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序章 魔術師の誕生

2話 魔術師の誕生

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「『最強になって見返す』か……小童こわっぱらしい陳腐な戯言だねぇ」
「魔法が使える婆さんには俺の気持ちはわかんねぇだろうさ!」

 カラカラと骨と皮だけの顔でひとしきり笑った婆さんは、俺の眼前に杖を突きつけた。

「遥か昔、私もを抱えていたもんだ。しかしまぁ……私にとっちゃ魔法なんて『恐れ、憎まれる物』でしかなかったが」

 一呼吸おいて、考える素振りをしたあと婆さんは言葉を続けた。

「……小童。たとえ人からであっても魔法が使いたいかい?」
「使えなきゃ夢のスタートラインにも立てやしないんだ、使いたいに決まってるだろ」
「そうかい……男に二言は無しだよ。お前さんに魔法を使

 ん? いま何て言った? 魔法を?

 疑問符が浮かんでいる俺をよそに、婆さんは杖を構え力を込め始める。

「【憎しみの源泉、我が身に宿る反抗の命魂よ、今その怒りを全てを解放する】」

 聞いたことのない詠唱だった。
 婆さんの纏うローブが風も吹いていないのにバタバタとはためき、足元には詠唱紋が浮かび上がっていた。

「婆さん? 何をしようってんだよ!?」
「私に残る魔力を全てお前に注ぎ込む」
「男は魔法が使えないんだろ?」

 不貞腐れて言葉を返すと婆さんは首を横に振る。
 俺に向けられた杖は光を帯びて、徐々に輝きを増していった。

「全ての男には無理だ。だが、小童一人なら魔力を譲渡することは出来る」
「譲渡? うわっ!」

 杖の光で前が見えないほど明るくなってきた。

「……お前さんの行く末を見てみたくなった……これが老婆心ってやつかねぇ」
「婆さん! 何言ってんのか分かんねぇよ!」

 婆さんは微笑み、詠唱を続ける。

「【主たるこの身を以ってして、の者に力を明け渡す】」

 婆さんが言い終わると同時に、強烈な光が洞窟内を埋め尽くした。
 真っ白に染まる視界。耐え難い眩しさに顔を腕で覆っていると、何かが額にぶつかった。

「――ッ!?」

 突然、殴られたような痛みにもだえていると、だんだんと光が弱まっていく。

「痛ぇ……急に何したんだよ婆さっ……ん?」

 つい先程まで俺に杖を向けていた老婆が、消えていた。
 地面には老婆が着ていた黒いローブと杖だけが残されている。

 あれ? どこいった?
 キョロキョロと周囲を見るが、狭い洞窟内で隠れるような所は無かった。

「おーい? 婆さーん?」

 呼びかけてみても俺の声が反響するだけで、返事はない。
 静まり返った洞窟で一人立ち尽くす。時間が経つにつれて、なんだか怖くなってきた。

「夢? いや、まさか……」

 怖いという感情は、俺を冷静にさせた。
 もし婆さんの言ったことが本当で、世界を作り変えた魔女だとしても、三百年以上生きているなんて考えられない。
 実はさっきまで見ていた老婆は亡霊で、モンスターの類いなのでは……? 噂じゃそういうのもいるって……。

「……う、うわぁああ!!」

 とにかく逃げよう! 得体の知れない恐怖に突き動かされた足は、空回りながらも出口を求めて駆け出した。

 暗い洞窟内は足場が悪く、何度もつまずいた。擦りむいて、岩壁にぶつかりながらでも俺は走り続けた。
 どれだけ走ったのかもわからない。息も切れ切れになった時、ふと、明かりが目に入った。

 外だ――ッ!!

 俺は明かりに向かって必死に足を動かす。やっとの思いで洞窟から飛び出すと、すっかり日は沈んでいて、空に浮かぶ満月が青白く森を照らしていた。

* * *

 俺は洞窟から出たあと、近くを流れる小川を頼りに村に向かって歩いていた。

 俺は、婆さんの言葉を思い返していた。

『魔法を使わせてやろう』
『魔力を譲渡することは出来る』

 まさかね? あれは亡霊か夢だな。きっとそうだ。

 ……そうは言ってもやはり気になってしまう。

「えっと、俺の知ってる魔法……」

 母さんや冒険者たちがやっていたのを、見様見真似でやってみる。
 手の平を前に出して集中する。

「【火の精霊よ、標的を燃やせ! 火球ファイアボール!】」

 なにも起こらない。

「じゃ、じゃあ!【水の生霊よ、湧き貫け! 水の槍ウォーターランス!】」

 なーんにも起こらない。

 その後も思いつく限りの魔法を唱えてみたが何も変化はなかった。
 手の平に集中してるせいか、なんとなく温かいような感覚がしたが、現実何も起こらなかった。

「はぁ……やっぱり夢だったのかな」

 淡い期待だった。そんな事があるわけがない。
 重い足取りのまま、俺は村へと帰ることにした。

 村が見えてきた時、村の入り口付近に人集りが出来ていた。十人ほどの大人達が松明を片手に、何やら話し合っている。

 もしかして、夜になっても俺が帰ってこないから騒ぎになってるのか? だとしたら……この後待ち受けるのは母さんの小言だな……

 そういえば薪を集めてこいって言われてたけど、それも拾い忘れてた。
 怒られる覚悟を決めて入り口に恐る恐る近付くと、一人の大人が俺に気付いた。

「――おい! 来たぞ!!」

 やっぱり俺を探していたらしい。ここは潔く謝っておこう。

「ご、ごめんなさい。遅くなって――」
「タクト!! 貴様、よく抜け抜けと村に帰ってこれたな!!」
「……え?」

 なんだ? まるで帰ってくるなと言われてるような……。
 続く大人達の言葉は連鎖的に発せられた。

「男のくせに冒険がしたいなどと抜かしやがって!」
「まったくね! 十五歳にもなって現実が見えてないなんて、愚かだわ!」
「親として恥ずべき事だぞタクマ!」
「本当にすまない……俺の教育が間違っていた……」

