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Later story
5.物言わぬ者
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「神崎がいくら敵だからと言って、私たちの代わりに犠牲になった者を弔わない訳にはいかない……霊安室へ行こう」
十樹が青い顔をして言った。
「待て、神崎は生体医学部だ。遺体は解剖室に回されているかも知れないぞ」
「――解剖」
桂樹がそう言うと、カリムにも事の深刻さが伝わったのか、信じられないといった顔をした。
「なあに?あのおじさん死んじゃったの?」
「リル……、僕たちの村の住人が人を殺したんだ。僕たちに出来る事を村に帰って考えよう」
カリムは持っていたカップを亜樹に返すと、リルの手をとり研究室の物置きからカーティス村へと帰って行った。
「とりあえず、私たちは生体医学部の様子を伺ってこよう」
十樹の言葉に、その場にいた全員が頷いた。
☆
「おいっ!お前たち、ちょっと大げさなんじゃないか!?」
村の住人に襲われた神崎は、生体医学部から大学病院におくられ、さまざまな検査の後、頭を包帯でぐるぐる巻きにされ集中治療室にいた。
周囲は神崎より症状が重い病人ばかりだ。
「神崎先生は、神崎グループの後継者だと言う自覚がありません。ケガ人ならケガ人らしくしていて下さい」
「……」
神崎は、ため息をついて集中治療室の天井を見上げた。
先程の老人たちは、神崎グループに属する者が記憶を操作し例の病棟へ放り込んだ者たちだろう
(大体、白石が幾何学大学への通行を可能にし、村人たちの記憶を解除したりするからだ)
神崎が、その考えに至った時、白石十樹への恨みにも似た感情が沸き上がってきた。
――この責任はとって貰うぞ、白石十樹!
☆
その頃、白石十樹は、神崎亨の居所を確認し、集中治療室へ向かっていた。
先程なにやら悪寒が背筋に走ったのは、何だったのだろう。
亡き神崎亨の祟りであろうか。
たたた……と足早に集中治療室の受付へ走っていく桂樹は、涙までは見せないものの、長年の付き合いでもあるのだから、それなりの動揺があるのだろう。
「十樹、オッケーだってさ」
「ああ」
学長となった今、どこの場所に行こうとも顔パスになってしまった二人だった。
十樹は集中治療室のロックが解けた事を確認する。
「失礼します」
神崎は、明かりの差し込む窓際のベットに横たわっていた。
てっきり、神崎グループのメンバーに囲まれていると思いきや一人だった。
(普通なら、死者が寂しがらない様、一人はそばにいる所だが……)
十樹は不思議に思いながら、桂樹と共に神崎を見た。
そこには包帯で頭部をぐるぐる巻きにされた神崎の亡骸が、何か訴えたいことでもあるのか、眉をひそめたまま眠っている姿がある。
「神崎……、十樹どうしよう、これ成仏してないぞっ!オレ達祟られるかも!」
「お前……そういう問題か?」
桂樹は、神崎の顔を拝みながらお経を唱え始めた。
余程、祟られる心当たりがあるのだろう。
「まあ、神崎の事だから、地獄の果てまで行っても私たちを祟りにきそうではあるが……」
「だから、とっとと成仏して貰わないと後々……」
桂樹が、瞬間、お経を唱えるのをやめると、亡き神崎から、ぐぅっと寝息のような音が聞こえてきた。
十樹と桂樹は、顔を見合わせて、もう一度神崎を見る。
すると、ぐおお、と寝息と呼ぶにはややうるさ気ないびきが聞こえてきた。
「流石、地獄の果てまで行った男……どうすんだよ、神崎、ゾンビになって戻ってきちまったじゃねーか」
「桂樹のお経が効いたんだろう」
「しまったー!お経なんて唱えるんじゃなかったー!」
桂樹は、頭を抱えて絶望した。
ケガ人を目の前にして、実に失礼な男たちである。
「あの、学長、少々静かにして貰えますか?ここには重篤な患者さんもいるので」
「ああ、申し訳ありません」
婦長は、二人を窘めると、患者の点滴を換えた。
「畜生、腹立つなあ、生きてるなら生きてると言え」
