森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

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第六章

2.残された者

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    幾何学大学の玄関ホールの一角では、ゴキブリ王国の建設が着々とすすめられている。
  ゴキブリ王国オープンの宣伝ポスターを見て、外部から訪れた者は、皆、一様に顔をしかめた。

  オオチャババネゴキブリ、ヤエヤマダラゴキブリ、オオゴキブリ、モリチャバネゴキブリ、サツマゴキブリ、ルリゴキブリ、ヤマトゴキブリ……

 周囲のそんな様子に全く気付くことなく、桂樹はゴキブリのネームプレート作りに没頭している。
  そこへ、先程、宇宙科学部を訪ねてきた大学警察の一人がやってきて、幸せそうな桂樹に言った。

 「白石桂樹さんですね」
 「ああ、そうだけど」

  大学警察は桂樹にそう確認すると、突然、桂樹の頭に小型拳銃を突きつけてきた。

 「はっ!」
 「!?」

  桂樹はとっさに振り向いて、フェイシングポーズで拳銃の銃口に人差し指を突っ込んだ。

 「何の用だ。大学警察が何故こんなことをする」
 「白石桂樹、あの世へ逝って、千葉に侘びをいれろ」

――千葉?

 「ああ、お前、あの時オレ達を誘拐した脇役じゃねーか」
 「誘拐……? 何故、あの場にいなかったお前がそれを」

  脇役と呼ばれた男は異変に気がついた。
  そういえば、調査書によれば白石十樹とこの男が双子だったことに気がついたのである。

 「どういうことだ?」
 「オレ達、入れ替わってたんだよ。あの件で恨みがあるなら十樹に言ってくれ」

  実の兄を特に庇う気はなく、桂樹はそう言った。

 「白石桂樹、お前が十億円の変わりに学長代理を生け捕りにしろと依頼したから、千葉は死んだんだ。それが、どれだけリスクの高い事なのか分かっていたのか」
 「――だから、それは十樹が……って、十億!? あいつ、どんだけ金持ちなんだよ!」

  桂樹は自分の身に降りかかっているこの事態と関係ない事で驚きの声を上げた。

 「なぁ、脇役。十億も持ってるなら、オレの借金肩代わりしてくれたっていいと思わないか?」
 「オレは脇役じゃないっ! 柳だ」

  柳は桂樹の態度に拍子抜けしながらも、引き金に手をかけ、カチリと音をたてた。

 「もう十樹だろうが、桂樹だろうが、どちらでもいい。とにかくお前等のせいで千葉は死んだんだ!」
 「ちょっと待て! この体勢で撃ったら、間違いなく拳銃が暴発するぜ? オレもお前も片腕だけじゃ済まないだろうな」

  桂樹は銃口に突っ込んだ指をそのままに、柳に言った。
  柳は「うっ」と唸って、しばらく動かなかった。

 「――千葉は何で死んだんだ」
 「お前等の為じゃねーか?」

  暗殺屋のメンバーに、十億は行き渡っているはずなのだ。
  死を覚悟した千葉が、彼らの幸せを願わなかったはずはないのだ。
  力なく、拳銃から手を放した柳の手から桂樹は人差し指一本で拳銃を受け取った。

 「何かありましたか?」

  二人の騒ぎを聞きつけて、本物の大学警察が駆けつけた。
  桂樹は拳銃を大学警察に発見させまいと、すぐに服のポケットに隠した。

 「何でもありません」
 「…………」

  桂樹がそう答えると、柳は黙ったまま、頭を垂れた。

 「その大学警察の服はどうして手に入れた?」
 「お前等から奪った金で、警察学校に入り手に入れた――卒業は、一年後だ」
 「オレを殺るために入ったのか」
 「――それもあるが……違う。暗殺屋から離れて更生したかった。だが、千葉の事を考えるとどうしても……!」

  柳は思い悩み、葛藤に末に出した結論だったのだろう。

 「お前と心中なんて真似、千葉はしたくないと思うぞ」

  ゆらりと立ち上がった柳に、桂樹は拳銃を返した。
  再び戻った拳銃の上に柳は涙をこぼした。
  千葉が亡くなってから、初めての涙だった。

                   ☆

 ――十樹には、暗殺屋のメンバーである柳が、自分の命を狙ってきたことは言わないでおこう。
  そう思いながら、宇宙科学部の研究室へ戻った。
  クローン同様、ゴキブリ王国の建設も順調に進み、後は桂樹しか出来ないゴキブリの移動を行うだけになっていた。

