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第二章
46、それでも、あきらめきれなくて
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夕暮れの訪れと共に、駅前は元の姿を取り戻しつつあった。
天に聳え立っていた巨大樹が、ゆっくりと、静かに枯れて崩れていく。それに殉ずるかのように森の木々も枯れていき、後にはほとんど何も残さず塵芥のごとく消え去った。一部の木々が燃え上がったという情報も出回ったが、建築物には軒並み大体的な損壊が見られなかったため、混乱した誰かが意図せず流したデマではないかということで、すぐに片付けられた。捉えられていた住民たちも自衛隊員らに救出され、死人もおらず、負傷者も軽傷に留まったと聞いている。
アクアも無事、ルビーの治療を終え、ほっと安堵の息を吐いた。
なにもかもが元通りとまではいかないが、被害は最小限に留められたと言っていいだろう。修復まで時間はかかるかもしれないが、危機は去ったのだ。
諸々の後処置が落ち着いてきたということで、アクアは自衛隊員らに現場を離れる断りを入れ、ルビーを引き連れて白の聖王国ル・イエーへと向かった。
“超次元波動砲”を放った、白の女王ファイブの元へと。
海底神殿、並び祭祀場は、相も変わらず重々しい沈黙に包まれている。
いつもと違うのは、祭壇の前に立つのが国の主ファイブではなく、彼女に仕える神官ティモテオということだ。
「陛下は、深い眠りにつかれました」
ティモテオの起伏に乏しい沈痛な声は祭祀場に染み渡るように響き、眼前に立つアクアとルビーの耳を穿つ。
「地上に思念体を送り込んだ上に、“超次元波動砲”の使用……尋常ならざるエネルギーを消費して、御身が著しく弱っています。陛下はしばらくの間、お目覚めになられないでしょう」
「なーんか私たちのせいだーって言いたげだよねぇ、ティオさん。女王さまが勝手に出しゃばってきたんじゃん、私たちは助けて欲しいなんて頼んでないでしょー!」
復活を遂げてすっかり元気になったルビーは、わかりやすく口を尖らせてティモテオに噛みついた。
「陛下は危急の事態であると判断されたのでしょう。よろしいですか、確かに陛下はただおひとりで外来種を殲滅できるほどの力をお持ちです。ですが、それらの力は本来、この白の聖王国ル・イエーを維持するエネルギーとして使用されるもの。陛下がこの神殿から出られぬのも、すべての力を国に注ぎ、国を維持するためなのですよ。ゆえに陛下は、地上に迫りくる危機に対処すべくあなた方に力を分け与え、メダリオンに任命した。その役目を、努々お忘れなきよう」
仕えている主が衰弱しているとあってか、ティモテオの語調からは怒りも憂慮も感じられる。
「……滅んじゃえばいんだよ、こんな国」
ルビーのその不穏な呟きは、隣に立つアクアの耳にしっかりと届いた。幸いなことにティモテオには聞こえなかったようなので、ここで蒸し返せばいらぬ諍いの種となってしまうと、アクアはルビーを咎めるのを思いとどまった。
昔から、ルビーが白の聖王国ル・イエーやファイブに対してあまりいい感情を抱いていないのは、アクアもよく知るところである。確かにファイブの態度ややり方は高圧的で、歯に衣着せぬ物言いもしばしば見られるが、それにしたってルビーの反発は凄まじい。
まるで、心の底からファイブを憎んでいるかのような。アクアにはことさら、そう感じられた。その理由をそれとなく問い質してみたこともあったが、ルビーは本気とも冗談ともつかない答えを返してくるだけで、未だに真意は不明なままだった。
「僭越ながら、陛下不在の間は私が指揮を取らせていただきます。命令に変更はありません。速やかに、地球に侵入してきたジェバイデッド人たちを殲滅していただきます」
ティモテオにそう告げられて、アクアはきゅっと唇を噛み締めて俯いた。もう、ジェバイデッドとの全面戦争を免れる術はないのだろうなと、心を痛めて。
地球の代表者たるファイブは現状、瀕死に追いやられてしまって表舞台には立てない。そして肝心の交渉相手であるジェバイデッドからは、宣戦布告をされてしまった。
