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1巻

1-3

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 私の言葉を最後まで聞かず、またもやロダンは風のように去った。どんだけ時間が惜しいんだよ。
 そんなロダンの背を見送りながら、お爺様が私に問いかけた。

「シャボンというと身体を洗うアレかの? アレに香りをつけるってことかのう?」
「はい。手や身体を洗うだけで良い香りになったら、香水がいらなくなるかもしれないですね」
「ほっほっほっ、香水か。ジェシーもそんなことを気にする年になったかのう」

 お爺様は私の頭をグリグリでる。
 うちの男どもはグリグリが好きなのか? 髪型が崩れるから嫌なんだけど……

「俺は甘ったるい匂いは勘弁してほしいから、ナシでいいけどな」
「でも王城勤めの優男やさおとこには需要がありそうじゃがな」

 ロダンを待っている間、香りについての談義が始まった。

「肌用や食器用、服用みたいに、用途別で香りのシャボンの加工品を作ればいいんじゃないか?」

 兄さんにしてはいいアイデアが出た。

「それはいいわね。あとは貴族用と平民用の香りに分けたほうがいいかしら?」
「貴族用と平民用?」

 良いアイデアを出してドヤ顔をしていた兄さんだったが、すぐにしゅんとしてしまった。

「貴族用の場合、お花の香りにするの。高級感とか特別感を出して平民用と差別化しないと」
「良い考えじゃが、それは追い追いかのう。まずはその草で良い香りが出るのかじゃな」

 ふむふむ、と頭の中にメモをしていると、息を荒らげたロダンが戻ってきた。その後ろにはハァハァと肩を大きく上下させるロック爺。老体に鞭打たせて、ごめん。

「お待たせしました、お嬢様。りに出たばかりだったので、二種類しかありませんが……」
「ありがとうロック爺。急がせてしまって、ごめんなさい。さて。まずは本当に良い香りが出るか試してみましょ!」

 ロック爺がってきたのはミトンとローズマリ。私が受け取りそれをお爺様に手渡すと、長ウリのときと同じようにお爺様は両手に持ち目を瞑った。
 お爺様の手から風が舞う。

「あっ。ロダン悪いのだけど、お爺様の手の下にお盆かお皿を用意して。急いで!」

 私の忠告を聞いて、ロダンは空いているお皿をさっと滑らせる。
 乾燥が終わると想像通り、葉っぱはボロボロになった。

「ボロボロだな」
「ボロボロじゃな」
「ボロボロですね……」

 枯れた草を見て、一同ちょっとがっかり気味。

「まだ終わりじゃないの。次はこのボロボロの草を粉末にします!」

 と言ったものの、粉末にする方法を考えていなかった。

「ここで相談なんですが、どうやったら粉末になると思います?」

 私は眉尻を下げながら、みんなに丸投げする。乾燥のことしか考えてなかったよ。
 ふーむ、とお爺様と兄さんは考えてはいるんだろうけど、唸るだけ唸ってフリーズしている。

「というか、なぜ粉末にする必要があるんじゃ? このまま入れてもいいじゃろ」
「そうだよ。いっそ乾燥させないで、生のまま入れたほうが良い香りがしそうじゃないか?」

 兄さんは胸を張っているが、話が脱線してしまっている。

「ううん、粉末状というか、目に見えないぐらい細かくしたい理由があるんです」

 私は首を横に振る。

「乾燥させることで草が腐るのを防ぎたいんです。そして粉末状にする理由ですが、これはシャボンの加工品の中に混ぜ込むものなのですが、肌や食器や服が擦れて傷ができたり、痛んだりするのを防ぐため、です」

 よく考えておるんじゃな~、とお爺様は感心している。
「えっへん」と胸を張って自慢げにしていると、隣で思案していたロダンがひらめいたとばかりに、ポンと手を打った。

「たしか農村部には、収穫した小麦を粉にする機械があります。ただこちらは量が少ないので、すり粉木こぎを使ってもいいでしょう。早速持ってまいりますね」

 そう言うだけ言って、またもロダンは風のように消えた。
 と思ったら、今度はすり粉木こぎとすり鉢を持ってすぐに帰ってきた。早い……!

