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第一章
09、無慈悲と書いて、パワハラと読む
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そこは、いわば別世界だった。
海の奥底に広がる、白亜にも似た石で造られた厳かな神殿。天井はまさしく天空に匹敵しそうなまでに高く、広い。神殿の中は、澱さえも動かない化石のような静けさに包まれている。
膨大な時間が積み重なって凝り固まった、停滞の気配。荘厳な──言ってしまえば息苦しい空気の満ちる祭祀場の間で、ルビーは背筋を伸ばして立っていた。祭壇の前に立つ、若い女性と対面する形で。
豪奢な細工が施された白い宝冠、真珠のように煌めくドレス、右手に携えた白銀の錫杖。衣装のみならず、雪よりも白い肌と、ふっつりと切り揃えられた長い白髪をも携えており、清廉さと共に潔癖さが強調されていた。
冷ややかな雰囲気の二十歳前後と思しき若い女性は、銀の瞳を瞬かせてルビーを睥睨している。
彼女の名は、白の女王ファイブ。
太古の昔より、地球をあらゆる危機から守ってきた白の聖王国ル・イエーの偉大なる元首。
ツクヨミやフェーといった妖精・守護宝獣をルビーたちの元に遣わし、正義の味方、メダリオンとして地球を守るよう使命を与えた人物でもある。
はやい話が、メダリオンの上官に当たる存在だ。
たったいま、ルビーからジェバイデッドに関する報告を聞き終えたファイブは、ふう、と長い溜め息を吐き、重々しく口を開いた。
「黒の帝国ジェバイデッド……ですか。これはまた、幼稚で愚かなる侵略者が現れたものですね」
声は凛として澄んでいるが、口調は苦々しい。それでもファイブは表情ひとつ変えずに、今しがた伝えられた敵の情報を整理する。
「この地球に遺伝子をばら撒こうなどと、到底許される所業ではありません。なんと図々しく汚らわしい者どもでしょう。ルビー、なぜそのジェバイデッド人なる害虫をみすみす逃してしまったのですか。あなたの実力なら、なんの苦もなく駆除することができたはずです」
綺麗な顔に反して、なんと物騒な発言だろうか。初対面の者であったならば、そのギャップに驚いて声も出せないだろう。
そんなファイブから静かな叱責を受けているルビーであったが、糠に釘でどことなく呑気である。
「んー、そうは言いますけどぉ、今まで戦ってきた連中とは一味違うってカンジでしたよ? それにぃ、アクアちゃんが捕まってたから下手に手出しできなかったんですよー」
ほとんど嘘だった。確かにセルジュは、今までの敵と比べればそれなりの歯ごたえがあった。それでもルビーの敵ではない。これまで相手にしてきた連中が豆腐だとしたら、セルジュはせいぜい分厚いステーキ肉といったところだ。本気を出せばいつでも噛み砕ける。ルビーは未だにそう踏んでいた。
それに、アクアだっていつでも助け出せる状況だった。自分の欲求を満たすために──アクアの乱れた姿を見たいがために放置していただけで。
だからいくら怒られようとも、それは意味のないことであるし、反省する気もさらさらなかった。
「女王さま、ルビーさんにはなんの落ち度もありません。すべては私の責任です」
背後から聞こえてきた声に超反応し、ルビーは振り返るのと同時に駆けだしていた。
「アクアちゃーん!」
ルビーは祭祀場の扉から入ってきたアクアに抱き着いた。アクアのたわわな胸に顔をうずめ、目いっぱいに空気を吸う。鼻腔を掠める、かすかに甘く爽やかな香りを堪能しながらルビーはたずねた。
「心配したよー、身体の調子はもう大丈夫?」
「え、ええと……」
アクアはこの神殿に運ばれてからすぐに、別室で寝かしつけられていた。廃墟となったゲームセンターでセルジュに犯され続けて気絶し、今に至るまでずっと。目覚めて女王の前に姿を現したということはそれなりに回復したと思われるが、アクアの表情は硬い。
そのとき、シャンと錫杖の擦れる音が鳴り響き、祭祀場に言い知れぬ緊張が走った。
「アクア。あなたは例のジェバイデッド人とかいう害虫に妙な薬を盛られた上、いいように凌辱されたと聞きました。よもやとは思いますが、身籠ってなどいないでしょうね?」
