55 / 94
番外編
サクラの夢(3)
しおりを挟む
その日は朝から風も冷たく、空はどんよりと曇っていた。
毎日の様に、桜の様子を見に来ていた桂樹は、ふとサクラのいる病室を見た。
サクラの病室のカーテンは閉まったままだった。
――サクラ、ごめんな。オレには何もしてやれない。
けれど。
春までもたないなんて、そんな悲しい言葉でサクラの可能性を断ってしまわないでくれ。
もしも神様がいるのなら、命の期限をもう少し延ばしてやってくれ。
あの子にまた、満開のサクラを見せてやってくれ。
ここ数日間、サクラの病室には「面会謝絶」のプレートがかけられていた。
「医局で、サクラの担当医に聞いてきたよ」
「どうだったんだ?」
姿を現さないサクラの容態が気になり、十樹は医局でカルテを見てきていた。
「どうやら風邪をこじらせたらしい。ここ数日間、発熱が続いているそうだ」
「そうか」
今のサクラにとっては、風邪ですら命取りになり兼ねない。
桂樹は、サクラの代わりに自分が作り出した栄養剤を、桜の樹の根元に挿しこんだ。
☆
「ねえ、お母さん、カーテンを開けて」
ケホケホと咳き込むサクラを心配しながら、サクラの母はカーテンを開けた。
「学長さん達、いる?」
「ええ、いるわよ」
「学長さん達、あの桜を治して、春には花を咲かせてくれるの。約束したの。サクラは春が楽しみなんだ」
熱で赤くなった頬に、母親はそっと手をあてた。
母親は目を潤ませてサクラに言った。
「サクラ……春になったら、桜を一緒に見ましょうね」
「うん」
サクラは笑顔で母親にそう言うと、疲れたように、すう、と眠ってしまった。眠った事を確認すると、サクラの母親は、十樹と桂樹の元へ駆け出した。
一基のエレベーターが降りて来る。
「学長……いつも娘の為にありがとうございます」
母親は、動けなくなったサクラの代わりに、十樹や桂樹が、桜の樹の幹に栄養剤を与えていたことを知っていた。
「いえ……私達は好きで桜の世話をしているだけですから……顔を上げて下さい」
十樹が、母親の肩に軽く触れると、ゆっくりと顔を上げた。
「あの子……もうあと二、三日だと、お医者様から言われて、私には何も出来なくて」
「はい」
今にも泣き出してしまいそうな母親の言う事を、十樹と桂樹は黙って聞いていた。
☆
「あと二、三日か……結局、何も出来なかったな……」
桂樹がポツリと呟く。
十樹は、『四季』から放送されている天気予報を、ハンディコンピューターで見ていた。
「桂樹……明日は大雪になるそうだ」
「ああ知ってる……今晩は冷え込みそうだな」
十樹は、咲かない桜の枝を見て、何か、はっとした様に言った。
「見せられるかも知れないよ。満開の桜を」
「……たぶん、オレもお前と同じことを考えてる」
そうした意志伝達を、双子だからなのか、幼い頃から互いの考えていることが、ぼんやりと分かる時がある。
二人は無言のまま、その準備を始めた。
☆
翌日、天上から大粒の雪が降り、辺りは銀世界に変わっていた。
吐く息が白く大気に映った。
「お母さん、呼び出してすみません」
十樹と桂樹は、サクラの為に出来ることを、精一杯の気持ちで話すと、サクラの母親は快く了承してくれた。
そして、いつ事切れてもおかしくはない、サクラの元へ帰って行った。
「学長も兄ちゃんも、こんなトコで何してるんだよ」
雪玉を手に持った子供が、桂樹に雪玉をぶつけてくる。
「こらっ! 今日は、ここで雪合戦するのは禁止だ! 分かったか」
桂樹は、軽く拳を振り上げて、子供の顔を拳骨で叩いた。
「うわー、ひでぇ、オレ病人なのに!」
「病人がこんな所で遊んでるのが可笑しいだろう。病室に戻れ」
今晩が勝負だ。
☆
桂樹は、幾何学大学病院に入院している患者達に、徹夜で造ったチラシをバラまいていた。
そして、病棟のアナウンスを使って、患者達にそれを宣伝する。
全て、学長である十樹に了解をとった上での行動だった。
