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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード56-14

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保養施設内 甘味処『ネオファム』

 カランカラン……

 店の扉が開かれ、扉のベルが鳴った。

「いらっしゃいませ! おひとりですか?」
「あ、待ち合わせです」

 入って来た静流に、店員が声をかけた。
 静流はキョロキョロと周囲を見渡した。

「おーい静流キュン! コッチだ」
「あ、睦美先輩!」

 窓際で睦美が手を振っていた。
 静流は店員に会釈し、睦美の方に歩いて行った。

「うわぁ。 イイ眺めですねぇ……」
「そうだろう? まぁ座りたまえ」

 窓の外は見事なオーシャンビューであり、夕日が差している。
 対面に座った静流に、睦美はメニューを渡した。

「お疲れさん。 何にする?」
「ええと……すいません、コレを、コレで下さい」
「かしこまりましたぁ♪」

 静流はお冷を持ってきた店員に、メニューを指さして注文した。
 運ばれて来たお冷を、静流はくいっとあおった。

「ゴクゴク……ふぅ」
「その様子だと、 マダムたちのお相手は難儀したようだね?」
「まぁ、 想定の範囲内でしたけどね……でも、 疲れました」

 そう言って静流は、背もたれに寄りかかって天井を仰いだ。
 静流は先ほどのリラクゼーションルームであった事を、かいつまんで睦美に話した。

「初対面のマダムたちに混ざって、知ってる顔もいたんです。 ちょっと驚きました」
「私の知っている人かい?」
「いいえ、 前に太刀川で講義した時の受講生です」
「ああ。 あの時の……」

 店員が静流の注文したものを持ってきた。

「お待たせしました、『きな粉と黒みつの抹茶白玉パフェ、トッピングハチの子マシマシ』でございまぁす」
「ん? ハチの子?」
「お、来た来た! うんうん、 コレですよコレ♪」

 静流の前に置かれたパフェを見て、睦美は微妙な笑みを浮かべた。

「トッピングが無くても十分甘いだろう?」
「いえいえ。 ハチの子のクリーミーな味わいが、 黒みつときな粉にベストマッチなんです!」
「そうなのか? 知らなかったな……」
「では失礼して、 いっただきまぁーすっ♪」

 静流はスプーンでハチの子を乗せた白玉をすくい、口に放り込んだ。

「んんーっ! 甘ぁーい♪」パァァ
「は、はっふぅん♡」

 満面の笑みを浮かべ、夢中でパフェを頬張る静流。
 それを見た睦美は、不意打ちを食らったかのようにのけ反った。

「疲れた時は甘いものがイイって、実感しますねぇ」

 口の周りをクリームまみれにしてパフェを頬張る静流を見て、睦美はニヤけた。。

「カ、カワェェ……」

 すると静流の手が突然止まり、睦美を見た。

「それで睦美先輩? 念話で僕を呼んだのって、 なんか用ですか?」
「静流キュン、 お疲れの所済まないが、 相談に乗ってはくれまいか?」
「何の相談です?」
「忘年会のネタで、キミに協力を要請したいのだ」

 睦美は忘年会の余興について、静流に大雑把な説明をした。

「ふぅーん……」

 静流は顎に手をやり、黙考し始めた。

「忘年会を盛り上げる為には必要不可欠なのだ! 頼む!」
「イイですよ。 ただし、 常識の範囲内であれば、 ですけど?」

 静流は少し警戒しながら睦美に言った。

「も、 勿論だとも! 約束しよう」
「わかりました。 で、具体的には何を?」
「それがだね、 かくかくしかじかで……」
「え? え? えぇ~!?」

 睦美の話が進むにつれ、静流の顔が青くなっていった。

「それの……どこが常識の範囲内なんです!?」
「それはだな、 解釈の仕方と言うかアングラ、 サブカルにもスポットをだな……」

 睦美は手をバタバタしながら弁明しだしたが、支離滅裂で静流には意味不明だった。

「ムチャムチャな理屈並べても、僕にはチンプンカンプンですよ……」
「とにかく、 キミの力が必要だ!」

 睦美は最早、交渉などとは程遠い、『拝み倒し』にかかった。

「頼む! 悪いようにはしない!」

 睦美はただひたすら頭を下げた。
 すると困り果てた静流は、溜息をついた。

「ふぅ。 わかりました。 僕がそう言うやつ、 弱いの知ってる癖に……ズルいですよぉ、もう……」

 静流がそう言って苦笑いしながら文句を言った。
 それを聞いた睦美が、顔を上げて静流を見た。

「イ、 イイのか? 静流キュン?」
「どうせ、 うんと言うまで拝み倒すつもりだったんでしょう?」
「ま、まぁな。 『交渉術』の最終形態とも言えるな……」



              ◆ ◆ ◆ ◆



保養施設内 リラクゼーションルーム

 照明を落とした部屋には、穏やかな寝息が聞こえていた。
 すると突然、照明が点いた。

「ん? うふぅん……」
「ふあぁ……よく寝た」
「どのくらい寝てたのかしら?」
「何か身体が軽いわぁ……」

 部屋が明るくなり、夫人たちが起きだした。

「あれ? シズルー様は?」
「いない。 ドコに行ったのかしら?」

 スクリーン前にフジ子が立っていた。

「皆様、 お目覚めは如何ですか?」

 夫人たちは慌ててフジ子に聞いた。

「あ! アナタ、 シズルー様はどちらに?」
「シズルー様のこのあとのスケジュールはどうなっているの?」

 するとフジ子は、例の『恋する乙女ポーズ』を取った。

「あの方は、 もう行ってしまわれました……ヌフゥ」


「「「えっ!? えぇぇーっ!?」」」


 落胆し、意気消沈の夫人たちであった。

「このあと、 お茶にでもお誘いしようと思ったのに……」
「アナタも? 私もよぉ?」
「私は……ジャグジーでもどうかな? なんてヤダわもう」

 夫人たちの話を、呆けた顔で聞いていたジョアンヌ。
 隣にいたカミラが、心配そうにジョアンヌに声をかけた。

「ジョアンヌ? アンタ大丈夫なの?」
「え? ええ……」
 
 それを聞いたカミラは、ニヤつきながらジョアンヌに言った。

「シズルー様帰っちゃったって。 残念だったね、 奥様?」
「へ? あぁ~!!」

 カミラにそう言われ、頭を抱えてしまうジョアンヌ。

「そうだった……困ったわね、 何とかして誤解を解かないと」ブツブツ……

 ふさぎこんでしまったジョアンヌの肩をポンと叩き、カミラが言った。

「大丈夫♪ シズルー様は全てお見通しだったわよ?」
「な、 何ですって?」

 ジョアンヌは顔を上げ、カミラの方を向いた。
 カミラはシズルーの真似を混ぜながら、ウィンクして言った。

「アンタに『からかって済まなかった』て伝えてくれって♡ お茶目な所も素敵♡」
「そうだったの……あの方らしいと言えばらしいか……」

 リラクゼーションルームを出た二人。
 すると二人を見つけた同僚が声をかけた。

「いたいた! アンタたち、 ママが呼んでるわよ?」
「え? まだ自由時間でしょ?」
「それがね、 『帰還命令』が出たらしいの……」

「え? えぇ~!?」
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