通常なら、性交を行った直後に着床したかどうかなど判別できるわけもないのに、ファイブはいやに高圧的だった。しかし、ファイブがそう詰問するだけの理由が、ここ白の聖王国ル・イエーにはある。
「僭越ながら陛下。私が検診したところ、アクア殿は身籠ってなどおられません」
なんとも抑揚のない声が、アクアの背後から響いてきた。そこに長身痩躯の男が立っている。
長い白髪をシニヨンで一纏めにし、シミひとつない真っ白な神父服を着こなす二十代半ばぐらいの男だ。切れ長の銀眼は理知的で、聡明さが伺える。少々線は細いが、頼りないといった印象は皆無の優男だ。
この男はファイブの従者で、ティモテオという。
「ただ……アクア殿が服用させられたという薬の分析が難航しております。薬の効果が一過性のものなのか、永続的なものなのかさえも不明な状態です。現在、アクア殿の容体は安定しておりますが、経過観察が必要かと」
要するに、アクアはいつまた媚薬の効果で発情するかもしれない身体ということだ。あくまで可能性の話だが。
「ルビー殿の報告も踏まえて推察するに、ジェバイデッドなる国は、我が白の聖王国ル・イエーにも匹敵する高度な文明や科学力を有しているようです」
ティモテオが口にした通り、ここ白の聖王国ル・イエーは地球のいかなる先進国よりも、何段階も高度な文明を築いている。ル・イエーの科学力をもってすれば、受胎したか否かを即時判別することなど言うに及ばず、メダリオンという超戦士を作り出すことも不可能ではない。
そのル・イエーにも引けを取らない科学力が、黒の帝国ジェバイデッドにあるとティモテオはいう。それが事実であれば、由々しき事態だ。
「陛下、今回の侵略者たちは、過去に類を見ない強敵となりましょう」
ティモテオの進言が反響して静かに消える。迫りくる侵略者たちの強大さが重圧となって、祭祀場の息苦しさに拍車をかけていた。
それでもファイブの顔は涼しいもので、錫杖の先端をメダリオンのふたりに差し向け、淡々と告げる。
「いかなる者が敵であろうと、私たちの役目は変わりません。アクア、ルビー両名に言い渡します。ジェバイデッドなる愚かな害虫を、即刻この地球から排除するように」
「お待ちください、女王さま」
異議を唱えるためか、アクアが女王の前へと一歩踏み出した。ファイブの眉がわずかに中央に寄ったのだが、アクアにはそれが見えなかったらしく、提言は止まらない。
「女王さま。ジェバイデッドの方々と、話し合いをすることはできませんか?」
それは地雷だなァ、とルビーは思ったが、とりあえずはアクアの言い分を最後まで聞こうと口を噤むことにした。
「もちろん、地球侵略だなんて以ての外です。だけど……絶滅の危機に瀕しているという彼らの事情は、察するに余りあります。ル・イエーもジェバイデッドも高度な科学力を持っているというのなら、双方の知恵と知識を用いて彼らを救うことは、できませんか?」
地球よりも遥かに文明の進んだ両国。そのふたつの国が総力を挙げて手を取り合えば、争わずして種の根絶問題を解決できるのではないか。
これがアクアの主張だ。あくまでも平和的に、誰も血を流すことのないように、と。
確かに、両国の科学力を持ち合わせれば解決の糸口が見つかるかもしれない。だが、事はそれ以前の問題だ。
「……この白の女王ファイブを前に、よくもそのような戯言を吐けたものですね」
ファイブの持つ錫杖に光が急速に集まって球状となり、白亜の壁をいっそう明るく映す。次の瞬間、光は真っ白い軌跡を描き、アクアたちの方に目にも止まらぬ速さで飛んできた。
錫杖から放たれたビームは、アクアたちの背後にあった祭祀場の扉に命中する。バシュッ、という空気を圧縮するような音を発し、扉は一瞬にして灰となって姿を消した。
これが人に当たっていたらどうなっていたかなど、想像したくもない。
「母なる地球を守ること。それが、地球の守護者たる私たちの絶対にして唯一無二の宿命です。それなのにアクア、あなたにはまだその自覚が足りないようですね」
口調は淡々としたものだが、ファイブのアクアに対する嫌悪感は微塵も隠れておらず、むしろ厳しさが際立っている。