『病棟内に入院中の患者様にご連絡致します。午後七時より「真冬の桜祭り」を開催致します。中庭に面した患者様は……』
アナウンスの声は、遠野瑞穂だ。
二人は、医局にいた瑞穂に相談すると「いいじゃない」と二つ返事で引き受けてくれた。
(ただし、豪華ディナーにお土産付きで)
棟内は、そのアナウンスを受けてザワザワとしていた。
「こんな冬に桜だって?」
「一体、何をするつもりだろう」
この病院は大丈夫か?と言う患者達の問い合わせも少なからずあったが、苦情係を引き受けた瑞穂は「お楽しみに」と一言返事をするだけの対応だった。
最も、瑞穂が一番楽しみにしているのは、豪華ディナーの方であったのだが、患者達が、それを知る術はない。
そのアナウンスは、当然、サクラのいる病室にも流れた。
「サクラ……今晩、学長さん達が、ここで桜祭りを開いてくれるって」
「桜……祭り?」
サクラは今にも消え入りそうな声で答えた。
「サクラ……咲かない桜、見たいな」
「今晩の七時になったら見れる様、ベットの位置を変えるから、もう少し待って」
「うん……サクラ、眠るけど、七時になったら起こして」
「分かったわ」
母親が優しく言うと、サクラは安心した様に瞳を閉じた。
☆
そして、夜の七時、大学警察の協力の下、「真冬の桜祭り」は始まった。
二人は、七時になると同時に、プロジェクションマッピングの仕組みを利用して、中庭に降り積もった雪を桜に見立てて、薄桃色のライトを照射した。
ジングルベルのオルゴールが、病棟を包んだ。
一斉に桜が咲いたような雪を見て、患者達は歓声の声を挙げた。
「わああ……綺麗!」
真冬の月明かりの中で、淡く咲く桜。
繰り返し繰り返し流れる、ジングルベルの音色。
それは患者達にとって、夢の様な時間だった。
☆
オルゴールが鳴り響く中、桂樹は、エレベーターを待ちきれず、階段を登って、サクラの病室まで走った。
面会謝絶の札を無視して、バタンと病室のドアを開ける。
「サクラ! 一緒に花見しよう!」
桂樹は、病室に飛び込んだ。
すると、母親が小さくお辞儀をした。
「つい先程、お亡くなりになりました」
サクラの担当医が、静かにそう言った。
「――え?」
桂樹は、担当医の言う事をすぐには信じなかった。
担当医を手で跳ね除けると、ベットに駆け寄り、横たわるサクラの胸に両手を組んで心臓マッサージを始めた。
ホルター心電図は、ピ――と一定の音を立てたまま動かない。
「サクラ、サクラ! 死ぬにはまだ早い、孵って来い!」
「学長……っ!」
何度も心臓マッサージを繰り返す桂樹の背に、母親は抱きついて、それを阻んだ。
「学長っ! もうこの子は十分生きました。もう休ませてあげて下さい!」
母親は泣きながら桂樹に言ったが、構わずマッサージを続ける桂樹の額から、汗が滲み出た。
桂樹は、くっと歯をくいしばった。
「サクラ! 逝くな! ――逝くな!」
目を細め、息を荒くした桂樹の瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。
病室には、すすり泣く母親の声が壁に反響し、やけに響いて聞こえた。
桜を見せてやりたかったのだ。
――例え、それがニセモノの桜だとしても。
☆
桂樹の願いは叶わなかった。
後で担当医に聞いた所、サクラは眠ったまま静かに旅立ったと言う事だった。
サクラの死に顔は、微笑んでいるかのようだと、母親は言った。
「きっと、あの子には、あの日の桜が見えていたんです。桜の夢を見て、亡くなったんだと思います」
後日、十樹に挨拶に来た際、そう言って、サクラのお骨を持って幾何学大学病院を出ていったそうだ。
それから数ヶ月。春が来た。
桂樹はぼんやりと桜を見て過ごしていた。
「また、あの子の事を考えているのか?」
「十樹……あの桜、切っちまったのはお前か?」
「ああ……庭師が、もうこれ以上は危ないと、私に言ってきたんだ」
