森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

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第二章

13.目覚め

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「桂樹、お前は知ってるんだろう」 

 研究室から出ると、十樹は桂樹に言った。

 「何をだ?」
 「とぼけるな、特別病棟の患者の中にゼンの父親がいることと――」
 「記憶操作のことか?」
 「――分かってるならいい……行くぞ」
 「またか」
 「また?」

  十樹の言いたいことは分かるが、特別病棟に二人で行くとなると当然……。

 「服と鍵を貸してくれないか?」
 「またぁ?」

  当然、瑞穂に頼むことになり、桂樹は十樹の後ろで小さくなっていた。

 「今度で三度目よ。しかも二着だなんて」
 「三度目?」

  瞬間十樹は首を傾げたが、さしたる問題でもないためか、そのまま会話を続けた。

 「大事な用なんだ。頼む」
 「もう! 面倒なことに巻き込まないでよ」

  言いながら、医局のクローゼットを開けて、二着分の患者の服を十樹に手渡した。

 「次はないわよ。それとランチじゃなくて豪華ディナーに変更ね。桂樹君もね。それぞれ私に奢ること!」
 「はぁ!?」

  小さくなっていた桂樹は、想定外の瑞穂の答えに声を荒立てた。

(くっ! せっかく、十樹に奢らせようと思ったのに)

 十樹に成り代わり、瑞穂に患者の服を借りたことが水の泡になってしまった。
   桂樹は頭の中で、自らが開発したゴキブリ製品の売り上げを気にしていた。

 「十樹」
 「私からたかるなよ」
 「ケチだな、お前」
 「お前にケチ呼ばわりされるのは心外だ。今までどれだけお前に奢ってやったと思ってる」

  大学から支給されている経費や研究成果から考えても、桂樹より十樹のほうが断然お金を持っている。
    宇宙創造とゴキブリ化粧品の開発を比べること事態、論外であると思うが。

  二人で通路途中のトイレに入って患者の服に着替えると、先程と同じように特別病棟へと繋がる鉄格子の鍵を開けた。

                 ☆

  再び研究室。
  うっすらと覚めゆく意識の中、亜樹は夢を見ていた。
  耳にこぽこぽと自身の呼吸音が響いているのを亜樹は聞いた。

  幼き日に、十樹と桂樹という双子の兄弟がおり、その二人の間でケンカの仲裁をしていた夢を見ていた。

 「亜樹。今度、僕達は「幾何学大学」へ行くことになったよ」
 「幾何学大学?」

  亜樹は初めて聞いた言葉に首を傾げた。
  両親が後ろで泣いている。

 「息子さんは、必ず良い研究員になれます。貴方達の暮らしも保証しましょう。これは大変喜ばしいことですよ」

  誰だか知らない大人達が、両親にそう説明していた。

 「十樹も桂樹もいなくなっちゃうの? お父さん、お母さん」

  僅か十歳という年齢で、十樹と桂樹は両親や妹と別れ、研究室に住むことになった。

 「亜樹。僕達が大学へ行けば、好きな研究をさせて貰えるし、この家にもお金が入るんだ」

  亜樹はその話を聞いて泣いた。
    お金なんかの事より、二人と一緒にいられるほうが余程良かった。

 「じゃあ、亜樹も行く」
 「駄目なんだ……そうだ。亜樹が十歳になった頃、きっと僕達と一緒に研究が出来るよ」
 「亜樹……オレ達待ってるから」
 「お兄ちゃん達、亜樹を一人にしないで……行っちゃ嫌」

  外を見ると、大型の高級車が十樹と桂樹を迎えに来ていた。

 「じゃあ、亜樹。お父さんとお母さんの言う事をよく聞いて、良い子にしてるんだよ」
 「行っちゃ嫌――嫌――っ!」

  亜樹は二人の乗った高級車を必死に追いかけた。
  しかし、結局亜樹は途中で転んで小さな自分はおいていかれて、車はすぐに見えなくなった。

  亜樹は何日かかけて必死に調べ上げ、何とか幾何学大学への道を見つけた。
    そして、大学へ向かう途中で白いエア・カーが私を。

 「――!」

  ピーピーと機械音の鳴る中で、亜樹は目を覚ました。
  青白い光りの中、呼吸の可能な水に満たされたまま、亜樹は目の前にある水槽のガラスを軽く手で押した。

 「ここは……?」

  シューと音をたてて、ガラスの水槽が手前に開いた。
  そして考える。さっきの夢はなんだったんだろう。

  私は確か――

「橘、起きて! 起きて!」

  カリムは眠っている橘に声をかける。

 「ん――」

  橘は睡眠導入剤が今更効いていて、なかなか目を覚まさない。
  カリムは何度も揺すって橘を起こした。

 「……どうしたんですか?」
 「あのお姉さんが……!」

  ゆらり水槽の前で不思議そうに立っている亜樹に気付いて、橘は慌てふためいた。

 「え、えぇっ!?」
 「私は――」
 「亜、亜樹さん!?」

  十樹の説明ではまだ亜樹は目覚めないはずだったが、何らかの作用で時期が早まってしまったようだ。

 「貴方は誰なの」
 「し、白石先生に連絡します」

  少し待っていて下さい、と言い残すと、橘は別の部屋に行ってしまった。

                 
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