「お待たせしました。すり粉木こぎで粉砕する作業は私がやりましょう」

 ロダンは私たちを横目に、ミトンをすり鉢に入れて、ゴリゴリと粉砕する。すると、ふんわりと爽やかな香りが辺りに広がって、何だかホッとした気分になる。

「いい香りだね。俺、これぐらいの香りなら好きかも」
かすかに香っておるな。おそらく、生の草だったときよりも香りが薄くなっているのかの?」
「ええ。生よりも半分くらいになっているでしょうか」

 お爺様は実際に手に取って魔法をかけたから、香りの差がわかるのだろう。
 実際にミトンを持ってきてくれたロック爺もお爺様に賛同している。

「香水と重ね付けしたらキツくなりますし、ちょっと香るぐらいがいいんじゃないかなって」
「そうじゃな。それに、香水とは別物として売る必要があるからのう」
「なんで? 香水と同じように貴族に売ればいいじゃん」

 葉の粉末の香りを嗅ぎながら、兄さんがお爺様に問う。
 お爺様は怒るでもなく、次期領主の兄さんをさとし始めた。

「貴族間の商売は難しいんじゃ。特に香水は他領の特産品としてすでにあるし、伝統が堅く守られたものもあるからのう」
「ふ~ん……」
「ポッと出の商品がすぐに香水を凌駕りょうがしてしまっては、この領が潰されてしまうんじゃ。領政では自領だけでなく、他領とのことも考えて進めんといかんのじゃ」

 兄さんは「なるほど……」と頷いている。
 そんな兄さんの隣で、ローズマリもゴリゴリし終わったロダンは満面の笑みだ。

「ではお嬢様、こちらも成功ということでよろしいでしょうか?」
「そうね。他の材料も無事に揃いそうだから、あとはシャボンの加工品を試作してみるわ。葉の粉末は香ったけど、実際にシャボンに入れて香りが付くかどうかも確認しなきゃ」
「シャボンの問題はジェシーに任せるとして、この後は城に戻って長ウリの話を詰めていこう」

 お爺様が私に同意を求めてきたので、うん、と一つ頷く。
 兄さんも頷いてくれて、特にロダンは満面の笑みで同意してくれた。

「では、私は他の香りがするものを、探して集めておきます」
「ありがとう、お願いね」

 ロック爺が提案してくれた他のハーブのことを忘れていたよ。
 私はテラスを出て庭へ向かうロック爺にお礼を言って、兄さんたちと一緒に城内のサロンへと向かった。


 お昼まで二時間ほどあったこともあり、昼食前に長ウリ会議が始まった。その後昼食を挟み、午後も長ウリ会議をして、夕方にようやく今後の方針やおおよその話がまとまった。
 長時間の会議の後でもホクホク顔のロダンは、その表情のままお爺様に進言した。

「クライス様、中継ぎで構いませんので臨時の領主になっていただけませんでしょうか?」
「ん? 中継ぎとな?」
「はい。私から申し上げるのは恐縮ではございますが、今後の領のことを考えると、領主は成人したばかりの青年よりも、クライス様のような貫禄のある方のほうがよろしいのではないかと」

 ふむ、とお爺様は一瞬悩む姿勢を見せるが、すぐに返答した。

「わしもそれは考えておった。正直、この長ウリやシャボンの加工品が成功すれば、我が領の特産品になるのは目に見えておる。そうなると他領に舐められんように、牽制も兼ねてわしが代表になったほうが、出だしでつまずかんでええかのう」

「どうじゃ?」と、お爺様にロダン、そして私の視線が兄さんへ向かう。兄さんは顔をうつむけていたが、少しして勢い良く顔を上げた。

「俺はあと一年、騎士学校へ行きたいです。でも騎士になりたいというわけではなく、次期領主になる覚悟は持っています」

 兄さんは少しの沈黙ののち、お爺様に一礼した。

「しかし、判断はお爺様にお任せします」
「あいわかった。ではわしが中継ぎとして、そうじゃなあ……十年ほど領主に返り咲こう。あやつらが生きておれば、代替わりはそのぐらいの時期だったじゃろうて。カイもまだまだ青春したいだろうしな。わはははっ」