ここまで来てまだ、ジェバイデッドと話し合いをしたいと主張するのは愚かというものだ。アクアにだって、さすがにそれぐらいの分別はある。
なによりも、自責の念がアクアを押し黙らせていた。
アクアが頑なにジェバイデッドとの交渉を推し進めようとしていたから、ファイブはなけなしの力を振り絞り、思念体となって地上に浮上して“超次元波動砲”を放って昏睡状態になった。
そして、親友たるルビーを、また再起不能の状態にまで追い込んでしまったのだ。ジェバイデッドの人々と戦いたくない、ジェバイデッドの人々を救いたいという、アクアの身勝手な想いのせいで。
こんな惨憺たる事態を引き起こしておいてなお、ジェバイデッドとの交渉の場を設けて欲しいなどとは口が裂けても言うわけにはいかないと、アクアは本心を隠してひたすらに噤む。
しかし、そんなアクアの心情などとうに見透かされていたらしい。
「不服そうですね、アクア殿」
ティモテオに苦々しく追及されて、アクアは一瞬、返答に詰まった。
「……いいえ。そんなことは、ありません。私も、戦い、ます」
アクアは、地球を守る正義の味方だ。異星からの来訪者がいかに困窮した立場にあろうとも、地球を攻撃してくるのなら排除するしかない。
それが、そうしなければならない現実が、アクアにはどうしようもなく苦しかった。
しばしの間、祭祀場は沈黙に包まれ、深海の底と一体化していた。
その重い澱を浮き立たせるように、ティモテオが静々と口を開く。
「……残りのメダリオンも結集させましょう」
「なんでぇ! ここに最強のヒーローがおるでしょうが!」
ルビーはティモテオの決定にかなり驚いたのか、金切り声を上げた。
現在、矢面に立って活動しているのはアクアとルビーのふたりであるが、白の聖王国ル・イエーから神秘の力を与えられたメダリオンは、あと三人いる。だが、戦力という点からすればルビーひとりで事足りるということもあり、各々が各々の諸事情で前線から離れていた。
それなのにいまさら戦力を追加投入するなんて、と、ルビーは納得がいかない様子である。
「ルビー殿。あなたは今回、アクア殿の処置が遅れれば死に瀕するほどの傷を負った。すでにルビー殿の力だけでは、ジェバイデッドに対抗できないことは証明されております」
ティモテオが淡々と語る事実に、アクアの肩が強張った。そうだ、ジェバイデッド人が有する能力や科学力は、地球に存在するものを遥かに凌駕するものだ。最強を冠するルビーを、完膚なきまでに叩きのめすほどに。
地球は総戦力をもってジェバイデッドに相対しなければ、たちまち侵略されてしまうだろう。
「……アクア殿もジェバイデッドとの和平を望んでいた折、すぐさま戦意を奮い立たせるのは困難だとお見受け致します。戦力不足は否めません。私も陛下の留守を預かる身ゆえ、これ以上地球を凌辱されるわけにはいかないのです。メダリオンの総戦力をもって、ジェバイデッドの殲滅を。彼らがいつ襲ってくるとも予測がつきません、警戒は怠らないようにお願いいたします」
矢継ぎ早にそう言い残し、祭壇の裏にある扉から退出していってしまった。おそらく、ファイブの容態を確かめにでも行くのだろう。
祭祀場は、再び沈黙に落とされた。
「……アクアちゃん、大丈夫?」
ルビーが、心配そうな顔でアクアの様子を覗き込む。
「……大丈夫、です」
辛うじてそう答えたものの、アクアは唇の震えを止められないでいる。
上手く呼吸ができない。これから起こり得るであろう、メダリオンとジェバイデッドの戦いを想像するだけで、血の気が引いていく。
「私にアクアちゃんの嘘が通用すると思ってる? 何言っても怒ったりしないから、アクアちゃんが思ってること、ぜんぶ言ってよ。ジェバイデッドの人たちと戦うの、イヤなんでしょ?」
ルビーに優しく、諭されるように促されて、アクアは鉛のように重い口をなんとか持ち上げた。
「……私、記憶がはっきりとしないんです。ジェバイデッドから宣戦布告をされたことや、女王さまが“超次元波動砲”を使ったことは、なんとなく覚えているんですけど……」
