

                  ☆

 ――それから十五年の時が経った。

  老朽化の進んだ、築五十年になる青山羊荘は、資金繰りの悪化により、その運営は傾いていた。
  そう言った噂もあって、以前程ここのに置かれる赤ん坊の数は少なくなったが、それでも尚、十八人もの孤児が、青山羊荘で苦しい生活を強いられていた。

  青山羊荘を運営していた女主人は資産家であったのだが、その夫が亡くなったのと同時に、多額の借金があった事が浮き彫りになったのである。

  夫の借金を知らずにいた女主人は、自宅である豪邸を競売にかけたが、それでも完全返済とはならず、この青山羊荘は、現在、差し押さえ物件寸前だ。

 「いただきます」

  一切れのパンと、玉ねぎしか入っていないスープを前に、皆は手を合わせた。
  少しでも満腹感を得ようと、皆は時間をかけて食事をして空腹を紛らせていた。

  十五歳になった千葉祥もその中にいる。
  中学の時に、一緒に勉学に励んでいた同級生は、当然の様に高校へ進学し、青春を謳歌していたが、青山羊荘にいる千葉は学費が払えず、それが理由で高校進学を諦め、今は「シロクマ宅急便」で働いている。
  千葉は引越し担当だ。

 「ご馳走様。オレ達バイトに行ってくるよ」

  いち早く食事を終わらせたのは、千葉と柳だった。
  柳も千葉と同じ十五歳である。
  二人は幼馴染であり、シロクマ宅急便で働く仲間だ。

  今日は、早朝から仕事が入っており、皆の様にゆっくりと食事をとる時間はなかった。
  女主人が、青山羊荘から出て行く二人を慌てて呼び止め、昼食用の僅かな小銭を渡した。

 「二人共、毎日ご苦労さま。これは少ないけれど……」
 「ありがとうございます」

  千葉と柳は女主人に礼を言った。

 「それはこっちの台詞ですよ。二人には随分助けられてます。この施設をいつまで維持出来るか分からないけど、頑張りましょうね」
 「そんなの気にしなくていいよ。オレ達、もっと仕事を覚えて給料上げて貰うからさ」

  柳は申し訳なさそうな女主人に、明るく手をふって見せた。
  女主人は、そんな柳にほっとした表情で二人を見送る。

 「くれぐれもケガしないように。気をつけて行ってらっしゃいね」
 「はい」

  二人は青山羊荘に背を向け、片手をあげて女主人の声に応えた。

                 ☆

 「おう! お前達、遅いぞ!」
 「すみません!」

  現場に辿り着くと、引越し業者のトラックはすぐにでも走り出しそうだった。
  二人は、出勤時刻を間違えていた訳ではなかったが、現場の時計を見て、遅刻している事に気付く。

 「千葉……」
 「ああ、また青山羊荘の時計が遅れてたんだな……」

  千葉がそう呟くと、現場責任者は二人を怒鳴りつける様に言った。

 「こらっ! そこの二人! さっさとトラックに乗り込め! 置いてくぞ!」

  二人はシロクマ宅急便の服に着替えて、慌ててトラックに乗り込んだ。
  他、数名の従業員は、既にトラックの荷台にいた。

 「おはよう、二人は寝坊でもしたのかな?」

  くすくす笑いながら声を掛けてきたのは、五歳年上の背の高い女性従業員だ。

 「いえ……時計が遅れていて……」
 「寝坊です」

  柳は正直に答えたのだが、千葉は敢えて自分達の失敗なんだと、それを否定する。
  この時代の時計は、衛星からの信号で正確に時刻を表示する衛星時計を使っている家庭がほとんどだ。
  旧式の時計に頼っている者は、貧乏人しかいない。

  仕方なく、柳は千葉に合わせた。

 「そう、寝坊は仕方ないよね。私もこの仕事を始めてから、何度も遅刻しそうになって、今は家の人に送ってもらってるの」
 「そうですか」

  千葉は、素っ気無い返事を返した。
  彼女の家は、恐らく千葉や柳の様な事情等持ってはいないだろう。
  彼女には、遅れない時計や、仕事場まで送ってくれる家族があるのだ。
  何も持たない自分達とは違う。

