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一章 憎しみの魔女

23話 二人旅

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「最初は、この魔法のことが分からなくて森で連発してたんだ。そうしたらいつの間にか、村中に敵視ヘイト魔法がかかっちゃって……」
「……それで、村を追い出されたと」

 憎しみの魔女が使っていたとされる宝杖ほうじょうを探すため、俺とリーフィリアはアークフィランから離れた。
 俺の故郷へ向かう旅に彼女も同行してくれて、今は二人で馬車に揺られている。

「私だったらそんな魔法、使おうとすら思わないな。自分に敵意を向けてなんのメリットがあるんだか」

 リーフィリアは呆れ笑いをする。

「俺も最初はそう思ったよ。でも、この力のおかげでファイアーバードも倒せたんだ」
「物も魔法も使いようってか」

 そんなやりとりをしていて、ふと思ったことがある。

 あれ? なんで普通に話せてるんだ?

 リーフィリアとはもっとギスギスしていた気がするのに、いつの間にか自然と話すようになっている。
 リーフィリアは姉御肌なのか、妙に面倒見が良くてつい頼ってしまう。この馬車の手配も彼女がしてくれたし。

 今まであまり気にしていなかったが、リーフィリアは相当な美人だ。色白で鼻も高くスタイルもいい。普段の言動がなければ、かなりモテるんじゃないだろうか。

「ん? どうした?」

 見られていることに気づいたリーフィリアが、優しく微笑む。

 綺麗な赤い瞳に見つめられ、だんだん気恥ずかしくなってくる。

「な、なんでもない!」

 意識しないよう顔を馬車の外に向けると、彼女は「変な奴だな」と言って笑っていた。

* * *

 馬車は、かつて俺が一ヶ月かけて歩いた道を軽快に進んでいく。

 あの時はモンスターに襲われたり、食べ物もロクに見つけられず、フラフラになりながら彷徨っていたなぁ。と、どこか遠い昔のことのようだ。

 アークフィランを出て一週間、リオンたちと出会った町も通り過ぎて、馬車は順調に故郷へと向かっていた。

「んんー……」

 隣で寝ていたリーフィリアが起きたようだ。
 体を起こして伸びをすると、寝ぼけまなこでキョロキョロと辺りを見回している。

「あれ? いつの間にか寝ちまってたのか……」
「おはよう。もう少しで中継点の村に着くみたいだよ」

 馬車は山を迂回するルートで進み、道中にある二つの村を経由するらしい。今日はその村で一泊することになっている。

 村を追放された時は、隣村がどこにあるのか知らなかったから、町に辿り着くのに一ヶ月も彷徨ってしまった。そりゃ死にそうにもなるわ、と自嘲する。

の村はどんな所なんだ?」
「なーんにもないちっぽけな村だよ。女の人が街に出て稼いでくる。男は畑仕事ばっかりさ」

 そんな毎日が嫌で、刺激のない村だったから俺は冒険に憧れたんだ。一生を土弄りして終わるのなんか、まっぴらごめんだ。

 あれ? さっきリーフィリアが俺のことを名前で呼んだような……?

 その時、手綱を握る馭者ぎょしゃが声を掛けてきた。

「お客さん着いたよ」
「ふぅ。ずっと馬車の中で体がガチガチだ。早く宿で休もう。貴様も疲れただろう?」
「あ、ああ」

 なんだ気のせいか。そろそろ『貴様』呼びじゃなくなったのかと思ったんだけどな。

 リーフィリアは荷台から飛び降りると、荷物は俺に任せたと言わんばかりに、さっさと宿に行ってしまった。

 着替えや食料が入った冒険者鞄はかなりの重量で、荷車に載せないと運べないほどだった。
 リーフィリアが軽々と持っていたのは、筋力増強魔法を使っていたからだろう。改めて魔法の便利さにため息が出る。

 俺もこういうが使えたらいいのに……。

「おーい。俺の力じゃ部屋まで持っていけないぞー……ってどうした?」

 一見すると民家のような宿屋の前で、リーフィリアが宿屋の店主と思われるおじさんに、胸ぐらを掴んで詰め寄っていた。

「すみません! 冒険者のお連れ様だったので、てっきりかと……ッ!」
「私がこんな子供と……ふ、夫婦なわけないだろうがッ!!」
「夫婦ぅー?! ちょっと、どういうことだよ?」

 顔を真っ赤にして、ジタバタと暴れるリーフィリアをおじさんから引き剥がす。まあ、まずは事情を聞くとしよう。

 どうやら店主のおじさんには、俺たちが夫婦だと思われていたらしい。

 冒険者パーティが男女の二人組だと、世間一般では婚約者か夫婦という認識なのだという。普通、男は冒険者になれないし、仕事でパーティに入る人もがある人が多いようだ。

「申し上げ難いのですが……ご用意している部屋も一室のみでして。もう一軒の宿屋も満室なんです……」
「ぐっ……」

 これ以上怒っても無駄だと思ったのか、リーフィリアは諦めたように肩を落とした。

 しかし、それでいてリーフィリアはソワソワと落ち着かない様子をしている。野宿した小屋では一緒に寝ても平気そうだったのに、今更同じ部屋で泊まるのが恥ずかしいのだろうか?

