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第四章
5.誘拐
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神崎亨は、自らの元に返却されてきた、コスモカプセルの評定を見て憤っていた。
『本人の性格に問題あり』とはどういうことだ。
納得のいかない評定に文句を言うため、宇宙科学部の十樹の所へ向かっていた。
ところが、研究室を目前にして、白石桂樹が何人もの男に取り囲まれる様子を目撃してしまったのだ。
宅急便のダンボールの周りに、何人かの男が集まっている。
その内の一人がリーダーらしき人物に電話をかけていた。
「白石亜樹と白石十樹と捕まえました。これからそちらに向かいます」
電話の相手にそう言うと、ガラガラと宅急便のダンボールの中に入った、白石桂樹と亜樹を連れて行ってしまった。
「あれは一体――?」
神崎は現場に残されたタンポポを拾い、二人が連れ去られた方角を見た。
☆
十樹は大昔の人類の生活・文化等を研究する、所謂考古学についてのセミナーに参加していた。
同期の教授に誘われて参加したセミナーだったのだが、十樹とは研究するべき畑が違っているようで、講義をする教授に対して何ら興味を抱かなかった。
そんな中、十樹の携帯のバイブが着信を知らせた。
「ちょっと失礼」
講義を抜け出す丁度いい都合が出来たと、心中で思いながら席を立ち、人気のないホールの外に出る。
着信番号は、携帯に登録されている番号ではない。
十樹は訝しげにそれを見て携帯に出た。
「もしもし、白石です」
「――神崎だ」
その声を聞いて、十樹は思わず携帯を落としてしまいそうになった。
神崎がこの番号を知っている事が、まずおかしいのだ。
「どうされましたか? 神崎先生」
「やっぱり君じゃなかったのか」
「は……?」
神崎の唐突な物言いについていけず、十樹は聞き直した。
「君の相棒と、妹の亜樹ちゃんが何者かにさらわれた」
「何の間違い電話ですか」
十樹はタチの悪い冗談だと思い、電話を切ろうとしたが、亜樹のことが絡むと心中穏やかでいられず、切ることが出来なかった。
「誰にさらわれたんですか?」
「僕も見覚えがない奴等だ。心当たりはないか?」
――心当たりがない訳ではない。けれど、まさかこんなに早く?
「すぐに帰ります。では」
十樹はそう言うと、すぐに携帯を切って、幾何学大学へ向かう駅へ駆け出した。
☆
「わざわざ連絡してやったんだから、礼ぐらい言いたまえ」
神崎は勝手に切られた携帯に向かって独りごちて、自らの研究室に帰って行った。
橘と丁度入れ違いですれ違っていたが、お互い考え事があって、神崎もそのことに気付かなかった。
橘は母親の持って来たお土産をほとんど全て大学のコインロッカーに預けてきた。
そのお土産の中に、また盗聴器が仕掛けられている可能性があるからだ。
「うーん、これだけはどうにかしたいんだけど……」
橘が気にしているのは、愛犬ソネットの写真が入っているロケットペンダントだ。
ソネットの写真のすぐ裏に、盗聴器が仕掛けられているようで、センサーはソネットの写真に反応を示していた。
母親は橘の弱いところをついているように思えた。
――こんな母親なら、いないほうがよかったな
そう思いながら、ソネットの写真の裏の盗聴器を取り外そうと、爪でカリカリとかいた。
研究室の前に来ると、橘は盗聴器の持ち込みを阻止するため、宇宙科学部と書いてあるプレートにペンダントをぶら下げて、十樹から預かった視紋チェックカードで入室した。
「ただ今帰りました」
そう言ったが、返って来るはずの答えがない。
辺りを見回し、各部屋を確認したが、当然いるべき亜樹の姿も、カリムやリルの姿も見当たらなかった。
橘が「あれ?」と首をかしげていると、そこに十樹が飛び込んできた。
「橘君! 亜樹は?」
息を切らせて帰って来た十樹は、橘と同じように部屋と言う部屋をしらみつぶしに研究室の中を見て回った。
「橘君、亜樹を知らないか?」
「僕も今帰って来たばかりなんです……亜樹さんもカリム君達も一緒にどこへ行ってしまったんでしょうか?」
「――誘拐」
「え?」
デスクに両手をつき、十樹が顔を伏せて小さな声で言った言葉を橘が聞き返すと、研究室の電話が鳴った。
☆
桂樹が目を覚ましたのは、スタンガンで気絶してから三時間後だった。
起きてからまず最初に目に飛び込んできたのは、ログハウスのような建物の壁だった。
広さや置いてあるものを見るからに、この部屋は倉庫だということが分かる。
堅い床に転がされていたためか、背中が痛い。
自分は一体どうしてこんな所に転がっているのか思考を巡らせて、桂樹は、はっとした。
(そうだ……あいつら亜樹を――)
慌てて亜樹を捜すと、足元から寝息が聞こえた。