「侵略者と話し合い? 協力して救う手立てを捜す? 犯し尽くされておきながら、なぜそのような甘ったるい考えに行きつくのですか。だからあなたは、未だにメダリオンの力を使いこなすことができないのです。あまつさえ敵に捕らわれて、仲間の足を引っ張る始末。どうやら、折檻のひとつでも施さなければ、あなたの性根は直らないようですね、アクア」
地球の害になるものに対し、慈悲や情けといった温情をファイブは持ち合わせていなかった。地球を守るために邪魔になると判断すれば、何者にも容赦はしない。例え、それが味方であってもだ。
冷酷なる女王の錫杖が再び眩い光を放ち始めたのを見て、ルビーは慌ただしくアクアの前に躍り出た。
「女王さま、わかってないですねぇ。アクアちゃんは足手まといなんかじゃないですよぉ。腕が吹っ飛んでも、どてっぱらに穴が開いても、アクアちゃんが治してくれるってわかってるから思いっきり戦えるんじゃないですかー。あれですよ、ゲームでいうところの回復役ってやつです。わかります? ヒーラー。何事も適材適所ですって」
ルビーの満面の笑みと、ファイブの無機質な能面がしたたかに睨み合う。しばらく膠着状態が続いていたが、根負けしたのはファイブの方であった。
「……今一度、ふたりに命じます。ジェバイデッドなる者たちに死を。これは厳命です。行きなさい、メダリオン」
「はーい、了解でーす。そんじゃ、とりあえず帰ろっか、アクアちゃん」
黒の帝国ジェバイデッドを打ち倒すという命令をひとまず受け入れ、ルビーはアクアの手を引いて祭祀場から退出する。伝えるべきことはすべて伝えた今、ここに長居は無用だ。
外へと続く長い回廊を歩くと、ふたりの靴音がやたらと響く。しばらくしたところで、ルビーはアクアの顔を覗きこんだ。
「……どったの、アクアちゃん。やっぱり具合悪い?」
意気消沈しているのかアクアの表情は暗い。例の薬の影響かと、ルビーはほんのちょっぴりだけ心配したが、アクアは首を横に振った。
「いえ……やっぱり私、もう少しちゃんと戦えるようにならないといけませんね」
どうやらアクアは、ファイブの言葉を重く受け止めていたらしい。なんだそんなことか、と、ルビーは一笑に付してアクアの背中を叩く。
「気にすることないってー! アクアちゃんはいてくれるだけ心強いんだから!」
これはお世辞でもなんでもない、ルビーの本心だ。むしろ、命に危険が及ばない範囲で目の保養になってくれているだけで本当にありがたいのだが、本人にそれを告げるわけにもいかない。
「でも、私の癒しの術なんてほとんど出番がないじゃないですか。ルビーさんは強いからケガなんてしないし。して欲しくもないから、出番がないに越したことはないですけど……今日だって、また助けられてしまって、私……」
ここまで弱気なアクアは、ちょっと珍しい。普段からルビーの私情で窮地に立たされることが多いアクアだが、その事態をこのように憂いて口に出すことはほとんどなかった。セルジュに襲われて処女を喪失したのが、よほど堪えたとみえる。
「そりゃね、私も痛いのはヤダもん。ケガする前に倒しちゃおうってなるよね。でも、アクアちゃんがいるのといないのとじゃ、安心感が段違いだよ! アクアちゃんはいてくれるだけでオールオッケーなの! ね? この話おしまい、切り替えていこう!」
この件についてこれ以上話していたら、自分の悪行がばれてしまう。それを恐れたルビーは、半ば強引に話を切り上げて回廊を走り出した。
しかし、数歩進んだところでアクアと距離が開いていることに気づき、立ち止まる。これは、思った以上にアクアが気落ちしているのだとわかり、ルビーは頭をガシガシとかいた。
「もー、しょうがないなぁ。アクアちゃーん! 私、今日はたくさん戦ってはちゃめちゃに腹ペコだなー! ラーメンでも一緒に食べにいかないかね、アクアちゃんの奢りで!」
それで今回の貸しはチャラにしよう。なんともルビーにばかり都合のよい持ち掛けだったが、アクアははにかんで駆け寄ってきた。ルビーもそれに、笑顔で応える。
「今日はがっつりいきたい気分だなぁ、家系ラーメンにしようっ! 麺かための脂マシマシ、味濃いめ~。五杯はイケちゃうね!」
