森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

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番外編

十樹の受難(2)

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 その一方で、桂樹は学長でもないのに学長室に居座り、各所の監視カメラの映像を、学長室に備えられたモニターで見ていた。

  会議室の前で、十樹と朝日が一緒になって歩いているのを見て、桂樹は「不思議な国のアリス」に出て来るチェシャ猫のように、にやにや笑って見ている。

 「やっぱ、学長室は最高だな」

  金ピカの椅子に身体の全体重をかけて、ふんぞり返っていると、SPが声をかけて来た。

 「何か、お困りの事はありませんか」
 「ああ……そうだな。今の所命を狙われている様な事はないよ」

  桂樹は十樹の口ぶりで言った。

 「そうだな……強いていうならプリンが食べたい」
 「はっ! プリンを」

  その場にいた何人かのSP達に、リーダーは伝令して伝えた。
  その結果、桂樹の注文したプリンは、プリン・ア・ラ・モードとなって届いたが、その事に特に不満はなかった。

                   ☆

 ブレイン朝日に、一日中拘束されていると感じた十樹だったが、ようやくトイレの時間がやって来て、十樹はほっと息をついた。

――これで、朝日のカンパニーに連絡が出来る。

  十樹は会議の席で、こっそり調べた朝日のカンパニーへ、携帯で電話をかけた。

 『はい』
 「こちらは幾何学大学の白石と申します。そちらから出向しているブレイン朝日君の事でお話したいのですが……」
 『幾何学大学の、学長、ですか!?』

  電話の主は、少なからず驚いた様子で十樹の話を聞いた。

 『申し訳ございません。そちらにお邪魔してから、ブレイン朝日の状態があまり良くありませんので……』

  カンパニーの責任者らしき男性は、まるで朝日を機械の故障でも起こった様な物言いをした。
  十樹は、何か引っ掛かりを感じながらも話を聞いた。

 『今までは、特に失敗もなく任務を遂行していたのですが、こちらからの帰還命令にも耳を傾けず、困っていた所です』
 「そうですか……しかし、こちらの大学でも手に余る次第で、なるべく早急に迎えに来て下さる様、お願いします」

  十樹は責任者にそう告げ、携帯をきると、ふうっと息をついた。

  これで恐らく大丈夫だろう。

 「十樹先生、お時間です。早く出て来て下さい」

  朝日の声で、僅かな自由時間が終了し、がっくりと肩を落とした。
  その日一日は、朝日のスケジュール通りに予定をこなす為、十樹は朝日の後を着いて走り回る事となった。

                   ☆

 そしてまた翌日、十樹が起床し顔を洗っていると、宇宙科学部の研究室の前で人が揉めている気配を感じた。十樹は白衣に着替えて研究室のドアを開けた。

  見ると、十樹がカンパニーの責任者と示し合わせた通りに、複数の関係者らしき人物が朝日を取り囲んでいた。

 「私は、この大学に必要な人間です」

  そう言った朝日は、宇宙科学部から出て来た十樹を見た。

 「十樹先生、この人達に言って下さい。私はこの幾何学大学にとって、無くてはならない存在なのだと……っ」

  朝日の必死な形相に、十樹はいつもと違う朝日を見た気がした。いつも朝日は冷静に物事を坦々と語る。
そんな彼女の変化に気付いた者もいるだろう。
  しかし。

 「君は、ここに居るべき人間じゃない。社会に出て働くべきブレインだ。カンパニーに帰りなさい」
 「十樹先生……」

  朝日は、その言葉に俯いて言った。

 「……分かりました。十樹先生がそう言うのなら、今回は諦めます。しかし、私は必ず帰ってきます。この幾何学大学に……必ず!」
 「――……」

  十樹は黙ったまま、カンパニーの人間に連れられていく朝日を見送った。一段落ついた十樹は、やれやれと研究室に戻った。
  その時、朝日が振り向き、十樹の姿を確認した事に気付いた者は誰も居ない。

                  ☆

 それから二ヶ月が過ぎ、ある事件が起こった。
  いや、これから起こるかも知れない事件が起こった。

 『宅配で、不審な荷物が届きました』
 「――不審な荷物?」

  宇宙科学部のインターフォン越しに、十樹はSPと話した。

 『不審な、ブラックボックスです。まるで爆弾のような……』
 「それは穏やかじゃないな。私が出よう」

  十樹はSP達の制止も聞かず、宇宙科学部の研究室を出た。
  するとSPは手に一枚のカードと、黒い金属製の箱を持っていた。

 「そのカードは?」
 「それが……このカードには、白石十樹にしか開けられない箱だと、メッセージが添えてありまして、差出人は不明です」
 「差出人不明……?」

  十樹は、自分にしか開けられない箱に興味を持った。
  確かに箱は固く閉じられており、ある種のパスワードを打ち込まない限り、開かない仕組みとなっている。
  十樹は、箱の内部を探ろうと、箱を耳にあてた。