桂樹は、切り株になってしまった桜に近づき、表面を手で撫でた。
「畜生……!」
自分にもっと力があれば、桜もサクラも救えたんじゃないか。
「桂樹、ほら、これをやる」
そう言って、十樹が差し出したのは酒だ。
「折角、桜が咲いたんだ。花見をしようと思ってね」
桂樹が、十樹の差し出した酒を受け取ると、背後から声が聞こえてきた。
「十樹君、桂樹君――お弁当持ってきたわよー」
瑞穂が重箱を持って、こっちに駆け寄ってくる。
橘と亜樹は、ピクニックシートを持って現れた。
皆が、咲き誇った桜の元に、わいわいと賑やかな様子でピクニックシートを敷いて、お弁当を広げた。
しかし、桂樹だけが、一人離れて、切り株を背にワンカップ酒を飲んでいる。
「桂樹君ー! 何やってるの、そんなトコで」
「うるせー、オレはここでいいの!」
「もう! お弁当、無くなっちゃうわよ!」
切り株を背に座ったままの桂樹を、瑞穂は引っ張って、皆の元に合流させようとする。
その時――。
「あら? 随分、可愛いお花見ね」
瑞穂が、切り株を見て言った。
その声に桂樹が振り向いて見ると、桂樹の座った反対側に、切り株の根元から一本だけ小さな枝に花を咲かせている、咲かない桜があった。
「サクラ……」
恐らく、それは桂樹の研究成果なのだろう。
酒の勢いも手伝って、桂樹の目からボロボロと涙が流れる。
――いつか、本当の桜を咲かせるから。
サクラとの、その約束はずっと胸に。
「見せてやりたかったなぁ、サクラに」
「なぁに?桂樹君、泣き上戸だったの?」
おいおい泣く桂樹に、瑞穂は仕方なくハンカチを渡した。
これからも、春は巡る。
その都度、きっとサクラの事を思い出すのだろう。
今は、天国にいるサクラの為に、桂樹は研究を続ける。
(終)
毎日の様に、桜の様子を見に来ていた桂樹は、ふとサクラのいる病室を見た。
サクラの病室のカーテンは閉まったままだった。
――サクラ、ごめんな。オレには何もしてやれない。
けれど。
春までもたないなんて、そんな悲しい言葉でサクラの可能性を断ってしまわないでくれ。
もしも神様がいるのなら、命の期限をもう少し延ばしてやってくれ。
あの子にまた、満開のサクラを見せてやってくれ。
ここ数日間、サクラの病室には「面会謝絶」のプレートがかけられていた。
「医局で、サクラの担当医に聞いてきたよ」
「どうだったんだ?」
姿を現さないサクラの容態が気になり、十樹は医局でカルテを見てきていた。
「どうやら風邪をこじらせたらしい。ここ数日間、発熱が続いているそうだ」
「そうか」
今のサクラにとっては、風邪ですら命取りになり兼ねない。
桂樹は、サクラの代わりに自分が作り出した栄養剤を、桜の樹の根元に挿しこんだ。
☆
「ねえ、お母さん、カーテンを開けて」
ケホケホと咳き込むサクラを心配しながら、サクラの母はカーテンを開けた。
「学長さん達、いる?」
「ええ、いるわよ」
「学長さん達、あの桜を治して、春には花を咲かせてくれるの。約束したの。サクラは春が楽しみなんだ」
熱で赤くなった頬に、母親はそっと手をあてた。
母親は目を潤ませてサクラに言った。
「サクラ……春になったら、桜を一緒に見ましょうね」
「うん」
サクラは笑顔で母親にそう言うと、疲れたように、すう、と眠ってしまった。眠った事を確認すると、サクラの母親は、十樹と桂樹の元へ駆け出した。
一基のエレベーターが降りて来る。
「学長……いつも娘の為にありがとうございます」
母親は、動けなくなったサクラの代わりに、十樹や桂樹が、桜の樹の幹に栄養剤を与えていたことを知っていた。
「いえ……私達は好きで桜の世話をしているだけですから……顔を上げて下さい」
十樹が、母親の肩に軽く触れると、ゆっくりと顔を上げた。
「あの子……もうあと二、三日だと、お医者様から言われて、私には何も出来なくて」
「はい」
今にも泣き出してしまいそうな母親の言う事を、十樹と桂樹は黙って聞いていた。