「ルビーさんは、本当によく食べますね」
横並びになったふたりは、神殿からあるべき場所へと戻っていった。ふたりの本来の姿、日常の生活へと。
海の奥底に広がる、白亜にも似た石で造られた厳かな神殿。天井はまさしく天空に匹敵しそうなまでに高く、広い。神殿の中は、澱さえも動かない化石のような静けさに包まれている。
膨大な時間が積み重なって凝り固まった、停滞の気配。荘厳な──言ってしまえば息苦しい空気の満ちる祭祀場の間で、ルビーは背筋を伸ばして立っていた。祭壇の前に立つ、若い女性と対面する形で。
豪奢な細工が施された白い宝冠、真珠のように煌めくドレス、右手に携えた白銀の錫杖。衣装のみならず、雪よりも白い肌と、ふっつりと切り揃えられた長い白髪をも携えており、清廉さと共に潔癖さが強調されていた。
冷ややかな雰囲気の二十歳前後と思しき若い女性は、銀の瞳を瞬かせてルビーを睥睨している。
彼女の名は、白の女王ファイブ。
太古の昔より、地球をあらゆる危機から守ってきた白の聖王国ル・イエーの偉大なる元首。
ツクヨミやフェーといった妖精・守護宝獣をルビーたちの元に遣わし、正義の味方、メダリオンとして地球を守るよう使命を与えた人物でもある。
はやい話が、メダリオンの上官に当たる存在だ。
たったいま、ルビーからジェバイデッドに関する報告を聞き終えたファイブは、ふう、と長い溜め息を吐き、重々しく口を開いた。
「黒の帝国ジェバイデッド……ですか。これはまた、幼稚で愚かなる侵略者が現れたものですね」
声は凛として澄んでいるが、口調は苦々しい。それでもファイブは表情ひとつ変えずに、今しがた伝えられた敵の情報を整理する。
「この地球に遺伝子をばら撒こうなどと、到底許される所業ではありません。なんと図々しく汚らわしい者どもでしょう。ルビー、なぜそのジェバイデッド人なる害虫をみすみす逃してしまったのですか。あなたの実力なら、なんの苦もなく駆除することができたはずです」
綺麗な顔に反して、なんと物騒な発言だろうか。初対面の者であったならば、そのギャップに驚いて声も出せないだろう。
そんなファイブから静かな叱責を受けているルビーであったが、糠に釘でどことなく呑気である。
「んー、そうは言いますけどぉ、今まで戦ってきた連中とは一味違うってカンジでしたよ? それにぃ、アクアちゃんが捕まってたから下手に手出しできなかったんですよー」
ほとんど嘘だった。確かにセルジュは、今までの敵と比べればそれなりの歯ごたえがあった。それでもルビーの敵ではない。これまで相手にしてきた連中が豆腐だとしたら、セルジュはせいぜい分厚いステーキ肉といったところだ。本気を出せばいつでも噛み砕ける。ルビーは未だにそう踏んでいた。
それに、アクアだっていつでも助け出せる状況だった。自分の欲求を満たすために──アクアの乱れた姿を見たいがために放置していただけで。
だからいくら怒られようとも、それは意味のないことであるし、反省する気もさらさらなかった。
「女王さま、ルビーさんにはなんの落ち度もありません。すべては私の責任です」
背後から聞こえてきた声に超反応し、ルビーは振り返るのと同時に駆けだしていた。
「アクアちゃーん!」
ルビーは祭祀場の扉から入ってきたアクアに抱き着いた。アクアのたわわな胸に顔をうずめ、目いっぱいに空気を吸う。鼻腔を掠める、かすかに甘く爽やかな香りを堪能しながらルビーはたずねた。
「心配したよー、身体の調子はもう大丈夫?」
「え、ええと……」
アクアはこの神殿に運ばれてからすぐに、別室で寝かしつけられていた。廃墟となったゲームセンターでセルジュに犯され続けて気絶し、今に至るまでずっと。目覚めて女王の前に姿を現したということはそれなりに回復したと思われるが、アクアの表情は硬い。
そのとき、シャンと錫杖の擦れる音が鳴り響き、祭祀場に言い知れぬ緊張が走った。
「アクア。あなたは例のジェバイデッド人とかいう害虫に妙な薬を盛られた上、いいように凌辱されたと聞きました。よもやとは思いますが、身籠ってなどいないでしょうね?」
