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2章 魔法使いとストッカー

48 封印の輪っか

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「お久しぶりね、ナダル!」

「お久しぶりです、お嬢様! いい所にお出でになりました!」

 私たちは現在、ロクサーヌ王都店の奥の従業員用休憩室に来ている。てか、何だろう? ナダルがニッコニコだからうれしい知らせかな?

「どうしたの?」

「これを見て下さい。試作品ですがロゼ領から先日届いたばかりなのです。ご当主様の婚約式が終わったらお持ちしようと思っていたので、お嬢様に直接お渡しできて良かったです」

 スッと差し出されたのはお手紙セットの紙の方だった。

「あ~!!! これ!!! すごい、ちゃんと進行してたんだ。先ほどスミス様にもお会いしたのよ」

「ロゼ領の方達も色々と試行錯誤したみたいですね。さすがは大領地です。もう第一弾が出来てしまうとは」

 ほんのりバラの香りがする紙に鼻を近づける。うんうん、ほんのり香ってめちゃくちゃいい。

「本当よね。って事はそうなると、学校の購買部の件が進んでいるのかしら?」

「はい。予定では対抗戦の後辺りにオープンします。このお手紙セットはどうでしょう? ロゼ領との兼ね合いもありますから」

 対抗戦の後か。まぁ、あれもこれも急には進まないよね。

「やったね。で、相談なんだけどナダル? これって貰ってもいいのかしら?」

「はい。もちろんです!」

 私とナダルは購買部の話で盛り上がった。しばらくするとお店の方からデリアが大慌てで入室してきた。

「お嬢様、本日こちらへ来ることは誰かにおっしゃいましたか?」

「え? さっき決まったから… 家の者以外は知らないはずよ?」

 と、後ろにいるロッシーニに目で確認する。ロッシーニも首を横に振っている。

「お店の方にお嬢様のお客様がいらっしゃっておりまして… 身なりからすると高貴な方のようですが、『エル』としか名乗ってはくれませんで。お顔が拝見できないのでどうしたら良いのか…」

「エル? うそ! 行くわ!」

 サッと立ち上がるとロッシーニに止められた。

「お嬢様、私が確認して参ります。ご本人でしたらお呼びしますのでここでお待ち下さい。ユーリ、馬車の確認をしておいてくれ」

 と、ロッシーニとユーリがお店の方へ向かった。

「ご学友の方ですか?」

「えぇ、本人ならそうね。エルメダ様よ、ナダルは面識あるかな?」

「エルメダ様… あぁ、ロスト公爵家のご令嬢ですね。ん? そうなるとデリアも知っているかと、お顔が見えなかったと言ってたなぁ、どうしたんだろう」

 と、ナダルがボソッとつぶやいた途端、影からアークが出てきてドアの前に立った。ちょっと物々しいな。そんな様子にナダルも少し緊張している。

 少ししてロッシーニが帰ってきた。

「お嬢様、おそらくご本人かと。スカーフで頭を覆われているので、お持ちであった時計の紋章でご本人確認をしました」

「ふ~、そう。でもここはエルを招待するにはちょっとダメよね。どこかカフェにでも移動しようか」

「そうですね。休憩室ここにお客様をお通しするのは難しいかと」

 全員で一旦胸を撫で下ろす。ナダルとまた来ると話しながら店先へ移動する。もちろんアークは影に戻っている。ふふふ。

「エル? お待たせして申し訳ないわ。ここではゆっくりお話ができないしお茶でもどうかしら?」

 幸いお店にはお客さんがいなかったので、店のドア付近で立っているエルに後ろから大きなで声をかけた。

 無言で振り向くエル… しかしスカーフで顔が見えない。下を向いてるし。

「え? エル? どうしたの?」

 エルは無言&動かない。何かあったのかな? 泣いているの?

「エル?」

 と、一歩近づこうとした時、エルに手首をガシッと掴まれる。い、痛い。

 ハッとなったロッシーニが私の肩に手をかけ後ろに隠そうとするが、エルの手が離れない。アークも影から出てきて、ナダルとデリアも私を囲むようにエルの前に立つ。

「エル、痛いわ。離して」

 下を向いたままのエルは手を離してはくれたが、ボソボソと何かを呟いた。途端に店の中が閃光し視界が遮られる。

『生きて還りし姫よ 混乱の世にお前は必要ない』

 と、低い声が響き渡る。光も弱まり周りが見えるようになったがエルの姿は消えていた。私はいきなりの出来事で声が出ない。唖然としてエルが消えた場所をただ見つめていた。
 ロッシーニはすぐさま外のユーリに声をかけ、ナダルとデリアにも指示を出す。アークは私の横に密着していたが、私の手首を指差し驚いている。