無事なその姿を見て、桂樹が一息つくと、隣の部屋から声が聞こえて来た。
「何で白石十樹までここに連れて来るんだ。妹だけでよかったはずだ!」
閉じられている扉の隙間から、桂樹が部屋の様子を伺うと、リーダー格っぽい黒の皮のジャケットを着ている男の姿が見えた。
――そして
(あっあいつ――仲間だったのか)
桂樹は、あの時ダンボールの影に隠れていた少女の姿があることに気付いた。
しかし、何故あんな小さい子が。
「仕方ないっすよ。思ったより早く帰ってきやがって、俺達の邪魔するから、つい」
「身代金はどうなるんだ。三億だぞ、三億」
「本人に出させるしかないでしょ」
「ナイフ突きつけてか? 銀行でそんな真似をすれば、必ず足がつくぞ」
自分勝手な物言いをする犯人達は、何やら揉めているようだった。
桂樹は、自分達をこの倉庫に閉じ込めた犯人達の人数を数えた。
(二、三、四、五…………八人!?」
その時、桂樹の目に映っている者だけでも八人いた。
多少ケンカに強い程度では、これだけの人数を倒すことは出来ない。
それにしても、周りを見回しても犯人達が連れて来たと言う、十樹の姿はここにはない。
――まさか!
「白石十樹には、確か弟がいたはずだな。目が覚めたら、そいつと連絡をとらせろ」
(やっぱり……十樹とオレを間違えてんのかよ)
がっくりした反面。
桂樹は少し愉快な気分になった。
多少の財産はあるのに、ケチな十樹から三億もの金を、堂々と要求する事が出来るからだ。
桂樹は、自分が桂樹である証拠のネームプレートを外し、髪を反対方向に縛りなおす。
「――桂樹兄さん?」
「亜樹、目が覚めたか……オレの事は、今から十樹と呼べ」
他人から見れば、見分けのつかない二人だが、亜樹には雰囲気ですぐに分かってしまうのだ。
他に二人をはっきり見分けることが出来るのは、両親か、十樹のストーカーの神崎ぐらいなものだろう。
「それで、女はどうする? もう殺っちまうか」
「それでは、白石十樹は動かないだろう――金が手に入るまでは生かしておけ」
亜樹は、その言葉に驚いて小さな声を出してしまった。
その声に気付いた暗殺屋のリーダーが、狭い倉庫の扉を開けて、二人を倉庫から引きずり出した。
「おはよう、哀れな子羊たち」
リーダーの千葉は、二人の周囲を取り囲むかのようにメンバーを配置させた。
「――お前等、何なんだ」
桂樹は、千葉を睨みつけて言った。
「暗殺屋……とだけ言っておこうか」
「暗殺屋……」
幾何学大学のコンピューターは、殺人、暗殺、誘拐、それらのワードが使われているサイトを徹底的に排除している。
しかし、表立って公開していない、所謂、闇サイトなるものは、連絡番号だけを表示しており、個人的に使っている輩もいると聞く。
桂樹にとって、この誘拐は想定内の出来事だった。
そう、亜樹のクローンを造る以前から、十樹には散々忠告してきたことだ。
「必ず、亜樹の命を狙う奴が出て来る」と。
それは、亜樹の幼い頃に起きた、ひき逃げ事件に関わりのある人物だと。
「お前達に、亜樹の暗殺を支持した人物がいるはずだ。そいつは誰だ」
「白石十樹、お前馬鹿か? そんな事、教えられる訳ないだろう」
暗殺屋の一人がそう言うと、桂樹に携帯を渡した。
それは、元々桂樹の携帯だったのだが、勝手にスーツから抜き取られていたようだ。
暗証番号でロックされていなければ、今頃中身を見られて、自分が白石桂樹だと犯人達にバレてしまっている所だった。
「命が惜しければ、弟に連絡して三億をこの口座に入れさせろ」
「――分かりました」
桂樹は十樹の真似をする事に決めた。
桂樹のままでは、つい「オレ、オレ、オレだよ。三億円振り込め」と言う「オレオレ詐欺」的な手法になってしまいそうだったからだ。
桂樹は、研究室の番号を押した。
呼び出しのコール音がなる。
☆
「はい。白石です」
「僕だ」
宇宙科学部の研究室で、十樹が取った一本の電話。
相手は神崎だった。
研究室の方へとかけてきたということは、十樹が研究室に帰ってきている事を知っているのだろう。
気味の悪い相手だが、この非常事態の中では仕方ない。
「神崎先生は、連れ去られる現場を見たんですか?」
「ああ、帰ってきてよかっただろう」
神崎は、その時に見た犯人達の人数と服装、シロクマ宅急便のダンボールに二人が入れられた事等を話した。
「二人……その中に、もう二人、子供達はいませんでしたか?」
「いや、見ていないが」
十樹は眉をしかめた。
神崎の言う事が本当なら、カリムとリルはどこへ行ったのだろう。
「僕が協力出来るのはここまでだ。君には色々世話になっているからね」
「私は特に何の世話もしていませんが……では」
十樹はいつもに増して、素っ気無い返事で電話を切ると、今度は携帯の電話がなった。
番号は桂樹のものだった。
十樹は、ある程度の覚悟をして、その携帯を取った。
「もしもし?」
「私だ」
――私?
