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ポアチエ

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「俺もさぁ、頑張ってるんだよ。」

ボルドー城の執務室に入ると文句とともに、ため息が聞こえる。
ポアチエからモルトーでの反乱を制圧しそのままボルドーに帰って来ると、城内は全て小綺麗に整備され、内装やカーペット、家具などの新調された部屋はなんとなく新しい匂いがしていた。

「でもよぉ、向き不向きって有るじゃねぇかよぉ。俺にはこんなの向いてねぇんだよ!」

突然積まれた書類が宙に舞い上がり、バサバサと床に落ちていく。
その書類の穴からは憤懣やるかたないといった表情のリシャールが見えた。

「お。ジャン! 聞いてくれよ。これ、全部やらねぇと部屋から出れねぇって言うんだぜ?コイツらよぅ。」
「知ってるよ。だから、おれがここに呼ばれたに決まってるじゃん。」
「・・・監視が増えただけってことかよ・・・。」

執務担当のディーターが散らばった書類ひらうように使用人達に言いつけながら、書類の一部を側にある彫刻の施された立派なローテーブルの上に置くと、そこに更にインクとペンを置いて、事務的に話す。

「ジャン殿が、代筆が出来ると伺ったもので。」

如何にも神経質そうな雰囲気を醸し出しながら、ローテーブルに揃うように綺麗に刺繍の施された布を張った長椅子に座るようにすすめる。
リシャールが興味心身な顔でやってくると長椅子のおれの隣に座り覗き込んでくる。

「まぁ、見る人が見たらバレちゃうかもだけど・・・。筆跡鑑定なんてないでしょ?」
「ヒセキカティ?何だそれ。」
「・・・うん。多分イケるんじゃないかな。」

テーブルの上で紙にリシャールのサインを真似て書いてみる。
それを見ていたディーターが「フム。」とうなずいている。

「ええ。これならイケますね。」

最近、ここの世界では文字を書く事が出来る人間は半数もいないくらいだということが分かった。
少数の人間にしか確認することが出来ず、その仕事の需要から考えてもチェック機能はさほどでもないと思われる。
そうなると、雰囲気だけでも似せれば、簡単に代筆が出来るのではないか、そう思いポールに提案し、密かに練習していたのだ。
初めて来たときはわからなかったが、言葉、単語が理解出来たのも幸いし、よく見るとアルファベットに近く、要領が判ると習得にはさほど時間はかからなかった。

「マジかよ。・・・全部頼んじゃ駄目か?」

リシャールが自分の書いた文字とおれが書いた文字を見比べながらキラキラした目見てくる。
この顔で見られると、ついついほだされてしまうのだが、今日は我慢だ。

「駄目。」
「何だよ。いいじゃねぇか。俺向いてねぇもん。これ。出来るやつがやってくれたらいいじゃん。」
「じゃ、手伝わねぇよ。ほら。二人でしたら早く終わるだろ? つべこべ言ってないで机に戻って手を動かせよ。」
「俺もここで仕事する。おい。こっちに持ってきてくれ。」
「は? 狭いじゃん。何言ってんの? あ。おい、こら、ひっつくなよ! 腕が動かせねえよ。離れろって。」


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