森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

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第二章

14.記憶の欠片

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「はぁ!? 亜樹が目覚めた!?」

  橘からの連絡に、桂樹は声を上げた。

 「――このタイミングでか」

  携帯の端末を手に、二人は運の悪さを痛感していた。
  今は特別病棟の中である。十樹は一刻も早く研究室に戻りたい衝動を抑えて、橘にある指示をした。

 「君は、そのプログラム通りに動いてくれればいい」
 「お、おい、いいのか? そんな大事なことを任せて」

  十樹の言いように、桂樹は警笛を鳴らした。

 「今は彼しかいない」

  覚悟を決めたように、十樹はそう言った。

                 ☆

 草原を越えて、二人が辿り着いたのは、小さなコミュニティだった。
  特別病棟の患者が十数名そこに集まっている。

 「なぁ、リル。一体どうしちまったんだよ!」

  聞き覚えのある声が二人の耳に飛び込んできて、十樹と桂樹は耳を疑った。

 「何でこんな所にいるんだ? ゼン」
 「あぁ、十樹も桂樹もいいトコに来た……っ! リルがっ!」

  ゼンが訴えようとしている内容を、二人はすぐに察した。恐らく神崎は、リルの記憶を操作してここに放り込んだのだろう。

 「リル……私達のことは覚えているかい?」

  リルはぷるぷると首を振って言った。

 「でも、リルは何か大切な事を忘れちゃったの……それは忘れちゃいけないことだったの」
 「そうだね、それを覚えているだけでも十分だよ」

  十樹は、くしゃりとリルの頭を撫でた。

 「リル……」

  ゼンが心細そうな声で名前を呼ぶ。

 「おじさん達、リルのこと知ってるの? 何でかなぁ」
 「相変わらず「おじさん」かよ☆」
 「なぁ、リルは治るのか!? 大丈夫なんだろ!?」
 「神崎の研究室の潜り込めば、治ると思うが」

  十樹が言った。
  思えば、あの研究室で行われている行為そのものが、酷くえげつない事だと思わざるを得ない。こうして一体何人の記憶を消してきたのだろうか。
    全ては、大学内の治安維持のため、と言うが、リルはまだ幼く、この大学内で問題を起こすような子ではないのに。

――そう、きっとゼンの父親も同様だろう

「ゼン」
 「何だ?」
 「お父さんに会いたいかい?」
 「お、おい十樹」
 「これが、ここに来る最後かも知れないんだ。ゼンがここに来た以上、話しておこう」

  桂樹は本来なら記憶を戻してから、父親に会わせてやりたかった。
    しかし、亜樹が先に目覚めてしまったことで、何度もここを訪れる余裕はなく、リルとゼンを連れ出すのが精一杯の状況だ。

 「まさか、オレの父ちゃん、ここにいるのか?」
 「案内しよう」

  そう言って十樹と桂樹は、ゼンの父親のいる森の方へ向かって歩き出した。

 「ほら、リルも行くぞ」

  ゼンはリルの手をとって、二人の後を追いかけた。リルは、きょとんとしていたが黙ってゼンについて行った。

                ☆

 橘は研究室にあるパソコンを前にして、黒いファイルを片手に持ち、忙しく指を動かしていた。

 「メインコンピューターに接続、パスワード*****」

  黒いファイルに書かれているままに、パスワードを打ち込む。
    その結果表示される画面の内容を見て、橘は愕然とした。

  メインコンピューターは通常、ハッキングが不可能なように幾重ものロックとパスワードで固められている。
    しかし、それをまるで無視するかのように、この大学中枢の内部機密まで入り込めてしまうのである。橘は戸惑った。

 「ええ、ええ…と、いいんですか。これは」

  それでも、黒いファイルに記載している通りに進めていくと、大学内の住民票の登録が出来る画面が映し出される。
    不正に、白石亜樹という名の研究員が生まれてくる様を見ていた。

 「橘さん、お茶はいかがかしら?」
 「えっああ、ありがとうございます」

  受け取ったお茶を飲もうとして、橘ははっとした。

 「あ、亜樹さん!?」

  橘が振り返ると、先程まで実験体だった亜樹が、研究員の服を着て立っていたのである。

 「僕が着替えさせたんだ」
 「何だ、カリム君が」
 「でも、このお姉さん、何か全部分かっているみたいだ。生まれたばかりなのに」
 「まさか……」

  二人は亜樹を見ると、亜樹は穏やかな笑顔を返した。
  その時、研究室のインターフォンが鳴り、橘は操作していたパソコンを慌てて閉じた。
 「監査だ。研究室に入れなさい」



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