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第8章 冬が来る前に

エピソード47-45

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国分尼寺魔導高校 闘技場 オークション特設ステージ――
 
(頃合いだな。さぁ、始めよう!)

 いよいよ静流の『自画像』の競りが始まろうとしていた。

「さぁて、この、あまりの美しさに、見ているだけでため息が漏れてしまう美少年の絵ですが、本人のたっての希望で、出来るだけ安く手に取って欲しいとの事です!」

 静流からの希望を伝えると、客たちがざわめいた。

「何て奥ゆかしい事でしょう……素敵」 
「スタートダッシュで決める!」
「忍、私も入札するわ。 悪く思わないでね?」
「おいおい、どうせ速攻で撃沈だろうぜ」

「静流クン、大丈夫よ、心配は要らないわ……」
「澪殿? これは手強そうでありますな……キミたち、相談が……」
「ええっ!? 持って来てませんよ? お金なんて」
「幸せは、自分の力で勝ち取って下さい! 私には……無理です」

「では始めます。 彼の希望を汲んで、破格の5万円からスタート!!」

「10万!」
 「15万!」
「20!」
 「22万!」
「27万!」
 「さ、30万!」

 他の商品とは違い、細かく刻んだ額で競りは続いている。

「50!」
 「65万」
「……は、80万!」

「80万、もう無いですか? ほんとぉーに、イイんですかぁ?」

 睦美がしきりに煽っている。
 忍が雪乃にアイコンタクトを取り、プラカードを上げた。

「100万!!」
 
「「「おおー!!」」」

 ついに100万円を超えた。
 勝利を確信したのか、忍の顔は紅潮し、右手を強く握った。

(やった! 勝った)

 すると次の瞬間、

「105万!」
 「110!」
「120!」

 と、入札は続いている。

「え!? そんな……」

 忍の顔は一転して、青ざめていった。

「このままじゃジリ貧よ。佳乃、全財産、私に預けなさい!」
「そ、そんなぁ……週3で絵を貸してくれるのであれば、貸さない事も無いのでありますが……」
「クッ、足元見やがって、わかったわ、その条件でイイ!」

 どこでも同じようなやり取りをしている。

「雪乃! もっと貸して!」
「私の【鑑定】では、コレが限界よ」
 
 そう言って雪乃は、手の指で忍に知らせる。

「何でもイイ! 何とかして返すからっ!」
「忍? 週3で貸してくれるんだったら、多少援助しよっか?」
「薫子!?……わかった、その時は頼む」

 そんな事をしている間にも、価格は上がっていき、

「160!」 
 「180!」
「185!」
 「200万!」

 ついに200万円に突入した。


「「「おおっ……」」」

 
 その筋では有名な、美術部長の花形の作品ならともかく、ごく一般の生徒が描いた絵に、200万円の値が付いた事に、傍観している客たちは少し引き始めている。
 今入札しているのは、プラカードのナンバーで言うと、15、55、69、143、158 であった。
 入札の様子をカメラが追い、スクリーンに映し出されるプラカードを見て、リナが感想を述べた。

「おい! 143番の奴、余裕かましてねぇか?」  
「完全に場を支配している。やるわね」

 リナがそう言うと、雪乃は、腕を組み、何やら考え事をしている。

「雪乃! 予算は?」
「仕方ない……もう一本追加よ!」
「よし! そう来なくちゃ! 250万!」

 一気に50万越えに、周りがざわついた。

「くっ、マズいわね、予算が……265万!」
「澪先輩、もう降りましょうよぅ……」
「そのお金で、静流様とどっかに遊びに行きましょうよぅ……」

 歯ぎしりをしている澪に、工藤姉妹が顔を青くして言った。

「これだけあれば、『薄い本』何冊買えるのでありましょうか……?」

 トドメに言った佳乃の言葉に、澪は溜息をつき、69番のプラカードを下げた。

「ふぅ……わかったわ。 降りましょう……」

 こうして、薄木チームは脱落した。
 オークションの方はというと、

「285万!」
 「300!」

「「「う、おおーっ!?」」」

 入札額は300万円に到達し、さらに競りは続いている。

「320!」
 「400万!」

 すると、あっけなく400万に到達してしまう。

「おっと143番から400万です! 400万、他に無いですか?」ざわ…

 400万に到達し、諦めたのかパタパタとプラカードを降ろす面々。

「勝負に出て来たわよ。どうするの? 忍」 

 雪乃は忍の顔を覗き込んだ。
 忍の顔は、興奮して紅潮しているのか、夕日に照らされているのかわからなかった。
 
「次で勝負する!……500万!!」

「「「わぁぁぁぁ!!」」」

 忍は、雪乃から提示された額と薫子から借りた分を使い切り、高々に宣言した。

「55番、500万です! もう無いですか?」

 睦美が煽るが、入札の声はかからなかった。 

(よしっ! 勝った……)
 
