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第四章
2.クローン会議
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クローンの製造方法が全ての学部に知識として広まり、教授や先生、生徒の間ではこのままでは、いずれかの学部が実際にクローンを製造してしまうのではないか――いつか自分のクローンが現れるのではないかと、そんな噂が囁かれていた。
また、幾何学大学の会議室では、この一件による緊急会議が開かれていた。
「先日、神崎亨先生の起こした事件に関しまして、幾何学大学の学長としては誠に遺憾に思います。しかし、医学の進歩により、今日はそういったクローン技術がさほど難しくない時代となっております」
学長は慇懃にそう述べると、どっしりとした身体で席に座った。
「何か意見のある人は、挙手して下さい」
その時、「はい」と一人の教授が手を挙げ、席を立った。
「学長の見解としては、神崎先生を特に糾弾しない方向のようですが、それではこの幾何学大学における法案で、倫理面での問題が必ずしも存在して……」
「法を変えればよろしい」
椅子に座ったまま、学長は言葉を遮った。
その一言に、急に会場がざわつく。
「クローンをお認めになると?」
「そんな事をしたら、第二、第三のクローンが生まれかねないぞ!」
一部が怒気を荒げて、学長に抗議する。
「第二、第三のクローン、結構な話ではありませんか。学長の仰ることは今の時代、とても有効かと思われます」
そう言うのは、戦略研究学校の学長である。
「有効とは? どういうことですか?」
「現在の天候を見ても分かる様に、衛星『四季』との紛争が日々続いております。その日々の状況により、幾何学大学の外では、水害等に悩まされ、国の人口は減少し、今では軍を統括する者もおらず、また、軍に入るものさえ少なくなっております」
そこまで学長が言うと、全員が何かを悟ったように、席隣にいる者と顔を見合わせた。
「それは、軍事用クローンを製造をする事で穴埋めをしようということですか?」
「それが可能なら、この幾何学大学は救われるかも知れない。我々は、あの衛星『四季』に勝利出来るかも知れません」
静けさを取り戻せない会議場は、それぞれが意見を近場にいるもの同士で話し合いをする場となっていった。
「我々は、変わる時なんだ」と――――。
全ては、学長と戦略研究学校の学長とが、予め示し合わせた結果だった。
「――――それでは、神崎亨を拘束する意味はありませんね」
その結論に、神崎保は、ほっと胸を撫で下ろした。
☆
一夜明けて、研究室のテレビをつけた桂樹は、ぎょっとした。
『軍事用クローンは、この先必ず必要となってきます。故に、今回の神崎先生のクローン製造計画は、時代を見通した勇気ある研究発表であると……』
テレビのレポーターは、一転して神崎に理解を示した形へと変わっていたのであった。
「何だ……もう神崎は釈放か」
十樹は歯を磨きながら、つまらなそうに言った。
「十樹、お前いいのかよ。クローン研究を神崎に取られちまうぞ」
「いいんだよ。もう私達にはいらない研究だ……それに」
「それに……?」
「いや、何でもないよ」
「また、何か企んでるんだろ」
「さぁね」
水道のセンサーに手を翳しながら、十樹は桂樹の言う事を適当に誤魔化した。
その会話を、隣の部屋の影に隠れて聞いていた亜樹は、首を捻った。
――――クローン?
亜樹は、それが自分と何か関係があるのではないかと疑い始めていた。
しかし、亜樹は、何日か前に両親に別れを告げて、兄達のいるこの研究室に志願し、助手になったのだ。
メインコンピューターの記録を見ても、住民票は幾何学大学へ移され、兄達の研究を―――…。
――――兄さん達は、何の研究をしているの?
宇宙科学部での十樹兄さんは、何をして「先生」と呼ばれる立場になったのかしら?
亜樹の頭の中は「?」で一杯だった。
ここにいる子供達は、何か知っているのかしら?
