森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

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第二章

15.夢の記憶

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 「今、白石先生達は外出中ですが……」
 「それは返って好都合だ。開けなさい」

  橘は、研究室の扉を開けることを躊躇ったが、モニターに映る面々が理事会に出席するような上役であることに気付き、大人しくドアを開けることにした。

 「第四研究室はどこかね」

  メインコンピューターへのハッキングがバレたのかと思えばそうではなかった。
    どうやら目的は、クローンの亜樹のことらしい。
    目前にいる女性がクローンであることに気付かないまま、第四研究室に入って行く。

 「神崎教授が言っておられたのは、この部屋かね?」
 「ええ、ですが……」

  第四研究室の内部を見た神崎教授は、言葉を濁した。
    そこには、亜樹の生まれた形跡が、まるで何一つ残されていなかったのである。

 「どうやら、ここでクローンが造られているという噂はデマらしい。神崎教授は、何か思い違いをされておられるようだ」
 「そんな筈は!」

  神崎保は、研究室の中を次々と見て回った。
    しかし、クローンが造られているような形跡はどこにも残されていなかった。

 「橘君は、知っているのだろう! クローンをどこにやった」

  橘は、神崎保に「知りません」と一言返して口を噤んだ。

 「それより、どうしてここに何かがあると思われたんでしょうか?」
 「それは君に……いや、何でもない」
 「神崎教授には、いつも色々なものをいただきまして、ありがとうございます」

  橘が、神崎保にした感謝の言葉が本心ではないことは明らかだった。
    神崎保は、まだ幼かった橘に盗聴器を仕込んだ当人であるのだから。
    神崎保は、こほんと咳払いをし、亜樹を見た。

 「彼女は誰だ?」
 「申し遅れました。先日、こちらの研究室に配属となった、白石亜樹と申します。いつも兄達がお世話になっております」
 「亜樹? 亜樹というのか! 君だな! クローンは」

  神崎保は亜樹に詰め寄り、肩を掴んだ。

 「いい加減にして下さい」

  亜樹の代わりに、カリムは言った。

 「クローンが、こんな流暢に喋るわけないでしょう。神崎教授」

  呆れながら、理事長は神崎保を宥める。

 「それは、そうですが、それは、言う通りですが……息子が」
 「息子?」
 「いえ、何でもありません」

  神崎保は、クローンの情報を息子の神崎亨から得られたものだと言う事を隠しておきたいようだった。

 「神崎教授、記録によると、白石亜樹さんは二日前こちらに配属されたようです。亜樹さんはクローンではあり得ません」

  ハンディコンピューターを手に、神崎保の助手が伝えた。

 「ううむ……仕方ない。一端、引き上げよう」
 「今度は白石先生がいる時に来て下さい」

  橘がそう言うと、「一体どんなトリックを使ったのか」と往生際が悪く、ぶつぶつ呟いていた。  
   そして、理事会のメンバーが部屋を去ると、橘とカリムと亜樹は「やったあ」とハイタッチした。

 「ところで、亜樹さんは白石先生達の妹さんですか?」
 「ええ、そうよ。でも、何故、今ここにいるのか分からないの」
 「お姉さんは、ついさっきまで寝てたからなぁ」
 「……私、寝てたのかしら?」

  亜樹は自分がクローンである自覚はないらしく、「悪い夢を見たの」と小さく震えた。
    セミロングの髪をかき上げて、一つ一つ思い出すように語り始めた。

 「小さい私は……幾何学大学へ行った兄さん達を追いかけて、おやつを食べながら歩いていたの。――そうしたら」
 「お姉さんが見た、夢の話?」
 「ええ、でも不思議ね。すごく鮮明に覚えてるわ。私、エア・カーに引かれたんだと思うの。呼吸が出来なくなって、傷口を押さえても、流れ出る血が掌を染めて――」

  亜樹の顔が一瞬、青ざめて見えた。二人はごくんと唾を飲んだ。

 「でも、私はここにいて、不思議ね」

  困ったように笑った。

 「――夢で、良かったですね」

  橘は、複雑な心境だったが、本当はカリムにも分かっていた。
   その夢は、亜樹が実際に死亡する直前に体験した、現実にあった出来事なのだと。

                 ☆

 「遠野さん、患者さんの服が二着足りないんだけど、知らないかしら?」
 「さ、さあ、私は知りませんけど」

  遠野瑞穂は、婦長の言葉にぎくりとした。
    まさか勝手に部外者に貸し出したとは言えない。

 「婦長、私が残業して探しておきますから」
 「そお? じゃあ、お願いね」

  幾何学大学病院の医局は、通常、二交代制であるが七時以降は残業となっている。

(あの二人、何やってんのよ!)

 瑞穂は心の中で文句を言って、特別病棟のある通路を覗き込む。
   が、一向に二人が帰ってくる気配はない。
  瑞穂としては、出来れば七時以降の当番が来る前に、事を済ませておきたいところだ。

(スペア・キーはあるんだけど……)

 病院内でも、特別病棟の中は極秘とされていて、鍵を預かる身になっても、中の様子を伺った事はない。
  何があるか分からない、避けるべき場所なのだということは、瑞穂にも分かっている。

(十樹君が、無事に帰ってくるって事は危険はないのかな?)

「ええい」

  瑞穂は大人しく待っているのは性に合わないと、スペア・キーを持って特別病棟へと向かった。

                  

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