 お爺様は「腰が持つかの~」なんて言いながら顔を上げた兄さんの頭をグリグリしている。兄さんは笑いながらも、ちょっと泣いていた。
 十七才で領主になるなんて、両親の死を乗り越えて間もない兄さんには、肩の荷が重すぎたのかもしれないね。この間まで学生だったんだし、精神的にもまだまだ発展途上だよね。
 良かった良かった、と私もなんだか嬉しくなった。

「それじゃあ早速、領主の初仕事じゃ」

 そして、みんながなごやかムードの中、お爺様がカラカラ長ウリの正式名称を決めた。
 みんなからいくつか挙がった名称案の中から選ばれたもの。
 ――その名も『へちまん』です。
 あはは、そうです、私が出した案です。ネーミングセンスがなくてごめんなさい。
 今後のためにも、長ウリと連想されない名前がいいよね、ってなったみたい。
 これで領地復興も一歩目を踏み出して、めでたしめでたし、ってとこだね!
 ……ちょっと待って。お爺様が領主に返り咲きってことは、お爺様は本邸へ戻ってくるってこと?
 まずい、兄さんと二人だったので完全に油断していた。私のダラダラ生活が……
 私はお爺様に恐る恐る尋ねてみる。

「お、お爺様。ところで、返り咲くってお話は今日明日の話ではないのですよね? ほら、手続きとか色々あるでしょうし……」
「善は急げじゃ。明日にでもこちらへ引っ越しするぞ! 細かい荷物や書類は後から送ることになるが、わしは明日からこちらに住む」

 お爺様は満面の笑みで大張り切りだ。横で兄さんの顔が引きつっている。
 もう、こうなったらあきらめよう。ね、兄さん。
 私はそういう思いを乗せて、兄さんの肩に手を置いた。


 翌日。兄さんの騎士学校への復学、お爺様の帰城が決定したので、城のみんなは荷造りやら掃除やらで、てんやわんやしている。
 いつもはローテーションを組んで仕事をしているメイドたちも、今日に至っては全員来ている。
 お爺様も早く引っ越すため、朝日が昇る前に馬車で一時間ほどの別宅へ戻られた。
 ただ私自身は特にやることもないので、色々な人の様子を見て回っていた。向かう先は領主の部屋。扉が開いていたので、そこからひょこっと顔を出した。

「兄さん、何か手伝おうか?」
「おう、ありがとう」

 兄さんは騎士学校への引っ越しの荷造りの前に、お爺様に部屋を明け渡すために城内でのお引っ越しの準備をしていた。

「でも大丈夫だよ。元々あんまり荷物はないし。てか、もう終わりそうだから」
「そう? 何か助けが必要だったら私は厨房にいるから、いつでも呼んでね」
「了解」

 兄さんの手伝いもないとなると、することが本当にない。
 仕方なく私は厨房へ向かうことにした。あ、つまみ食いじゃないよ!
 厨房ではジャックがせわしそうに動いている。さすがに元領主のお爺様が帰ってくるのだから仕方ないか。私は頃合いを見て、ジャックにくだんの調達物について聞こうと声をかけた。

「ジャック、前に頼んだ例のものは手に入った?」
「あっ、お嬢様。もちろん、手に入りましたよ」

 手を一旦止めてくれたジャックは、いそいそと厨房の奥へ引っ込んだかと思うと、すぐにバレーボールぐらいの大きさの果実を五つ持ってきた。

「こちらがヤシシの実になります。必要なのが油だけであれば、処理をして後で持っていきますが、いかがいたしましょうか?」
「じゃあ、お願いしようかしら。今日はみんな忙しそうだし、明日の朝でもいいわよ」
「わかりました」