亜樹が、子供達の部屋に行くと、カリムとリルは既に起きていた。
リルが顔を洗うために部屋から出て来たので、亜樹はリルに思い切って訊いてみた。
「リルちゃん、リルちゃんは、私の事何か知ってるかしら?」
リルは、きょとんとした眼で亜樹の顔を見て言った。
「亜樹お姉ちゃんは、ぶくぶくいって、すーっとなってね、起きたの」
「ぶくぶく?」
「きゅーってなってね、リル、驚いたの」
「きゅー?」
リルは亜樹の問いかけに答えないまま、洗面所の方へ走って行ってしまった。
結局、何も分からなかった。
☆
「ジョゼフィーヌ、今日も君は美しい」
そんな声が聞こえて来て、亜樹は、通称ゴキブリルームを覗いた。
ゴキブリ嫌いの亜樹は、悲鳴をあげたいのを我慢して、部屋をそっと閉めた。
「ミランダ、機嫌はどうだい? ステファニー、君の艶やかな肌がたまらない」
桂樹は、ゴキブリ一匹一匹に話しかけていた。
――何? 何故ゴキブリと会話しているの!? 桂樹兄さん!
亜樹は、見てはいけないものを見てしまった気分で、桂樹に自らの事を訊くのを諦めた。
☆
亜樹が青ざめた顔でメインルームに戻ると、十樹は、沢山のコスモカプセルを床に転がして、何かチェックをしていた。
「亜樹……おはよう」
「おはよう、十樹兄さんは何をしているの?」
「学生達の造った宇宙の評価をしているんだよ」
十樹は、チェックボードを持って、三角錐の小さな宇宙を調べていた。
「亜樹も手伝ってくれるかい?」
亜樹は言葉もなく、こくんと頷くと、十樹はチェックボードを手渡した。
「ここにナンバーが書いてあるから、ペンでチェックをつけて欲しい」
「分かったわ」
「最近、所要で忙しくて、手が足りないから助かるよ」
そして、十樹は別の仕事をしようと席を離れようとした。
すると、亜樹はその白衣を掴んで、十樹を引き止める。
「亜樹……どうした?」
「――――兄さん、私、どうしてここに来たのかしら?」
「亜樹は小さな頃から、この研究機関で働きたいと言っていたよ」
十樹がそう言うと、亜樹は俯いて。
「私、変なのかな。その辺が良く分からないの。私の事なのに……」
「変じゃないよ」
十樹は、亜樹の柔らかい髪をくしゃりと撫でた。
「もう少しだけ待って欲しい。必ず本当の事を話すから」
それだけ亜樹に伝えると、研究室から出て行ってしまった。
――――…本当の事って何?
亜樹は、一人ぽつんと立ち尽くした。
また、幾何学大学の会議室では、この一件による緊急会議が開かれていた。
「先日、神崎亨先生の起こした事件に関しまして、幾何学大学の学長としては誠に遺憾に思います。しかし、医学の進歩により、今日はそういったクローン技術がさほど難しくない時代となっております」
学長は慇懃にそう述べると、どっしりとした身体で席に座った。
「何か意見のある人は、挙手して下さい」
その時、「はい」と一人の教授が手を挙げ、席を立った。
「学長の見解としては、神崎先生を特に糾弾しない方向のようですが、それではこの幾何学大学における法案で、倫理面での問題が必ずしも存在して……」
「法を変えればよろしい」
椅子に座ったまま、学長は言葉を遮った。
その一言に、急に会場がざわつく。
「クローンをお認めになると?」
「そんな事をしたら、第二、第三のクローンが生まれかねないぞ!」
一部が怒気を荒げて、学長に抗議する。
「第二、第三のクローン、結構な話ではありませんか。学長の仰ることは今の時代、とても有効かと思われます」
そう言うのは、戦略研究学校の学長である。
「有効とは? どういうことですか?」
「現在の天候を見ても分かる様に、衛星『四季』との紛争が日々続いております。その日々の状況により、幾何学大学の外では、水害等に悩まされ、国の人口は減少し、今では軍を統括する者もおらず、また、軍に入るものさえ少なくなっております」
そこまで学長が言うと、全員が何かを悟ったように、席隣にいる者と顔を見合わせた。
「それは、軍事用クローンを製造をする事で穴埋めをしようということですか?」
「それが可能なら、この幾何学大学は救われるかも知れない。我々は、あの衛星『四季』に勝利出来るかも知れません」
静けさを取り戻せない会議場は、それぞれが意見を近場にいるもの同士で話し合いをする場となっていった。
「我々は、変わる時なんだ」と――――。
全ては、学長と戦略研究学校の学長とが、予め示し合わせた結果だった。
「――――それでは、神崎亨を拘束する意味はありませんね」
その結論に、神崎保は、ほっと胸を撫で下ろした。
☆
一夜明けて、研究室のテレビをつけた桂樹は、ぎょっとした。
『軍事用クローンは、この先必ず必要となってきます。故に、今回の神崎先生のクローン製造計画は、時代を見通した勇気ある研究発表であると……』
テレビのレポーターは、一転して神崎に理解を示した形へと変わっていたのであった。
「何だ……もう神崎は釈放か」
十樹は歯を磨きながら、つまらなそうに言った。
「十樹、お前いいのかよ。クローン研究を神崎に取られちまうぞ」
「いいんだよ。もう私達にはいらない研究だ……それに」
「それに……?」
「いや、何でもないよ」
「また、何か企んでるんだろ」
「さぁね」
水道のセンサーに手を翳しながら、十樹は桂樹の言う事を適当に誤魔化した。
その会話を、隣の部屋の影に隠れて聞いていた亜樹は、首を捻った。
――――クローン?