 「いつ、誰に襲われるか分かったものじゃない」

  研究室でそう呟いている桂樹は、来るべき時の為、ラジオ体操を始めた。
  最も、それで筋力がつくはずもないのだが。十樹はそんな桂樹を呆れながら見て言った。

 「ゴキブリ王国の建設に反対するデモ行進が、大学内で行われるそうだ。桂樹、私はそろそろ対応するのに疲れているんだが」
 「それぐらい、何とかしてくれよ。こっちは命狙われて……」
 「命……? 狙われたって桂樹、お前……」
 「あ、ああ何でもねぇ」

  つい先程、十樹に内緒にしておこうと思っていたのに、十樹の愚痴に愚痴で返してしまった。

 「ゴキブリ王国に反対する人間が、とうとうそこまで来たか」
 「……」

  なにやら誤解している十樹に、桂樹はほっとした。
  しかし、十樹の代わりに殺されそうになったのは、もう二度目だ。
  第三の刺客がいつ現れてもおかしくない現状に、桂樹は苦笑いした。

 「桂樹、そう言うことなら、私はこのメールの主を放っておくわけにはいかない。何とかコントロールしてみよう」
 「ああ」

  十樹は放ってあった苦情メールを返信するために、パソコンデスクに向かった。
  桂樹は心の中で思う。
  十樹は一体何人から命から狙われているんだろう、と。

 「そういえば、今日は研究室が静かだと思ったら、カリムとリルがいないじゃないか。どこに行ったんだ?」
 「最近、あの二人は度々、以前いた村に戻っているようだよ。何をしているかは知らないが」

  十樹はいつも研究室の中を走り回っている、カリムとリルがいない事で、何だか落ち着かない様子だった。

  ――まさか、光虫になったまま、消える道を選ぶなんてことは

「あの二人に限ってそんな事はないか」
 「ん? 何だ?」
 「何でもねー」

                   ☆

 カリムとリルは光虫になって、本物のカーティス村に来ていた。
  光虫の姿ではお互い会話することは出来ないが、僅かな光の瞬きで合図を送る。
  幾何学大学へ行ってから、何度かそれぞれの家庭の様子を見に行っていた。

  リルの母親の元へ行くと、母親は精神的に不安定になっており、毎日リルの写真を見つめては、アルコール度数の高い酒を飲んでいた。
  そんな母親を心配して、周りをくるくる飛んでみたりしている。

 「ああもう……うるさい虫ねぇ!」

  酔った母親は、そんなリルの気持ちも知らず、何度も光虫を捕まえようとするのだが、中身のない発光体ゆえに、それは不可能だった。

  リルの父親は幼い頃に病死しており、母親の体調を気遣う者は誰もいない。
  元々、気性の荒い性格で、近所の住人が様子を見に来ても、リルがいなくなってからは、ただ人を疑い怒鳴るばかりで、皆辟易していた。

(お母さん)

 そんな母親の姿を見て、リルは悲しくなったが、そこにいるだけで、まだ心は救われていた。

 「ふふ……貴方がリルだったらいいのに……」

  そして、すうっと眠ってしまった。

  カリムとリルは次にカリムの家へ向かった。
  すると仕事に出掛けようとする父親と、家の玄関先で出会った。
  父親は母親に行って来ます、と言うと、額に軽くキスをして、母親はそれを見送っていた。

(まるで新婚気分だな……)

 カリムはそう思いながら、家の中へ入って行った。

 「まぁ、また光虫? 最近、よく来るわね」

  母親が広げた掌の上で、カリムとリルはくるくると回った。

 「あの子も、これを見たら楽しい気分になれるかしら」

  母親は窓際に置いてあるカリムの写真を手にとって、小さくため息をついた。
  母親は、早く出ていらっしゃい、と写真に語りかけた。

                 ☆

 その後、カリムとリルは神隠しの森から宇宙科学部の研究室に戻った。 
  何度行っても、カーティス村で二人の姿は光虫となってしまう。

 「どうにかならないかなぁ」

  二人は幼い頭で、一生懸命考えていた。
  その時、二人はまだ知らなかった。
  神隠しの森に、異変が起きている事を――


 その日、風がひゅうひゅうとうねりを上げていた。

――台風が来るのだろうか

 村の人々は、家の中から外を見た。
  すると、幻想的な情景を神隠しの森の方角に見たのである。

  月も星の光もない、その中で、一斉に飛び立つ、光虫の群れを。






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