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第一章

10、ありふれない少女たちの、ありふれない日常

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 白の女王ファイブより、黒の帝国ジェバイデッド殲滅せんめつの命を受けた二日後の朝。
 ルビーメダリオンこと火野爪ひのづめ可琳かりんは、たったいま駅中のコンビニで買い物を終えたところだった。これから登校だというのに、スナック菓子が詰め込まれて限界まで膨らんだエコバックをふたつも提げている。しかも、アメリカンドッグを頬張りながら。

 恰好からしてひどかった。
 鳥をモチーフにした赤い帽子、背面に羽根のついた赤いパーカー。インヒール仕様の赤いスニーカー。学校指定のものはスカートのみという有様である。どこからどう見ても校則に反した姿なのだが、可琳は堂々と学校までの道のりを歩く。

 大型バスターミナルを通りかかったところで、本来そこにいるはずのない人物を見つけ、可琳の足が止まる。
 同級生の、保刈ほかりミラだ。このバスターミナルは通学路から大きく外れた場所にある。可琳ならいざ知らず、普通の生徒であれば寄り道などせずに、真っ直ぐ学校へと向かっているはずだ。ミラが登校時間にいることなど、まずありえない。

 なにをしているのだろう、と可琳はミラの様子をこっそり伺う。

 ミラはとあるバス停のところで、腰の曲がった老婆となにやら楽し気に話し込んでいた。知らない老婆だ。少なくとも、ミラの血縁者や知り合いに、あのような老婆はいなかったと可琳は記憶している。
 間もなくして到着したバスに、老婆が乗り込んでいく。ミラもそれに続いたがすぐに降りてきて、発車したバスが見えなくなるまで手を振り続けていた。
 いよいよなにが起きているのかわからなくなった可琳は、駆け寄ってミラの背後から抱き着いた。

「いえーい! ミラちゃん、おっはよー!」

「わ、びっくりした。おはようございます、可琳さん」
 
 可琳を引き剥がしたところで、ミラはふと顔をきょとんとさせて首をかしぐ。

「可琳さん、どうしてこんなところに?」

「私? 私はコンビニ。これこれ、この“揚げたこ焼き・プチ”がさ、こっちのコンビニにしか売ってないんだけど、どうしても食べたくて来ちゃった」

 言いながら、可琳はエコバックからまだ温かいホットスナックを取り出して見せた。貪欲なまでの食欲である。

「ミラちゃんこそ、どったのー? さっきのおばあちゃん、なぁに?」

「見てたんですか。さっきのおばあさまは、遠方からお孫さんを訪ねにきたんですって。駅の改札口でお会いしたんですけど、バス停がどこにあるのかわからなかったそうで」

 ミラの口ぶりで、なんとなく話が読めてきた。

 ふたりの通う高校周辺はかなり栄えており、繁華街、オフィス街、複合商業施設、その他もろもろがごった煮になったような状態の、下手をすると地元民でも迷子になるという魔窟だった。最寄りの駅は路線がいくつもある上に、そこに私鉄が加わるのだから、なおタチが悪い。極めつけはバスで、その始発停留所は三十か所以上にも及ぶ。しかも、バスターミナルは駅の東口と西口に一つずつあるのだから、迷うなという方が無理な話だ。

 ミラは駅を降りたところ、改札口で困り果てている老婆を見つけて放っておけず、目的のバス停まで案内するためにここまできた、と。事の顛末はこんなところだろう。

「ああー、それでかぁ。びっくりしたよー、ミラちゃんも一緒にバスに乗ってっちゃうのかと思った」

 なにせ可琳は、ミラがバスに乗るところまで目撃している。老婆を心配するあまり目的地までついていくつもりだったのだろうかと、少々呆れてもいるのだが、ミラから返ってきた答えは更に上を行っていた。

「さすがに学校をサボったりはしませんよ。運転手さんに、おばあさまが降りるバス停を乗り過ごしたりしないよう気にかけてもらえないか、って頼んでいただけです」 

 お人好しの権化か、と可琳は苦笑する。よくもまあ、見ず知らずの老婆にそこまで親身になれるものだと感心して。

「まったく、ミラちゃんはホントにいい子ちゃんだな。ご褒美に揚げたこ焼きをあげよう」

「朝から揚げ物は、ちょっと」

「ちっちっちっ、わかってないなぁ。朝から揚げ物を貪るという背徳感が、いいスパイスになるのだよ。ほれほれ、食べて御覧ごろうじろ~」

 軽妙に言葉を交わしながら、可琳とミラは揃って学校へと向かう。
 そう珍しくもない、どこの街でも見られるであろう、ありふれた朝の一コマだったが。

 少女たちの方は、決してありふれてなどいなかった。





「どったのミラちゃん、元気ないねぇ」

 麗らかな昼休み。ふたりは晴天の元、誰もいない学校の屋上で向かい合って座り、昼食を取っていた。
 食事をしていても怒られない時間とあって、可琳にとっては至福な一時なのだが、ミラの顔はどことなく曇っている。他の者から見れば平時と変わらぬように見えるかもしれないが、可琳はそう判断して問うた。

「ん……やっぱり女王さまの仰っていたことが、気になって」

 ここにきて、ミラはまだファイブのお小言を気にしているのか。さすがに辟易へきえきして、可琳は口を尖らせる。

「ミラちゃん、いい加減にしないと怒るよ?」

「え? ああ、違うんです。私のことじゃなくて、ジェバイデッドの人たちのことです」

 ミラは弁当箱に箸を置いて、青空に視線を流す。

「彼らは絶滅をまぬがれるために、わらにもすがる思いで地球にきたわけでしょう?」

 女が死滅し、子孫を後世に残せないという状況下に置かれた、黒の帝国ジェバイデッド。
 自分たちの後に続く者はなく、滅びゆく種だということをまざまざと実感しながら生きていかなければならないというのは、想像を絶する絶望なのだろう。

