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第一章

03、事件発生! 急行します

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 某市立十星じゅうじょう高等学校に、「水色のウサギが廊下を飛んでいた」という噂が出回り始めたのは一週間ほど前のことだ。

 ちょうどゴールデンウィーク直前でみな浮きたっており、その内容の荒唐無稽さから一瞬は校内を賑わせたものの、ほとんどの生徒が下らないホラ話だといってまともに取り合わなかった。休みが明けた今ではすっかり下火となっており、わざわざ水色ウサギの噂を掘り起こす者はいない。もうみんなの記憶から消え去ったのだろうと、保刈ほかりミラはほっと胸を撫でおろしていた。

 しかし安心したのも束の間、その水色ウサギは突然、姿を現した。授業で使った備品を戻しに、誰もいない社会科準備室へとやってきたミラの前に、宙にぷかぷかと浮かびながら。

「ミラ、事件だぴょん! 変身して現場に急行するぴょん!!」

 ミラはぎょっとし、慌てて準備室の鍵を閉めた。扉を隔てた向こう側で、数人の話し声と足音が遠ざかっていく。ミラはほうっと息を吐いてから、水色のウサギに小声で凄む。

「ヨミくん、勝手に出てこないでっていつもお願いしてるでしょう?」

「そんなこと言われても困るぴょん、緊急事態だぴょん! はやくメダリオンに変身するぴょん!!」

「しーっ、しーっ! わかったから、大声出さないで。見つかっちゃうよ」

 今にも暴れだしかねない珍生物を宥めて、ミラは制服のポケットから青く輝くメダルを取り出した。

「アクアマリンメダル、インストール!」

 控えめに叫びながらそのメダルを胸に押し当てると、そこから青い閃光が広がりミラの全身を包み込んでいく。その光が明けたとき、そこに女子高校生・保刈ミラの姿はどこにもなかった。

 代わりに立っていたのは、一風変わったデザインの青いドレスを身に纏う正義の味方──アクアマリンメダリオンだった。

「うぅ……今日は何事もなく終われますように……」

「ぶちぶち言ってないで、さっさとついてくるぴょん!」

 水色のウサギは豪快に準備室の窓を開け放つと、そこから飛び出してどんどん上昇していく。

 アクアマリンメダリオンもウサギの後を追って、窓枠のサッシを蹴った。





 保刈ミラが地球を守る戦士、アクアマリンメダリオンとなってから、もう六年ほどが経つ。

 まだ年端もいかない十歳の頃に、水色の体毛を持つウサギにも似た珍妙な生き物──妖精のツクヨミから「地球を守ってほしい」という言葉と共に、宝環戦士メダリオンへと変身するアイテム、「プリズメダル」を託された。

 以来、保刈ミラという普通の女の子としての日常と、アクアマリンメダリオンという正義の味方としての非日常の二重生活を送っている。

 地球を守るために戦うのはやぶさかではない。自分の住まう星を自分の手で守ることは、義務だとも感じている。

 しかし近頃は、つい先日のように戦いに赴いた先であられもない姿になることがぐっと増えた。戦うことに抵抗感はなくとも、エロティックな展開はこれっぽっちも望んでいない。

 ゆえに、保刈ミラことアクアマリンメダリオンは、地球を守りたいけど守りたくないというジレンマに陥っていた。

「近頃、連続婦女子失踪事件が発生してたぴょん? 彼女らを誘拐した犯人が、異星人だという情報を手に入れたぴょん!」

 アクアはビルからビル、屋根から屋根へと飛び移りながら、前方をゆく相棒パートナーツクヨミの話に耳を傾けた。今は自分の心配よりも、誘拐されてしまったという女性たちの方が重要だ。

「……誘拐された人たちは、無事なの?」

「わからないぴょん! とにかく、誘拐された人たちを一か所に集めて、何かしようと企んでいるらしいぴょん! その計画を阻止するのが今回の任務ぴょん!」

 詳細が不明ともなれば、女性たちの安否が危ぶまれる。いよいよ二の足を踏んでいられないとアクアは気を引き締め、女性たちが集められているという場所へ向かうべく跳んだ。

 ツクヨミの案内で辿り着いた場所は、高校からもほど近い、すでに閉業して数年経過している巨大なゲームセンターだった。高層ビルにも匹敵する高さで、この中から女性たちを捜し出すのは、骨が折れるであろうことが予想される。

 ゲームセンターの中は、アクアの懸念を肯定するかのようにどこまでも広がっていた。入り口にあった案内図によれば、かの巨大スラム街、九龍クーロン城を模して造られているとのことで、入り組んだ内部は暗さも手伝って退廃的な空気で満ちている。

「これは……私ひとりじゃとても調べきれないね……ヨミくん、ルビーさんを捜してきてもらえる?」

 雰囲気に呑まれて不安に駆られたアクアが、ルビーメダリオンの名をぽつりと呟く。
 しかしツクヨミはその小さな顔を傾いだ。メダリオン同士であれば、連絡を取ることなど容易く、わざわざ捜しに行く必要はないからだ。

「ルビーと連絡が取れないぴょん?」

「うん……さっきから応援要請信号を出してるんだけど、応答がない。ルビーさんのことだから、こっちに向かってきてくれてるとは思うけど……なにかあってからじゃ遅いから。お願い、急いで」

 ゲームセンター内の捜索には人手が必要だし、万が一にも女性たちを誘拐したという異星人と戦闘になったとき、ひとりでは心もとない。ルビーがいてくれれば、これほど心強いこともないだろう。アクアはそう考えて、ツクヨミにルビーを捜すよう念を押した。

「わかったぴょん、任せるぴょん!」

 ツクヨミが鼻息荒く、青い軌跡を描きながらゲームセンターから出ていった。

 はやくルビーがきてくれることを願ってツクヨミを見送り、アクアはゲームセンター内部の探索を再開する。
 一階は調べつくしたが、誘拐された女性たちはおろか、誘拐犯の姿すら見当たらない。二階の探索も不発に終わろうかという時分、奥の方からかすかな物音が聞こえ、アクアは誘拐犯に勘付かれるかもしれないという警戒を強めながら駆けていった。

 突き当りのところに、鉄格子があった。内装の一部のようだが造りが頑丈な上、鎖と錠で扉はがっちりと閉ざされている。

 その鉄格子の隙間から、手足を縄で縛られている幾人もの女性たちが見えた。誘拐されたという女性たちに違いない。確信を得たアクアは、息をひそめて近づき、鉄格子を掴む。

「皆さん、ご無事ですか? 安心してください、いま助けます」

 アクアが錠に手をかけた、そのときだった。

「うっ……?」

 頸椎けいつい辺りに強い衝撃が走り、視界が上下に大きく揺れる。瞬く間に立つ力が身体から抜け落ちて、アクアは鉄格子の前に呆気なく倒れてしまった。

 気が遠くなっていく。狭まりゆく視界で最後に捉えたものは、自分を見下ろす、忍者のような格好をした黒い人影だった。
 
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