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1章 ロンテーヌ兄妹

日記 ランドの1日

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秋空の下、少し冷たくなったそよ風が頬をなでる。

ここ最近はマーサと魔法陣研究に没頭している。ついにアークが1ヶ月前、水晶の産地を突き止めたのだ。場所は王国の西、ロゼ領とカデナ領の境界にある大岩側の洞窟だった。今回、アークは半年以上をかけて全ての領を周ったらしいが、今の所、この水晶があったのはここだけだそうだ。

だから今、私は水晶に込められる内包魔力量の実験をこうして何度も繰り返している。

結論から言うと、水晶自体に微力の魔力が宿っていた。場所が関係しているのか、環境なのかは未だ不明だが、マーサが作成した魔力を測る装置を持って洞窟に行き、洞窟中を測って周った。水晶そのものは、手の平サイズでコップ一杯程度の水が出るくらいの微量な魔法量だった。しかし、その水晶へ人工的にどれほどの魔力を注入できるのかが問題なのだ。

「ランド様。まだ魔力は大丈夫ですか?」
マーサはボサボサの髪をかきあげながら私を見る。

「あぁ。まだいける。しかし、もう結構な魔力入りの水晶サンプルが出来ただろう?もう統計的に結論付けてもいいのではないか?」

「いえ。あと最低でも20パターンは欲しいです。相性のいい魔法系統も知りたいですし」

こうなってはマーサは引き下がらないだろうな。。。まだまだ続くのか。。。あ~、お嬢様に会いたい。

「あっ!でも、明日はお休みですよ。お嬢様より、5日働いたら最低1日は休むように言われていますので。。。残念ですが」

ガクンと肩を落としている、このしょぼくれたマーサは、実験をし始めると食事も忘れ部屋から出て来なくなる。そしてそれを心配したお嬢様がこの『5日働いたら24時間は休む。1日1回は部屋から出る』ルールを作った。やはりと言うか、言われた直後にマーサは、お決まりのように約束を速攻で破ってしまった。その時、お嬢様は怒り狂いマーサから実験室の鍵を奪うと部屋を封印してしまった。マーサは慌ててお嬢様に謝り、絶対に約束を守ると泣きながら再度を約束した。。。

あの時は、カイ様も出て来てお嬢様を説得してたな~。結構、城では大騒動になったんだよな。ははは。あの時のお嬢様の顔は! 表向きの『病弱な令嬢』では決して無い。あんな般若のような顔する令嬢なのに。。。俺は。。。ははははは。

「あぁ。明日はお嬢様の護衛に入る」

「そうですか。。。ランド様はお嬢様とお会いするのは久しぶりですよね?」

「。。。12日ぶりだ」
私は内心を隠して無表情で答える。

『へぇ~』と、ニヤニヤと見てくる。。。マーサがうっとうしい。。。

「では、明日は十分にお嬢様を充電して来て下さいね!明後日からまた魔力をいっぱい使ってもらいますから。あと、この後は水晶を取って来て下さい。実験用の在庫がなくなりそうです。今日はそれでランド様は終わりです。ありがとうございました」

。。。人使いが荒いな。まぁ、いいだろう。明日、お嬢様に会えるんだ。

「わかった。一箱分でいいか?」

「そうですね」
マーサはそう言うと、くるっと後ろを向きブツブツと実験結果の資料を見ながら机で何かを書き始める。

私はそのまま、2人しかいない実験部屋から直に洞窟へ転移した。

「冷んやりするな。。。まだまだ水晶はあるようだが。。。流通してしまうと一気になくなりそうだな」
ボソッと呟いた声が洞窟内で木霊する。

私は水晶を水魔法で1m四方に切り抜き、箱に詰めた。そう言えば、お嬢様が一度来たいと言っていたな。今度、お忍びで連れてくるかな。

私はまた転移で実験室に戻り、実験室を後にした。

現在、城には魔法使いが3人増えた。各々、魔力差はあるがこれで4系統が全て揃った事になる。そして、驚いたことに特化を持った者がいたのだ。

「ねぇ。。。ランド。『眼』で確認したら、あの人『闇』を持ってるわ」
と、お嬢様がふと訪れた魔法塔でボソッと言って去って行った事で判明した。

私は、本人に回りくどく確認し『闇』を所持している事を聞き出した。

本人曰く、『闇を所持していたら教会に召集される。自分には父親がおらず病弱な母と小さな弟がいる。自分は貧乏男爵だから、自分が居なくなったら家族が暮らしていけなくなる。だから、学生時代から発現してもずっと黙っていた。クビにしないでくれ。今回領へ移住して来て、母親の体調が回復しつつある。この田舎の環境を捨てたくない』と。

私は事情をカイ様に報告し『闇』に関しては教会へ申告しない事を約束した。更に、カイ様はその親子を手厚くもてなし、城の使用人部屋の一室を充てがっていた。イーグル様の提案だそうだ。そいつは、ヨハンは泣いて喜びカイ様に生涯の忠誠を誓った。現在、母親はベットの上でだが簡単な繕い物などして、療養しながら領へ仕えている。

