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「え!?婚約解消!?」
「しっ!声が大きいよ」
慌てて隣に座るクリスの袖を引っぱると、ギュッと唇を締め頷いた。
周囲を確認したが、誰もが食事と友人との談笑に夢中で聞こえていないようで、ほっとした。
「ご、こめん。どうしてそんな事になったの?」
小声で申し訳なさそうに、理由を尋ねてきた。
不安そうに気遣う表情に、胸がまた辛くなり口が重たくなる。
目の前に置かれた、パスタをぐるぐるとフォークで無駄にまわした。
クリスは、小等部からの親友だ。
クリス・マクレガー。
男爵令嬢で同じ歳の17際。
薄紫色の髪をポニーテールにし、紫紺色の大きな瞳と整った容姿を持つ見た目は美少女だが、中身はとても男らしい性格をしたサバサバ系だ。
私の気弱な性格と正反対で、いつも助けてくれる心強い親友だ。
つまり、私にとってクリスも幼なじみなのだ。
そのクリスとは小等部からたとえクラスが違っても必ず一緒に昼食は食べるのを日課としている。
だから、私が幼少の頃からどれだけグロッサムの事を想い、好きなのか、クリスが誰よりも知っている。
そのクリスにグロッサムとの婚約解消の話をしない訳にはいかなかった。
「・・・週末グロッサムの屋敷に行ったら、アムルとの、その、そういう事をしていたの」
「アムル?それ、嫌がらせのひとつじゃない?」
ひくり、と右眉を上げ憎々しげに吐き捨て、パスタを口に入れた。
私の側にいたのだから、どれだけアムルが嫌がらせをして来たか、知っているから、その言葉が出て来たのは理解出来る。
実際自分も、そう思った。
だがアムルだけを悪者にした所で、何になる。
グロッサムが私に投げつけた、つまらない女、その言葉には、グロッサムの気持ちが込められていた。
私に魅力がなかったかからだ。
だから、婚約解消を突きつけられたのだ。
「たとえ嫌がらせだとしても、グロッサムは婚約解消を告げてきた。それが全てよ。それに、相手はプリライ伯爵令嬢よ。下手に・・・言えないわよね」
だんだん声が小さくなり言い淀む私の言葉に、クリスは悔しそうに顔を歪め無言でパスタを食べた。
私は子爵家、クリスは男爵家。
伯爵家であるアムルに私達は強く反論できない、貴族世界によくある上下関係だ。
ほんの些細な事で、潰されていく貴族をこれまで見てきた。
特に子爵や男爵は脆弱だ。
アトラスの通う王立学園は高潔な血筋を持つ者しか通えない。
プリライ伯爵家はその学園に通う事を許されなかったが、由緒ある家柄だ。その為、この学園の中では女王のように君臨している。
余計な事を言って、これ以上目をつけられればお父様達に迷惑がかかる。
「悔しいね」
「ううん。私が努力しなかった結果よ。でも、もういいの。婚約解消は受理されたから、もう、関わりたくない」
フォークに絡めたパスタを口に入れた。
「あれだけグロッサムが好きだったのに、思ったよりも元気だね」
まじまじと私の顔を不思議そうに見る。
「うん、アトラスが心配して来てくれたの」
「あの、優しい幼なじみ?」
「うん」
「前から思ってたんだけど、そっちしたら?」
「アトラス?ないない。優しすぎて少し面倒なくらいだもの」
アトラスが公爵令息だとは教えていない。公爵家と言うだけでまた面倒な事になりそうだし、変に噂されてカーヴァン家に迷惑かけたくもない。
「贅沢な。優しいのはいい事じゃない」
「簡単に言うけどね、昨日だって、少しお茶が指にかかっただけで、大丈夫?赤くなったから困る、とか言っておしぼりで冷やすんだよ。それに、泣き顔の酷い状態を見て、そんな私でも可愛いよ、とか言うんだよ」
「だから、それ理想の男性だよ。どんな自分でも可愛いと言ってくれて、すぐ心配してくれて、怒ることもないんでしょ。何が不満なの?」
「そう言われても、そんな目で見た事ないもん」
「あらぁ週末に婚約解消したばかりなのに、もう違う男性の話?困った人ねぇ。本当にグロッサムが可哀想だわ」
甘くねっとりと絡みつく声が不意に降ってきた。
いつの間にか背後にアムルが立ち、優しい声の中に嘲る感情をあからさまに出し話しかけてきた。
その背後にはアムルの取り巻き令嬢、ナターシャとキームリがいた。
覚えるのも面倒なくらいに沢山いるので、名を覚える気はないが、今日は知っている顔だった。
いつからそこに立っていたのだろう。もしかしたら、私達の話をずっと聞いていたのかもしれない。
「ただの幼なじみよ」
体を戻し顔を見ることなく答えた。
「あらあら、何人、男性の幼なじみがいるのかしら。いやぁね、節操のない人ね」
わざと大きな声で、わざと困惑した声で、大袈裟に汚いものを扱うように言ってきた。
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