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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード51-5

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膜張メッセ 偽装献血カー内 09:45時――

 臨時駐車場に停車していたのは、献血バスに偽装した、『インベントリ』に放置してあったキャンピングカーを改造した車だった。
 車の内部には『塔』の仮眠室から移設した『睡眠ポッド』を装備している。
 また、【ゲート】を使って別の空間と繋いでいる模様で、中から『インベントリ』のコンシェルジュであるロコ助が飛び出した。

「ロコ助、この格好の時は、僕は井川ユズルと名乗ってるんだ」
「ではユズルサマで登録しておきますニャ」

 ロコ助は、ロシアンブルーの子猫に似た容姿の二足歩行型の使い魔だった。

「何と愛らしい。こちらもユズル様のしもべ、なのですか?」
「そうなるかな。この子はロディの子供のロコ助。みんなに挨拶して」
「はいニャ」

 ユズルはロコ助に自己紹介させた。

「ボクはコンシェルジュのロコ助ですニャ。よろしくですニャ」ぺこり
「か、可愛いィ~!」
 
 ロコ助の登場で、大方の察しがついたユズル。

「そうか。インベントリとこの車を【ゲート】で繋いだんですね?」
「ご明察。この部屋は軍の仮設住宅の中にある『多目的ホール』なのだよ」

 この仮設住宅は、以前アマンダが建造したものだが、実際にはまだ誰も住んでいない。
 
「ココは私たちの活動拠点でもあるのだ。あのブースで長時間接客するのは苦痛でしかないからな」

 睦美はユズルたちを多目的ホールに招き入れた。
 結構な広さの部屋は、迷路のようにパーテーションで区切られていた。

「あ、お疲れ様です、皆様!」
「ご苦労、諸君」

 声がした方向には大きなテーブルがあり、10人ほどが座れるように椅子が用意してあった。
 そこでお茶を飲んでいた部員たちに紛れて、真琴とシズム、鳴海がいた。

「真琴? 休憩室ってココの事だったの?」
「うん。ちょっとびっくりしたけど、思いのほか快適よ。ね? みんな」
「ええ。ブースでの売り子を交代でやって、それ以外は自由行動ですもん、理想の職場環境ですよ♪」
「今までは地獄でしたから。特に『夏の陣』は……」

 部員の一人が、その時の事を思い出し、顔を青くした。

「灼熱地獄に黒山の人だかり……救いは薄着のコスプレイヤーたちを愛でる時だけだった……」
「それは冬も似たようなものだったろう? しかし、年々参加者が増えていく傾向には少し違和感があるな……」
「昨今では親子連れで『薄い本』を求める猛者もいると聞く……」

 重い空気になりそうだったのを、部員の一人が軌道修正を図った。 

「でもでも、それに比べて今回は天国ですヨ。GMと静流様には感謝感激雨あられです!」
「「「激しく同意!」」」
「え? 僕も?」 

 部員たちに感謝されたユズルは、身に覚えがなく首を傾げた。

「勿論です! こうして販売促進に貢献して下さり、職場環境も整えて下さった」
「さらに、我々『旧静流派』が『旧黒魔』と共に活動出来る事、まさに善業」

 ユズルはチラと睦美を見た。睦美は大きく頷いた。
 ベタ褒めの部員たちに、ユズルは後頭部を搔きながら言った。

「よくわからないけど、これで頑張れる、って事ですよね?」

「「「はい! 頑張ります!」」」

 部員たちが声を張り上げると、奥から誰かが出て来た。

「騒がしいわね。何かあった……静流!」ガシッ
「うぐっ、薫子お姉様!?」

 薫子はユズルを見るなり危険タックルをかまして来た。

「静流ぅ、もっと早くココに来ればよかったのに……」
「重い、二人共、離れてくれないかな……」
「ん? 二人って? 忍!?」

 薫子が気付くよりずっと前から、ユズルの背中に背後霊の様に抱き付いていた忍。

「薫子、早く離れて。ユズルが苦しがってる」
「ユズルって……そうだった。その恰好の時はユズルだったわね」
「勉強不足。気を付けて」
「キィー! 不覚だったわ」

 そう言う忍だって、最初は静流と呼んでいた、と思うが。




              ◆ ◆ ◆ ◆



膜張メッセ 偽装献血カー内 09:50時――

 部員たちがくつろぐスペースの奥に、VIP用と思われるソファーやテーブルが置かれた一角に、睦美たちはいた。
 壁際の三人掛けソファーにはユズルを中央に、忍と薫子が両脇に座っている。
 両隣に置いてある一人掛けソファーはリリィと鳴海が座り、コの字型に置いた二人掛けソファーには、右京・左京と、真琴・シズムがそれぞれ座っている。
 テーブルには大画面のモニターが置いてある。
 少し離れた所にあるデスクに、社長椅子に座っている睦美がいた。

「このソファー、ホントに三人掛け? ちょっと窮屈なんだけど?」
「薫子、ソッチ余ってる、退いて」
「忍が退きなさいよ!さっきまでベタベタしてた癖に!」
「ま、まぁまぁ落ち着いて」

 お姉様二人に挟まれ、タジタジになっているユズル。

「この変化球的なハーレムシチュ、たまらないですね……ムフ」
「全くデレていない事が、救いではありますね……平和だ」

 右京と左京が、ユズルたちを見て癒しを感じていた。
 その対面にいた真琴は、右京たちとは真逆で、もどかしさを隠せないでいた。

「シャキッとしなさいよ! もう……」
「真琴ちゃん、そうイライラしなさんなって」

 リリィが真琴をなだめている姿を見て、ユズルはある事を思い出した。

「そう言えばリリィさん、アノ宇宙船を修復するとか聞いたんですけど?」

 宇宙船とは、コキュートス付近に墜落していた宇宙船と思しき物の残骸である。
 その宇宙船の近くで、静流の父である静の拳銃が見つかった事で、静流は宇宙船と父親の行方に何らかの関連があるのでは?と思っている。

「うん。そのつもり。【コンバート】する為の戦艦を買うんで、その資金繰りに奔走してるって状況」
「資金って、幾らいるんです?」
「まぁ、3億位はいるかな?」
「さ、3億円!?」

 リリィが平然と答えると、ユズルは飛び上がりそうになるが、両脇のお姉様方が離してくれなかった。

「それでも安く見積もった方だよ」
「そんな大金どうやって……そうだ、『黒竜の羽衣』を売れば……」

 ユズルはブラムの抜け殻が高価で取引されている事を想い出した。

「それはダメ!絶対!」

 ユズルがそう言うと、忍は急に声を荒げた。
 薫子も同調する。

「そうよ。アレは静流の為に……ふぐぅ」
「バカ! それ以上言うな! とにかくアレはダメ!」
 
 忍は慌てて薫子の口を塞いだ。
 
「うん? じゃあ他の手を考えないと……」

 顎に手をやり悩み始めたユズルに、睦美が話しかけた。

「その辺りは私にも考えがある。まとまったら報告するよ」
「いかに僕が無力か、痛感しますね……」

 不甲斐なさを感じたユズルは、自虐モードに入りそうになっていた。

「その件は少し先になるだろうから、目下の仕事に集中してくれたまえ」
「そうですよね。ひとつずつ解決していかないと」

 睦美にそう言われ、吹っ切れたようだ。

「リリィさん、宇宙船の調査をする時、僕も参加したいんですが」
「オッケー。その時が来たら真っ先に知らせるわ」
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