それは、紛れもない桂樹の声だ。しかし。
「桂樹に頼みたい事がある」
「ああ」
桂樹が成りすましている事を十樹は知らなかったが、その二言で、大体の状況を把握することが出来た。
「私の口座から三億下ろして欲しい。次に言う口座番号に金を振り込んでくれ」
「お前、誘拐されたんだな? 亜樹を、亜樹は無事なのか?」
「ああ」
携帯から、ガサガサと鳴る雑音の後で、亜樹の声が聞こえた。
「兄さん、私のせいで……ごめんなさい」
「子供達も一緒なのか?」
「カリムとリルは、自分の村を見に行くって」
その時、「そこまで」と言う犯人らしき人物の声が聞こえた。
再び桂樹に代わる。
「そういうことだ。桂樹、宜しく頼む。口座番号は――…」
十樹は、近くにあるメモを取り、桂樹の言う口座番号を急いでメモした。
そして、携帯を切ると、桂樹の通帳を部屋から持ち出し、念のため、自分の通帳も用意した。
「十樹先生」
「橘君、悪いが、ここの留守番を頼む。電話がもしあったら、私の携帯に繋げてくれ」
「分かりました」
扉がシュンと音を立て開き、十樹は急いで銀行へと向かった。
『本人の性格に問題あり』とはどういうことだ。
納得のいかない評定に文句を言うため、宇宙科学部の十樹の所へ向かっていた。
ところが、研究室を目前にして、白石桂樹が何人もの男に取り囲まれる様子を目撃してしまったのだ。
宅急便のダンボールの周りに、何人かの男が集まっている。
その内の一人がリーダーらしき人物に電話をかけていた。
「白石亜樹と白石十樹と捕まえました。これからそちらに向かいます」
電話の相手にそう言うと、ガラガラと宅急便のダンボールの中に入った、白石桂樹と亜樹を連れて行ってしまった。
「あれは一体――?」
神崎は現場に残されたタンポポを拾い、二人が連れ去られた方角を見た。
☆
十樹は大昔の人類の生活・文化等を研究する、所謂考古学についてのセミナーに参加していた。
同期の教授に誘われて参加したセミナーだったのだが、十樹とは研究するべき畑が違っているようで、講義をする教授に対して何ら興味を抱かなかった。
そんな中、十樹の携帯のバイブが着信を知らせた。
「ちょっと失礼」
講義を抜け出す丁度いい都合が出来たと、心中で思いながら席を立ち、人気のないホールの外に出る。
着信番号は、携帯に登録されている番号ではない。
十樹は訝しげにそれを見て携帯に出た。
「もしもし、白石です」
「――神崎だ」
その声を聞いて、十樹は思わず携帯を落としてしまいそうになった。
神崎がこの番号を知っている事が、まずおかしいのだ。
「どうされましたか? 神崎先生」
「やっぱり君じゃなかったのか」
「は……?」
神崎の唐突な物言いについていけず、十樹は聞き直した。
「君の相棒と、妹の亜樹ちゃんが何者かにさらわれた」
「何の間違い電話ですか」
十樹はタチの悪い冗談だと思い、電話を切ろうとしたが、亜樹のことが絡むと心中穏やかでいられず、切ることが出来なかった。
「誰にさらわれたんですか?」
「僕も見覚えがない奴等だ。心当たりはないか?」
――心当たりがない訳ではない。けれど、まさかこんなに早く?
