森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

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番外編

百人祭(3)

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  リンゴーン♪

 「オレ」の頭に教会の鐘の音が鳴り響く。

  ちょっと待て! オレの理解範囲を超えている。

  思えば、「オレ」と一樹が五歳の誕生日を迎えた頃、亜樹をどっちがお嫁さんに貰うか、という議論を交わした事がある。
    あの時、桂樹に、「亜樹とお前達はDNAが近いから結婚は出来ない」と五歳の「オレ」達にもよく分かるように、黒板にDNAの論理を桂樹は説明してくれた。

  その時、初めて「オレ」達や亜樹がクローンであり、血縁関係を持った人間同士だと言う事を自覚したのだ。
  その時のショックを「オレ」は今でも覚えている。
  なのに。

 「私、子供が出来たの……今、五ヶ月よ」

  亜樹のその言葉に、その場にいた全員が驚いた。
  十樹も、その事に関しては知らなかった様子で、言葉を失くしていた。

 「子供が安定期に入るまでは、内緒にしておこうと思ったんです」

  照れくさそうに、橘は言った。

 「嘘だ! 亜樹は「オレ」のお嫁さんになるって言ってたじゃないか」

 「『オレ』はまだ小さかったから、亜樹が冗談で応えたんだろう。それに桂樹から、結婚は出来ないと聞いていただろう?」

  十樹は、「オレ」にそう言うと、やれやれと年寄り臭く椅子から立ち上がった。

 「二人は、この研究室に残るのか?」
 「出来たらそうしたいです。僕にも、親も親戚もいないも同然ですし、自分達の子を危険にさらしたくはないですし」

――ああ……そう言えば。

  橘は昔、神崎とかいう教授の手によって、頭に盗聴器を埋め込まれた事があると言ってた。何でも、その企みには、橘の両親も関わっていたとか……橘にとって、苦い記憶だろう。
  その後、両親とは縁を切ったと言っていた。

ピッピピピピピピ……

「ん?」

  その時、「オレ」の携帯が鳴った。
  メールの着信音だ。差出人を見ると桂樹だった。

  もう、前夜祭も終わりだというのに、何を今更――

「オレ」は、メール画面を開いた。

 『もう少し待っててくれ――桂樹』

  内容はそれだけだった。
  何を待っていろと言うのだろう。
  「オレ」は桂樹に疑問を抱いた。

                   ☆

 十樹と橘と亜樹は、今度行われる結婚式の事で、「オレ」達を放って話をしている。
  主役は既に橘と亜樹に代わっていた。
  一樹は十樹から貰った、コスモカプセルの調整に夢中になっている。

 「オレ」だけが一人、窓の外に降る雪を見ていた。

  ホワイトクリスマス……そう、今日はクリスマス・イヴなのである。
  一年に一度の聖なる夜なのである。
  しかし、「オレ」が好きだった亜樹は、やさ男で貧弱で情けない(オレの方がよっぽどいい男なのに)橘と将来を誓い「オレ」の保護者である桂樹は不在で――

 ――全く、何て最低な誕生日なのだろう。

                   ☆

  窓の外にある木々に、しんしんと雪は降り積もる。
  この分だと、明日の朝には銀世界になるだろう。
  暗い闇の中で降りしきる雪は、どこか儚く霞んで、幻のように見えた。