  口数の少ない千葉や柳に、彼女は場の空気の悪さを感じたのか、二人から離れて荷台に座り、他のスタッフと会話をしていた。

 「――千葉、何でだよ!」
 「あ――……」

  柳は、さっき話した「寝坊をした」という千葉の言葉の嘘を根に持っているらしい。

 「わざわざ、家は貧乏です、なんてアピールしなくてもいいだろ?」
 「お前、変な所にプライド持ちすぎだ」

  トラックに揺られながら、柳の不満を何気なく聞いているうちに、今日の引越し依頼者の住居へ辿りついた。

                 ☆

「ちわ――っ! シロクマ引越し便です」

  インターフォン越しに、チーフが声をかけると「どうぞ、お入り下さい」と品の良い声が聞こえた。
  そして、扉が開く。

 「今日は宜しくお願いします」
 「はい、早速、荷物の梱包に取り掛かりますね」

  全て「お任せコース」で依頼したこの家族は裕福な家庭であるらしく、家の中は豪華な調度品で溢れていた。明日の食べ物すら無きに等しい、千葉や柳とは随分な違いである。

  荷物を丁寧に箱詰めにして、トラックの荷台に運び終えたのは、丁度、昼食の時間だった。

 「それでは、私達は、午後から引越し先へと向かいますので、移動をお願いします」
 「分かりました。宜しくお願いします」

  上品を絵に描いたような仕草で、お辞儀をした依頼者の女性は、千葉や柳を見て、袋詰めのあめ玉を二人に渡した。

 「まだ若いのに、貴方達は立派ね」

                 ☆

 「なあ、千葉、何だと思うよ。あの子供扱いは」
 「実際、オレ達はまだ十五だ……仕方ないんじゃないか?」

  引越し業の昼休みの時間が訪れて、二人は近くのコンビニに向かっていた。
  本当なら、この近くで、失業者や路上生活者を相手に配給を行っている公園に行き、腹を満たしたい所だが、「シロクマ引越し便」の制服を着ている以上、そこへ行くべきではない。

  柳は、女性の子ども扱いに文句を言っていたが、千葉が柳の口に貰ったあめ玉を放り込むと、柳はそれきり黙って、あめ玉を口に含んでいる。

――まあ、腹が減ってるんだから、何でも美味しく感じるよな。

  二人は共通の思いで、あめ玉を舐めながらコンビニに着いた。
  コンビニの中に入ると、クリスマスが近い為か、店内はクリスマス一色にデコレージョンしてあった。
  それを見て、柳は言う。

 「オレ達程、クリスマスに縁のない人間なんていねぇな」
 「同感だ」

  千葉は、シラけた気分で小銭を持ち、安いおにぎりを二個手に取った。

  青山羊荘でクリスマスを祝った事等一度もない。
  まして、サンタがクリスマスプレゼントを持ってやって来るなんて、夢物語を信じたこと等一度もない。
  この世の神や仏等、目に見えない、存在しない人物を信じてはいなかった。

 「柳、梅と鮭、どっちがいい」
 「そりゃ、鮭の方がボリュームあっていいだろうよ」

  柳は、千葉の手からおにぎりを受け取ろうとする。
  しかし、千葉は敢えて梅のおにぎりを柳に渡した。

 「梅? 何でだよ。鮭はオレのだって」
 「悪いな、柳、鮭は一つしかなかったんだ」

  ベリっとおにぎりの包装紙を剥がして、千葉は鮭のおにぎりを口に入れた。

 「あ――! オレの鮭」
 「オレも鮭が良かったんだ」
 「だったら最初から聞くなよなぁ」

  千葉に騙された柳は、しぶしぶ梅のおにぎりを口に入れた。


                    ☆
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