「すぐに帰ります。では」
十樹はそう言うと、すぐに携帯を切って、幾何学大学へ向かう駅へ駆け出した。
☆
「わざわざ連絡してやったんだから、礼ぐらい言いたまえ」
神崎は勝手に切られた携帯に向かって独りごちて、自らの研究室に帰って行った。
橘と丁度入れ違いですれ違っていたが、お互い考え事があって、神崎もそのことに気付かなかった。
橘は母親の持って来たお土産をほとんど全て大学のコインロッカーに預けてきた。
そのお土産の中に、また盗聴器が仕掛けられている可能性があるからだ。
「うーん、これだけはどうにかしたいんだけど……」
橘が気にしているのは、愛犬ソネットの写真が入っているロケットペンダントだ。
ソネットの写真のすぐ裏に、盗聴器が仕掛けられているようで、センサーはソネットの写真に反応を示していた。
母親は橘の弱いところをついているように思えた。
――こんな母親なら、いないほうがよかったな
そう思いながら、ソネットの写真の裏の盗聴器を取り外そうと、爪でカリカリとかいた。
研究室の前に来ると、橘は盗聴器の持ち込みを阻止するため、宇宙科学部と書いてあるプレートにペンダントをぶら下げて、十樹から預かった視紋チェックカードで入室した。
「ただ今帰りました」
そう言ったが、返って来るはずの答えがない。
辺りを見回し、各部屋を確認したが、当然いるべき亜樹の姿も、カリムやリルの姿も見当たらなかった。
橘が「あれ?」と首をかしげていると、そこに十樹が飛び込んできた。
「橘君! 亜樹は?」
息を切らせて帰って来た十樹は、橘と同じように部屋と言う部屋をしらみつぶしに研究室の中を見て回った。
「橘君、亜樹を知らないか?」
「僕も今帰って来たばかりなんです……亜樹さんもカリム君達も一緒にどこへ行ってしまったんでしょうか?」
「――誘拐」
「え?」
デスクに両手をつき、十樹が顔を伏せて小さな声で言った言葉を橘が聞き返すと、研究室の電話が鳴った。
☆
桂樹が目を覚ましたのは、スタンガンで気絶してから三時間後だった。
起きてからまず最初に目に飛び込んできたのは、ログハウスのような建物の壁だった。
広さや置いてあるものを見るからに、この部屋は倉庫だということが分かる。
堅い床に転がされていたためか、背中が痛い。
自分は一体どうしてこんな所に転がっているのか思考を巡らせて、桂樹は、はっとした。
(そうだ……あいつら亜樹を――)
慌てて亜樹を捜すと、足元から寝息が聞こえた。
無事なその姿を見て、桂樹が一息つくと、隣の部屋から声が聞こえて来た。
「何で白石十樹までここに連れて来るんだ。妹だけでよかったはずだ!」
閉じられている扉の隙間から、桂樹が部屋の様子を伺うと、リーダー格っぽい黒の皮のジャケットを着ている男の姿が見えた。
――そして
(あっあいつ――仲間だったのか)
桂樹は、あの時ダンボールの影に隠れていた少女の姿があることに気付いた。
しかし、何故あんな小さい子が。
「仕方ないっすよ。思ったより早く帰ってきやがって、俺達の邪魔するから、つい」
「身代金はどうなるんだ。三億だぞ、三億」
「本人に出させるしかないでしょ」
「ナイフ突きつけてか? 銀行でそんな真似をすれば、必ず足がつくぞ」
自分勝手な物言いをする犯人達は、何やら揉めているようだった。
桂樹は、自分達をこの倉庫に閉じ込めた犯人達の人数を数えた。
(二、三、四、五…………八人!?」
その時、桂樹の目に映っている者だけでも八人いた。
多少ケンカに強い程度では、これだけの人数を倒すことは出来ない。
それにしても、周りを見回しても犯人達が連れて来たと言う、十樹の姿はここにはない。
――まさか!
