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春霧
二ー19 春霧 1/2
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濃い霧が、眼の前をぼやけさせている。
世界は暗く淀んだ青に染まって見えた。
風がゴウゴウと音を立て吹きつけているのに、一向に眼の前は晴れない。
それどころかあたりは次第に薄暗くなり、闇が足音を立てて近づいてきているかの様に感じる。
峠に向かう足がひどく重かったのはそのせいなのだろうか。
「ここに。」
そう示された先、薄暗い霧の先に見えたのは、ローランの石塚。
その横あたりに、黒々とした剣が地中に半分ほど、突き刺してある。
まるで墓標じゃないか。
自分の目で、確かめないと事実として受け入れられないと思った。
けれど。
鉛を飲み込んだ様に胸が重く潰れそうに感じながら、剣に触れられる距離まで来ると、それは血で汚れていた。
ポケットから布を取り出し、擦ってみるとぷんっと、鉄の匂いをさせながら汚れが落ちていく。
ゴシゴシと剣を擦る。
『黒剣は手入れが大変だからな。憧れだけで手にするのは辞めておけよ。』
ルーの言葉がみぞおち辺りの青く澱んだ空間から響く。
彼は、そう言いながら愛おしそうに、今は汚れ曇ったこの黒い剣を磨いていた。
眼の前がにじみ口からは嗚咽がこぼれ、そのまま眼の前の固く冷たい剣を胸に抱き込みながら叫んだ。
「嘘だ! こんなの! 」
喉が焼けるほど叫んだけど、風の音にかき消され、何度もそれを繰り返した。
言葉にならない音がかすれてきた頃、肩に置かれた手に気がついた。
ゆっくり振り向くと、ウィリアムの顔が霞んで見えた。
支えられながら立ち上がると、暗くなった峠を下る。
子どもをあやすように肩を擦る手が暖かくて、余計に虚しくなった。
そして、ウィリアムが低い声でつぶやいた。
「ルーを助けられず・・・済まない。」
それは、昨夜も聞いた、2度めの謝罪の言葉だった。
ソワソワと落ち着かないサンチョと共に待っていると、廊下をバタバタと音を立ててダニエルが帰ってきた。
そしてダニエルの後ろから、そんなに背は高くはないが、筋骨隆々とした男がのっそりと部屋に入るやいなや、騎士の礼を取ると挨拶をする。
本物の大騎士ウィリアム殿だ。
彼は鎧は脱いでいるものの、服までは着替えておらず、先程まで戦地にでもいたかのような血の匂いがしていた。
サンチョは「儀式的な礼は良い」と砕けた様子で話し始めた。
「ウィリアム殿。先程は門前払いをしようとして、失礼いたした。」
「いえ。こちらも突然の訪問で無礼をいたしました。ダニエルがいて助かりました。」
「急ぎなのであろう? 何があったのだ? 」
「はい。単刀直入に申し上げると、ロンセスバージェスの峠でリシャール様を襲撃しようと目論む者たちと遭遇いたしました。」
その言葉に血の気が引いていくのを感じたが、次の言葉に安堵した。
「しかし、ルーが先回りしており、リシャール様には危害は及びませんでした。敵は殲滅したものの、リシャール様から、こちらにいらっしゃるジャンの身を案じ、急ぎナバラの王子に報告してくれと仰せつかりました。」
「そうか。わかった。ジャン殿の事は任されよ。しかし、ルー殿は流石だな。」
「・・・ナバラ王子はルーと懇意がお有りでしたか・・・。」
「ああ。一緒に闘牛をした仲だ。彼ほどの騎士はなかなかおらぬのではないか? リシャール殿が羨ましい。」
ニコニコとルーの話をするサンチョとは違い、ウィリアムの顔は暗く苦悶の表情を見せてつぶやく。
「私も、彼ほどの騎士はなかなかおらぬと、若き騎士の中でも抜きん出る存在であると。思って、おりました・・・。」
ザワザワと胸が騒ぐ。
思っていた?
思っている ではなくて?