亜樹は、それが自分と何か関係があるのではないかと疑い始めていた。
しかし、亜樹は、何日か前に両親に別れを告げて、兄達のいるこの研究室に志願し、助手になったのだ。
メインコンピューターの記録を見ても、住民票は幾何学大学へ移され、兄達の研究を―――…。
――――兄さん達は、何の研究をしているの?
宇宙科学部での十樹兄さんは、何をして「先生」と呼ばれる立場になったのかしら?
亜樹の頭の中は「?」で一杯だった。
ここにいる子供達は、何か知っているのかしら?
亜樹が、子供達の部屋に行くと、カリムとリルは既に起きていた。
リルが顔を洗うために部屋から出て来たので、亜樹はリルに思い切って訊いてみた。
「リルちゃん、リルちゃんは、私の事何か知ってるかしら?」
リルは、きょとんとした眼で亜樹の顔を見て言った。
「亜樹お姉ちゃんは、ぶくぶくいって、すーっとなってね、起きたの」
「ぶくぶく?」
「きゅーってなってね、リル、驚いたの」
「きゅー?」
リルは亜樹の問いかけに答えないまま、洗面所の方へ走って行ってしまった。
結局、何も分からなかった。
☆
「ジョゼフィーヌ、今日も君は美しい」
そんな声が聞こえて来て、亜樹は、通称ゴキブリルームを覗いた。
ゴキブリ嫌いの亜樹は、悲鳴をあげたいのを我慢して、部屋をそっと閉めた。
「ミランダ、機嫌はどうだい? ステファニー、君の艶やかな肌がたまらない」
桂樹は、ゴキブリ一匹一匹に話しかけていた。
――何? 何故ゴキブリと会話しているの!? 桂樹兄さん!
亜樹は、見てはいけないものを見てしまった気分で、桂樹に自らの事を訊くのを諦めた。
☆
亜樹が青ざめた顔でメインルームに戻ると、十樹は、沢山のコスモカプセルを床に転がして、何かチェックをしていた。
「亜樹……おはよう」
「おはよう、十樹兄さんは何をしているの?」
「学生達の造った宇宙の評価をしているんだよ」
十樹は、チェックボードを持って、三角錐の小さな宇宙を調べていた。
「亜樹も手伝ってくれるかい?」
亜樹は言葉もなく、こくんと頷くと、十樹はチェックボードを手渡した。
「ここにナンバーが書いてあるから、ペンでチェックをつけて欲しい」
「分かったわ」
「最近、所要で忙しくて、手が足りないから助かるよ」
そして、十樹は別の仕事をしようと席を離れようとした。
すると、亜樹はその白衣を掴んで、十樹を引き止める。
「亜樹……どうした?」
「――――兄さん、私、どうしてここに来たのかしら?」
「亜樹は小さな頃から、この研究機関で働きたいと言っていたよ」
十樹がそう言うと、亜樹は俯いて。
「私、変なのかな。その辺が良く分からないの。私の事なのに……」
「変じゃないよ」
十樹は、亜樹の柔らかい髪をくしゃりと撫でた。
「もう少しだけ待って欲しい。必ず本当の事を話すから」
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