「白石十樹には、確か弟がいたはずだな。目が覚めたら、そいつと連絡をとらせろ」
(やっぱり……十樹とオレを間違えてんのかよ)
がっくりした反面。
桂樹は少し愉快な気分になった。
多少の財産はあるのに、ケチな十樹から三億もの金を、堂々と要求する事が出来るからだ。
桂樹は、自分が桂樹である証拠のネームプレートを外し、髪を反対方向に縛りなおす。
「――桂樹兄さん?」
「亜樹、目が覚めたか……オレの事は、今から十樹と呼べ」
他人から見れば、見分けのつかない二人だが、亜樹には雰囲気ですぐに分かってしまうのだ。
他に二人をはっきり見分けることが出来るのは、両親か、十樹のストーカーの神崎ぐらいなものだろう。
「それで、女はどうする? もう殺っちまうか」
「それでは、白石十樹は動かないだろう――金が手に入るまでは生かしておけ」
亜樹は、その言葉に驚いて小さな声を出してしまった。
その声に気付いた暗殺屋のリーダーが、狭い倉庫の扉を開けて、二人を倉庫から引きずり出した。
「おはよう、哀れな子羊たち」
リーダーの千葉は、二人の周囲を取り囲むかのようにメンバーを配置させた。
「――お前等、何なんだ」
桂樹は、千葉を睨みつけて言った。
「暗殺屋……とだけ言っておこうか」
「暗殺屋……」
幾何学大学のコンピューターは、殺人、暗殺、誘拐、それらのワードが使われているサイトを徹底的に排除している。
しかし、表立って公開していない、所謂、闇サイトなるものは、連絡番号だけを表示しており、個人的に使っている輩もいると聞く。
桂樹にとって、この誘拐は想定内の出来事だった。
そう、亜樹のクローンを造る以前から、十樹には散々忠告してきたことだ。
「必ず、亜樹の命を狙う奴が出て来る」と。
それは、亜樹の幼い頃に起きた、ひき逃げ事件に関わりのある人物だと。
「お前達に、亜樹の暗殺を支持した人物がいるはずだ。そいつは誰だ」
「白石十樹、お前馬鹿か? そんな事、教えられる訳ないだろう」
暗殺屋の一人がそう言うと、桂樹に携帯を渡した。
それは、元々桂樹の携帯だったのだが、勝手にスーツから抜き取られていたようだ。
暗証番号でロックされていなければ、今頃中身を見られて、自分が白石桂樹だと犯人達にバレてしまっている所だった。
「命が惜しければ、弟に連絡して三億をこの口座に入れさせろ」
「――分かりました」
桂樹は十樹の真似をする事に決めた。
桂樹のままでは、つい「オレ、オレ、オレだよ。三億円振り込め」と言う「オレオレ詐欺」的な手法になってしまいそうだったからだ。
桂樹は、研究室の番号を押した。
呼び出しのコール音がなる。
☆
「はい。白石です」
「僕だ」
宇宙科学部の研究室で、十樹が取った一本の電話。
相手は神崎だった。
研究室の方へとかけてきたということは、十樹が研究室に帰ってきている事を知っているのだろう。
気味の悪い相手だが、この非常事態の中では仕方ない。
「神崎先生は、連れ去られる現場を見たんですか?」
「ああ、帰ってきてよかっただろう」
神崎は、その時に見た犯人達の人数と服装、シロクマ宅急便のダンボールに二人が入れられた事等を話した。
「二人……その中に、もう二人、子供達はいませんでしたか?」
「いや、見ていないが」
十樹は眉をしかめた。
神崎の言う事が本当なら、カリムとリルはどこへ行ったのだろう。
「僕が協力出来るのはここまでだ。君には色々世話になっているからね」
「私は特に何の世話もしていませんが……では」
十樹はいつもに増して、素っ気無い返事で電話を切ると、今度は携帯の電話がなった。
番号は桂樹のものだった。
十樹は、ある程度の覚悟をして、その携帯を取った。
「もしもし?」
「私だ」
――私?
それは、紛れもない桂樹の声だ。しかし。
「桂樹に頼みたい事がある」
「ああ」
桂樹が成りすましている事を十樹は知らなかったが、その二言で、大体の状況を把握することが出来た。
「私の口座から三億下ろして欲しい。次に言う口座番号に金を振り込んでくれ」
「お前、誘拐されたんだな? 亜樹を、亜樹は無事なのか?」
「ああ」
携帯から、ガサガサと鳴る雑音の後で、亜樹の声が聞こえた。
「兄さん、私のせいで……ごめんなさい」
「子供達も一緒なのか?」
「カリムとリルは、自分の村を見に行くって」
その時、「そこまで」と言う犯人らしき人物の声が聞こえた。
再び桂樹に代わる。
「そういうことだ。桂樹、宜しく頼む。口座番号は――…」
十樹は、近くにあるメモを取り、桂樹の言う口座番号を急いでメモした。
そして、携帯を切ると、桂樹の通帳を部屋から持ち出し、念のため、自分の通帳も用意した。
「十樹先生」
「橘君、悪いが、ここの留守番を頼む。電話がもしあったら、私の携帯に繋げてくれ」
「分かりました」
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