「お嬢様、それ、恐らく… 魔法封じの腕輪です」

「はぁ???」

 さっきエルに掴まれていた手首に糸のように細い輪っかがピタッとくっ付いている。

「何で!」

 細くて脆そうに見えるのに全然取れない。アークは呪文を唱えながら私の手首を持ち上げるが、輪っかがうっすら光って消えた。呪文を唱えては光っては消えを繰り返す。

「お嬢様、こちらに」

 ロッシーニは私をすぐさま馬車に掘り込んだ。
 馬車の中では誰もが無言で青い顔をしていた。屋敷に到着すると婚約式の準備で騒がしいので、隠れるように裏口から早歩きで執務室へ向かった。
 私は何が何だか… 言われるがままアークとユーリとソファーで待つ事にした。しばらくして、お兄様とロダン、イーグル、マーサ、リット、ランドが部屋へ駆け込んできた。

「ジェシー! 大丈夫か!」

 お兄様が蒼白な顔でまずは私の横に座る。ロダンは失礼しますと私の手首を観察している。

「で? ロッシーニ、お前がいながら… 状況を細部に渡るまで報告しろ」

「申し訳ございません!!! 本当に一瞬の出来事で… まずエルと名乗るお嬢様のご学友のエルメダ様がお店に訪ねて参りまして」

「ん? 今日行くことを知っていたのか?」

「いえ。お嬢様もお約束はしていない様子でしたので、まずは私が一人で本人確認をしました。高価な時計に公爵家の紋章があり… スカーフでお顔を隠していらっしゃったのは平民街に近いお店ですし… 背格好もエルメダ様とよく似ていらっしゃったので… 状況判断でご本人と断定してしまい…」

「これは?」

 お兄様は私の手首を持ち上げてロッシーニを睨みつける。相当お怒りだ。

「それは… お嬢様が声をお掛けになった途端手首を掴まれて、いきなり店中が光り目の前が… 光がなくなったらもうエルメダ様らしき人物は消えてしまっていまして。本当に申し訳ございませんでした!!!」

「お、お兄様。ロッシーニを責めないで。あれは一瞬の出来事過ぎて… 誰が近くに居てもこうなっていたわ。私もなされるがままだったし」

「いや、そもそも確認作業が甘い。まぁロッシーニの処分は後だ。ランド、これが何かわかるか?」

「恐らく呪いの一種かと。魔法封じだと思います。アーク、お前、解呪はしたのか?」

「はい、簡単なものですが。何度か試しましたが… 恐らく魔力量の問題かと。私より上の魔法使いが作ったと思われます。すみません」

「おい、アーク、お前も護衛の意味がない! わかっているな! 処分は後でする。ランドはいけそうか?」

「いや… これは高度な魔法具ですね。マーサの方が適任かと」

「マーサ、どうだ?」

 マーサは私の横に座りまずはニッコリ笑いかけてくれる。

「お嬢様、心配ないですよ。今すぐには無理でしょうけど… 人が作った物なんです。どうにか解決方法は見つけ出せます。それに、お嬢様自身が倒れたり物理的な攻撃を受けるようではなさそうですし。ね?」

 強張っていた私も、マーサの優しさにやっと息を吐いた。

「それにしても… 何が目的だ? ジェシーの魔法を封じるなんて」

 マーサとランドは私の手首を見ながら小声で難しい話をし始め、お兄様やロダン、イーグルは相手についての話を始めた。

「あっそうだわ。あそこに居たみんなも聞こえたかしら? お兄様、エルっぽい人がねお店の中が光っている間に『生きて還りし姫よ 混乱の世にお前は必要ない』と言ってたの。ちょっとセリフが怖くない?」

「そうなのか? ロッシーニ?」

 お兄様はクワっとロッシーニやアークを見る。しかし、二人とも首を思いっきり横に振っている。

「聞こえてないの? 私にだけ?」

「生きて還りし?」
 
 う~んとお兄様が頭を捻っている。

「カイ様、もしかするとお嬢様の前世の記憶があることに関係あるのでは? しかし、知っているのは限られた者で、誓約した者ばかりですし… 外に漏れはしていないはずなんですが」

 そう言ったイーグルも頭を抱えている。

「誰かが私の秘密を知っていると言う事?」

「混乱の世~も今は戦時ではありませんし… これから混乱の世になるとでも言うのでしょうか?」

 ロダンはそこまで言うと、大きくパンと太ももを叩いた。

「皆さま、一旦ここまでです。マーサの言う通り今の所は害はないようですし、明日は婚約式です。少しお嬢様は窮屈かもしれませんが護衛を万全にし、まずは明日を乗り越えましょう。わかってはいるでしょうが、この事は婚約式が終わるまで一切口にしないように。よろしいですね?」

 それぞれが私の手首を見ながら頷いた。
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