「俺は気にしないよ。前にも一緒に野宿したし」
「アレはお前が寝ちまって街にも連れていけないから、仕方なくだ。男女で相部屋は……と、特別な関係になってからじゃないと駄目なんだぞ!」

 頬を染めて語気を強めるが、その顔は耳まで真っ赤だ。
 もしかして、彼女は意外にも初心うぶなのでは? どことなく感じていた『カナタと似ている』のはこういうところかも知れない。

 店主のおじさんに部屋まで案内されると、部屋はそれなりに広いが、二人で寝れる大きなベッドが存在感を放っていた。

 もう一つ、興味を惹くものが窓の外に見えた。床から天井まである縦長の窓の向こうには、湯気を沸き立たせる風呂があったのだ。

「おおー、すごいな! 外に風呂があるぞ!」
「屋外風呂へは部屋からそのまま入れます。部屋を出て廊下を進むと屋内風呂もありますので、お好きな方をご利用ください」

 当然だが、外からは見られないように屋外風呂は石造りの壁で囲まれている。これなら人目を気にせずゆっくり浸かれそうだ。

「当宿は一室のみで、他に宿泊する人はいませんからゆっくりされてください。お夕食はもう少し後になるので、先にお風呂で疲れを流されるのも良いかと、では」

 そう言って店主のおじさんは部屋を出て行った。
 馬車で一夜を過ごした事もあり、やっと落ち着けると思ったらどっと疲れが出てきた。

「さて、と。ちょっと休憩――あれ?」

 気づくとリーフィリアの姿が無い。さっきまでそこで荷物を置いてたのにと、視線を動かすと。

「……そんな隅っこでなにしてるの」

 ギクッという擬音が付きそうなぐらい肩をすくめたリーフィリアが、部屋の角隅に正座していた。

「なんでもない。そ、それより貴様も疲れているだろう? 先に風呂にでも行ってきたらいい」
「それを言うならリーフィリアこそ、さっき疲れたって……」
「私は後でいい!! 大丈夫、大丈夫だからゆっくり浸かってこい」

 何が大丈夫なのか分からないが、かたくなな彼女にこれ以上言っても動きそうにない。疲れてるのはその通りだし、先に頂くとしよう。

 さすがにリーフィリアの前で裸にはなれないので、俺は部屋を出て屋内風呂へと向かった。

 屋外風呂はリーフィリアが寝たあと、夜中にでも入ってみよう。
 正直、初めて見る屋外風呂に、少しワクワクしている。

* * *

 彼が部屋から出て行ったのを見て、私は深くため息をつく。

「はぁぁ……何、緊張してるんだか。相手は子供ガキだぞ」

 『男女二人きりで外泊してはならない』
 これは、私が子供の頃に親から言われた言葉だ。
 それ以外にも『手を繋ぐのは結婚してから』やら、『必要以上に肌が見える服は駄目』など細かく言われ続けた。

 いわゆる親の過保護ってやつなんだろう。
 そうやって育てられた私は、冒険者になって外の世界を知り、自分が世間と事に気付いた。

 その辺にいる恋人たちは普通に手を繋いで街を歩いているし、なんなら人前で平気でキスをする奴もいる。
 酒場では男女共に、一晩限りの出会いを求める奴も多い。

 そういうのには言葉では慣れたつもりだった。しかし今は現実に、男と相部屋になってしまっている。

 人を寄せ付けない性格が災いしてか、いわゆる『恋人いない歴=年齢』の私には、いくら相手が十六歳の子供ガキだとしても、男という事にいささか緊張してしまう。
 
「いやいや落ち着けよ私……なんにもねえよ」

 冒険者としての経験値は多いが、恋愛や男とのコミュニケーションに関しては圧倒的に不足している私、二十五歳。

 彼が十六歳と言ってもあと二年もすれば大人だ。そして、世間的には十五歳から結婚できる。ならば、が起きてもおかしくは無いのか?

「……下着なんか良いのあったっけ」

 おもむろに鞄を漁って人に見られても恥ずかしくないような……いや、見られるのは恥ずかしいんだけど、とにかくまともそうな物を探す。

 うーん? これは際どすぎるか? でも子供っぽいよりはマシだろう。

 まてよ? なんで私はこんなことをしている?
 そんなつもりは無い。無いが、何があるか分からないのもまた人生だ。いやいや、私は何を言って――。

「上がったぞー」
「わぁぁああっっ!?」
「――ッ!? びっくりした……何してんの?」

 鞄と握っていた下着を背に隠して振り返ると、まだ髪が湿っているタクトが、驚いた顔で立っていた。

「馬鹿者!! ノックぐらいしろッ!!」
「えっ! ご、ごめん……なさい」

 恥ずかしさを隠すために怒ったが、あまりにも理不尽だったなと少し後悔した。あとで謝っておこう。
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