  すると、中からカチカチと鳴る何かが入っている。

――これは、確かに。

 「爆弾だ」

  十樹がそう言うと、SP達は慌てて爆弾から離れ、壁に隠れ、遠巻きに見ている。

 「随分頼りないSPだな」

  十樹は独り言を言うと、黒い爆弾らしき物の解除を考えた。

 「学長! 危険です。すぐに爆発物処理班を呼びますから」
 「これは、私にしか開けられないのだろう?」

  犯人の標的は、間違いなく自分だ。
  周囲に危害が及ばない様、場所を変えなければならない。

  十樹は、誰も着いて来ない様に言ったが、SP達の反対もあり、後に来た爆発物処理班も同行する事になった。

                    ☆

 プラネタウンの地下へ行き、十樹は爆弾の解除を始めた。
  赤いボタンを押すと、プログラミング言語が、爆弾についているパネルに表示された。

――これは。

 「何か分かりましたか? 学長」
 「ああ……分かったよ。この爆弾の犯人もね」


                   ☆

『幾何学大学に在籍している皆様へお伝えします。ただちに大学構内から避難して下さい。ただちに大学構内から避難して下さい』

  学内に非常用ベルが鳴り、アナウンスが廊下を響き渡る。

 「なんだ、なんだ?」
 「何かあった?」

  詳しい状況の説明がされないままの、アナウンスに、皆は疑問を持った。
 「爆弾がある」と宣言してしまえば、学内は混乱するだろう。
  十樹の指示で、その事は伏せられていた。

  生徒、教授、病院関係者は、ゆっくりと慌てず校外へ出た。
  一時間後に校舎に残ったのは、重病の患者だけとなった。

                   ☆

 プラネタウンの地下では、二名の爆発物処理班を置いて、解除に必要なパスワードを打ち込んでいた。

――まさか、こんな報復があるとはね、朝日君。

  パネルに表示されているプログラミング言語は、神崎にクローンの製造情報を洩らした時に、使用していたものであった。
  それを解析したのは、あの時、大学内で働いていた朝日しかいないのである。

 「学長……大丈夫ですか」
 「大丈夫だ。必ず私がパスワードを全て解いてみせる」

  自分で造ったプログラムのパスワードを、十樹が解けない訳がないのだ。
  爆弾は、マトリョーシカの様に、何枚もの金属で覆われていた。
  パスワードを一つ解く度に、金属の箱が開き、またその中に箱がある。

  根気良く、それを解除していくと、パネルに新しいメッセージが表示された。

 『これでお終いです』

  最後のパスワードは、神崎を罠にかけた時のものだった。
 「お終い」が何を意味するのか、十樹は推測する。

  バスワードを全て解いたら、途端、爆発し、我が身もろとも爆発物処理班二人の命が失われる危険性もあるのだ。

――何が起爆スイッチになるか、分かったものじゃない。

  十樹と爆発物処理班は、ごくりと唾を飲み込んで、恐る恐る最後の箱を開けた。

 「こ、これは……?」
 「――……」

  中に入っていたのは、腕時計と野球のボールの様な丸い形をした重い物体だ。
  ごろりと箱の中で転がる。

 「……」

  これは、……爆弾?
  いや違う。

  十樹は、焦げた黒い丸い物体を手で拾った。

 「これは、チョコレート……ですね」

  金属の箱に入った腕時計は、金属の壁に当たって反響し、通常より大きな音が鳴っている。

 「――どうやら、爆弾では無かった様だ」

  十樹は、中に入っているメッセージカードを読んで言った。
  カードに書かれていたのは。

 『今日は、バレンタインです。貴方に時計とチョコを送ります。私の想いが貴方に届きますように 森沢朝日』
 「何故、こんな紛らわしい箱に……」

  十樹と爆発物処理班の二人は、がっくりとうな垂れた。
  ともあれ、事件は解決してのである。

                   ☆

 後日、桂樹は言っていた。

 「朝日ちゃんが、お前に気があるのを知らなかったのは、お前ぐらいだ」

  十樹は、桂樹すらも知っていた事実に、少なからずショックを受けた。
  十樹は、ホワイト・デーに、朝日に丁重なメッセージを書いて、クッキーと共に贈った。
  それに、何を書き記したかは、桂樹も知る所ではない。

――それから、五年が経ち、朝日は幾何学大学の居住権を勝ち取り、研究生として迎えられることになった。

  十樹が朝日から贈られた腕時計をはめ、研究をしているかどうか、朝日が「宇宙科学部」を選んで入学して来たのかどうかは、また別の話――







(終)
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