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回想

二ー38 クリストフ3

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「とまぁ、そんなこんなでもう一泊して、次の日もやはりリシャール殿は外に飛び出していって、今に至るって感じだよ。」
「お前、大したことなさそうに言うけど・・・。」

小屋の前で、リシャールを部下に包囲させたまま、クリストフに報告させていたフィリップはため息を付くとそっとクリストフの頬に触れた。

「こんな傷を付けられて、そんなこんなでは済まされないだろう。他には傷はないのか?」
「少し背中は痛むけど、本当に、大丈夫だから。」

クリストフの表情は明るく、むしろ生き生きとしている印象がある。

「・・・そう・・か。」
「だから、リシャール殿を開放さし上げてくれよ。オレは無事だし、今回は何事もなかったっということで。ね、フィリップ。」

クリストフには、攫われたという恐怖心などなく、リシャールに対してむしろ親しみすら感じているのか、兵士に囲まれ、地面に座り込んだリシャールと、ガミガミとお説教をするジョフロアをほほえみながら見ている。
その様子を冷たい表情で眺め、フィリップは首を振ると深くため息をついた。

「・・・わかった。お前がそう言うなら、そうしよう。しかし、オレはしばらくヤツの顔を見たくないな。」

そうつぶやくと、クリストフにその場に残るように言い残し、フィリップはリシャールの側へと向かうと静かな口調で包囲を解かせる。

「フィリップ。今回はクリストフを連れ出しちまって・・・。」

珍しくしおらしく申し訳無さげにフィリップを見上げるリシャールの言葉を、フィリップは顔をそむけながら手を上げて遮る。

「ジョフロア。今回の件だが、クリストフの願いを聞き入れ悪い冗談だった、という事で済ますと、リシャール殿に伝えてくれ。」

フィリップは眼の前のリシャールの隣に居るジョフロアに向かってそう言うとくるりと背を向けた。
その様子にジョフロアは少し苦笑いをすると、隣に座るリシャールの肩に手を置く。

「と、言う事だな。」
「・・・そうか。済まなかった。お詫びにはならんだろうが、獲物は持って帰ってくれ。」
「わかった。伝えておくよ。」

リシャールはジョフロアの手を借りて立ち上がると、体の土を払いながら小屋を指差す。

「じゃ、俺ここにもうちょっと居るよ。ポール達にはそう伝えてくれ。」

その言葉にフィリップが振り返る。

「冗談は辞めてくださいよ。今すぐ帰っていただきたい。」
「フィリップ。そうは言っても、お前、戴冠式だろ? 一応こいつも賓客だからさ。兄さんはここで待っててよ。ポール達呼ぶからさ。」

ジョフロアは今度はフィリップの肩を抱き、なだめながら少し離れたクリストフの元へと歩き出す。

「ああ。頼むよ。おいクリス! お前の燻製出来たら届けさすからよ! 」 

 リシャールの声にクリストフが笑顔で手を振ってくる。それを見た隣で話していた兵士の体が強張るのが見て取れたリシャールは、頭を掻きながらフィリップの背中に話しかける。

「・・・おい、フィリップ。あいつあんまり人前で笑わせないようにさせろよ。」

フィリップはチラリと後ろを振り返りリシャールを睨みつけると、ぷいっと顔をそむけた。

「あなたに1番言われたくありませんよ。」

フィリップはそう言い残すと森を後にした。







 幾程もかからぬ間で、ポール、ペラン、そして怪我を追ったロベールも案内人と共に森へとやってきた。
小屋の外にいたリシャールを見つけたポールに開口一番で叱責され、さすがのリシャールも今回ばかりは反省したかのように地面にあぐらをかいて黙って聞いている。

「全く。今回ばかりは自分の軽率さを反省しろよ。フィリップ殿が寛大にもなかったことにしてくださったから良かったものの、お前のせいで戴冠式まで中止になったんだからな! 」
「そうなのか? 」
「そうなのかじゃねぇよ! お前あんだけ騒ぎちらしておいて、冗談で済むわきゃないだろうが! それをフィリップ殿が狩り中に逸れて騒ぎになった事にして収めると言ってくださったんだぞ! 」
「なんだ、バカだなあいつ。迷子になったのか。」

ゴチンッと派手な音が森の木々の中響き渡る。
頭を抱えるリシャールを見下ろして、痛そうに右手を振リながらポールが叫んだ。

「迷子じゃねぇよ! 話を聞けこのクソバカ! 」
「いってぇなぁ! 全部理解ってるよ! アンリなんだろ! 俺はすっかり踊らされてたわけだろ! ああ! クソバカだよ! 」
「リシャール・・・。」

ポールは地面を見つめたまま動かないリシャールの名を力なく呼んだ。
 リシャールとアンリは、一見仲の良い兄弟だった。
幼い頃は離れて暮らしていたが、二人が10になる前にアンリがエレノアの元へやって来てからは、共に狩りに行ったりと、ポールの知る限りは喧嘩などしている所を見たことがなかった。
リシャールの性格からすると、喧嘩をしたことが無いという事は、おそらくどこかで一線を引いた関係なのだろうと、ポールは内心思っていた。
互いにどこか仲の良い兄弟を演じている、そんな風にも見えた。
 それ故に、アンリの妻であるマグリットがリシャールを夜這いして生まれたフィルの存在を抜きにしても、アンリがリシャールの命を狙うことは想像できない事ではなかった。
むしろフィルの存在がアンリに知られていたとしたら、暗殺どころでは済まないだろう。

 リシャールの体がゆっくりと動き立ち上がる。
大きな体は心做しかしょんぼりとしている様に見えた。

「ロベールの様態は大丈夫なのか? 」
「ああ。手当は済んでいる。あと数日もすれば動けるようになるのではないか。アイツはタフだからな。」
「そうか。すまなかったな。」
「それは本人に言ってやれよ。アイツなんにも知らずに痛めつけられたんだからな。」
「そうだな。」

リシャールは力なく笑うとポールの肩をぽんと叩き、ロベールの居る小屋へと入っていく。
ポールは木々の間の赤くなってゆく空を見上げる。深いため息は吸い込まれるように暮れゆく空へと、消えていった。





ーーーーーあとがきーーーーー

フィルの生い立ち覚えていました?
《第二幕》1話でちらっと触れましたが、《第一幕》の(章)晴天の霹靂 24~26話読んで下さればと思います。
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