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番外編

【Twitter小話/下】『我慢』が出来なかった話

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≪Twitter小話その3。こちらも微妙につながってます≫




「ハルト?」

 静かになった膝下に目を向ける。
 へにゃっと力の抜けた浅黄色は、肇の膝に頭を預けたまま、淡い呼吸を繰り返していた。
 焦点の合わない瞳が、こちらを見つめる。

「ああ……」

 その瞳に、肇は悟った。
 どうやらスペースに入っているみたいだ。

「そんなにコマンド、気持ちよかったのか?」

 蕩けた瞳は肇の言葉を聞いていない。
 くすっと微笑を漏らして、肇は肘置きへと腕を置いた。
 顎先に指を置いて。

「んー……」
 と思考する。

 “Kneel”と『我慢』を言いつけただけなんだけれどな。
 それでもそれは、彼が心から自分を信頼して、身を任せてくれている証拠だった。
 それは存外悪くない。とくに、十日ぶりにこうして会えた日なんかはなおさら。

 そこで、次のコマンドが決まる。

「”strip”」
 瞳に、意識が宿る。
 そのコマンドを従順に叶えようと、彼の腰が上がって、

「立たなくていいよ。そのまま」

 それを、肇は止めた。

「へ」
 なんで? 
 こてん、と首を傾げている彼に、説明してやる。

「Kneel、好きなんだろう?」

「あ……」
 気恥ずかしそうに瞳が揺れた。
 無視すればいいのに、コク、と頷いてみせるのが愛らしい。
 美斗はいじらしくKneelを正して。
 
 色白の指先が、シャツの裾にかかった。



 下着を脱ぐのを躊躇ったけれど、布一枚も肇は許してくれなかった。
 見下ろす視線が痛くて、悪いことをした子猫みたいに美斗は俯いてしまう。
 それでも、柔和な瞳が身体をなぞっていくのが分かった。

 それは、内腿の間で止まって。

「美斗」

 びくっと、美斗の肩が跳ねる。
「俺、『我慢』って言わなかったか?」
「あ……」
 すっかり勃ち上がったそれは、ソファー下のカーペットに水滴を落としていた。
 ”Kneel”の最中に軽く達してしまったのを、きっと見透かされている。
 どうにかそこを隠そうと腕を伸ばすけれど、隠せばきっと咎められると思うと、その手を戻すしかなかった。

「美斗がベッドに行きたくないって言ったんだろう」

 頭上から追い打ちがかかる。
 言い訳なんて見つからないし、出来るはずもない。
 というか、先ほどから頭がふわふわ揺れて、肇の声も心地いいばかりだから、逆らおうなんて気が起きるわけもなかった。

 そんな様子に肇は「仕方がないな」とクスクスと笑った。
「まだKneelしたいか?」
 と問いかけられる。
 先ほどは優しく許してくれたのに、今はわざわざ確認するなんて、こいつは意外に底意地が悪いと思う。
 数秒戸惑って、コクと小さく頷いた。

 肇は柔和な瞳を細めて。
「じゃあ、口でして」
 と言った。

「へ」
 一瞬。正気に戻りかけた脳みそが、苦い記憶を再生した。
 口でするのは苦手だ。下手くそだと言って、殴ってきたのはあの人だけじゃない。
 喉奥に突っ込まれて、えづいて吐いたら、汚いと言って腹を蹴られた。

「美斗」

 びくっと震えて、意識が戻される。
「ひ」
 見上げれば、グレアが射貫いていた。
「今、何考えた?」
 優しいけれど、有無を言わせない口調だ。美斗の身体が硬直する。
「あ……あぅ、ちが」
「play中に考え事か? 感心しないな」
「ご、め、なさ……」

「“Lick”」

 コマンドを向けられてしまえば、身体は条件反射的に動く。
 次の瞬間には、もう頭は肇のことでいっぱいになって、そこで、彼のスラックスの奥が自分と同じように膨らんでいることに気が付いた。
 彼もきっと興奮している。
 覚束ない手つきで、チャックを下ろす。
 自分のよりも一回り大きなそれが露わになった。
 優しく舌を這わせると、肇は一瞬だけ「ん」と小さな悲鳴を上げた。
 パクリ、と包み込む。ちゅっとキスをするように吸い付いた。

「ん、上手」
 頭上から彼の骨ばった手が下りてくる。
 あ……。
 褒め、られた?

