森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

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第五章

5.真実

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 学長の話が終わり、明日から正式にクローン製造に取り掛かる事になった神崎と十樹は、他の研究員達がいなくなっても、未だ研究室に残っていた。
  もちろん、ブレイン朝日もである。

 「白石、明日クローン製造に必要な薬品を手配するにあたり、君の意見を聞きたい」

  神崎は、あのディスクから流れた映像を元に、カタログを手に薬品を選んでいた。

 「神崎先生、私はクローンに関して素人ですので、その辺りは神崎先生にお願いします」

  十樹は素っ気ない返事をして、神崎を怒らせた。

 「あれは、白石の妹は、君が造ったクローンだろう! いい加減認めてもいいだろう」
 「私はクローンだなんて造った覚えがありません。神崎先生の造ったディスク通りに造りましょう」

  十樹が神崎をそう促すと、ブレイン朝日が。
  「待ってください」と二人に声をかけた。

 「あのディスクには重大な欠陥が隠されており、クローンを造るにはデータが不足しています」
 「――……」

  十樹は何も言わずに朝日を見つめた。

(なるほど、神崎の言う通り、ブレイン朝日を甘く見てはいけない。あのコード不足をたった十歳の若さで見破っている)

「このまま製造すれば、恐らく神崎先生に不利益な結果になるでしょう」
 「白石、下手な小細工は通用しないぞ。欠陥があるなら、しっかり直したまえ」
 「ですから、あれは私の造ったディスクではありませんので」

  十樹はあくまでもシラを切り通すつもりでいると、ブレイン朝日は、十樹の瞳を見て言った。

 「貴方は嘘をつくとき、そのような作り笑いを浮かべる方です。過去に表情を振り返っても、そういった癖をお持ちですね」
 「そんな事はありませんよ。朝日君」
 「残念です――私に話しかけるときはいつも穏やかに笑っておられます。私がそんなに怖いですか?」

  ブレイン朝日は、ビー玉のような青い瞳で十樹に語る。
  透明感のあるその瞳に、吸いこまれそうな感覚を覚えた。
  十樹は背筋が寒くなって目を反らせた。

 「君は少々、感受性が強いようだ。けれど、私は君を恐れてはいない」
 「……そうですか」

  朝日はそう言って呟くと。

 「神崎先生、このままのデータでクローンを製造することを貴方に禁じます」
 「え?」
 「決して造らないで下さい」
 「朝日君、君の雇い主は僕だ。何故、君の言う事を聞かなくてはならない!」
 「神崎先生は少々感情的すぎます。私は神崎先生に命令します。決して造らないで下さい」

  十樹はブレイン朝日と神崎の様子を見て。
  「どっちが雇い主か分からないな」と心の中で笑った。

 「じゃ、私はこれで……失礼するよ」

  片手を上げて、神崎とブレイン朝日にそう言うと、神崎は喚く。

 「白石っ! この計画には君は積極的に取り組む義務がある事を忘れるな!」
 「分かっていますよ。しかし残念ながら、私はクローンの造り方を知らない。ただの素人ですから――造り方は貴方達に教えて貰います」

  十樹は、わざと微笑んだ。

  軍事用クローンの研究室を出て、宇宙科学部へ向かう途中、学長と出会った。
  十樹としては、あまり出会いたくない相手だが、学長を無視する訳にはいかない。変な反抗心でも示して、大学を追われる訳にもいかないのだ。

 「やあ、白石君、軍事用クローンの話し合いはもう終わったのかね」
 「はい、つつがなく終わりました」

  神崎が聞いたら「嘘だ!」と怒られそうだが、十樹は無難な返事をした。

 「君には皆が期待しているんだよ。以前から君はクローン製造に関心を持っていたという噂もあったくらいだ」

  学長は何故か自分を誇らしげに見せて、十樹に羨望の眼差しを向けた。

 「その噂は、私は存じ上げませんが、選任された以上、頑張りたいと思います」
 「そうかね! 君のような優秀な人材を持って、我々も幸せだ。この平和な幾何学大学を君達の力で守ってくれたまえ」

  学長の言葉に反して、十樹としては思わざるを得ない。

  学長の言う通りにこの幾何学大学が平和であるのなら、つい先日、亜樹が誘拐され、千葉と言う名の犯人は十億円と自身の命と引き換えに死亡することはなかった。

  そして、この幾何学大学は四季からの攻撃により天候は不順となり、各地で豪雨による土砂災害や干ばつによる農作物の不作、農業団体からの幾何学大学の四季への攻撃に対するデモ行進まで起こっていないはずなのだ。

  学長がこの現実を知らないはずはないのだが。

 「私達の力でご期待に沿えるといいのですが……如何せん、私はクローンの研究に関しまして素人なもので、先程も神崎先生にその旨を伝えました。神崎先生に指揮を執って頂くつもりです」
 「君はそんな謙虚にならなくてもいいのだよ? そうだ、先日君に約束した『ゴキブリ王国』の建設についてだが……」