「ルーは・・・。討ち死にしました。」
世界は暗く淀んだ青に染まって見えた。
風がゴウゴウと音を立て吹きつけているのに、一向に眼の前は晴れない。
それどころかあたりは次第に薄暗くなり、闇が足音を立てて近づいてきているかの様に感じる。
峠に向かう足がひどく重かったのはそのせいなのだろうか。
「ここに。」
そう示された先、薄暗い霧の先に見えたのは、ローランの石塚。
その横あたりに、黒々とした剣が地中に半分ほど、突き刺してある。
まるで墓標じゃないか。
自分の目で、確かめないと事実として受け入れられないと思った。
けれど。
鉛を飲み込んだ様に胸が重く潰れそうに感じながら、剣に触れられる距離まで来ると、それは血で汚れていた。
ポケットから布を取り出し、擦ってみるとぷんっと、鉄の匂いをさせながら汚れが落ちていく。
ゴシゴシと剣を擦る。
『黒剣は手入れが大変だからな。憧れだけで手にするのは辞めておけよ。』
ルーの言葉がみぞおち辺りの青く澱んだ空間から響く。
彼は、そう言いながら愛おしそうに、今は汚れ曇ったこの黒い剣を磨いていた。
眼の前がにじみ口からは嗚咽がこぼれ、そのまま眼の前の固く冷たい剣を胸に抱き込みながら叫んだ。
「嘘だ! こんなの! 」
喉が焼けるほど叫んだけど、風の音にかき消され、何度もそれを繰り返した。
言葉にならない音がかすれてきた頃、肩に置かれた手に気がついた。
ゆっくり振り向くと、ウィリアムの顔が霞んで見えた。
支えられながら立ち上がると、暗くなった峠を下る。
子どもをあやすように肩を擦る手が暖かくて、余計に虚しくなった。
そして、ウィリアムが低い声でつぶやいた。
「ルーを助けられず・・・済まない。」
それは、昨夜も聞いた、2度めの謝罪の言葉だった。
ソワソワと落ち着かないサンチョと共に待っていると、廊下をバタバタと音を立ててダニエルが帰ってきた。
そしてダニエルの後ろから、そんなに背は高くはないが、筋骨隆々とした男がのっそりと部屋に入るやいなや、騎士の礼を取ると挨拶をする。
本物の大騎士ウィリアム殿だ。
彼は鎧は脱いでいるものの、服までは着替えておらず、先程まで戦地にでもいたかのような血の匂いがしていた。
サンチョは「儀式的な礼は良い」と砕けた様子で話し始めた。
「ウィリアム殿。先程は門前払いをしようとして、失礼いたした。」
「いえ。こちらも突然の訪問で無礼をいたしました。ダニエルがいて助かりました。」
「急ぎなのであろう? 何があったのだ? 」
「はい。単刀直入に申し上げると、ロンセスバージェスの峠でリシャール様を襲撃しようと目論む者たちと遭遇いたしました。」
その言葉に血の気が引いていくのを感じたが、次の言葉に安堵した。
「しかし、ルーが先回りしており、リシャール様には危害は及びませんでした。敵は殲滅したものの、リシャール様から、こちらにいらっしゃるジャンの身を案じ、急ぎナバラの王子に報告してくれと仰せつかりました。」
「そうか。わかった。ジャン殿の事は任されよ。しかし、ルー殿は流石だな。」
「・・・ナバラ王子はルーと懇意がお有りでしたか・・・。」
「ああ。一緒に闘牛をした仲だ。彼ほどの騎士はなかなかおらぬのではないか? リシャール殿が羨ましい。」
ニコニコとルーの話をするサンチョとは違い、ウィリアムの顔は暗く苦悶の表情を見せてつぶやく。
「私も、彼ほどの騎士はなかなかおらぬと、若き騎士の中でも抜きん出る存在であると。思って、おりました・・・。」
ザワザワと胸が騒ぐ。
思っていた?
思っている ではなくて?
「ルーは・・・。討ち死にしました。」
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