 そこで、美斗は思い出す。そうだった。
 こいつは無理やり奥に突っ込んだりしない。最大限、美斗に配慮してくれる。

 ああ。だめだ。
(頭、ふわふわする)

 そっと耳の裏を撫でる指先が心地よくて、無意識に手が下へと伸びた。
「ああ、こら」
 とその手を掴まれる。

「美斗は我慢だよ」



 カーペットのしみが大きくなっている。恍惚に自身にしゃぶりつく彼としみを見比べて、肇はまた目を細めた。

「美斗」

 そっと、自身を外してやる。
 糸を引いて離れるそれは妖艶だけれど……。

「俺、何もしてないよ」
「ぁ、あっ……ひ」
 膝下の彼は、もはや返答すらろくできないみたいだ。
 びくびくと身体を震わせて、堪え性もなくカーペットに裏筋を擦り付けている。
 もどかしそうに寄せられた眉間に、肇は口角を上げた。
 このシワはかつて、人を睨みつけるためにしか使わなかったシワだ。それが、自分のために歪んでいる。

「……聞いてるのか?」
 胸の飾りをつまんでやると、
「ひ、ひぅッ」
 とか細い鳴き声が上がって。

「はじ、はじめっ」
 きゅっと肇の裾に縋った。

「さ、さわって、ぉねが」

 肇は足先を内腿の間に伸ばした。
 張りつめたそこをやんわりと刺激してやる。

「あ、あぅ……ひ、゛あっ、あ」
 スラックスを握ったまま、美斗は甘い声を上げた。
 足先を動かしてやれば、その声は一層大きくなって、
「ん、んんぅ、ぁ……」
 びくびくと身体が大きく震えた。
 水滴がカーペットに落ちたと同時に、へたっと力が抜けて、彼は肇の脚に寄りかかった。
 はっ、はっと呼吸を整えている彼に、次のコマンドを下す。

「『おいで』」



 ポンポンと、肇が自らの膝を叩く。
 意図を理解して、美斗は立ち上がって肇の膝に乗った。
 視線が同じ高さになったと同時に唇が重なる。もっとと追おうとするけれど、それはすぐに離れてしまった。

 骨ばった指先が美斗の蕾に伸びて。
 ツプッと一本、差し込まれた。
「んっ」
 と美斗は肩口にしがみつく。
 奥へと進んでいくそれを、美斗のそこは難なく飲み込んだ。
「……? 随分柔いな」
「あ……」
 その言葉に、美斗は瞳を揺らす。
 反応を見て、肇は悟ったようだった。

「……自分でやってた?」

 瞳が、優しくこちらを覗き込む。
 かぁっと美斗は顔を赤くした。
「ち、ちがう! お前が」
――帰ってこないから。

 肇はきょとと一瞬目を丸くして、それから可笑しそうにクスクスと笑った。
「俺のせいなのか?」
 んー、と肇が思考する。
 わなわなと震えていると、その指は、ナカから抜けた。
「じゃあ、自分でやって」
「へ?」
 目を丸くする。
「や……」
 遅れてから言葉の意味が分かって、美斗はふるふると首を振った。
 自分じゃ奥に届かない。それに、せっかく肇が近くにいるのに。

「美斗」

 肇が呼ぶ。
 声が、美斗の判断を鈍らせた。

「言いつけ、守れなかっただろう」

 そうだ。
『我慢』が出来なかったのは自分だった。

 もっと。
 もっと、こいつに従いたい。

 もっと名前を呼んでほしい。もっと褒めてほしい。
 もっと自分を認めて、自分に命令してほしい。
 それで、そのまま自分を――。

 支配、してほしい。



 指先を、後ろに伸ばす。
 肇の指が入るぐらいなので、美斗の指はもっと入りやすかった。
「んっ」
 奥へと進ませて、一番イイところを目指す。

 じっと見つめる視線が痛くて、一人でするとき以上に美斗は下半身を濡らした。

 そこで、指が進まなくなる。
 ああ、まただ。
 じくじくに熟れているのにあと一歩で届かない。
 彼がいない間、自分は何度それに苦しんだことだろう。

 かくかくと腰を動かして、そこを刺激しようとする。それでもやっぱり上手くいかなかった。
 
 縋るように頭上を見上げる。
 細められた瞳と目が合った。
 ふっと薄く笑った彼に、抱き寄せられる。
 彼の指先が、美斗の指と蕾の境目に当たって。

「ひ!?」
 思わず、指を抜こうとしたときだ。

「美斗。”Stay”」

「!?」

 コマンドにまた身体が硬直する。
「っつ」
 訳も分からないでいるうちに、その指はツプっと中に侵入し、美斗の指と絡まった。

 そして。
 膨れた場所。
――美斗の指じゃ絶対に届かないそこを押しつぶした。

「ひッ゛あっあ!」

 ひと際大きな嬌声が、美斗から溢れ出る。
 びくびくと身体を震わせて、美斗は肇のシャツを濡らした。



 ひとしきり白濁を吐き出した後、彼はじわっと瞳に涙を浮かべて、ぎゅっと肇に抱き着いてきた。
 胸元に顔を埋め、肩を震わせる。

「美斗?」

 問いかける。震える声が返ってきた。

「おれ、ちゃ、ちゃんとご飯食べた。お前が怒るから」
「そうか」
「薬、ちゃんと飲んだし」
「? うん」
「ちゃんと、病院いった」
「そうだな」
「ちゃんと……」
 そこで、美斗は止まってしまう。
 隠れた眉が、シュンと下がったのが分かった。
 おずおずと上がった顔が、こちらを見つめて。
「……ほめて、くんないの?」