 なぜ親父が責められている? ここまで騒ぎになるような事はした覚えがない。

「親父……一体なにがあったんだ?」

 俺に向き直した親父は怒りの形相をしていた。

「――ぐっ!!」

 頬に走る痛みでバランスを崩し尻餅を付いた。俺は初めて親父に殴られたのだ。

「お……親父?」

 握り拳を作ったまま俺を睨み、見下ろす親父が怒鳴り声を上げる。

「母さんの言うことも聞かず、村の皆に迷惑をかける『能無し』が!! お前などもう息子ではない! 今すぐ村から出て行け!!」
「親父……?何言ってんだよ――」
「――タクト」

 群衆を掻き分けて前に出て来たのは、母さんだった。
 その手には、モンスター狩りに使っている愛用の剣が握られている。

「母さん! 何があったんだよ! 俺が何かしたのかよ!?」

 俯いたままの母さんは、俺の喉元に剣先を突き付けた。

「母……さん……?」
「――命が惜しければ、即刻出ていきなさい。あんたのような子を持った事……一生の恥だわ」

 顔を上げたその目は、まるで両親の仇を見るように冷たく、怒りに満ちていた。

「【火の生霊よ……刀剣に火を灯せ】」

 短く呟いた詠唱は、母さんの持つ剣に火花を散らし、剣身には炎が蛇のように纏わりついた。

「じょ、冗談だろ……? 母さ――」
「――村を出るかここで斬られるか、選びなさい」
「うっ……うわぁあああ!!」

 優しく迎え入れてくれると期待した母からは殺意を。
笑って叱ってくれると期待した父からは憎悪を。

 豹変した村の大人達を前に、俺は逃げるしかなかった。
 それしか、生きる道が無かった。

* * *

 暗い森の中を、村とは反対方向に歩いていた。

 村に帰れば殺されてしまう。俺はこれからどうしたら……。

 いったい俺が何をしたっていうんだ? そこまで恨まれるような事は身に覚えが無い。
 村を出る時は皆いつも通りだったんだ。その後何か変わった事といえば亡霊のような老婆に――

『お前さんに魔法を使わせてやろう』

 ……そうだ。たしかに婆さんは言ったんだ。
 婆さんに何かされたとしか思えない。
 
 婆さんとのやりとりに考えを巡らせていると、近くの茂みから物音が聞こえた。また獣型のモンスターか、と身構えた俺の前に現れたのは……。

「――ッ! はぁ……なんだ小物モンスターか……」

 道に出て来たのは手の平に乗るほど小さいリスだった。しかし額には、可愛い顔に不釣り合いな鋭い角が生えている。

 リスやネズミといった小動物もモンスター化しているが、脅威はさほど無い。せいぜい角に刺されたら血が出て痛いぐらいだ。
 危険度が高くないモンスターにホッとしていた時だった。

『お前さんはまだ魔法の本当の怖さを知らない』
「?! 誰だ!」

 突然、人の声が聞こえた気がした。
 周囲を見回すが人の気配はない。どこかで聞き覚えのある声だった。

「婆さん……? 魔女の婆さんなのか?」

 問いかけに返事はない。
 胸の内がザワザワとする感覚があった。

 もし、あの洞窟での出来事が夢じゃないなら――

 俺はリスに向けて手の平を突き出す。深く息を吸い込み、手に集中すると思いがけないが現れた。

 リスの体を紫色の光が覆っている。

「こ、これって! 魔法の光……?!」
「キュイイッ!!」

 リスは毛を逆立てると、牙を剥き出し俺に飛びかかってきた。

「――!! 痛ってぇ!!」
「シャーー!!」

 腕に噛みついたリスを払い除けると、リスは綺麗に空中で体勢を立て直し地面に着地する。
 噛まれた右腕は服を血で滲ませた。

 リスの俺を見る目は、村の人たちから向けられた目と同じだった。婆さんの言葉が頭の中で木霊こだまする。

『私にとっちゃ魔法なんて恐れ、憎まれる物でしかなかったがね』

 憎しみの魔女、その根源たるはたしかに俺に注がれていたのだ。

「まさか……村の奴らがなったのは……」

 さまざまな魔法を試そうとしたあの時。何も起こらなかったんじゃない。
 俺の魔法は目に見えない形でしっかりと発動していたんだ。

「憎まれる魔法……? ふざけるなよ……」

 後に俺はこの力を敵視ヘイト魔法と呼ぶ事になる。
 敵視ヘイトを俺自身に集める魔法。それは一見デメリットしかないように思えた。
 婆さんから与えられた、に気付くまでは。

「キシャアアア!!」
「ク……ソがぁああ!!」

 咄嗟とっさに近くに落ちていた木の枝を拾い、飛びかかるリスに向けて振るう。

 木の枝は折れる事なく、リスの体を真っ二つに切り分けた。魔法が無ければ、モンスターにかすり傷一つ負わせられない男の俺が、初めてモンスターを殺せたのだ。

「まさか……本当に、俺は魔法を……」

 地面に転がるリスの亡骸は、俺に力がある事を証明している。

 この日俺は力を得た代わりに、村を追われ家族をくした。

 夢見ていた最強の魔術師への第一歩は、たった一人の孤独から始まった。
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