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第二章
8.罠
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その頃、宇宙科学部の研究室では、ようやくカリムやゼンが起きだし、リルがいない事に気付いて十樹達を起こしだしていた。
「十樹、リルがいないんだ! 起きて!」
肩をゆさゆさ揺り動かして、カリムは皆を起こした。
ゼンは大きな欠伸をしながら、全ての部屋を見て回りリルを捜した。
「やっぱりいないや。リルー、かくれんぼはもう終わったぜー」
「どこにいったんでしょうか?」
橘が一緒に捜していると、第四研究室に服が脱ぎ散らかしてあるのを見つけた。
十樹と桂樹を呼ぶ。
「これ、多分リルの服だよな」
桂樹は服を拾い上げた。
カリムやゼンと同じ、患者の服だ。二人は顔を見合わせた。
「じゃあ、リルは今、何を着ているんだろう?」
カリムが疑問を口にしたとき、十樹に一抹の不安がよぎった。十樹はパタンと研究室にあるクローゼットを開けて、それを確認した。
「服が一着ない」
「服ってまさか……」
十樹と桂樹が一緒にクローゼットの中を探すが、その服は見つからなかった。
「まさか、あの服を着て外に出たのか!?」
桂樹がそう言うと、十樹は青ざめて慌てて研究室から出て行った。
その姿を、カリムとゼンは見送って。
「なぁ……あの服って何だ?」
桂樹に問いかけた。
「知りたいか?」
頷く二人に、桂樹は少し頭を悩ませて言った。
「じゃあ、ジャンケンで三回、オレに勝ったら教えてやるよ」
「分かった! 絶対だぞ」
桂樹は笑って誤魔化したが、内面は穏やかではいられない自分を感じていた。
☆
食堂の片隅では、神崎とリルの噛み合わない会話が繰り広げられている。
十樹の不正を暴くためのデータとして、神崎とリルの会話がしっかりと録音されているのだったが、神崎は会話の空しさに電源をぷつりと切った。
「だからね、動物が変でキャーってなってね、リル怖かったけど頑張ったの」
「……」
もはや相槌を打つ気にもならず、神崎はコーヒーを一口含んだ。
「でね、でね」
「――リルちゃん」
「何?おじさん」
「僕に教えて欲しいことって何かな?」
本題に入ろうと、神崎はカチャリとコーヒーカップを置いた。
「神崎は「偉い人」でしょ。だから、帰り方を教えてほしーの!」
「どこへ帰るの?」
「ええっとねー」
リルはポケットに入っていたはずの地図を神崎に見せようとしたが、服を着替えていたことに気付いて、しゅんと小さくなった。
「リルの村に帰りたいの……お母さんもきっと心配してる」
「村……」
神崎がこの大学に入る前は、どこから来るとも知れないこういった移民が多かったらしい。
しかし、一部の人間がメインコンピューターに侵入したり、騒ぎを起こしたりと、混乱を招いたため、その手の侵入者に対して記憶処理を行ってきた。
有害とみなされる者は、全て神崎グループの手により葬られてきた。
それだけに、当然陰では汚いこともしてきたのだが……リルを前にして、神崎は迷っていた。
――この子は有害? 無害?
「ええっとねー、リル、ここのご飯、十樹達のトコに持って行くの」
ほわわんと、背景に小花を散らしているようなリルを有害とみなす者は、恐らくいないだろう。
――しかし。
「あっ、ここのご飯代はおじさんが払ってくれるよね?ありがとー」
リルはそう言うと、山ほどの食料を持って食堂を出て行こうとした。
この時、神崎の中で何かがぷつり、と切れる音がした。
前言撤回、有害決定! (無駄な時間一時間三十六分)
この娘は、きっと何も知らず「実験体の服」を着ているのだろう。それを利用しない手はない。
「――リルちゃん、帰る方法はあるよ」
リルは出て行く足を止めて、振り返り神崎を見た。
「おにーさんに、ちょっとついて来てくれるかな」
☆
宇宙科学部の研究室を出て、十樹は足早に食堂へと向かった。
――間に合ってくれるといいが。
十樹は食堂のパスを通し中へ入ると、昼休み前の食堂はがらんとしていて、リルはいなかった。代わりに大量の食料が乗ったテーブルが、一つ残されていた。
同じメニューのものがいくつもあり、数えてみたところ、丁度研究室にいるメンバーの分だと気付く。
十樹は食堂で働いている調理師に話を聞いてみた。
「あぁ、その女の子なら、先刻神崎先生と一緒に出て行ったよ」
「……そうですか」
神崎は常に十樹の行動を監視している。
研究室が盗聴されていたことを考えれば、リルが研究室を出た時点で、既に後をつけられていたのだろう。