 ジャックは頷いて明日の朝一で届けてくれる約束をして、仕事へ戻っていった。ヤシシの実はこれでOK!
 次は、裏庭へゴーだ。
 裏庭に着いたものの、そこには誰もいない。あれ? いつもここにいるのに……
 私はお爺様がいないことをいいことに、お嬢様らしからぬ大声をあげた。

「ロック爺? ど~こ~?」
「ここですー!」

 馬小屋のほうからロック爺の声がしたので、そちらへと足を向ける。
 ロック爺は馬小屋を掃除していた。お爺様の帰城に合わせて馬が増えるから、らしい。

「お仕事の邪魔しちゃってごめんなさい。昨日言った他の香りの葉っぱなんだけど……」
「はいはい、用意できていますよ」

 ロック爺は馬小屋掃除の手を止め一旦その場から離れると、すぐに両腕で抱えられるぐらいの大きなかごを持って戻ってきて、近くにあった小さなテーブルの上に順番に中身を並べ始めた。

「今朝ってきましたよ。ミトンにローズマリ、そしてカモミ、レンモバム」

 ミトンとローズマリは昨日見たのでわかるが、他のやつは初めて見る……ふむふむ。

「こちらが、キリリの木の皮です」

 キリリの樹皮を手に持って嗅いでみる。お~、前世のきりの匂いがする。
 いい香り~! 安らぐねぇ。

「こんなにたくさんってくれて、ありがとう」

 私はじっくり見たいので、ロック爺にお礼を言いかごを持って、テラスに移動した。
 テラスの机に葉っぱを並べて、再び観察する。
 レンモバムは爽やかな香りで、前世のレモンの匂いがする。不思議な草~。カモミはカモミールね。
 キリリは、前世の某国でお風呂のときによく嗅いだ温泉の素とか、和室のタンスの香りね。まじでいい匂い、というか懐かしい。
 私はほわ~んと前世に想いをせる。よく温泉旅行したな~……

「明日お爺様が帰ってきたら、乾燥してもらおっと」

 さて、平民用の次は、貴族用の香りを探さないとですよ。
 私はテラスの椅子の周りをグルグル回る。
 うーん、貴族用って言ったって花しか思いつかん。でも、香水と香りが似ちゃうからダメなんだよね。違う香りで貴族っぽい上品な香り……花から一度離れないと。むう……

「あっ! フルーツだ‼」

 レンモバムの葉っぱをじっと見つめていたら思いついて、思わず嬉しくなる。
 なんで今まで思いつかなかったんだよ~、私!
 それでは早速、と前世で香りの良かったフルーツを思い出してみよう。
 さっぱりとした香りはグレープフルーツ。甘~い香りは苺かな。
 万人受けしそうなのはレモンだけど、平民向けと被っちゃうし、ライムとかかな?
 そもそも前世と同じようなフルーツって、この世界にもあるんだろうか。まあ、草にも同じようなのが存在するし大丈夫かな。
 もうこれは異世界あるあるに頼るしかない。私は一縷いちるの望みを胸に、またもや厨房へ足を運んだ。
 厨房で先ほども出会ったジャックに声をかける。

「ジャック! 忙しいのに何度もごめんね、今いいかしら?」
「あれ~、小腹でも空きましたか? もうすぐお昼ですから、もう少しお待ちくださいね~」

 せわしく食材の下拵したごしらえをしていたジャックは、顔を出した私にニヤッと笑って答える。ジャックの中で、私は食いしん坊キャラなのか?

「違うの。今度は果物について話がしたくて」
「果物、ですか?」
「そう。一昨日おとといの続きなんだけれど、香りのいい果実を探しているの」

 ジャックは『香り』に反応したのか、ピタッと手を止めてくれた。

「ほぉ、次は香りですか。そうしましたら、ここには今はアズンがありますよ」

 得意分野だからなのか、自信ありげに差し出したのは薄オレンジ色の丸いフルーツだった。
 クンクン。あ~、アズンってあんずのことなのね。

「甘い香りね。う~ん……他はない?」
「他ですか……」

 ジャックは辺りを見回すが思い当たるものがないようで、首をふるふると横に振った。

「普段、果実はデザート用にしか仕入れないので、今はアズンしかありません。明日でよければ、市場で色々と仕入れてきますが、どうでしょう?」
「いいの? できれば二︑三種類欲しいの。甘い香りばかりじゃなくて、他の系統のも!」
「これも条件があるのですね。わかりました」
「あっ、あと安いほうが助かるわ」
「ははは。了解です」

