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第四章「ゴースト」
「04ー005」
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間違いない。当時は苦悶の表情で今は穏やかな表情という違いこそあるが、間違いは無い。加えて、手首に巻いている布きれは骨折の疑いがあった腕を固定する際に使用したスカートの切れ端だ。
どうしてそれを、と口を突いて出る前に鏑木が「ん? 雷のお姉ちゃんって、どういうことかな?」と少女に質問を投げかけたことで、少女の言動がおかしいことに気づいた。
大翔や渚によれば、記憶を操作して、一般的に非日常と思える風景や体験は書き換えられる。であれば、シカバネに襲われ、雷を操っていた明日香自身は間違いなく非日常そのもので、記憶の修正対象だったはず。
それにもかかわらず、この少女は一目見て明日香を〝雷のお姉ちゃん〟と名指しをした。
つまり、記憶操作ができていなかったということと同義だ。
「え、だって……見たから」
「み、見た?」
「うん」
「……私を!」
「うん。バッチシ」
「そ、そっか。……鏑木さん?」
これは日常的によくあることなのか、それとも異常事態なのか。状況を判断して、という感情を込めて鏑木を見ると「う、うーむ……」と言い淀んで眉をひそめた情けない顔が目に飛び込んできた。
こんな表情をしているあたり、予想外な状況なのだろう。鏑木は頭を抱えながら怯えている少女を見つつ、ホログラムを起動してカルテを空中に映し出す。
「君は……月野雫ちゃん、かな?」
「うん!」と力強く頷いた少女は、間髪入れずに「夢で見たの!」と屈託のない笑顔で言葉を重ねた。
「夢で? 私を?」
「うん。黒くて大きくて、なんだか怖いのと戦ってたの! それでね、それでね、ビリビリって感じでね! そのお姉ちゃん凄いカッコよくて――」
雫にとって余程衝撃的な映像だったのだろう。堰を切ったように興奮を隠しきれないまま話を語り始めた雫だが、「雫、ダメでしょ!」と一人の女性によって口を塞がれた。
「すみません、いきなり失礼なこと……」
揃って頭を下げて謝罪してきた二人は、瓜二つといっても過言ではないほど似ていた。昔、お母さんとそっくり、と学校の先生や親戚に言われたことを思い出しながら、明日香は「いえ、大丈夫ですよ」と笑みを作り直す。
「あなたは……雫さんのお母さんですか?」
「は、はい。雫の母で柚希です。一時に予約をしていたのですが……受付もせず、申し訳ございません……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。子供は元気なくらいが丁度いいもんです。……ご予約の内容は定期検診ですよね?」
「は、はい。診察と、もう一つご相談というか……この子の夢の件で」
「まあ、そうですよね。少々準備いたしますので、おかけになってお待ちください」と二脚パイプ椅子を出して促してから、鏑木は部屋の奥へ移動する。ちょいちょい、と手招きされた明日香は、軽く二人に会釈をしてからその後を追った。
カーテンを閉めて簡単な区切りを付けるなり「鏑木さん、こういうことって中々無いこと……なんですよね?」と確信めいた質問を投げかける。すると「基本的にはないんだけど……ずっと前に、あることはあったんだ」と困り顔で鏑木は頭をかいた。
「ずっと前?」
「そう。永海くんがそうだったんだよ。記憶を消去することができなくて、情報漏洩を防ぐために囲うしかなかったんだ」
「そうだったんですか……」
「あのときは大変でね……診療室で永海くんが暴れて、危うく命を落とすところだったんだ。あのときばかりは僕も覚悟決めたよ。あのとき、大翔がいなかったらお陀仏だっただろうね」
「な、ナルホド……その事件、というか、事故は他にあったんですか?」
「いや、他にはないね。余所で聞いたこともないし、今でも原因不明の異例だよ。他に例があれば、共通点を探して注意くらいはできるんだけどね」
「異例……」
「うん。まだ他にその事件があれば、共通点とかから防ぐ方法もあるんだけどね」
