森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

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Later story

12.村人A

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                        ☆


刑務所の面会室につき、十樹と桂樹の二人は、神崎を襲った村人の一人と会う事が出来た。
桂樹は、その村人に対し、村人Aと名付ける事にした。

「おい、村人A、何故神崎を狙った」

うなだれている村人Aに、ぶしつけな質問をした。
すると村人は顔をあげ、二人に話しかけてきた。

「わしは村人Aなんという、へんてこな名前ではない。ちゃんとジャン・ウィルソンという名がある」

両手にかけられた手錠がカシャリと金属音を立てた。

「ジャン・ウィルソンさん、貴方がこの研究所を襲った理由を教えて頂けませんか?」

十樹は、記憶を解放した村人たちが、どんな不満を持ってこの研究所に来たのか、それが知りたかった。
ジャンは言うべき言葉に迷っていたが、静かに語り始めた。

「わしは、この研究所が、ただただ憎い。わしから全ての記憶を取り上げ、今はいない家族の元へ帰された……」

どこか遠い目をして、ジャン・ウィルソンは続ける。


「この偽カーティス村にいた時、わしは何も思い出せなくても幸せだった。それが今になってこんな……っ」


面会室のガラス越しで、ジャンは悲嘆にくれていた。
大粒の涙が床に落ちる。
十樹は、ジャンを見て、落ち着くよう語りかけた。

「あなたは、この大学の偽カーティス村に帰りたいですか?」

確かに、この大学で記憶操作をされ、住んでいた村人たちは、皆幸せそうだった。
その幸せを、突然壊したのは十樹自身である。
村人たちの気持ちを配慮しなかった自分は、責められて当然なのかも知れない。

「わしは……もうあの幸せの中には帰れねぇ、なんたってそこは……」
「暗くて冷たい場所」

ジャンが言う前に、桂樹がぽつりと言った。
ジャンは驚いたように目を見開いた後、「そうだ」と呟く。

「あんたも、あの場所に行ったことがあるんか?」
「ああ……」

桂樹はそう答えたが、それは以前、リルが言っていたのを思い出しただけだ。
ジャンの気休めになれば良いと思った。

「私たちは、貴方の敵ではありません。この世界で貴方の様な方がどう生きていくか――それは、私たちの課題でもあります。出来れば一緒に考えて頂けませんか?」

十樹が静かに言うと、ジャンはこくりと頷いた。



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