ぽつりぽつりと語りながら、アクアは必死に記憶を辿っていた。
あのとき、確かに。
はっきりとしない意識の中で、なにか見過ごしてはいけない大事なことが起きていたように思う。
「それで……私、触手に捕まっていたところを、セルジュさんに助けられたような気がするんです。呪術師みたいな格好をしているジェバイデッドの人を、ルビーさんも見たんですよね? セルジュさん、その呪術師の人と言い争っていたような……ジェバイデッド皇帝が地球侵略の命令を出した、出してないって、言い争ってて……」
やはり記憶が鮮明にならず、アクアははっきりと提言することができない。
しかし、もしもこの記憶に嘘偽りがないのだとすれば、ジェバイデッド内部でも混乱が生じているのではないだろうか。両極端な命令に翻弄され、確たる方針も固まらないまま、止むを得ず地球に攻撃を仕掛けてきたのだとしたら?
──まだ、全面戦争を回避する方法は残されているのではないだろうか。
アクアが恐れ多くて胸中に留めていた淡い希望を口にするよりもはやく、ルビーがその意思を読み取って言葉を放つ。
「じゃー、ジェバイデッドの人たちの動向を探るのがいまできることの中で一番の手かなぁ。あちらさんも、まだ思いっきり喧嘩吹っかけてくるつもりじゃないっぽいし」
ルビーの実にあっけらかんとした様子に、アクアは驚いて言の葉を一瞬詰まらせた。
「……ルビーさん、まだ、ジェバイデッドの人たちを助けようって、そう思ってくれているんですか? ルビーさん、殺されかけたのに」
なにかひとつでも違えれば、ルビーはきっと命を落としていた。そんなルビーに対して、ジェバイデッドを助けるために協力して欲しいなどと、アクアに言えるはずもないのに。
それなのに、ルビーは。
「でも私、生きてるじゃん。言ったでしょー? アクアちゃんがいれば、どんなケガしたって大丈夫だ、って! 私はアクアちゃんがいれば、それでオールオッケーなの」
ルビーは、笑っていた。
「まーね、ティオさんが言った通り、ジェバイデッドが私ひとりで太刀打ちできないぐらい強いんだったらさ、メダリオン全員で真正面からガチンコバトルするより、あちらさんの要求飲んだ方が絶対被害少ないっしょ? 女王さまが頑固過ぎるんだよー! そりゃね、ジェバイデッドの人たちが何十億人って生き残ってて、それが全員地球に来るっていうなら頭抱えちゃうけど、あちらさんの様子からしてそんな感じでもないし。少しぐらいなら地球に受け入れたっていいんじゃね? って私は思うよ。とにかく、あちらさんの状況がはっきりしないうちから戦うのはナンセンスだね」
捲くし立てるように心の内を吐露されて、アクアは思わず口元を綻ばせた。
死の淵に追いやられてもなお、アクアの想いを尊重してくれるルビーには感謝してもしきれない。
「だからさ、とりあえず私たちだけでも詳しい話、聞いてみようよ。女王さまが弱ってるいまがチャンスだよ」
弱っている人間に付け込むようなルビーの言い方には若干引っ掛かりはするが、元気づけようとしてくれていることには違いなく、アクアは胸の痞えが解されていくような気がした。
「今日はもう遅いからだめとして、近いうちにジェバイデッドの人たち探しに行こうぜ。こっちも女王さまが“超次元波動砲”ぶっ放しちゃってるから、あちらさんも怒って臨戦態勢整えちゃってるかもしれないけどー。ま、そんときゃそんときだ、なんとかなるなる。だからさ、元気出してよアクアちゃん」
「……はい。ありがとうございます、ルビーさん」
まだやれることはあるはずだ、と。アクアは憔悴していた心に喝を入れて、強かに頷いた。
天に聳え立っていた巨大樹が、ゆっくりと、静かに枯れて崩れていく。それに殉ずるかのように森の木々も枯れていき、後にはほとんど何も残さず塵芥のごとく消え去った。一部の木々が燃え上がったという情報も出回ったが、建築物には軒並み大体的な損壊が見られなかったため、混乱した誰かが意図せず流したデマではないかということで、すぐに片付けられた。捉えられていた住民たちも自衛隊員らに救出され、死人もおらず、負傷者も軽傷に留まったと聞いている。
アクアも無事、ルビーの治療を終え、ほっと安堵の息を吐いた。
なにもかもが元通りとまではいかないが、被害は最小限に留められたと言っていいだろう。修復まで時間はかかるかもしれないが、危機は去ったのだ。
諸々の後処置が落ち着いてきたということで、アクアは自衛隊員らに現場を離れる断りを入れ、ルビーを引き連れて白の聖王国ル・イエーへと向かった。
“超次元波動砲”を放った、白の女王ファイブの元へと。
海底神殿、並び祭祀場は、相も変わらず重々しい沈黙に包まれている。
いつもと違うのは、祭壇の前に立つのが国の主ファイブではなく、彼女に仕える神官ティモテオということだ。
「陛下は、深い眠りにつかれました」
ティモテオの起伏に乏しい沈痛な声は祭祀場に染み渡るように響き、眼前に立つアクアとルビーの耳を穿つ。
「地上に思念体を送り込んだ上に、“超次元波動砲”の使用……尋常ならざるエネルギーを消費して、御身が著しく弱っています。陛下はしばらくの間、お目覚めになられないでしょう」
「なーんか私たちのせいだーって言いたげだよねぇ、ティオさん。女王さまが勝手に出しゃばってきたんじゃん、私たちは助けて欲しいなんて頼んでないでしょー!」
復活を遂げてすっかり元気になったルビーは、わかりやすく口を尖らせてティモテオに噛みついた。
「陛下は危急の事態であると判断されたのでしょう。よろしいですか、確かに陛下はただおひとりで外来種を殲滅できるほどの力をお持ちです。ですが、それらの力は本来、この白の聖王国ル・イエーを維持するエネルギーとして使用されるもの。陛下がこの神殿から出られぬのも、すべての力を国に注ぎ、国を維持するためなのですよ。ゆえに陛下は、地上に迫りくる危機に対処すべくあなた方に力を分け与え、メダリオンに任命した。その役目を、努々お忘れなきよう」
仕えている主が衰弱しているとあってか、ティモテオの語調からは怒りも憂慮も感じられる。
「……滅んじゃえばいんだよ、こんな国」
ルビーのその不穏な呟きは、隣に立つアクアの耳にしっかりと届いた。幸いなことにティモテオには聞こえなかったようなので、ここで蒸し返せばいらぬ諍いの種となってしまうと、アクアはルビーを咎めるのを思いとどまった。
昔から、ルビーが白の聖王国ル・イエーやファイブに対してあまりいい感情を抱いていないのは、アクアもよく知るところである。確かにファイブの態度ややり方は高圧的で、歯に衣着せぬ物言いもしばしば見られるが、それにしたってルビーの反発は凄まじい。
まるで、心の底からファイブを憎んでいるかのような。アクアにはことさら、そう感じられた。その理由をそれとなく問い質してみたこともあったが、ルビーは本気とも冗談ともつかない答えを返してくるだけで、未だに真意は不明なままだった。
「僭越ながら、陛下不在の間は私が指揮を取らせていただきます。命令に変更はありません。速やかに、地球に侵入してきたジェバイデッド人たちを殲滅していただきます」
ティモテオにそう告げられて、アクアはきゅっと唇を噛み締めて俯いた。もう、ジェバイデッドとの全面戦争を免れる術はないのだろうなと、心を痛めて。
地球の代表者たるファイブは現状、瀕死に追いやられてしまって表舞台には立てない。そして肝心の交渉相手であるジェバイデッドからは、宣戦布告をされてしまった。
ここまで来てまだ、ジェバイデッドと話し合いをしたいと主張するのは愚かというものだ。アクアにだって、さすがにそれぐらいの分別はある。
なによりも、自責の念がアクアを押し黙らせていた。
アクアが頑なにジェバイデッドとの交渉を推し進めようとしていたから、ファイブはなけなしの力を振り絞り、思念体となって地上に浮上して“超次元波動砲”を放って昏睡状態になった。
そして、親友たるルビーを、また再起不能の状態にまで追い込んでしまったのだ。ジェバイデッドの人々と戦いたくない、ジェバイデッドの人々を救いたいという、アクアの身勝手な想いのせいで。
こんな惨憺たる事態を引き起こしておいてなお、ジェバイデッドとの交渉の場を設けて欲しいなどとは口が裂けても言うわけにはいかないと、アクアは本心を隠してひたすらに噤む。
しかし、そんなアクアの心情などとうに見透かされていたらしい。
「不服そうですね、アクア殿」
ティモテオに苦々しく追及されて、アクアは一瞬、返答に詰まった。
「……いいえ。そんなことは、ありません。私も、戦い、ます」
アクアは、地球を守る正義の味方だ。異星からの来訪者がいかに困窮した立場にあろうとも、地球を攻撃してくるのなら排除するしかない。
それが、そうしなければならない現実が、アクアにはどうしようもなく苦しかった。
しばしの間、祭祀場は沈黙に包まれ、深海の底と一体化していた。
その重い澱を浮き立たせるように、ティモテオが静々と口を開く。
「……残りのメダリオンも結集させましょう」
「なんでぇ! ここに最強のヒーローがおるでしょうが!」
ルビーはティモテオの決定にかなり驚いたのか、金切り声を上げた。
現在、矢面に立って活動しているのはアクアとルビーのふたりであるが、白の聖王国ル・イエーから神秘の力を与えられたメダリオンは、あと三人いる。だが、戦力という点からすればルビーひとりで事足りるということもあり、各々が各々の諸事情で前線から離れていた。
それなのにいまさら戦力を追加投入するなんて、と、ルビーは納得がいかない様子である。
「ルビー殿。あなたは今回、アクア殿の処置が遅れれば死に瀕するほどの傷を負った。すでにルビー殿の力だけでは、ジェバイデッドに対抗できないことは証明されております」
ティモテオが淡々と語る事実に、アクアの肩が強張った。そうだ、ジェバイデッド人が有する能力や科学力は、地球に存在するものを遥かに凌駕するものだ。最強を冠するルビーを、完膚なきまでに叩きのめすほどに。
地球は総戦力をもってジェバイデッドに相対しなければ、たちまち侵略されてしまうだろう。
「……アクア殿もジェバイデッドとの和平を望んでいた折、すぐさま戦意を奮い立たせるのは困難だとお見受け致します。戦力不足は否めません。私も陛下の留守を預かる身ゆえ、これ以上地球を凌辱されるわけにはいかないのです。メダリオンの総戦力をもって、ジェバイデッドの殲滅を。彼らがいつ襲ってくるとも予測がつきません、警戒は怠らないようにお願いいたします」
矢継ぎ早にそう言い残し、祭壇の裏にある扉から退出していってしまった。おそらく、ファイブの容態を確かめにでも行くのだろう。
祭祀場は、再び沈黙に落とされた。
「……アクアちゃん、大丈夫?」
ルビーが、心配そうな顔でアクアの様子を覗き込む。
「……大丈夫、です」
辛うじてそう答えたものの、アクアは唇の震えを止められないでいる。
上手く呼吸ができない。これから起こり得るであろう、メダリオンとジェバイデッドの戦いを想像するだけで、血の気が引いていく。
「私にアクアちゃんの嘘が通用すると思ってる? 何言っても怒ったりしないから、アクアちゃんが思ってること、ぜんぶ言ってよ。ジェバイデッドの人たちと戦うの、イヤなんでしょ?」
ルビーに優しく、諭されるように促されて、アクアは鉛のように重い口をなんとか持ち上げた。
「……私、記憶がはっきりとしないんです。ジェバイデッドから宣戦布告をされたことや、女王さまが“超次元波動砲”を使ったことは、なんとなく覚えているんですけど……」
ぽつりぽつりと語りながら、アクアは必死に記憶を辿っていた。
あのとき、確かに。
はっきりとしない意識の中で、なにか見過ごしてはいけない大事なことが起きていたように思う。
「それで……私、触手に捕まっていたところを、セルジュさんに助けられたような気がするんです。呪術師みたいな格好をしているジェバイデッドの人を、ルビーさんも見たんですよね? セルジュさん、その呪術師の人と言い争っていたような……ジェバイデッド皇帝が地球侵略の命令を出した、出してないって、言い争ってて……」
やはり記憶が鮮明にならず、アクアははっきりと提言することができない。
しかし、もしもこの記憶に嘘偽りがないのだとすれば、ジェバイデッド内部でも混乱が生じているのではないだろうか。両極端な命令に翻弄され、確たる方針も固まらないまま、止むを得ず地球に攻撃を仕掛けてきたのだとしたら?
──まだ、全面戦争を回避する方法は残されているのではないだろうか。
アクアが恐れ多くて胸中に留めていた淡い希望を口にするよりもはやく、ルビーがその意思を読み取って言葉を放つ。
「じゃー、ジェバイデッドの人たちの動向を探るのがいまできることの中で一番の手かなぁ。あちらさんも、まだ思いっきり喧嘩吹っかけてくるつもりじゃないっぽいし」
ルビーの実にあっけらかんとした様子に、アクアは驚いて言の葉を一瞬詰まらせた。
「……ルビーさん、まだ、ジェバイデッドの人たちを助けようって、そう思ってくれているんですか? ルビーさん、殺されかけたのに」
なにかひとつでも違えれば、ルビーはきっと命を落としていた。そんなルビーに対して、ジェバイデッドを助けるために協力して欲しいなどと、アクアに言えるはずもないのに。
それなのに、ルビーは。
「でも私、生きてるじゃん。言ったでしょー? アクアちゃんがいれば、どんなケガしたって大丈夫だ、って! 私はアクアちゃんがいれば、それでオールオッケーなの」
ルビーは、笑っていた。
「まーね、ティオさんが言った通り、ジェバイデッドが私ひとりで太刀打ちできないぐらい強いんだったらさ、メダリオン全員で真正面からガチンコバトルするより、あちらさんの要求飲んだ方が絶対被害少ないっしょ? 女王さまが頑固過ぎるんだよー! そりゃね、ジェバイデッドの人たちが何十億人って生き残ってて、それが全員地球に来るっていうなら頭抱えちゃうけど、あちらさんの様子からしてそんな感じでもないし。少しぐらいなら地球に受け入れたっていいんじゃね? って私は思うよ。とにかく、あちらさんの状況がはっきりしないうちから戦うのはナンセンスだね」
捲くし立てるように心の内を吐露されて、アクアは思わず口元を綻ばせた。
死の淵に追いやられてもなお、アクアの想いを尊重してくれるルビーには感謝してもしきれない。
「だからさ、とりあえず私たちだけでも詳しい話、聞いてみようよ。女王さまが弱ってるいまがチャンスだよ」
弱っている人間に付け込むようなルビーの言い方には若干引っ掛かりはするが、元気づけようとしてくれていることには違いなく、アクアは胸の痞えが解されていくような気がした。
「今日はもう遅いからだめとして、近いうちにジェバイデッドの人たち探しに行こうぜ。こっちも女王さまが“超次元波動砲”ぶっ放しちゃってるから、あちらさんも怒って臨戦態勢整えちゃってるかもしれないけどー。ま、そんときゃそんときだ、なんとかなるなる。だからさ、元気出してよアクアちゃん」
「……はい。ありがとうございます、ルビーさん」
まだやれることはあるはずだ、と。アクアは憔悴していた心に喝を入れて、強かに頷いた。
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