  学長は十樹の機嫌をとるためか、クローンから一端話を移した。

 「君のほうで、設計書や運用資金等の書類を作成して、大学側へ提出してくれたまえ。大学側は全て受け入れるつもりだ」
 「そうですか」

  十樹は桂樹の研究にまるで興味はないが、この台詞を桂樹が聞いたら、泣いて喜ぶ事を知っている。
  しかし。

 「分かりました、学長。後日、私の方から提出いたします」

  十樹は当たり障りのない答えを返した。

                   ☆

「桂樹兄さん、私、食堂へ行ってくるわね」

  ゴキブリ王国を夢見て、その設計図を一心不乱に書いている桂樹は、亜樹に「ナンパに気をつけろよー」と一言残して、背中で亜樹を見送った。
  それに、くすりと笑って亜樹は研究室を出る。

  食堂に着くと、窓際の席について紅茶を飲んだ。
  食堂は中庭に面していて、窓から見える外の景色を眺めた。今日は珍しく晴れている。
  亜樹は紅茶を口に含みながら思った。

(皆、大学で研究室に篭って――窮屈じゃなのかしら?)

 まだ、大学に来たばかりの亜樹は、そんな事を考えていた。
  先日、自分の身に起こった誘拐事件以来、亜樹は外の植物や風に触れていない。
  外の世界が無性に恋しかった。

(そうだわ―― 一度、父さんと母さんに会いに行こうかな……)

「白石亜樹さん」

  亜樹がぼんやり考えていると、声をかけられた。神崎亨である。

 「神崎先生……」
 「君に名前を覚えてもらっているとは光栄だな」

  神崎はそう言うと、一緒にいた少女を先に座らせた後、自分も席に座った。

 「この間は大変だったね」

(そういえば、神崎先生が十樹兄さんに知らせてくれたんだわ)

 亜樹は十樹から、あの誘拐事件の後でそう聞いていた。

(悪い人ではないみたい)

 神崎の事をあまり知らない亜樹は、軽くお辞儀をした。

 「あの時、十樹兄さんに神崎先生が連絡してくださらなければ、私も桂樹兄さんも助かりませんでした」
 「いや、それは気にしないでくれたまえ」

  神崎は手にしていたコーヒーを一口飲むと、隣にいた少女もホットミルクを飲んだ。

 「その女の子は、神崎先生の親戚ですか」
 「そう見えるかい? ブレインを見るのは初めてかな?」
 「ブレイン……?」

  亜樹はブレインの存在に少し驚いた。

 「こんな小さな子が幾何学大学で活躍してるんですね」
 「私はブレイン朝日です。貴方は、私を小さいという言葉で差別している。悪意は感じられませんが、以後気をつけてください」
 「え、ああ、ごめんさない。差別するつもりはなかったのだけれど……ごめんなさいね、朝日ちゃん」
 「ちゃん呼ばわりもやめて下さい」

  プライドの高い朝日に「ごめんなさい、ごめんなさい」と亜樹は再度謝った。
  すると神崎が――

「僕に対しても、朝日君はこうなんだ。正直、大変だよ」
 「そうですか……」

  亜樹がほっと安堵の息を洩らすと、神崎は突然、核心をつくかのように言った。

 「亜樹さん――君はクローン人間だ」
 「え?」

  唐突に神崎がこう切り出して、亜樹は目を丸くした。そして、くすくすと笑った。

 「神崎先生は、ご冗談がお好きなんですね」

  笑う亜樹に、神崎は赤面した。

 「や、あの、冗談ではないんだ」
 「それなら、神崎先生に何か証拠でも?」
 「あるよ」

  亜樹は涙が出るほど笑った後で、神崎はこう続けた。

 「白石十樹が妹のクローンをを造っているという噂が流れていた頃、僕は白石の家系を調べたんだ――そこに亜樹さんはいなかった」
 「――え?」
 「いなかった。いや、正しくは、亡くなっていたんだ」

  神崎は持っていた皮のカバンから書類を数枚取り出し、テーブルの上に広げた。

  白石十樹と桂樹が大学に入った時の履歴書と、その後に出された訂正文書だった。大学に入った当時は、白石亜樹の存在が記されてあったが、その後提出された死亡通知のコピーが残されていた。

 「死因は、エア・カーとの接触による失血死」
 「神崎先生、私がもしクローン人間だったのなら、どうして幼い頃からの記憶が私にあるんですか?」
 「白石十樹が、君をそう造ったのだろう。僕はその仕組みが知りたいんだ」

  神崎が言う事を、亜樹は信じなかった。なぜなら、この研究室に辿り着くまでの道のりも、両親との別れも、幾何学大学へ入学した時のことも全て記憶に残っているからだ。

(全て?)

 亜樹は思いを巡らせて考えた。
  よく夢に見る、エア・カーと、そこに乗っていた人物の顔を。

 「君が何故、自分が誘拐されたのかを知っているかい?」
 「何故って……」

  桂樹兄さんにそれを問いただしたとき、「亜樹が可愛いからに決まってるじゃないか」と何だか上手くはぐらかされてしまった気がする。私は何故、誘拐され、命を狙われたんだろう。

 「ここに一枚の写真がある」

  書類にクリップで挟まれていた、一枚の写真を亜樹に見せた。その写真に映っている人物は、夢の中で見た、エア・カーの運転手と酷似していた。

 「元、学長代理だよ。先日、暗殺者に命を奪われた」
 「え?」
 「恐らく、幼い君を死亡させた人物だ」

  神崎はそう言って、亜樹を真剣に見つめた。
  亜樹の笑顔が凍りついた瞬間だった。



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