――無事であってくれ。
十樹はそう祈りながら食堂を出た。
「十樹、リルがいないんだ! 起きて!」
肩をゆさゆさ揺り動かして、カリムは皆を起こした。
ゼンは大きな欠伸をしながら、全ての部屋を見て回りリルを捜した。
「やっぱりいないや。リルー、かくれんぼはもう終わったぜー」
「どこにいったんでしょうか?」
橘が一緒に捜していると、第四研究室に服が脱ぎ散らかしてあるのを見つけた。
十樹と桂樹を呼ぶ。
「これ、多分リルの服だよな」
桂樹は服を拾い上げた。
カリムやゼンと同じ、患者の服だ。二人は顔を見合わせた。
「じゃあ、リルは今、何を着ているんだろう?」
カリムが疑問を口にしたとき、十樹に一抹の不安がよぎった。十樹はパタンと研究室にあるクローゼットを開けて、それを確認した。
「服が一着ない」
「服ってまさか……」
十樹と桂樹が一緒にクローゼットの中を探すが、その服は見つからなかった。
「まさか、あの服を着て外に出たのか!?」
桂樹がそう言うと、十樹は青ざめて慌てて研究室から出て行った。
その姿を、カリムとゼンは見送って。
「なぁ……あの服って何だ?」
桂樹に問いかけた。
「知りたいか?」
頷く二人に、桂樹は少し頭を悩ませて言った。
「じゃあ、ジャンケンで三回、オレに勝ったら教えてやるよ」
「分かった! 絶対だぞ」
桂樹は笑って誤魔化したが、内面は穏やかではいられない自分を感じていた。
☆
食堂の片隅では、神崎とリルの噛み合わない会話が繰り広げられている。
十樹の不正を暴くためのデータとして、神崎とリルの会話がしっかりと録音されているのだったが、神崎は会話の空しさに電源をぷつりと切った。
「だからね、動物が変でキャーってなってね、リル怖かったけど頑張ったの」
「……」
もはや相槌を打つ気にもならず、神崎はコーヒーを一口含んだ。
「でね、でね」
「――リルちゃん」
「何?おじさん」
「僕に教えて欲しいことって何かな?」
本題に入ろうと、神崎はカチャリとコーヒーカップを置いた。
「神崎は「偉い人」でしょ。だから、帰り方を教えてほしーの!」
「どこへ帰るの?」
「ええっとねー」
リルはポケットに入っていたはずの地図を神崎に見せようとしたが、服を着替えていたことに気付いて、しゅんと小さくなった。
「リルの村に帰りたいの……お母さんもきっと心配してる」
「村……」
神崎がこの大学に入る前は、どこから来るとも知れないこういった移民が多かったらしい。
しかし、一部の人間がメインコンピューターに侵入したり、騒ぎを起こしたりと、混乱を招いたため、その手の侵入者に対して記憶処理を行ってきた。
有害とみなされる者は、全て神崎グループの手により葬られてきた。
それだけに、当然陰では汚いこともしてきたのだが……リルを前にして、神崎は迷っていた。
――この子は有害? 無害?
「ええっとねー、リル、ここのご飯、十樹達のトコに持って行くの」
ほわわんと、背景に小花を散らしているようなリルを有害とみなす者は、恐らくいないだろう。
――しかし。
「あっ、ここのご飯代はおじさんが払ってくれるよね?ありがとー」
リルはそう言うと、山ほどの食料を持って食堂を出て行こうとした。
この時、神崎の中で何かがぷつり、と切れる音がした。
前言撤回、有害決定! (無駄な時間一時間三十六分)
この娘は、きっと何も知らず「実験体の服」を着ているのだろう。それを利用しない手はない。
「――リルちゃん、帰る方法はあるよ」
リルは出て行く足を止めて、振り返り神崎を見た。
「おにーさんに、ちょっとついて来てくれるかな」
☆
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――間に合ってくれるといいが。
十樹は食堂のパスを通し中へ入ると、昼休み前の食堂はがらんとしていて、リルはいなかった。代わりに大量の食料が乗ったテーブルが、一つ残されていた。
同じメニューのものがいくつもあり、数えてみたところ、丁度研究室にいるメンバーの分だと気付く。
十樹は食堂で働いている調理師に話を聞いてみた。
「あぁ、その女の子なら、先刻神崎先生と一緒に出て行ったよ」
「……そうですか」
神崎は常に十樹の行動を監視している。
研究室が盗聴されていたことを考えれば、リルが研究室を出た時点で、既に後をつけられていたのだろう。
――無事であってくれ。
十樹はそう祈りながら食堂を出た。
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