森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

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第二章

11.幻の村

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 どこの患者かと問われて、ゼンは自分が患者の服を着ていることに、今更気付いた。

――マズイ

 「脱走者だ! 人を呼んでくれ!」
 「オレは怪しいヤツじゃないって! 放せ! 放せ!」

  数人の大学警察が現れて、ゼンの両手足を軽々と持ち上げると、通路向こうにある、鉄格子のかかった扉に放り投げられた。

 「おい! どこだよ……っここ、出せー!」

  ゼンは叫びながら、この場所が中なのか外なのか分からない感覚に襲われた。
    なぜなら、放り込まれたそこは、先程までいた幾何学大学の研究室よりはるかに広い草原だったからだ。

 「ちょっと待て! 入れろー出せー!」

  ゼンは叫び続けた。

                  ☆

「終わったよ」

  橘がベッドで目を覚ますと、十樹が傍らに立ち、静かに言った。
  オペ室に入ったのは昼の一時、今は四時だから約三時間ほどの手術だったようだ。

 「君につけられた盗聴器は、跡形もなくレーザーで焼ききったから問題ない」
 「良かったな」

  桂樹が言う。

 「……はい」

  橘は頭に傷跡がないことを確認して、ほっと息をついた。

 「ただ、同時に――盗聴器そのものを消してしまったから、CT画像以外に確かな証拠は何もない……つまり、神崎教授を訴える材料がなくなってしまったわけだが……」
 「訴えるつもりはありません……人間不信に陥りそうですが、気付いて下さって良かったです」

  淡々と話す橘は、ショックを隠しきれないのかどこか無表情だった。無理もない。本人が知らない内に、スパイのような役割を勝手に任されていたのだから――

「僕の家は、何故か誰も働いていないのに裕福でした。お金に困っているようなことを一度も聞いた事がありません」
 「そうか」
 「幼い頃から、研究所によく連れて行かれました。父は僕のことを自慢の息子だと――」
 「――ちょっと眠るといい。睡眠導入剤を打つから腕を出しなさい」
 「はい……」

  十樹の提案を、橘はすんなりと受け入れて腕を差し出した。

  橘家は、橘自身が家族を養ってきたのだろう。それを承諾していた橘の父親は、多額の金を神崎グループから受け取り、裕福な生活を送っていたのだとしたら。

――これから、橘家はどうなるのだろうか

『彼らを倫理委員会に突き出すのは、私とあなたです』
  神崎の言葉がリフレインする。
  神崎の言った「あなた」が橘の父親である可能性を考えて、桂樹は身震いをした。

                  ☆

 カリムが食堂に入るために、食堂の中から出て来た調理員にリルを捜していることを話すとあっさり中へ入れてくれた。

 「どうだい? 見つかったかい?」

  食堂の中には、十数人の学生らしいき人達が食事をとっていたが、リルの姿は見当たらなかった。

 「いないです――あの、僕と同じくらいの年の少女は見ませんでしたか?」
 「ああ、あの実験体の子のことかな?」
 「実験体!?」

  調理員の言葉を聞いて、カリムは詰め寄る。

 「実験体って、どういうことですか?」
 「先刻までいたよ。実験体の服を着た女の子が――ほら、あそこのテーブルにいたんだ」

  調理員は、山ほどの食料が置いてあるテーブルを指さして言った。誰が食べるとも知れない食事を見て、調理員は「あんなに食べ残して」と文句を言う。

 「神崎先生が連れていた子だよ」
 「どこに行きましたか?」
 「さぁ、神崎先生の研究室なんじゃないのかな。待ってな、今、地図を書いてやる」

――多分、リルに間違いないだろう

 でも、実験体って、それじゃリルはどうなるんだ。
  親切な調理員から地図を受け取ると、それを手に握って、神崎の研究室に向かい走り出した。

                 ☆

「ちくしょー、中に入れろよー」

  いい加減、叫び疲れたゼンがぜえぜえと息をついていると、一人の老人が話しかけて来た。

 「おや? また新入りさんかい?」
 「また?」
 「さっき、小さな嬢ちゃんが来たと思いきや、今度は坊ちゃんか」

  老人はほっほっほと笑いながら、髪を撫でた。

 「おい、じーさん、笑ってる場合じゃないんだよ」
 「最近は若い者が来るから楽しいんじゃよ」
 「呑気だなぁ。自分の立場、分かってないんじゃないのか?」

  ゼンが呆れてそう問うと、老人は言った。

 「わしは、この村の村長だからの。一通りの住人は把握しとるんじゃよ」
 「村長?」
  ここは鉄格子の中だというのに、どうやら村が成り立っているらしい。

(このじーさん、ボケてんのか?)

「なあ、ここ何て村だよ」
 「ここは、カーティス村と言うんじゃ」
 「カーティス村ぁ?」

  ゼンは口をあんぐり開けた。
    カーティス村といえば、ゼン達が住んでいた村の名前だ。偶然の一致のはずがない。

 「わしが昔、ここに来た時に名づけたんじゃがな。ちょっとついて来んさい」

  老人はまた、ほっほっほと愉快に笑うと、ゼンを促し広い草原を歩き始めた。
  ついて行けば、何か分かるかもしれない。
  ゼンはそう思いながら老人の後を歩き始めた。
  途中、何人かの人とすれ違う。皆は村長に挨拶をしていた。

 「このトマト、家の畑でとれたんだ。村長、もってってくれ」
 「おお、これは見事な! ありがとさん」
 「そこの子も食べな、旨いぞ」
 「あ、どうも」

  ゼンは住人からトマトを受け取ると、空腹だったことに気付いて、トマトにかぶりついた。

 「うまい!」
 「だろ? また食わせてやるよ」

  髪をくしゃりと撫でられて、ゼンは何だか懐かしくなった。

――まるで、元の村にいる時みたいだ

 しばらく歩いて行くと、村の集落のようなところへ着いた。
  ゼンは建物を見て自身の目を疑った。
  一軒一軒、場所は違えど、幼い頃見たカーティス村にある建物と同じだったのだ。
  そして、住人が楽しそうに話をしている輪の中央にいたのは、カリムとゼンが捜していた、桜模様の服を着ているリルだった。

 「リル! リルじゃないか! 捜したんだぜ!?」

  ゼンがそう言うと、リルが振り向いた。しかし、返って来たのは意外な一言だった。

 「――だぁれ?」
 「へっ?」

  まるで知らない人を見るような瞳で、ゼンを見るリルに愕然とした。

 「なっ、何言ってるんだよリル! オレだよ」
 「お名前は?」
 「……ゼン……ってリル、お前どうしちまったんだ」

  リルの肩を掴んで、ゼンは勢い任せにゆすった。リルはきょとん、とした表情で、かくかく揺すられていた。

 「その子は、新しくこの村に引っ越してきた娘だよ。両親は亡くなられて一人だそうだ。もっと優しくしてあげんさい」
 「両親が死んだって!? リル、お前の母親は、あの村で生きてるじゃねぇか!」
 「何のこと? リル……知らない」
 「しっかりしろよお!」

  ゼンの叫びは、辺りに空しく響いた。

                  
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