今日は、そんなヨハンから話があると言われている。

私は魔法塔の屋上で特化の演習をしているヨハンに声をかける。
「ヨハン。時間ができた。今いいか?」

「はい。ランド様。では、執務室へ参りましょう」

私達は魔法塔の2階にある執務室へ向かう。お茶を入れ一息ついた所でヨハンが話を切り出した。

「ランド様。私事ですがこの度、弟が成人の儀をします。私は父の遺産で何とか学校を出たのですが、弟は私の稼ぎで出す事になります。そこで、相談なんですが。。。」

「何だ?金の相談か?」
私は片眉を上げヨハンを見る。

「いえ。お金の話ではございません。実は、先日イーグル様から弟を養子にしたいと申し出を頂きまして。。。どうしたらよいでしょう?」

「イーグル様?養子か。。。本人はどうなんだ?」

「はい。弟は『どうせ形だけの養子縁組だし、こうして領で私と母と一緒に居られるならどっちでもいい』と。。。母も弟の将来のためになるなら『ぜひ』にと」

「そうか。。。形だけ?何かわかっているのか?」

「予想ですが。。。恐らくですが、イーグル様は私の『闇』を取り込みたいのかと。。。そんな事をしなくても私は領主様へ忠誠を誓っています。。。信用されていないのでしょうか?弟は人質なのでしょうか?」

。。。人質か。。。当たらずとも遠からずって所だろう。しかし、イーグル様は先手先手を打てくるな。

私が考えあぐねていると、ヨハンはポツリポツリと近況を話し出す。

「最近、お嬢様とお話しする機会が増えまして。。。よく魔法塔へお越しになるのですが、その際に私の『闇』についてご質問を受けまして。。。」

「ん?質問?」

「はい。『闇』を半径50cm程度でいいので、何もない床に作る事はできないか?とおっしゃって。そしてその『闇』というか、影?を持続して1時間以上保てないか?と」

あぁ。そうか。いざって時の為に影を人工的に作りたいんだな。転写した特化は持続して2つは発現できないからな。イーグル様は先のことを考え、お嬢様に何か助言をしたんだな。。。そしてこの養子縁組か。

「そうか。。。恐らくだが、お前を養子にするより弟を養子にする事によって、お前を完全に取り込みたいのだろう。その点では、お前の予想は当たっているだろう。弟が分家の養子になれば、お前が領主様だけではなく一族全員に忠誠を誓うだろうとの算段だろうな。いいじゃないか。どちらにしても、裏切らなければ大した問題じゃない。今のままでいいのだから。しかも、お前は男爵家の家長だろ? お前を養子にしたら病弱な母親と弟が路頭に迷うからな。そこを考慮したのだろう」

「そうですね。。。」

まだ浮かない顔のヨハンに畳み掛けてみる。私もイーグル様のこの提案はお嬢様の為になるから賛成だ。

「しかし、この縁組は忠誠云々だけじゃないような気がする。確か、弟は来年学校へ進学するのだろう?お嬢様の学校での側近に考えているのではないか?領の使用人の子が側近に就くより、分家筋の者の方が周囲には良く見えるからな。あとは、分家なら他領の貴族に対して壁にもなる。如何せん、ロンテーヌ領は分家が少なすぎるから。。。その代わりではないが、学費などを世話してくれるんだろう?違うか?」

「はい。。。そうです。。。全ては領主様一族の為なんですね。弟が困るわけではないのなら。。。いいお話ですね。ちょっと考え方を変えてみます」

「あぁ。私が言うのは何だが、このロンテーヌ領は他領とは全く違う。家族の絆が最も深い。分家や一族だけではなく、城の使用人、領民に至るまで、領主様やお嬢様は、一度懐に入れたものは全てを『家族』と位置付けている節がある。大丈夫だ。信じてついて行けばいい。領主様やお嬢様は人間的にも主人としても器の大きな方達だ」

ヨハンは憑き物が取れたみたいにすっきりした顔になった。
「そうですね。ランド様、弟の事は了承しようと思います。話を聞いてくれてありがとうございました」

「いいんだ。また、何かあれば個人的な事でもいいから、何でも相談すればいい」

それからヨハンは笑顔で部屋を退出していった。

数日後、ヨハンの事でイーグル様にお礼を言われた。やはり、お嬢様の為に周りを固めているそうだ。



あの事件から、半年以上が経ち、徐々にお嬢様や領主様の周囲が確固たるものになって来た。警備の問題もクリアになっている。時折来る刺客は領騎士で処理できているし、進入捜査の使用人も目星がついているので対応できている。

私もこうしてはいられない。今既に、特化をいくつか所有しているお嬢様に負けるわけにはいかない。私は護衛だ。元王族直属魔法使いの座にあぐらをかいてはいけないな。。。


決意を新たに空を見上げると、すっかり日が落ち綺麗な月が顔を出している。あぁ、もうすぐ満月だ。


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