上 下
53 / 53

52 あなたの、邪魔はいたしません[完]

しおりを挟む
「何処に行くの?」
「カレンの様子を見に行こうと思っている」
カレンが幽閉されひと月たった。
報告では、謝罪の言葉はなく暴言ばかりを吐き、牢番が手を焼いているという。
「その・・・まだ行かないほうがいいと思うよ。今ファルジーヌが行っちゃうと、こう言っては何だけど図に乗って下手な事言って、余計にカレン様の立場悪くなるよ」
オランヌの言葉に返す言葉はない。
「どうされましたか?」
「あ、アレクセイ様、じゃない。宰相補佐官だったね」
「宜しいですよ、名前で呼んでください。それよりも廊下でどうされました?」
「ファルジーヌがね、カレン様の様子を見に行こうかな、と言ってるの」
「そうですね。元婚約者ですから心配ですよね。ただ・・・もう少し待ってもらう方がいいかと思います」
「何故だ?」
「まだ、感情の起伏が激しく、少し落ち着くまで、お待ちいただいた方がいいとおもいます。あまり迫られると殿下も情があるでしょうから、変な約束事をされてはカレン様の立場が悪くなります」
「ほら、同じ事言ってるよ」
「そう、だな」
「ご心配要りませんよ。カレン様を幽閉、という言葉は不穏ですがとても快適に過ごされております。後ほど牢で使用している寝具等調度品の見本をお持ちしましょう。必要なら食事の内容を報告いたしますよ」
「それは有難い。宜しく頼む」
「勿論でございます。嫉妬に狂っただけの、可哀想な方です。早く冷静になれば牢を出て、静かな場所で静養が出来て、体も心も楽になりますよ。そうすればまた殿下の前に立てますよ」
そう言ってアレクセイはにっこり笑い、会釈して立ち去った。
「そんなに心配なら、デフィに頼んでみようよ。心配だから、と言ってよく様子を見に行ってるでしょ」
「ああ、そうだな」
「ううん、私もねカレン様には幸せになって欲しいもん。私のせいでもあるからね」
オランヌは優しく微笑んだ。
また、ひと月、ひと月、経ってもカレンに会えないまま時が過ぎていった。
そうして、やっと姿を見たのは、息を引き取った酷い有様のカレンの姿だった。
霊安室に横たわるカレンは、痩せこけ、肌もボロボロで、生前の美しく気品溢れる姿は見る影もなかった。
華美なドレスを着せられているが、その身体に全く見合わず、明らかに着せられている状態だった。
顔は青白さを通り越し、蝋人形のようだった。
手の指は細く、少し動かすだけで折れてしまいそうなほど痩せ細っていた。
それは、あるまじき凄惨な光景だった。
皆が目を背けるほどだった。
「どういう、事だ!!これは、一体どういう事なんだ、オランヌ、デフィ、アレクセイ!!!」
3人は、無表情で顔を見合せた。
「答えろ!!」
「ファルジーヌ、何を怒っているの?元々悪女だったのに、処刑されるより良かったと思わない?」
オランヌがにっこり笑って小首を傾げる。
「そうですよ、殿下。出来損ないの妹のお陰で国民が不安になった。良かったのですよ、さっさと死んでくれて。お陰で不安要素がなくなりましたよ」
デフィがにこやかに言った。
「デフィ!!」
「国葬して差し上げれば満足して頂けますよね」
「何を・・・言っている・・・」
全く罪悪感もなくにっこり笑う3人の姿に心底怒りが込み上げてきた。
そうして、やっと己がどれだけ愚かで、こいつらの策に嵌っていたのだと気がついた。
優しい言葉も、労わりの言葉も、全てが嘘だったのだ。
それを信じていた己を、殺してしまいたいと思った。
俺の最愛の人を殺し、罪悪感もなく、笑っている。
まるでカレンなんていなかったかのように笑うその顔に体が震える。
そこから俺の断罪劇が始まった。
オランヌとは流石に離縁は出来なかったが、俺達の間に子がいなかったのが幸だった。
あえて貴族の庶子ばかりを側室に迎え子を成し、その子を王太子として座をあげた。
オランヌは恨み辛みと、私を罵る日々を送っていた。
本性が知れたら、誰もオランヌを相手にしなくなってしまった。
デフィは立場的に何の罰も与える事が出来なかった。
兄として厳しすぎた。
その一言で全て片付けられてしまったが、神は天罰を与えてくださった。
デフィとオランヌの密会が表沙汰になりその上、腹にはデフィの子どもを宿してしまった。
王太子妃との不義は勿論許されない事だ。
オランヌはシンデレラストーリーから、転落し、国を欺いた大罪人として離縁され国外追放となり、二度と国に戻る事はなかった。
子は、ジョセフィン公爵家の跡取りとして引き取られた。
デフィはその子が公爵家を継ぐまでの、仮の当主として据えられ、当主を後退した後は領地の療養所にて残りの人生を過ごした。
療養地、と聞こえはいいが実際は幽閉と同じ扱いで、屋敷の外に出る事を許しはしなかった。
アレクセイは宰相補佐官から直ぐに解任された。実際カレンを手にかけた訳ではなく、放置しただけ、という無責任という悪質な結果に、それだけでは大した罪には問えなかった。
だが一度、有り余る財と立場を手に入れると人間は崩壊する。
アレクセイは、その後も行いを改める事なく好き勝手にやりたい放題し恨みを買い、夜道を歩く中刺された、と聞いた。
その後後遺症に苦しみ、ベッドから二度と立ち上がれなかったと聞いた。
後は、
俺の断罪だけだ。
カレン。
俺は後悔している。
あの時、何故カレンの話しに向き合わなかったのだろう。
もっとお前の言葉に耳を傾け、ずっと側にいてやれば良かった。
たとえ罵倒を浴びたとしても、お前の言葉を全て聞いてやれば良かった。
なあ、もう一度お前に会えるなら、お前の、邪魔はしない。
何を言おうとも、
何をしようとも、
全て受け止めてやる。
そうして、この愛を言葉に表し、側にいよう。
何か、声が重なるような不思議な感覚を覚え、心が穏やかになり笑みが漏れた。
カレン、寂しいだろうが、待っていてくれ。
直ぐに逝くから。

カレン、もう一度お前に会えるなら、
ファルジーヌ様、もう一度あなたに会えるなら、
俺は、
私は、
お前の邪魔は、しない。
あなたの邪魔は、しないわ。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

【R18】悪役令嬢を犯して罪を償わせ性奴隷にしたが、それは冤罪でヒロインが黒幕なので犯して改心させることにした。

白濁壺
恋愛
悪役令嬢であるベラロルカの数々の悪行の罪を償わせようとロミリオは単身公爵家にむかう。警備の目を潜り抜け、寝室に入ったロミリオはベラロルカを犯すが……。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

《R18短編》優しい婚約者の素顔

あみにあ
恋愛
私の婚約者は、ずっと昔からお兄様と慕っていた彼。 優しくて、面白くて、頼りになって、甘えさせてくれるお兄様が好き。 それに文武両道、品行方正、眉目秀麗、令嬢たちのあこがれの存在。 そんなお兄様と婚約出来て、不平不満なんてあるはずない。 そうわかっているはずなのに、結婚が近づくにつれて何だか胸がモヤモヤするの。 そんな暗い気持ちの正体を教えてくれたのは―――――。 ※6000字程度で、サクサクと読める短編小説です。 ※無理矢理な描写がございます、苦手な方はご注意下さい。

巨根王宮騎士の妻となりまして

天災
恋愛
 巨根王宮騎士の妻となりまして

処理中です...