ぐーすか寝ている神崎に、文句の一つでも言ってやらないと気がすまない桂樹は、おもむろに白衣のポケットに入っていた油性ペンを取り出した。
十樹が青い顔をして言った。
「待て、神崎は生体医学部だ。遺体は解剖室に回されているかも知れないぞ」
「――解剖」
桂樹がそう言うと、カリムにも事の深刻さが伝わったのか、信じられないといった顔をした。
「なあに?あのおじさん死んじゃったの?」
「リル……、僕たちの村の住人が人を殺したんだ。僕たちに出来る事を村に帰って考えよう」
カリムは持っていたカップを亜樹に返すと、リルの手をとり研究室の物置きからカーティス村へと帰って行った。
「とりあえず、私たちは生体医学部の様子を伺ってこよう」
十樹の言葉に、その場にいた全員が頷いた。
☆
「おいっ!お前たち、ちょっと大げさなんじゃないか!?」
村の住人に襲われた神崎は、生体医学部から大学病院におくられ、さまざまな検査の後、頭を包帯でぐるぐる巻きにされ集中治療室にいた。
周囲は神崎より症状が重い病人ばかりだ。
「神崎先生は、神崎グループの後継者だと言う自覚がありません。ケガ人ならケガ人らしくしていて下さい」
「……」
神崎は、ため息をついて集中治療室の天井を見上げた。
先程の老人たちは、神崎グループに属する者が記憶を操作し例の病棟へ放り込んだ者たちだろう
(大体、白石が幾何学大学への通行を可能にし、村人たちの記憶を解除したりするからだ)
神崎が、その考えに至った時、白石十樹への恨みにも似た感情が沸き上がってきた。
――この責任はとって貰うぞ、白石十樹!
☆
その頃、白石十樹は、神崎亨の居所を確認し、集中治療室へ向かっていた。
先程なにやら悪寒が背筋に走ったのは、何だったのだろう。
亡き神崎亨の祟りであろうか。
たたた……と足早に集中治療室の受付へ走っていく桂樹は、涙までは見せないものの、長年の付き合いでもあるのだから、それなりの動揺があるのだろう。
「十樹、オッケーだってさ」
「ああ」
学長となった今、どこの場所に行こうとも顔パスになってしまった二人だった。
十樹は集中治療室のロックが解けた事を確認する。
「失礼します」
神崎は、明かりの差し込む窓際のベットに横たわっていた。
てっきり、神崎グループのメンバーに囲まれていると思いきや一人だった。
(普通なら、死者が寂しがらない様、一人はそばにいる所だが……)
十樹は不思議に思いながら、桂樹と共に神崎を見た。
そこには包帯で頭部をぐるぐる巻きにされた神崎の亡骸が、何か訴えたいことでもあるのか、眉をひそめたまま眠っている姿がある。
「神崎……、十樹どうしよう、これ成仏してないぞっ!オレ達祟られるかも!」
「お前……そういう問題か?」
桂樹は、神崎の顔を拝みながらお経を唱え始めた。
余程、祟られる心当たりがあるのだろう。
「まあ、神崎の事だから、地獄の果てまで行っても私たちを祟りにきそうではあるが……」
「だから、とっとと成仏して貰わないと後々……」
桂樹が、瞬間、お経を唱えるのをやめると、亡き神崎から、ぐぅっと寝息のような音が聞こえてきた。
十樹と桂樹は、顔を見合わせて、もう一度神崎を見る。
すると、ぐおお、と寝息と呼ぶにはややうるさ気ないびきが聞こえてきた。
「流石、地獄の果てまで行った男……どうすんだよ、神崎、ゾンビになって戻ってきちまったじゃねーか」
「桂樹のお経が効いたんだろう」
「しまったー!お経なんて唱えるんじゃなかったー!」
桂樹は、頭を抱えて絶望した。
ケガ人を目の前にして、実に失礼な男たちである。
「あの、学長、少々静かにして貰えますか?ここには重篤な患者さんもいるので」
「ああ、申し訳ありません」
婦長は、二人を窘めると、患者の点滴を換えた。
「畜生、腹立つなあ、生きてるなら生きてると言え」
ぐーすか寝ている神崎に、文句の一つでも言ってやらないと気がすまない桂樹は、おもむろに白衣のポケットに入っていた油性ペンを取り出した。
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