 ジャックは笑顔で引き受けてくれた。まじでありがとうジャック。


「あ~、早く明日にならないかな~」

 スキップしながら部屋に戻る道すがら、エントランスにお爺様が到着された。
 私が頭をぺこりと下げると、お爺様は嬉しそうに破顔した。

「お、お帰りなさいませ。お爺様」
「お~、わざわざ出迎えてくれたのか!」
「ええ、ふふふ」

 たまたま通りかかっただけなんだけどね。勘違いしてくれているから、乗っかっちゃえ。

「そういえば、カイの引っ越しは済んだのかの?」
「荷物が少ないと言ってましたから、おそらくもう終わっている頃合いかと」
「そうかそうか、にしても、懐かしいのう……」

 と、お爺様はニコニコしながら領主の部屋へと向かった。ロダンなどの使用人は裏口から入ってきているようだ。自室に向かう途中、新しい五人の使用人が荷物を抱えているのが見えた。
 本当にお爺様が帰ってきたのね……いや、嬉しいんだけど……今までのように部屋でまったりできるのかな。
 実は、私たち兄妹は今までお爺様とは一緒に暮らしたことがない。
 私の両親が結婚した後は、今は亡きお婆様と一緒に、城から馬車で一時間の距離にある別宅に住んでいた。そのときはまだ領主は引退されていなかったが、新婚夫婦のイチャイチャを見たくなかったようだ。
 そんな一抹の不安を抱えながらも、昼食を終えてサロンでくつろいでいたとき、お爺様が別宅から連れてきた新しい使用人を紹介した。

「カイ、ジェシー、今日から城にこの五人が増える。顔を覚えるように」

 お爺様は、ずらりと整列した使用人たちに視線をやった。

「一番左端、あれは別宅で執事をしていたミランだ。ロダンの弟になる。四十一歳じゃ。ここではロダンの下に付き、執事補佐をしてもらう」
「よろしくお願いいたします」

 深々とお辞儀をしたのは、ロダンが一回りほど若返ったような男の人だった。いやでも、目の色と髪の色が違う。髪色が違うのは、ロダンに白髪が生えているからかもしれないけど。
 まずは兄さんが、サロンのソファに座ったまま、挨拶を返す。

「よろしく。俺はカイデール・ロンテーヌ。十七歳だ」
「妹のジェシカ・ロンテーヌよ。十四歳よ」

 お爺様がミランの年齢を言ったせいか、なぜか二人とも続いてしまった。ちょっと恥ずかしい。
 そんな私たちを微笑ましげに見ていたミランは、一歩前に出て他の四人を手で指した。

「私の横から、侍者のダン、三十二歳。雑用係のハンク、十八歳。料理人のミラー、二十五歳。最後に侍女のケイト、三十三歳となります。なお、使用人に挨拶は不要ですので」

 紹介が終わると、五人は一斉に頭を下げた。

「よし、では、本邸の使用人もついでに紹介しようかの」

 紹介するときに年齢を一緒に言ったのが面白かったのか、お爺様は本宅の使用人を紹介したがった。そんなお爺様の意向を汲んだのか、ロダンは一礼してみんなを速攻で集めてきた。
 新しくやってきた使用人に対面する形で、ずらっとみんなが並んだ。

