いくさびと

皆川大輔

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第四章「ゴースト」

「04ー005」

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 雫はそう言い切ると、身振り手振りで夢の内容を語り出す。いろいろなところが痛かったけれど、親身になって皆を励ます明日香を見て頑張ろうと思えたこと、怖い化け物が出てきても追い払ってくれたなど、驚くほど細部まで克明だ。

 ただ、そこまで覚えているのになんで〝夢〟と言っているのだろう――疑問が口からこぼれ出そうになったとき「すみません、ついこの間からこんな調子で……」と雫の母の柚希が割り込んできた。

「この間?」

「はい。ホント、ついこの間です」

「なるほど……わかりました。姫宮くん? ちょっと」

 突然名前が呼ばれて背筋を正すと、鏑木は振り返って「雫さんと休憩室にいてくれないかな?」と真剣な眼差しを向けてきた。

「え?」

「少し長めの聞き取りになると思うからね。それに、少々込み入ったことも聞くことになるかもしれない……ま、これも仕事だ」

「は、はい」

 鏑木の雰囲気が突如として変わった。いや、寧ろこの表情をしているときこそ、鏑木が本気で仕事をしている瞬間なのかもしれない。大翔にしろ渚にしろ、まだまだ知らない部分が多すぎる――付き合いの長いその二人がここにいたのならどんな返事をしただろうと考えながら「雫ちゃん、こっちきて一緒にお話ししよ」と少女の手を引いた。

「うん! 私、お姉ちゃんの話いっぱい聞きたい!」

 純真無垢な表情を向けてくる雫。彼女が期待しているのは恐らく〝夢〟の内容なのだろうが、そのことについて話すことは決して許されない。話してしまえば、記憶の混濁による健康の被害や情報を持っているということが知れ渡ることにより日常生活にも何か支障が出てしまうからだ。

 苦虫を噛みしめながら「ごめんね? そんな面白いことは多分話せないと思う……」と言うと、「ううん、話せるだけで嬉しいから、大丈夫だよ!」と変わらず雫は目を輝かせている。

「ありがとっ。さ、入って入って」

 休憩室前に到着してドアノブに手をかけようとしたその時、ガチャリとノブが回転し、扉が開かれる。

「あっ、明日香ちゃんじゃん」

 現れてきたのは、渚だ。目が開いているか閉じているかわからないくらい細めになっており、相当疲労が溜まっていることが見て取れる。

「お疲れ様です。少し休憩室借りても良いですか?」

「はえ? なんで?」

「この子とちょっとお喋りを、と」

「ふーん……」

 ちらりと一瞥し「午後イチの患者さんか」と呟いた渚は「りょーかい。ね、明日香ちゃん。アタシちょっと出るからさ、鏑木さんのとこ戻ったら言っといて」とあくびをしながら横切っていく。

「え、出かける? どこにです?」

「山」

「山? 何かわかったんですか?」

「わかんないから現地で少し調べようってカンジ。いい加減、映像見るのも飽きたしね」

「わかりました。伝えておきます」

「ありがと。じゃねー」

 後ろ姿で手のひらだけをヒラヒラさせながら、渚はその場を後にする。

「今の人……お姉ちゃんのお友達?」

「うーん……友達、ではないかなぁ。強いて言うなら……上司?」

「じょうし? なんかカッコよかったね! こう……デキるキャリアウーマン! って感じ!」

「難しい言葉知ってるね!」

「ドラマで見たの!」

「へー。どんなドラマ?」

 まずは無難に、日常の話から。シードのことに辿り着かないように、徐々に話を逸らして――笑顔は崩さないまま、頭をフル回転させて明日香は話題を探し始めた。


       ※


 部屋を出るときに手を繋いでいたり、明日香の言葉を受け入れて直ぐ移動したりする当たり、夢というおぼろげなものだけでは無く、潜在的に姫宮明日香を味方で頼れると認識しているのだろう。

 なにがそうさせている――座り直して「さて」と仕切り直した鏑木は「では、娘さんが夢のことを話し始めたのは、いつ頃とかわかりますか? できるだけ具体的に」と改めて母親の柚希を見た。

 流石に、子供と別室で話すことになったことで緊張しているのだろう。先程よりもややこわばった表情で「えっと……一週間くらい前からだったかしら」と不安混じりに言葉を漏らす。

「なにかその前後で変わったことなどは?」

「特には……ないですね。多分アニメとか映画とかを見て事故の日と混合しちゃったんかなと思うのですが……」と言いながら、少し顎に手を当てて「あと、強いて言えばなんですけど」と念入りな前置きをしてから言葉を続けた。

「スカーフがちょっと引っかかったんです」

「スカーフ?」

 鏑木が眉をひそめながら言うと、全く同じ表情で「はい、多分ですけど」と応えた。

「多分というのは……」

「結構ボロボロで単なる布きれに見えるんですよ。ただ、あの子が肌身離さず持つようになっていて……一応スカーフと」

「な、なるほど」

 瞬時に先程までこの部屋にいた雫のことを思い返す。記憶の中でその手首には確かに、布のようななにかが巻かれていた。ボロボロかどうかまでは見ていないが、ここまで疑問に思ってしまうほどの汚れ具合で、ファッションのアイテムには不相応に見えたのだろう。

「買ってあげた覚えがないんですよ、あれ」とまるでゴミでも見るかのような目をしていることが何よりの証拠だ。
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みんなの感想(3件)

2021.09.26 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

皆川大輔
2021.09.26 皆川大輔

ありがとうございます!
わかりやすさに気をつけて書いていますので、非常に嬉しいです!
更新バリバリやっていきますので、またよろしくお願いいたします!

解除
時雨
2021.09.17 時雨

ファンタジー要素もあるけど、攻殻機動隊とかPSYCHO-PASSとかと似た雰囲気があるけど、アクションでは炎とか出てきてファンタジーみたいなところもある

全体的には真剣な雰囲気だけど、明るい日常のシーンとか考えさせるシーンとかもあって引き込まれる作品です

続き楽しみにしてます!

皆川大輔
2021.09.17 皆川大輔

感想ありがとうございます!気に入っていただけてめちゃくちゃ嬉しいです!

更新頑張ってしていきますので、お楽しみにしていただけたらと思います!

解除
スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

皆川大輔
2021.08.29 皆川大輔

ありがとうございます!
今日まだまだ更新しますので、是非またお越しください!笑

解除

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