通常なら、性交を行った直後に着床したかどうかなど判別できるわけもないのに、ファイブはいやに高圧的だった。しかし、ファイブがそう詰問するだけの理由が、ここ白の聖王国ル・イエーにはある。
「僭越ながら陛下。私が検診したところ、アクア殿は身籠ってなどおられません」
なんとも抑揚のない声が、アクアの背後から響いてきた。そこに長身痩躯の男が立っている。
長い白髪をシニヨンで一纏めにし、シミひとつない真っ白な神父服を着こなす二十代半ばぐらいの男だ。切れ長の銀眼は理知的で、聡明さが伺える。少々線は細いが、頼りないといった印象は皆無の優男だ。
この男はファイブの従者で、ティモテオという。
「ただ……アクア殿が服用させられたという薬の分析が難航しております。薬の効果が一過性のものなのか、永続的なものなのかさえも不明な状態です。現在、アクア殿の容体は安定しておりますが、経過観察が必要かと」
要するに、アクアはいつまた媚薬の効果で発情するかもしれない身体ということだ。あくまで可能性の話だが。
「ルビー殿の報告も踏まえて推察するに、ジェバイデッドなる国は、我が白の聖王国ル・イエーにも匹敵する高度な文明や科学力を有しているようです」
ティモテオが口にした通り、ここ白の聖王国ル・イエーは地球のいかなる先進国よりも、何段階も高度な文明を築いている。ル・イエーの科学力をもってすれば、受胎したか否かを即時判別することなど言うに及ばず、メダリオンという超戦士を作り出すことも不可能ではない。
そのル・イエーにも引けを取らない科学力が、黒の帝国ジェバイデッドにあるとティモテオはいう。それが事実であれば、由々しき事態だ。
「陛下、今回の侵略者たちは、過去に類を見ない強敵となりましょう」
ティモテオの進言が反響して静かに消える。迫りくる侵略者たちの強大さが重圧となって、祭祀場の息苦しさに拍車をかけていた。
それでもファイブの顔は涼しいもので、錫杖の先端をメダリオンのふたりに差し向け、淡々と告げる。
「いかなる者が敵であろうと、私たちの役目は変わりません。アクア、ルビー両名に言い渡します。ジェバイデッドなる愚かな害虫を、即刻この地球から排除するように」
「お待ちください、女王さま」
異議を唱えるためか、アクアが女王の前へと一歩踏み出した。ファイブの眉がわずかに中央に寄ったのだが、アクアにはそれが見えなかったらしく、提言は止まらない。
「女王さま。ジェバイデッドの方々と、話し合いをすることはできませんか?」
それは地雷だなァ、とルビーは思ったが、とりあえずはアクアの言い分を最後まで聞こうと口を噤むことにした。
「もちろん、地球侵略だなんて以ての外です。だけど……絶滅の危機に瀕しているという彼らの事情は、察するに余りあります。ル・イエーもジェバイデッドも高度な科学力を持っているというのなら、双方の知恵と知識を用いて彼らを救うことは、できませんか?」
地球よりも遥かに文明の進んだ両国。そのふたつの国が総力を挙げて手を取り合えば、争わずして種の根絶問題を解決できるのではないか。
これがアクアの主張だ。あくまでも平和的に、誰も血を流すことのないように、と。
確かに、両国の科学力を持ち合わせれば解決の糸口が見つかるかもしれない。だが、事はそれ以前の問題だ。
「……この白の女王ファイブを前に、よくもそのような戯言を吐けたものですね」
ファイブの持つ錫杖に光が急速に集まって球状となり、白亜の壁をいっそう明るく映す。次の瞬間、光は真っ白い軌跡を描き、アクアたちの方に目にも止まらぬ速さで飛んできた。
錫杖から放たれたビームは、アクアたちの背後にあった祭祀場の扉に命中する。バシュッ、という空気を圧縮するような音を発し、扉は一瞬にして灰となって姿を消した。
これが人に当たっていたらどうなっていたかなど、想像したくもない。
「母なる地球を守ること。それが、地球の守護者たる私たちの絶対にして唯一無二の宿命です。それなのにアクア、あなたにはまだその自覚が足りないようですね」
口調は淡々としたものだが、ファイブのアクアに対する嫌悪感は微塵も隠れておらず、むしろ厳しさが際立っている。