「では、こちらは私が紹介いたしましょう。私はロダン。本邸の執事で、五十一歳です」

 えっ、ロダンってそんな歳なの⁉ 思わぬ発見。思わず目をみはった私の横で、兄さんもびっくりしている。

「次に、庭師兼馬丁ばていのロック、七十歳」

 もうそんなになるのか~、とお爺様はひげを触りながらのほほんと呟いている。

「料理人のジャック、二十九歳。こちらの三人がメイドのローザ、四十五歳。ハンナ、二十歳。サラ、十八歳。ちなみにハンナとハンクは姉弟になります」

 ロダンが補足し終わると、こちらの使用人も同時に一礼した。

「あと、使用人を含め一同がこうして同席することが今後はないと思いますので、ご主人様にはもうしばらくお許しいただければと思います。使用人の詳細をぼっちゃま方へ紹介してもよろしいでしょうか?」

 ロダンがお爺様に伺うと、お爺様は「良い良い」と手を挙げて促した。

「では。ロックは私とミランの父にあたり、オレゴン前男爵です。また以前、本邸に妻のミシェルが侍女としておりましたが、先日の事故で先代様と共に天へ召されました。そして、息子のロッシーニは十六歳。現在学生で王都の学生寮におります」

 ロダンの家族構成は面白いな。というか、ロダンが今はオレゴン男爵なのかな?

「次に、私共オレゴン男爵家以外の使用人は全てロンテーヌ領の領民です。今後、多少の増員や異動もございますが、ロンテーヌ家の皆様には支障がないように配置をいたします」

 つまり平民が働いている、ということか。公爵家のお屋敷だけど、平民が多いのはたぶんウチだけだろうね。田舎だからなのか、貧乏だからか……
 そんなことを考えていると、ロダンの合図でロダン以外の使用人がサロンから退出した。
『へ~』が七割と、『うそっ!』が三割の顔合わせで、なんだかドッと疲れたよ。
 しかしお爺様は休みをくれるわけでもなく、私たちに話しかけた。

「これからは、わしが領主になる。カイは学校へ戻るまでわしの下で次期領主として勉強をするように。学校へ戻るんじゃから、これからは鍛錬たんれんにも時間を割け。最近、たるんどるようじゃしな」

 つまりは詰め込みの教育は一旦止め、ということね。
 となると、私はどうなっちゃうのかしら。領の勉強はおしまい? そんなのは嫌!

「お爺様、私は今後も兄さんと共に学びたいし、視察を続けたいのですが……?」

「ダメ?」と上目遣いで聞いてみる。単純だけどこの仕草は外したことがない。
 しかしお爺様はうーむ、と眉根を寄せた。あれ、効いてない?

「ジェシーの発想や着眼点は大したものじゃが、女子が領政に関わるのは慣例的になぁ……」
「お爺様、俺からもお願いします。今回の新しい特産品はジェシーの手柄です。領内にいるとき限定ということで、目を瞑ってはいただけませんか?」

 兄さん、ナイス! ここ一番のナイスじゃん!

「おいおいどうしたんじゃ。お主らそんなに仲が良かったかの? しかしの~」
「お爺様……お願いします………」

 兄さんのアシストの横で、ウルウル上目遣い攻撃をさらに続ける。ぐぬぬ、というお爺様の表情からすると、あと一押し!
 それが功を奏したのか、お爺様は手をひらひらと掲げ、ため息をついた。

「え~い、わかったわい! 領内にいるときかつ家族しかいないときのみ、ジェシーの領政への参加を許可する!」
「ありがとうございます、お爺様! 私、これからも領のために頑張ります! お爺様大好き!」

 私は思わずお爺様に抱きつく。デレデレのお爺様はそんな私をでながら、今後の話をし始めた。

「それはそうと代替わりの手続きじゃが、来月の初めに……と言ってもあと五日ほどじゃが、王都へ行ってやろうと思う」
「え、王都⁉」

 何その素敵ワード! いいないいな!

「学校の復学手続きがあるじゃろし、カイはわしと一緒に行くんじゃぞ」
「お爺様、私は⁉」
「ジェシーは留守番じゃ。ジェシーも来年から学校が始まるからの、留守番している間にケイトに最低限のマナーを教えてもらうように。まぁ、いくらか義娘むすめが教えていたようじゃし、ジェシーは頭がいいから、おさらい程度にやればいいぞ」


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