☆
「あと二、三日か……結局、何も出来なかったな……」
桂樹がポツリと呟く。
十樹は、『四季』から放送されている天気予報を、ハンディコンピューターで見ていた。
「桂樹……明日は大雪になるそうだ」
「ああ知ってる……今晩は冷え込みそうだな」
十樹は、咲かない桜の枝を見て、何か、はっとした様に言った。
「見せられるかも知れないよ。満開の桜を」
「……たぶん、オレもお前と同じことを考えてる」
そうした意志伝達を、双子だからなのか、幼い頃から互いの考えていることが、ぼんやりと分かる時がある。
二人は無言のまま、その準備を始めた。
☆
翌日、天上から大粒の雪が降り、辺りは銀世界に変わっていた。
吐く息が白く大気に映った。
「お母さん、呼び出してすみません」
十樹と桂樹は、サクラの為に出来ることを、精一杯の気持ちで話すと、サクラの母親は快く了承してくれた。
そして、いつ事切れてもおかしくはない、サクラの元へ帰って行った。
「学長も兄ちゃんも、こんなトコで何してるんだよ」
雪玉を手に持った子供が、桂樹に雪玉をぶつけてくる。
「こらっ! 今日は、ここで雪合戦するのは禁止だ! 分かったか」
桂樹は、軽く拳を振り上げて、子供の顔を拳骨で叩いた。
「うわー、ひでぇ、オレ病人なのに!」
「病人がこんな所で遊んでるのが可笑しいだろう。病室に戻れ」
今晩が勝負だ。
☆
桂樹は、幾何学大学病院に入院している患者達に、徹夜で造ったチラシをバラまいていた。
そして、病棟のアナウンスを使って、患者達にそれを宣伝する。
全て、学長である十樹に了解をとった上での行動だった。
『病棟内に入院中の患者様にご連絡致します。午後七時より「真冬の桜祭り」を開催致します。中庭に面した患者様は……』
アナウンスの声は、遠野瑞穂だ。
二人は、医局にいた瑞穂に相談すると「いいじゃない」と二つ返事で引き受けてくれた。
(ただし、豪華ディナーにお土産付きで)
棟内は、そのアナウンスを受けてザワザワとしていた。
「こんな冬に桜だって?」
「一体、何をするつもりだろう」
この病院は大丈夫か?と言う患者達の問い合わせも少なからずあったが、苦情係を引き受けた瑞穂は「お楽しみに」と一言返事をするだけの対応だった。
最も、瑞穂が一番楽しみにしているのは、豪華ディナーの方であったのだが、患者達が、それを知る術はない。
そのアナウンスは、当然、サクラのいる病室にも流れた。
「サクラ……今晩、学長さん達が、ここで桜祭りを開いてくれるって」
「桜……祭り?」
サクラは今にも消え入りそうな声で答えた。
「サクラ……咲かない桜、見たいな」
「今晩の七時になったら見れる様、ベットの位置を変えるから、もう少し待って」
「うん……サクラ、眠るけど、七時になったら起こして」
「分かったわ」
母親が優しく言うと、サクラは安心した様に瞳を閉じた。
☆
そして、夜の七時、大学警察の協力の下、「真冬の桜祭り」は始まった。
二人は、七時になると同時に、プロジェクションマッピングの仕組みを利用して、中庭に降り積もった雪を桜に見立てて、薄桃色のライトを照射した。
ジングルベルのオルゴールが、病棟を包んだ。
一斉に桜が咲いたような雪を見て、患者達は歓声の声を挙げた。
「わああ……綺麗!」
真冬の月明かりの中で、淡く咲く桜。
繰り返し繰り返し流れる、ジングルベルの音色。
それは患者達にとって、夢の様な時間だった。
☆
オルゴールが鳴り響く中、桂樹は、エレベーターを待ちきれず、階段を登って、サクラの病室まで走った。
面会謝絶の札を無視して、バタンと病室のドアを開ける。
「サクラ! 一緒に花見しよう!」
桂樹は、病室に飛び込んだ。
すると、母親が小さくお辞儀をした。
「つい先程、お亡くなりになりました」
サクラの担当医が、静かにそう言った。
「――え?」
桂樹は、担当医の言う事をすぐには信じなかった。