 「『オレ』?……もう皆は休んだよ。『オレ』も早く寝なさい」

  ぼんやりと、窓の外を見ていたオレに、十樹が声をかけてきた。

 「桂樹がオレに待ってろって、メールが届いたんだ」
 「桂樹を待ってたらきりがない。あいつは昔から遅刻魔なんだ」

  十樹は、以前、桂樹と待ち合わせをした際に、六時間も待たされた事がある、と話した。

 「だから、君も寝なさい」
 「嫌だ」
 「『オレ』?」
 「桂樹が待ってろって言ったんだ。オレ起きてる」

  起きて、桂樹が来たら文句を言ってやるんだ。
  そう言うと、十樹が髪をくしゃりと撫でた。

 「それなら好きにしなさい。しかし、夜は冷えるから」

  十樹は、「オレ」の為に、寝室から毛布を持ってきた。ふわりと宙を舞って、オレの身体を包み込む。

 「風邪をひくといけないからね。これにくるまってなさい」

  オレは、十樹の優しさ(おせっかい)に、こくんと頷いて、青い毛布を身体に纏った。
  暖かかった。

  桂樹が帰ってきたら、色んな事を話すんだ。

  名前のせいでいじめられている事も、
  橘と亜樹が結婚する事も、
  亜樹を諦めきれない事も、
  桂樹が前夜祭にいなくて、オレだけプレゼントを貰えなかった事も――


 今年も、プレゼントが「ゴキブリ王国」のお土産グッズだったとしても、オレは別に構わない事も。



――話したいことが、沢山あるんだ――




「じゃあ「オレ」お休み」
 「おやすみ」

  十樹とそう話してから、十分も経たない内に、「オレ」は眠りにおちてしまった。

                  ☆

「うおー、寒い」

  深夜の二時を回ったところで、研究室の扉がシュンと軽い音を立てて開いた。
  真夜中に帰宅したのは、桂樹である。

 「あっ、オレを待ってろと言ったのに、全員寝てやがる」

  ただいまを言った所で、待つものはいない。
  が。

  研究室の壁にもたれて、毛布に包まりながら寝ている「オレ」がいた。

  「『オレ』知ってるか? サンタさんは眠った頃にやって来るんだぞ」

  桂樹は上機嫌で、ある一枚の紙を懐から取り出した。

                  ☆

 「おはよう、飛樹、今日は百人祭だよっ!」
 「おめでとう、飛樹」

――しぶき? 誰のことだ?

  そんな声で目を覚ましたオレは、一瞬、眼が見えなくなったと思った。
  それは、オレの視界を妨げる様に、白い習字紙が顔にはりついていたからだった。

  何の冗談かと、オレは額についているセロテープを剥がして、習字紙に書かれている文字を見た。


  『命名 飛樹しぶき


 「はあ!?」
 「飛樹、今年の桂樹からの誕生日プレゼントだ」

  十樹が笑顔でそう言った。

 「オレの……名前?」

  そう聞いた途端、自分の名前が書かれた習字紙を持つ手が震える。
  オレの眼は、自然に桂樹を捜していた。

 「誕生日、おめでとう、飛樹」

  目線の先にいた桂樹は笑顔を見せて、途端、倒れた。

 「桂樹!?」

  皆が慌てて駆け寄る。

 「ぐおおおお……」

  が、すぐに寝息が聞こえて、皆は安堵の息をついた。

                  ☆

  桂樹はそのまま、午前中一杯眠っていた。
  十樹に聞くと、桂樹はオレの名前を改名する為に、あちらこちらの機関の門を叩き、一日中走り回っていたという事だった。

  オレは何だか、頭の中の霧が晴れて、昨夜とはうって変わって、幸せな気分で誕生日を迎えた。

                 ☆

  今日は百人祭が行われ、皆が広場の中心に集まり、踊ったり歌ったりしている。
  それを遠目で眺めていると、起きたばかりの桂樹が、一人の女の子を連れてやってきた。

  桂樹が、かがんでオレの耳元で囁いた。

 「飛樹……名前をつけたのはオレだが、名前をつけることを提案したのは、この子だ」
 「え……?」

  女の子は、恥ずかしそうに飛樹を見ている。
  どことなく、亜樹に似ているその子は、頬を赤らめていた。

 「お前も隅におけないな」
 「桂樹!」

  面白がって、にやにやしている桂樹に、オレは怒った。
  照れくさかったのだ。

 「飛樹くん、踊りに行こう?」

  女の子はそう言うと、飛樹に手を差し伸べた。

 「行って来い」
 「う、うん」

  桂樹に背中を押されて、オレは女の子が差し出した手を掴む。
  オレは、これからの未来に向かって駆け出した。






 (終)

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