 そんな彼らの境遇に同情でもしているのか、ミラは沈痛な表情を浮かべている。

「地球を侵略されるわけにはいかないけれど……彼らと戦うのは、心苦しいです。苦境に立たされている人たちに追い打ちをかけるようで、とても……」

「……ミラちゃんって、正義の味方に向いてるようで、向いてないよねぇ」

 可琳のその言葉は、菓子パンを頬張りながら喋ったせいか、ミラ本人には聞こえなかったようだ。

 一体いかなる人物ならば正義の味方に向いているのか、と聞かれたら返答に困るのだが、少なくとも『地球を守る』という観点で見れば、ミラは間違いなく向いていない。
 いかなる事情があれど、黒の帝国ジェバイデッドが地球に危害を加えようとしているのは明らかだ。にも関わらず、敵に感情移入して戦う気ががれていたのでは、お話にならない。ファイブがミラに苦言を呈し、ビームのひとつも打ちたくなる気持ちも、理解できようというものだ。

 可琳が思うに、ミラはお人好しすぎる。今朝の老婆の件しかり、ジェバイデッドの件しかり。困っている人を放っておけない性分は美徳なのだろうが、度が過ぎれば何事も玉に瑕だ。

 とはいえ、今回に限って言えば、可琳はミラと同意見だった。

「まー、私も戦うのは気が進まないかなー」

 可琳がそう告げると、ミラはかすかに目を細め、ゆるやかに口角を上げた。メダリオン最強の戦士が、否、地球史上最強の人物が、自分と同じ気持ちを抱いてくれている。これほど心強いことはないと、喜んでいるのだろう。

 だが残念なことに、意見が同じであっても、可琳の黒の帝国ジェバイデッドに対する感情は、ミラが抱くものとは全く異なるものだった。
 黒の帝国ジェバイデッドに対して、というよりは、セルジュに対して、であるが。

(あのイケメン忍者さん、殺すにはちょーっともったいないんだよねぇ)

 最後の最後まで可琳ことルビーメダリオンを男だと勘違いし通しな上、ミラことアクアマリンメダリオンを我が物のように振る舞う態度は非常に気に食わないが、セルジュは美青年だ。神が──もしもそんなものがいればの話だが──美しいものだけを用いて造り出したのではないか。そう想像させるほどの、完璧な造形美を備えている。

(ああ~……もう一回、忍者さんと絡まるミラちゃんが見たい……! いやいや、もう一回だなんてケチくさいことは言わないぜ。何回でも再上演リピートしてもらおうじゃないかっ……!)

 こともあろうに、可琳はミラの濡れ場を見たいがために、女王ファイブの命に背こうとしていた。
 それもただの濡れ場ではない。今回ミラの前に現れたのは、触手やスライム、豚男オークといった醜い化け物ではなく、ちゃんとした人間だ。しかも、絶世の美丈夫。
 愛するミラがとびっきりの美形に、それも大層ご立派なモノを下半身に携えた男とまぐわう。これほど極上な映像が、未だかつてあっただろうか。
 ミラの相手役をと思える男が、ようやく現れたのだ。これを今すぐ亡き者にするのは惜しい。可琳は出来うる限り、ミラとセルジュの濃密な情交を見て楽しみたいと考えている。

 しかし、そのためにはひとつ、確認しておかなければならないことがある。

「でもなぁ、あの忍者さんは許せないよ! ミラちゃんにあんなことしたんだよ?」

 可琳は大げさに手を振りかぶり怒って見せた。ミラに対し、セルジュに犯されたときのことを思い出させるよう、わざとらしく。
 すると、当のミラは頬をポッと赤く染め、恥じらうように俯いた。

「え、えと……セ、セルジュさんも、し、子孫を残すのに必死だったでしょうから……と、とにかくっ、一度話し合ってみるべきだと思うんです」

 ミラがこの様子なら心配あるまいと、可琳は内心でガッツポーズを決める。普通、暴漢に襲われた女性であれば、そのときの記憶を無神経に掘り返されてこのような反応は示さない。性的暴力を受けて心に深い傷を負い、苦しんでいる者が大半を占めるからだ。
 だが、ミラはそうではなかった。やはり可琳の見立て通り、ミラはセルジュに無理やり抱かれておきながら、悦んでいたようだ。

(やっぱ、ミラちゃんどっかズレてるんだよねぇ)

 そもそも、自分を襲ってきた相手の境遇を気にかけるぐらいなのだから、確認するまでもなかったのかもしれない。ミラが本気でセルジュのことを嫌っているのならファイブの命令に従うつもりであったが、取り越し苦労だった。これで安心して、ミラをセルジュに差し出すことができる。

「ミラちゃんがそういうなら、私も協力は惜しまないけどー」

 あくまでも可琳は、“敵と和解を試みる仲間を、渋々ながらサポートする”というスタンスを貫くつもりでいる。これが、今後もミラのあられもない姿を堪能するために最適だと判断して。

「カリン、大変ダ! カリン、大変ダ!」

 突然、可琳の頭上から片言のサイレンが鳴り響く。可琳が急いで帽子を取ると、そこから赤い鳥──妖精のフェーが飛び出してきた。

「カリン、大変ダ!」

 フェーは可琳の頭上を旋回しながら、尚も危機を伝えてくる。

 白の聖王国ル・イエーの妖精、守護宝獣ジュエルガルディアンが吠えるとき。それすなわち──。

「ミラ、事件だぴょん!」
 
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