森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

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第二章

4.ジム・カイン

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「十樹、眠っちまったな……ちぇ、親父のこと訊きそびれた」
 「ゼン、十樹は疲れてるんだよ。寝させてあげようよ」
 「仕方ないなぁ、もう」

  子供達はまるで十樹の睡眠時間は自分達が握っているかのような顔をしている。
    この小さな侵入者たちをどうしたものか。

  桂樹が思案を巡らせていると、研究室のインターフォンが鳴った。
    モニターに訪問者の姿が映し出される。
    見ると、遠野瑞穂だった。

 「白石君、あぁ十樹君の方ね。いるかしら?」
 「十樹なら寝ちまったが……」

  桂樹は瑞穂が特に疑うこのとない気の知れた相手だったので、研究室の扉をあけた。

 「何か用か?」
 「ええ、さっき十樹君に会って、服を貸してたんだけど……」
 「服……?」

  桂樹が部屋を見回すと、研究室にそぐわない服が椅子の背にかけてあるのを見つけた。

 「これか?」
 「あぁ、そう。特別病棟の患者さんの服。点呼の際、数が合わないと大変なのよ」

――患者?

 「鍵もポケットに入ってるわね。大丈夫。それと伝えたいことがあって……」

  瑞穂は声を潜めて言った。

 「神崎が貴方達の動向をしつこく私に訊いていたわ。もしかしたら、貴方達の研究を乗っ取るつもりでいるのかも……」
 「今更の話だな。神崎らしい」
 「それに、貴方達の噂を広めているのも神崎って話よ?」
 「何の噂だ?」

  桂樹の背後から身を乗り出して、三人が瑞穂の前に姿を現した。
    うわっと桂樹が慌てて部屋の中に入れる。

 「……白石君達、託児所でも始めたの?」
 「訳あって預かっているだけ! ただそれだけだ」
 「そう、それならいいけど……」

  瑞穂が何か言いたいことがあるかのように心配そうな顔をした。
    そんな彼女に安心してもらうために――

「何かあったら相談するよ。今のトコ、何もないからさ」

  桂樹は瑞穂にウソをついた。

 「そう、私の出る幕じゃないわね」
 「十樹に言っとくよ。服のこと」

  努めて自然な笑顔をつくって、桂樹は研究室の扉を閉めた。
    そして、三人の方に向き直る。

 「噂って何ー?」

  桂樹は、こほんっと一つ咳をした。

 「いいか、これは内緒だぞ。オレと十樹は、夜な夜な出て来る悪をやっつけるために、この星に降りて来たエイリアンなんだ」
 「すご――いっ」

  リルは桂樹の言葉を真に受けて感嘆の声をあげたが、カリムやゼンは違った。

 「うそ臭いなぁ」
 「お前等なぁ、子供なんだから、もうちょっと子供らしく素直になれよ」
 「ねぇねぇ、桂樹、悪ってどんな悪い人なの?」

  好奇心一杯のリルは桂樹の言うことを疑うことなく、きらきらした瞳で訊いて来た。

 「リルちゃんは、可愛いなぁ」

  リルの頭を撫でながら、桂樹は言う。

 「例えばだなぁ、夜の間に食堂に入り込んで食料を全部食べてしまう怪物とか、テストの点をバツに変えて、全部赤点にしてしまうような悪党を……」
 「ええ――っ! ひどい! ひどいよ桂樹!」
 「リル……信じるなよ」

  こんな大人にだけはなるまいと誓ったカリムとゼンがいた。

                ☆

 何も十樹の足取りを追っているのは、神崎亨だけじゃない。十樹の言動に疑問を抱く人物、桂樹も、またその一人だ。

  フンフーンと、音程の外れた鼻歌を歌いながら鏡の前に立ち、不可思議な行動を取っていた。
  十樹は今朝起きてからずっと、第四研究室の亜樹の前でぼんやりと椅子に座り、何やら考え事をしているようだった。