担当医を手で跳ね除けると、ベットに駆け寄り、横たわるサクラの胸に両手を組んで心臓マッサージを始めた。
ホルター心電図は、ピ――と一定の音を立てたまま動かない。
「サクラ、サクラ! 死ぬにはまだ早い、孵って来い!」
「学長……っ!」
何度も心臓マッサージを繰り返す桂樹の背に、母親は抱きついて、それを阻んだ。
「学長っ! もうこの子は十分生きました。もう休ませてあげて下さい!」
母親は泣きながら桂樹に言ったが、構わずマッサージを続ける桂樹の額から、汗が滲み出た。
桂樹は、くっと歯をくいしばった。
「サクラ! 逝くな! ――逝くな!」
目を細め、息を荒くした桂樹の瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。
病室には、すすり泣く母親の声が壁に反響し、やけに響いて聞こえた。
桜を見せてやりたかったのだ。
――例え、それがニセモノの桜だとしても。
☆
桂樹の願いは叶わなかった。
後で担当医に聞いた所、サクラは眠ったまま静かに旅立ったと言う事だった。
サクラの死に顔は、微笑んでいるかのようだと、母親は言った。
「きっと、あの子には、あの日の桜が見えていたんです。桜の夢を見て、亡くなったんだと思います」
後日、十樹に挨拶に来た際、そう言って、サクラのお骨を持って幾何学大学病院を出ていったそうだ。
それから数ヶ月。春が来た。
桂樹はぼんやりと桜を見て過ごしていた。
「また、あの子の事を考えているのか?」
「十樹……あの桜、切っちまったのはお前か?」
「ああ……庭師が、もうこれ以上は危ないと、私に言ってきたんだ」
桂樹は、切り株になってしまった桜に近づき、表面を手で撫でた。
「畜生……!」
自分にもっと力があれば、桜もサクラも救えたんじゃないか。
「桂樹、ほら、これをやる」
そう言って、十樹が差し出したのは酒だ。
「折角、桜が咲いたんだ。花見をしようと思ってね」
桂樹が、十樹の差し出した酒を受け取ると、背後から声が聞こえてきた。
「十樹君、桂樹君――お弁当持ってきたわよー」
瑞穂が重箱を持って、こっちに駆け寄ってくる。
橘と亜樹は、ピクニックシートを持って現れた。
皆が、咲き誇った桜の元に、わいわいと賑やかな様子でピクニックシートを敷いて、お弁当を広げた。
しかし、桂樹だけが、一人離れて、切り株を背にワンカップ酒を飲んでいる。
「桂樹君ー! 何やってるの、そんなトコで」
「うるせー、オレはここでいいの!」
「もう! お弁当、無くなっちゃうわよ!」
切り株を背に座ったままの桂樹を、瑞穂は引っ張って、皆の元に合流させようとする。
その時――。
「あら? 随分、可愛いお花見ね」
瑞穂が、切り株を見て言った。
その声に桂樹が振り向いて見ると、桂樹の座った反対側に、切り株の根元から一本だけ小さな枝に花を咲かせている、咲かない桜があった。
「サクラ……」
恐らく、それは桂樹の研究成果なのだろう。
酒の勢いも手伝って、桂樹の目からボロボロと涙が流れる。
――いつか、本当の桜を咲かせるから。
サクラとの、その約束はずっと胸に。
「見せてやりたかったなぁ、サクラに」
「なぁに?桂樹君、泣き上戸だったの?」
おいおい泣く桂樹に、瑞穂は仕方なくハンカチを渡した。
これからも、春は巡る。
その都度、きっとサクラの事を思い出すのだろう。
今は、天国にいるサクラの為に、桂樹は研究を続ける。
(終)
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!
七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ?
俺はいったい、どうなっているんだ。
真実の愛を取り戻したいだけなのに。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる