宝環戦士メダリオン ~変身ヒロインに対するえっちな展開が終わらない、ただひとつの原因~

蟹江ビタコ

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第二章

39、敵か味方か

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「あれか」

 瞬速で駆けるセルジュのおよそ五十メートル前方に、天をこうとそびえ立つ大樹が見えてきた。
 セルジュは迷うことなく、その大樹を目指す。葉の群れに支配されつつある建物から建物へと飛び移り、瞬く間に大樹との距離を縮めていく。

 やがて大樹の間近までやってくると、そこには穴が広がっていた。まさしく、大樹に穿たれて開いたような大きな穴だ。
 
 ──この真下に、いるはずだ。

 セルジュは一も二もなく、穴の中に飛び降りた。目まぐるしいスピードで、緑の景色が上昇していく。それとは裏腹に、セルジュの身体はどんどん下降していった。
 そして、捉えた。

 肉塊の玉座に腰掛ける呪術師と、おぞましい数の触手に凌辱されているアクアの姿を。

右丞相うじょうしょう!」

 セルジュの声掛けに応じて伸びてきた影が、腕とはまた別の形状へと変化する。
 柄に鍔、そして鋭く冷たい輝きを放つ刀身。
 影は、漆黒の太刀へと転じた。

 急直下を続けながら、セルジュはその黒き太刀の柄をしっかと握り、振り下ろす。呪術師とアクアを繋ぐ触手を、断ち切るように。

 切断された触手たちが、宙でのたうつように踊り狂う。
 セルジュは解放されたアクアを左腕で抱き留め、森の中心に降り立った。

「……ひ、ぅっ……せ……せるじゅさん……?」

 アクアの顔を──ミラと瓜二つの顔を見た瞬間、セルジュの芯がどくんと反応を示した。
 蕩けている。セルジュには、アクアのこの表情をそう表現することしかできない。
 眉も瞳も口もぐちゃぐちゃに溶けて、吐く息は甘く熱く。セルジュの腕の中で、ただただ赤く染まり上がった肌をびくびくと震わせいる。

 アクアは、発情しきっていた。

 数日前、この駅前でしこたま仕込んでやったというのに、また受精に至らなかったのかという苛立ちもそこそこに、セルジュの心はじゅくじゅくと疼く。
 アクアは敵だ。いくらミラと生き写しとはいえ、まったくの別人だ。
 なのに、胸に込み上げてくるこの愛おしさは、いったいなんだというのか。

「どういうつもり、セルジュ」

 聞き慣れた声に背後から呼びかけられて、セルジュはアクアをそっと横たわらせてから振り返る。

「その女は、僕らの敵だってわかってるよな? それなのにどうして僕の邪魔をするのさ」

 呪術師は、セルジュの前方およそ五メートル先で、触手うごめく玉座になおも悠々と座っていた。

「お前こそ、いったいどういう了見だ、アキリーズ」

 間合いを詰めると共に、セルジュは呪術師を問い詰める。

「なんだ、この森の有り様は。時がくるまでは、地球に対する侵略行為の一切を禁ずるというのが陛下の命だったはずだろう。これは明らかな命令違反だ」

 地球の代表者、白の女王ファイブの返答を得るまでは手出し無用。
 それが黒の皇帝ケインリヒの勅命であることを、この呪術師が知らぬはずがない。セルジュがアキリーズと呼んだこの男とて、黒の帝国ジェバイデッドの精鋭のひとりなのだから。

「じゃあ、いまがその時ってやつなんじゃない? 僕は陛下から直々に命令を受けて地球に来たんだ。地球を侵略するためなら、いかなる破壊行動も殺戮行動も許可するって言われた上でね」

 アキリーズから告げられた言葉に、セルジュはしばし固まった。

 喉が嫌にひりつく。いくつもの鉛の塊を無理やり飲まされて、はらわたに溜まっていくような感覚さえする。

 地球侵略の下知が下った。これで心置きなく、なんのしがらみもなく、地球の男どもを皆殺しできる。
 アクアを、犯せる。

 それは、心から待ち望んでいたことのはずだったのに。
 なのにどうして、こんなにも身体が重い!

「わかったんなら、そこどけよ。その女、僕の玩具オモチャなんだから」

 アキリーズの触手が数本、セルジュに向かって──否、アクアに向かって伸びていく。
 しかしその触手たちは、セルジュに黒い刀の切っ先を突きつけられて、ぴたりと止まった。

「──この女は、俺の戦利品だ。俺の……ジェバイデッドの子を産ませる。そのための道具だ。お前の悪癖に付き合わせていたら、本分を果たせなくなる」

 セルジュは黒頭巾の隙間から、鋭い眼光を放った。その冷たい光は、真っ直ぐ、間違いなくアキリーズに向けられている。
 しかし、アキリーズはその矢のような視線を軽々と受け流す。

「ああ、そういえば、血を残せって命令も出てたっけ。ふーん……それじゃあ、痛めつけるのは我慢してやるよ」

「ひぐぅっ」

 獣の断末魔じみた悲鳴が聞こえてきて、セルジュは思いきり振り返った。

 横たわったアクアが、びくんびくんと身体を跳ねさせていた。背をこれでもかというほど仰け反らせ、白い喉元を突き出し、足先をピンと張り詰めて。腰など、本来は曲がらないであろう方向に曲がり、“くの字”を描いている。そうかと思えば、全身を激しく捩らせ身悶え……。

 アクアのたわわに実ったふたつの乳房。その頂点に、なにか花の蕾のようなものが食らいついていた。蕾はそれぞれ膨らんでは縮み、縮んでは膨らみ、内に溜まる赤色の液体を、アクアの体内に送り込んでいる。蕾は首筋やこめかみにも吸い付いており、奇妙な衣装の裾から潜り込んで、陰部にも忍び込んでいた。おそらく、陰核にも蕾が牙を剥いて、液体を注ぎ込んでいるに違いない。

 蕾には、蔓が繋がっていた。その足元の茂みに隠れ紛れる蔓の元へと辿って行けば、そこにはやはり、アキリーズの姿があった。

「アキリーズ、なにをしている!!」

 セルジュの怒号で、森が揺れる。だが、アキリーズはそれを意にも介していないのか、実にあっけらかんとした様子で答えた。

「なにって。お前の子作りを手伝ってやってんじゃないか。いくら地球人がジェバイデッド人ぼくらの子を孕めるって言っても、受精する確率は万にひとつもないだろ。だからその女を、妊娠しやすい身体にしてやる。感謝しろよ」

「ひぎゅっ、んっ、あぐぅ……! んあぁっ……!」

 赤い液体が減る度に、アクアから喘ぎとも呻きともおぼつかない声が漏れ出てくる。

「おい、やめろアキリーズ! なにを注入している!」

 セルジュは絶叫して尋ねるが、その実、あの赤い液体の正体は、もうわかっている気がした。

「お前もよく知ってるだろ、セルジュ。レクロたちが開発した、妊娠促進剤。あれの原液だよ」

 やはり、と。アキリーズから齎された答えに、セルジュの身体は鐘のようにいっそう重くなった。
 心臓の音は鈍く、しかし全身を痺れさすように響いている。

 妊娠促進剤の効能は、字のごとく妊娠する可能性を高めるものだ。
 だが、その副作用として、服用した者の性的欲求と感度を半ば無理やり引き出して高めもする。

 その妊娠促進剤の原液を、アクアに。
 このあと引き起こされるであろうおぞましい事態を察して、セルジュは蕾とアキリーズを繋ぐ蔓を断ち切った。

「なにを考えている!! そんなものを大量に摂取して、脆弱な地球人が耐えられるわけがないだろう!! 精神が崩壊する!!」

「いいだろ別に、ぶっ壊れたって」

 抑揚のないアキリーズの声に頭を殴りつけられたような気がして、セルジュの声は詰まって止まる。

「必要なのは、ジェバイデッドの子を産むための肉体だ。人格なんか、壊れてたってなんの問題もないだろ」

 アキリーズの判断は、実に合理的に思えた。
 地球を侵略すると決まったいま、そこに住まう者たちの生活や尊厳など、慮る必要もない。
 ただ血を残すためだけならば、ただ子供を作るためだけならば。相手が健康体であれば、それでいい。

 精神の有り様がいくら見るに堪えないものであっても、気に留める必要は、ない。

「ほら、どけって」

 アキリーズの足元から、蕾のついた触手が幾本も生え、伸びてくる。

 セルジュは、右の手首を返した。太刀が黒い楕円を描いて、触手を両断する。
 赤い液体を携えた先端が、ぽとりぽとりと地に落ちた。

左丞相さじょうしょう

 セルジュの足元から影が立ち昇り、それはすぐさま黒い刀と成って、左手に納まった。
 腰を軽く落とし、上体を右に捻る。右手に握った刀の切っ先を、アキリーズに向けて水平に保つ。そこに、左手に持ったもう一本の刀を交差させるように合わせ。

 セルジュは二本の太刀で十字を象り、構えた。

「──なに、セルジュ! 僕とやり合おうっていうの!」

 アキリーズは木の面が割れんばかりに、歓喜の声を上げた。
 ふたり共にジェバイデッドの精鋭だ、互いに手の内はよく理解している。

 だから、アキリーズは知っているのだ。
 この二刀流の構えが、本気になったセルジュの臨戦態勢であることを。

「面白い! その女がそんなに大事なの! 女なんて慰み者ぐらいにしか思ってなかったお前が! 女を憎んでいるはずのお前が! 女ひとり守るために、そんなに必死になって!」

 アキリーズの嗤う声が木霊し、不協和音となって全方向から迫ってくる。
 ひとしきり笑い尽くしたアキリーズは、セルジュをまっすぐに見据えた。

「決ーめたっ」

 セルジュは、刀を握る両手に力を込める。

「お前の大事なもの、ぐちゃぐちゃに壊してやるよ、セルジュ」

 アキリーズの座る玉座から、夥しい数の触手が弾けるように飛び出してきた。
 千万無量せんまんむりょうの触手たちが、一斉にセルジュへと襲い掛かっていく。
 わかっている。この触手たちの狙いは、セルジュなどではない。セルジュの後ろで、苦しみ喘いでいるアクアだ。

「はっ!!」

 セルジュは双刀を振るい、触手を斬り刻みながら突進する。風刃の通り過ぎた後に、細切れになった触手たちの残骸が散らばった。
 しかし、すぐさま再生する触手もあらば、新たに湧いてくる触手もいる。それでもセルジュは突き進んだ。
 触手の王たるアキリーズを叩かねば、この魔の手は増殖し続ける。

 やがてセルジュは、アキリーズの眼前に躍り出て、双刀を断ち切り鋏のように振るった。アキリーズの首を、挟むように。
 だが、その黒い刃は、アキリーズの薄皮に触れたところで、ぴたりと止まってしまった。 

「ぐっ……!?」

 セルジュの全身に、幾本もの触手が絡みつきその俊敏な動きを封じていた。触手はやがて、セルジュの屈強な身体を地面と水平になるようにして持ち上げてしまう。
 天地が逆さまになった視界で、セルジュは捉える。アクアに迫りく、赤い秘薬を携えた無数の蕾たちを。

「ふ、んッッ」

 セルジュは手首を半ば無理やり返し、刀を風車のように回転させた。手首を縛っていた触手が断ち切れる。セルジュはほんの少しだけ自由になった身体を横に思いきり捻り、旋回しながら未だ絡みつく触手たちを刀の錆にしていった。

 そして着地と同時に、跳ねた。蕾のついた触手たちの向かう、その先へ。
 最速ゆえか、焦りゆえか、刀を振るう正確さが欠けている。セルジュは触手をいくつか斬り損ねながらも、アクアの元に辿り着いた。

 取りこぼした触手の先端が、セルジュの背に幾本も突き刺さる。

「う、くっ……」

 セルジュは痛みに呻いて、膝をついた。刀を地面に突き刺し、辛うじて転倒を免れる。
 目と鼻の先に、淫欲に侵され尽くしたアクアの顔があった。

「ふ……あぁ……た、すけてっ……せるじゅさっ……」

「……保刈ほかり

 セルジュは口から漏れ出た名前に驚き、かぶりを振った。
 違う。目の前で精神を崩壊させようとしているのは、ミラじゃない。

 アクアは敵だ。敵なんだ。

 セルジュがアクアを見つめていたそのとき。握っていた刀の柄に、妙な震動が伝わってきた。
 次第に耳を劈くような鈍い地鳴りが響いてきて、方々の地面が激しく隆起した。

 コンクリート片の塊に土塊つちくれ、砂埃が舞い上がる。
 大地を割って姿を現したのは、木の根だった。山のように聳える大樹の根は、それ自体が通常の木の幹より一回りも二回りも太く巨大だ。

 セルジュが足を付けていた箇所からも、硬い根が盛り上がってきた。根はどんどん上昇し、セルジュを高みへと運んでいく。
 地に取り残されたアクアが、遠ざかる。

「保刈!!」

 セルジュの絶叫は、地響きに呑み込まれて瞬く間に消えていってしまった。

「あはははっ、なにその惨めったらしい姿、最高だよ!」

 アキリーズは玉座の脚を伸ばして、セルジュと同じ目の高さまで上がってきていた。

「アキリーズ!!」

 咆哮を放ち、セルジュは再度双刀を構える。

「お前のその頭巾を取って、情けない面を拝んでやるよ」

 アキリーズの木の面が、不気味な笑みを描く。
 双方、顔を覆い隠したままなのに。常人が当てられれば瞬く間に卒倒してしまいそうな、おぞましい殺気を溢れさせていた。

 森に静けさが訪れると共に、緊張が走り抜けていく。

 しかし、その静寂を打ち破ったのは、セルジュでもアキリーズでもなかった。

「幼稚で愚かなる異星の侵略者どもよ。即刻、我が地球より立ち去りなさい」
 
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