 興奮度MAXの忍は、右手を強く握り、今度こそ勝利を確信した。
 沈黙を確認し、睦美が落札のコールを告げようとする。

「500万、もう無いですね? それでは、500万で……」

『1000万!!』
 
 睦美のコールを遮り、入札する者が現れた。

「何……だと?」ざわ…
「い、一千万円!?」ざわ…
「ふぁああ、正気なの?」ざわ…

 客たちは、一瞬フリーズし、その後ドン引き状態であった。
 睦美も一瞬ポカンとしていたが、直ぐに切り替えて叫んだ。

「い、1000万、出ました! 1000万円!!」

「「「わぁぁぁぁ!!」」」

 不意打ち気味に入札された額は、何と1000万円であった。

「雪乃!」

 忍はそう叫んで雪乃の方を見るが、雪乃は目を閉じ、首を左右にゆっくりと振った。
 
「忍、よくやった。潮時だ」

 リナにそう言われた忍は、口をあんぐりと開けたまま、放心状態になっていた。

「相手が悪かったのよ。忍……」
「そうよ。相手をてこずらせて、売り上げに貢献したんだからよしって事。静流に何か奢ってもらいましょうよ♪」

 忍はそれに何も返さず、55番のプラカードを静かに下ろした。

「それでは1000万で、143番様、落札ですっ!」コーンッ


「「「うぉぉぉぉー!!」」」


 静流の『自画像』は、1000万円で落札された。
 ざわついた客席から、ため息混じりに落胆の声が聞こえた。

「ね、年収の、2.5倍ですって!?……くぅぅ」
「それほどまでに『アノ絵』が欲しかったなんて、筋金入りの『静流様スキスキ星人』なのかしら?」

 萌がそんなことを言ったので、澪たちは銀行の担当者の所に支払いの手続きをしに向かった、143番の落札者を目で追った。
 黒いトレンチコートから見えるズボンを見て、佳乃が言った。

「ん? あれって、わが軍の耐圧服に似ているでありますね?」
「そうね……え? まさか、あの人って……」

 澪はその人物に心当たりがあったが、半信半疑であった。
 そんな時、睦美がマイクを持ち、中央のステージに立った。

「えー、最後の最後に、とんでもない大物が出てしまいましたね。以上を持ちまして、『国尼祭』オークションを終わります。オークショニアはわたくし、元生徒会書記長、柳生睦美でございました! 皆さま、ありがとうございました!」


「「「「ワァァァ!!」」」」 パチパチパチパチ


 睦美が深々と頭を下げると、割れんばかりの拍手が起こった。
 退場を促され、客たちが会場を去って行く。  

「佳乃! ほら、帰るわよ!」
「え? 静流様にご挨拶しないのでありますか?」
「内緒で来てるの、忘れて無い?」
「しょんなぁ……ひと目だけでも」
「今会ったら、仕事サボって来たの、バレバレじゃない……大体ねぇ」

 ブツブツ言っている澪の肩をポンと叩く者がいた。
 振り返るとそこには、意外な人物がいた。

「何よ、うっとおしい! って、ひっ、隊長!?」
「何をやっとるのかね、 諸君は?」

 佳乃たちは、突然の郁の登場に顔を青くして、ガタガタと震えていた。

「私は静流めに会ってから帰る。お前たちは待機だ。イイな?」


「「「「「しょ、しょんなぁ……」」」」」


 澪や佳乃たちとは少し離れた所に、リナに丸くなった背中を押され、トボトボと歩いている忍がいた。

「さぁ撤収よ。とっとと帰りましょう」
「……負けた。ぐやじぃ……」
「おい忍、あそこにいるのって、あいつじゃねぇか?」
「ん? んん!? 何であいつが?」
「忍、あいつって、どいつよ?」
「薫子は黙ってて」

 睦美は、銀行員の元に向かい、交渉中の143番の落札者に声をかけた。

「この度は、落札おめでとうございます、竜崎ココナ大尉殿?」
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