森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

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Later story

6.育児研究部

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十樹と桂樹が、集中治療室から出て十分後、神崎の取り巻き達が昼休みを終え、眠っている神崎の元へ戻った。
しかし、一見起きていると錯覚するような神崎の顔を見て、一同呆然とする。

瞳を閉じている瞼には、油性ペンで実に芸術的に描かれた『第二の瞳』が存在していたのである。

「誰がこんな事を……神崎先生を起こした方が宜しいでしょうか?」

取り巻きの一人が、そう投げかけたが返答はなかった。
皆の顔色を伺うと、その答えは否だった。

神崎が起きた時に、真っ先に疑われるのが自分たちだと気づいたからである。

(このまま、そっとしておこう)

そうして、一人、また一人と集中治療室を出ていく。
その際、物音一つ立てず、しのび足で出て行った為、婦長の怒りを買うものは誰もいなかった。

十樹と桂樹とは違い、実に常識的な行動だった。

                  ☆

宇宙科学部に十樹が戻ると、育児研究部からの連絡が待っていた。

「神崎先生にお別れの挨拶は出来ましたか?」

帰って来て、開口一番、橘が二人に訪ねてきた。
研究は手つかずのまま残っていて、ため息をつきながら桂樹が言う。

「オレ達、騙されたんだ」
「え?」

橘は、神崎が生きていた旨を聞くと、ほっと安堵の息をついた。
桂樹はその様子を見て、橘のお人好し加減に何も言わずに呆れていた。

「誰も亡くなっていなくて安心しました」
「思えば、神崎がそう簡単に死ぬ訳ないんだよな。あー疲れた」

自分たちの勘違いのストレスを落書きという手段で発散してきた桂樹が、どさっとソファの上に倒れこんだ。

「――で、育児研究部が何だって?」
「一歳児検診です。保護者の方は集まって下さいとの事です」
「もう、あれから一年が経ったのか……」

十樹は感慨深げに呟く。

クローンが誕生してから、今日でちょうど一年になるのだ。
子供の成長は早いもので、あの騒動が、まだつい最近の事の様に思える。
十樹は、自らのクローンの名前を一樹と名付け、桂樹は自分のクローンなのだからと『オレ』という名前をつけた。
周囲の反対もあったが、名前を考えるのが面倒だった……とは、成長した『オレ』には言えない事だ。

――まあ、時が来たら何か別の名前をプレゼントしてやるか。

名前を誕生日プレゼントにして、プレゼント代をタダにしようとしている桂樹の考えは、ケチを通り越してあさましい。
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