 肇は一瞬目を丸くして、遅れてからクスクスと笑った。
 スペースに入っているとき、彼は妙に素直になるのに、甘え下手なのは変わらないのが面白い。
「……なんだ、褒めて欲しかったのか?」
「だって、さっきからずっと、厳しいことばっかだ。俺、ちゃんと留守番したのに……」

 そういえば、以前の不在のときは全然食べた様子がなくて、お仕置きをしてやったのだっけ。見かけによらず従順だから、あれを気にしているのかもしれない。

「いい子。ちゃんと留守番出来て、えらかったな」
「キスは?」
 したいなら自分ですればいいのに。主の許可がないとできないと思っているみたいだ。
 それはそれで可愛らしいので、肇は何も言わず、ちゅっと唇を重ねてやった。

「美斗」


 昂ったそれを、美斗のそこに充てる。
 びくっと一回身体が跳ねた。
「ちゃんと座って」

 促してやると、そこはゆっくりと飲み込んだ。

「あ、ひぃ、はじ、はじめ」

 吐息のまにまに、彼が名前を呼ぶ。

「ん?」
「いっ、しょがいい」
「ああ」

 いじらしい願いに口角を上げて、肇はそれを奥へと突き刺した。




 まどろみから、意識が浮上していく。
 ゆっくりと瞼を開けると、肇がこちらを覗き込んでいた。
 ぴちゃぴちゃと鳴る水音と、全身を包む淡いぬくもりに、浴槽の中にいることに気が付く。

「ん、ちゃんと戻れたな」

 肇は薄く笑って、美斗の肩口にお湯をかけた。
 流れていく温みを堪能して、美斗は目を細める。
(あったけ)
 まだふわふわと揺れている思考の端で、美斗は何も言わなくてもコーヒーにミルクと砂糖を入れてくれた日のことを思い出していた。

 肇の指が、美斗の腕を滑る。
 手のひらを重ねると、美斗の指先を確かめるように触れた。
「爪、切らなかったのか?」
 ぽーっと見つめるそこは、十日前より数ミリほど尖っているはずだった。
 割れる前に、どうにかしなければとは思っていた。けど……。
「ちゃんと手入れした方がいい。危ないだろう」
 肇はそう言いながら、咎める気はないようだった。
 優しい声色が心地いい。
「……だって」
 切らなかったら、お前が切ってくれるだろ。
「……んでもない」

 文脈の続きを理解したのか、肇は何も言わなかった。

「ほら、洗ってやるから。ちゃんと座って。」


 スペース明けの身体は、上手く力が入らない。
 覚束ない足取りの美斗を肇は黙って抱き上げて、脱衣所の椅子へと座らせた。
 手早くドライヤーが用意される。

「……はじめ」
 背中に向かって、美斗は呼びかけた。
「ん?」
 小首を傾げた彼が、振り返って美斗をみつめる。
「オリバー・ツイストの下巻がない」
 きょとっと目が丸くなる。
「……よく見つけたな」
 と答えるあたり、どうやら存在を忘れていたみたいだ。
 あれだけ蔵書があれば当たり前だろうか。
 でも、しっかりしているくせに、妙なところで抜けたところがある。
「あとで探しておこう」
「……ちゃんと作者順に並べろよ。大雑把なんだ。お前の並べ方は。なんで十津川シリーズの隣にサンテグジュベリがあって、その横にホラー百選があるんだ。情緒おかしいだろ」
「好きに動かしていい。もう、美斗の本でもあるんだから」
 頭上からバスタオルが降ってきて、わしゃわしゃと髪を拭われる。
「……俺にやらせる気かよ」
 と美斗は唇を尖らせた。
 
 でも。
 大切なものを、こいつはいつも分けてくれる。




「アイスは?」

 ソファーでまどろむ彼に、問いかける。
 胡乱な目は、その単語を聞くと微かに輝いた。

「……食べる」
 と返事が返ってくる。
 
 肇は冷凍庫から氷菓を取り出して、美斗の隣に腰をかけた。自然と、美斗は肇の間に座った。

 その様子を見て、ははっと肇は微笑を漏らす。
「……んだよ」
 む、と美斗が唇を尖らせる。

『気安く、俺に触れるな』
 出会ったときは、そうやって睨むばかりだったのに、自分は随分と懐かれたと思う。

「いや、なんでもないよ。ほら」

 封を剥いて氷菓を差し出してやる。小さな口がパクリとそれに噛みついた。
 美斗は口の中で丁寧にそれを溶かすと、
「……うまい」
 と笑った。上目遣いにこちらを見る。

「期間限定のやつ?」
「そう」
「キャラメルが入ってる」
「……そうか」
「少しやる」

 腕ごと掴まれて、それを口元へと運ばれる。
 一口齧ると、バニラの甘みが口の中に広がった。

「ああ、甘いな」

「美斗」

 もう一口。堪能する背中に問いかけた。

「幸せか?」

「……まあまあだな」
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