 「じゃあ十樹、オレはちょっと出掛けてくるから。ガキ共、大人しくしてるんだぞ」
 「あ、あれ? 桂樹?」 

  カリムが違和感に気付き桂樹を呼び止めたが、桂樹はその声を無視して、とっとと出て行ってしまった。

 「今の、桂樹だよねぇ」

                  ☆

 普段、十樹と桂樹は双子であるため、髪の結ぶ位置や紐の色、ネームプレート等で周囲は判別している。
 しかし、今日の桂樹はネームプレートも十樹の控えを使い、髪形や紐等も十樹と同じようにしている。

  雰囲気の若干の違いは、十樹の言葉遣いを真似れば何とかなるだろう。
  昨日、十樹はゼンの父親の手がかりを探しに出かけて行ったのだ。
  帰ってからのあの様子を見ると、何かあったに違いない。

  桂樹は十樹が訪れただろう中央棟にある医学部に向かった。
    医局を見つけ、中にいる看護学校の女性徒に、遠野瑞穂を呼び出してもらう。

 「あら、白石君、何か用?」
 「ああ、あの十樹……じゃない。昨日、私が借りたものをもう一度貸して貰いたいんだが」
 「またぁ?」
 「すまない。どーしても調べたいことがあって」

  桂樹は、ボロが出ないように手短に話す。
  十樹と桂樹が入れ替わっていることは、瑞穂には気づかれていないようだ。

 「しっかたないわねぇ、今度ランチでも奢ってよ」
 「ああ、それは勿論(十樹が)」

  瑞穂は医局の奥から患者の服を持って来た。
    こうして、桂樹は昨日の鍵と患者の服をゲットしたのである。

                  ☆

 鍵に刻んであった病棟ナンバーを頼りに、桂樹は特別病棟へと入って行った。
  そして、その広さに驚きながら、あらゆる患者に声をかけジム・カインの居所を掴んだ。

 「ジム・カインさん」

  森のベンチで眠っていた人物に声をかける。

 「ああ、兄ちゃん、また来たのか」
 「ゼンを知ってるか」

  顔が似ていたので、桂樹は確信を持って訊いたが、ジム・カインは知らないと首を横に振った。

 「何度訊いても、知らない名前だなぁ」
 「本当に知らないのか?」
 「知らん。そうだ、兄ちゃん、暇ならこの先にオレが建てた家があるんだ。お茶でも飲んで行ってくれ」

  桂樹はジムの招待を断ろうと思ったが、ジムがさあさあ、と背を押して桂樹を家へ連れて行こうとする。

(ちょっとだけ、寄ってみるか……)

 その道中、ジム・カインは自分の職業を大工だと語った。
   未婚のままで子供もいないという話を聞いて、桂樹は首を傾げた。

  家は五分程歩いた森の奥に建っていた。
    ログハウス風の家だ。
    一人で暮らすには十分な広さがあり、ジムは桂樹をキッチンへと通した。
    ガスや水道も通っているようで、やかんに火をつけ、お湯を沸かし湯のみにお茶を注ぐ。

 「兄ちゃん、まぁ飲んでいけ」
 「いただきます」

  桂樹はずずっと茶柱の立ったお茶を飲む。
    部屋の中を見ていると、写真立てがあった。
  桂樹は写真に映っている男の子を見て愕然とした。

 「これっ、これっ、こいつ! ゼンじゃねぇか!」

――小さいけれど、ゼンに間違いない。

  幼きゼンは、ジム・カインに抱っこされている。
    その横には、ゼンの母親だろうか。
    体格の良い、料亭のおかみさんを思わせる容姿をした女性がいる。

 「兄ちゃん、何騒いどる?」
 「ゼンは、貴方が抱っこしているこいつですよ」
 「あぁ、それは――道端であった女性と子供だ。何か懐かしい感じがして、何となく飾ってみたんだ」

  ジム・カインはどこか愛しげに、その写真を手に取り指で撫でた。

――…記憶操作

  桂樹に、そんな言葉が浮かんだ。

 「あんたは、どうしてここに住んでいるんだ」

  頭の芯がすっと冷えて、怒りにも似た感情が桂樹を包む。

 「オレは生まれた時からここで育ったんだ。ここにいるのが当たり前の人間さぁ」

  ジム・カインはそう言うと、桂樹の湯のみにお茶を足した。



 
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