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第6章 時の過ぎゆくままに

エピソード38-3

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流刑ドーム―― 忍の部屋 ある日の日本時間 09:00時

「ピピピピピ」

 いきなり電子音が鳴った。

  ブゥゥーン

 睡眠カプセルの蓋が開き、角度がゆっくり鋭角になっていく。

 忍は、『ワタルの塔』の仮眠室にあった睡眠カプセルの一台を、半ば強引に自室に運んでいた。
 自分だけでは当然無理である為、ブラムを買収して事にあたらせた。

「ん、ふぅ。良く寝た」

 軽く伸びをした忍は、カプセルから出ると、壁に貼ってある静流の等身大タペストリーに向かう。
 『最も危険なお遊戯』というタイトルに、革ジャケを着てサングラスを着けた静流が、スコープ付のライフルを持っている。
 『薄い本』の販促用グッズをどこぞから取り寄せ、壁に貼ってあるのだ。


「おはよう静流。むちゅぅ」


 忍はタペストリーにキスをした。


食堂――

 忍があくびをしながら食堂に行くと、朝食はとっくに片付けられ、雪乃がお茶を飲んでいた。

「おはよ、雪乃」
「忍? アナタ、いつまで寝てたんですの?」
「つい今しがた。朝メシは?」
「向こうにあるものを勝手に食べなさい。だらしなさすぎますよ?」
「雪乃はいつもそんなんで、疲れない?」
「私が何とかしないと、ここは無法地帯になってしまうじゃないの」
「それじゃダメなの?」
「ふぅ。これ以上の会話に、無駄なエネルギーを使いたくありませんわ」

 雪乃は立ち上がり、キッチンに向かう。

「薫子は? 塔に行ったの?」
「さぁ、あの子も最近、どこかふらっといなくなる傾向があるのよね……まさか、とは思いますけど?」

 雪乃は疑いの目を忍に向けた。

「お忍びで『国尼』に行っているなんて事、ないですわよね?」
「私は、知らない。知りたくもない」
「時が来るまで待つって、睦美と約束したでしょう? あと、『奴ら』に見つかるのもマズいし」
「わかってる。しつこいと薫に嫌われるよ」
「全く。アナタと言い、薫子と言い」ブツブツ

 忍が朝食の残りを平らげる頃、雪乃がお茶を忍に出す。

「気が利くなぁ雪乃、最高のメイド長になれるよ」グッ
「そんなもんに、なりたくありません!」


 

              ◆ ◆ ◆ ◆



ワタルの塔 二階 娯楽室――

 忍は【ゲート】を使い、塔に行く。エレベーターで二階へ。 


 ウィーン


 二階に着くと、とりあえず娯楽室を覗く。リナがいた。

「よう、忍、今起きたのか?」
「うん。リナ、薫子は?」
「知らねえ。ソッチに居たんじゃねぇのか?」
「ふぅん。まぁイイや」
(薫子め、静流を愛でに行ったな?)
 
 忍は何もない空間をじいっと見ながら、考え事をしている。すると、

「おい忍、お前だったらどう返す?」
「ん? 何?」

 リナはどうも恋愛シュミレーションゲームをやっているようだ。

「何? このキャラ、静流そっくり!」
「薫子が最近仕入れた『同人ソフト』らしいんだ。この静坊に似たキャラ出すのが結構ムズくてな、やっと出したらこのザマなんだ」

 画面には、瓶底メガネを掛けた桃髪の少年が、プレイヤーに声を掛けられ、戸惑っている。

〔……ボクに何か用かな? 無ければ失礼するよ〕

 という画面に、選択肢が三つ用意されている。

〔力仕事を、頼みたいんだけど〕
〔花壇の花が、枯れそうなの〕
〔ちょっと、校舎裏に来て〕

「さっき下を選んだら、すっげえビビられてゲームオーバーだったんだよな」
「コンテニューは、何回?」
「多分、これが最後じゃねぇか? これに失敗すると、前の位置からだから、静坊にまた会えるか、わかんねえぞ?」
「絶対繋ぐ!」
「お? おぅ。何だよ、急にやる気になって」

 忍は、顎に手をやり、思考を巡らせる。

「リアルの静流だったら、真ん中だと思う。植物には詳しいし、上の力仕事には向いてない」
「そうか? だったら真ん中だな?」
「ちょっと待って、ブラフかも知れない」
「じゃあ、上か?」
「うーん、どうだろう?」

 忍は腕を組み、首をひねっている。リナは呆れながら言った。

「たかがゲームだろ? そこまで真剣になるか?」
「リナだって、『やさぐれメタル』が出た時は、必死になってたでしょ?」
「あれは、アイツで作る武器が、どうしても欲しかったからで」

 忍の指摘にあたふたとしているリナを無視し、忍は答えを出した。

「ここは素直に真ん中を選ぶ! 自分の直感を信じる!」
「お、おぅ。真ん中だな、よし」ポチ

 リナは、忍の指示で真ん中を選択する。

〔花壇の花が、枯れそうなの〕
〔それは可哀そうに。だけど、ボクは植物アレルギーなんだ。ごめん。今、【体力強化】の特訓をしていてね、力仕事だったら手伝えたかも知れないね。じゃあ、失礼〕シュタッ


 GAME OVER


 選択を誤った為、結局ゲームオーバーになってしまったようだ。

「うわぁぁぁ! 静流ぅぅぅ!」
「チッ、上だったか……しくじったな」

 忍は頭をかかえ、自分のしでかした過ちを悔いた。

「すぐにセーブポイントに戻って! 早く!」
「そう急かすなよ、ったく」

 忍に急かされ、リナはゲームをロードし直す。すると、

〔どうしたんだい? そんなに慌てて〕

 金髪のイケメン先輩が、声を掛けてきた。

「静流は!? 何で出てこないの?」
「だから言ったろう? 出現する事自体がレアだって」
「くぅぅ、静流に……会いたい」
「お、おい、忍!」

 忍はすくっと立ち上がり、焦点の定まらない眼差しで、フラフラと少し蛇行しながら歩いている。

「マズいな。禁断症状が出やがったか」

 すると、いきなり薫子が実体化した。シュゥ

「何だよ薫子、そこにいたのか」
「ふう。忍め、さては行くつもりね? 静流に連絡しなきゃ」
「お前、忍を見張ってたのか?」
「あの子、お忍びで『国尼』に行ってるみたいなの」
「おい、そりゃあマズいだろ? 今は目立ちたくねえってのに」
「だから、静流に見張ってるように言われてるのよ」
「兄貴にバレたら、大目玉食らうぜ?」
「わかってるわ。即刻連れ戻す」

 薫子はそう言うと、少し嬉しそうに部屋を出て行った。

「忍を連れ戻すって大義名分があるから、堂々と乗り込めるわね。待ってて、静流」

 薫子は、塔の一階に行き、薫たちには内緒で構築した、国尼に繋がっている【ゲート】に滑り込んだ。
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