「侵略者と話し合い? 協力して救う手立てを捜す? 犯し尽くされておきながら、なぜそのような甘ったるい考えに行きつくのですか。だからあなたは、未だにメダリオンの力を使いこなすことができないのです。あまつさえ敵に捕らわれて、仲間の足を引っ張る始末。どうやら、折檻のひとつでも施さなければ、あなたの性根は直らないようですね、アクア」
地球の害になるものに対し、慈悲や情けといった温情をファイブは持ち合わせていなかった。地球を守るために邪魔になると判断すれば、何者にも容赦はしない。例え、それが味方であってもだ。
冷酷なる女王の錫杖が再び眩い光を放ち始めたのを見て、ルビーは慌ただしくアクアの前に躍り出た。
「女王さま、わかってないですねぇ。アクアちゃんは足手まといなんかじゃないですよぉ。腕が吹っ飛んでも、どてっぱらに穴が開いても、アクアちゃんが治してくれるってわかってるから思いっきり戦えるんじゃないですかー。あれですよ、ゲームでいうところの回復役ってやつです。わかります? ヒーラー。何事も適材適所ですって」
ルビーの満面の笑みと、ファイブの無機質な能面がしたたかに睨み合う。しばらく膠着状態が続いていたが、根負けしたのはファイブの方であった。
「……今一度、ふたりに命じます。ジェバイデッドなる者たちに死を。これは厳命です。行きなさい、メダリオン」
「はーい、了解でーす。そんじゃ、とりあえず帰ろっか、アクアちゃん」
黒の帝国ジェバイデッドを打ち倒すという命令をひとまず受け入れ、ルビーはアクアの手を引いて祭祀場から退出する。伝えるべきことはすべて伝えた今、ここに長居は無用だ。
外へと続く長い回廊を歩くと、ふたりの靴音がやたらと響く。しばらくしたところで、ルビーはアクアの顔を覗きこんだ。
「……どったの、アクアちゃん。やっぱり具合悪い?」
意気消沈しているのかアクアの表情は暗い。例の薬の影響かと、ルビーはほんのちょっぴりだけ心配したが、アクアは首を横に振った。
「いえ……やっぱり私、もう少しちゃんと戦えるようにならないといけませんね」
どうやらアクアは、ファイブの言葉を重く受け止めていたらしい。なんだそんなことか、と、ルビーは一笑に付してアクアの背中を叩く。
「気にすることないってー! アクアちゃんはいてくれるだけ心強いんだから!」
これはお世辞でもなんでもない、ルビーの本心だ。むしろ、命に危険が及ばない範囲で目の保養になってくれているだけで本当にありがたいのだが、本人にそれを告げるわけにもいかない。
「でも、私の癒しの術なんてほとんど出番がないじゃないですか。ルビーさんは強いからケガなんてしないし。して欲しくもないから、出番がないに越したことはないですけど……今日だって、また助けられてしまって、私……」
ここまで弱気なアクアは、ちょっと珍しい。普段からルビーの私情で窮地に立たされることが多いアクアだが、その事態をこのように憂いて口に出すことはほとんどなかった。セルジュに襲われて処女を喪失したのが、よほど堪えたとみえる。
「そりゃね、私も痛いのはヤダもん。ケガする前に倒しちゃおうってなるよね。でも、アクアちゃんがいるのといないのとじゃ、安心感が段違いだよ! アクアちゃんはいてくれるだけでオールオッケーなの! ね? この話おしまい、切り替えていこう!」
この件についてこれ以上話していたら、自分の悪行がばれてしまう。それを恐れたルビーは、半ば強引に話を切り上げて回廊を走り出した。
しかし、数歩進んだところでアクアと距離が開いていることに気づき、立ち止まる。これは、思った以上にアクアが気落ちしているのだとわかり、ルビーは頭をガシガシとかいた。
「もー、しょうがないなぁ。アクアちゃーん! 私、今日はたくさん戦ってはちゃめちゃに腹ペコだなー! ラーメンでも一緒に食べにいかないかね、アクアちゃんの奢りで!」
それで今回の貸しはチャラにしよう。なんともルビーにばかり都合のよい持ち掛けだったが、アクアははにかんで駆け寄ってきた。ルビーもそれに、笑顔で応える。
「今日はがっつりいきたい気分だなぁ、家系ラーメンにしようっ! 麺かための脂マシマシ、味濃いめ~。五杯はイケちゃうね!」
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