全く手の内ようがない上に、二度目がないとなると、ただの偶然であったとしか考えられていないのだろう。深く追求しないワケを理解しつつ、明日香は「……私、どんな顔であの子と話せばいいですかね」と小声で尋ねた。
「と、取りあえず〝夢で見た〟なんて言うくらいだし、記憶操作が丸っきりできていないってワケじゃないだろうし、あくまで自然体で行くしかないね」
「な、なるほど……」
簡易的な作戦会議を終えると、鏑木は何食わぬ顔で診療室へ戻った。
「お待たせしました。それじゃ、簡単な質問から始めるね。いいかい? 雫ちゃん」
先程まで命の危機だった話をしていたとは思えない落ち着いた声色。患者第一な医者の鑑であることに舌を巻きつつ、渚の事件が起きる可能性を考慮しながら明日香は鏑木の直ぐ側に待機を決め込んだ。
「うん。わかった」
「ありがとう。それじゃ、その夢のこともう少し聞かせてくれるかな?」
「えっとね……学校からの帰り道でね。電車に乗ってて、お外を見てたの。そしたら急に〝どんっ!〟て大きな音がして、電車が止まったの。それで怪我しちゃったんだけど、そこにいたお姉ちゃんが怪我を治してくれて……その後、なんか黒くて大きい変なのが来て、怖かったんだけど、お姉ちゃんがやっつけたの」
どうしてそれを、と口を突いて出る前に鏑木が「ん? 雷のお姉ちゃんって、どういうことかな?」と少女に質問を投げかけたことで、少女の言動がおかしいことに気づいた。
大翔や渚によれば、記憶を操作して、一般的に非日常と思える風景や体験は書き換えられる。であれば、シカバネに襲われ、雷を操っていた明日香自身は間違いなく非日常そのもので、記憶の修正対象だったはず。
それにもかかわらず、この少女は一目見て明日香を〝雷のお姉ちゃん〟と名指しをした。
つまり、記憶操作ができていなかったということと同義だ。
「え、だって……見たから」
「み、見た?」
「うん」
「……私を!」
「うん。バッチシ」
「そ、そっか。……鏑木さん?」
これは日常的によくあることなのか、それとも異常事態なのか。状況を判断して、という感情を込めて鏑木を見ると「う、うーむ……」と言い淀んで眉をひそめた情けない顔が目に飛び込んできた。
こんな表情をしているあたり、予想外な状況なのだろう。鏑木は頭を抱えながら怯えている少女を見つつ、ホログラムを起動してカルテを空中に映し出す。
「君は……月野雫ちゃん、かな?」
「うん!」と力強く頷いた少女は、間髪入れずに「夢で見たの!」と屈託のない笑顔で言葉を重ねた。
「夢で? 私を?」
「うん。黒くて大きくて、なんだか怖いのと戦ってたの! それでね、それでね、ビリビリって感じでね! そのお姉ちゃん凄いカッコよくて――」
雫にとって余程衝撃的な映像だったのだろう。堰を切ったように興奮を隠しきれないまま話を語り始めた雫だが、「雫、ダメでしょ!」と一人の女性によって口を塞がれた。
「すみません、いきなり失礼なこと……」
揃って頭を下げて謝罪してきた二人は、瓜二つといっても過言ではないほど似ていた。昔、お母さんとそっくり、と学校の先生や親戚に言われたことを思い出しながら、明日香は「いえ、大丈夫ですよ」と笑みを作り直す。
「あなたは……雫さんのお母さんですか?」
「は、はい。雫の母で柚希です。一時に予約をしていたのですが……受付もせず、申し訳ございません……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。子供は元気なくらいが丁度いいもんです。……ご予約の内容は定期検診ですよね?」
「は、はい。診察と、もう一つご相談というか……この子の夢の件で」
「まあ、そうですよね。少々準備いたしますので、おかけになってお待ちください」と二脚パイプ椅子を出して促してから、鏑木は部屋の奥へ移動する。ちょいちょい、と手招きされた明日香は、軽く二人に会釈をしてからその後を追った。
カーテンを閉めて簡単な区切りを付けるなり「鏑木さん、こういうことって中々無いこと……なんですよね?」と確信めいた質問を投げかける。すると「基本的にはないんだけど……ずっと前に、あることはあったんだ」と困り顔で鏑木は頭をかいた。
「ずっと前?」
「そう。永海くんがそうだったんだよ。記憶を消去することができなくて、情報漏洩を防ぐために囲うしかなかったんだ」
「そうだったんですか……」
「あのときは大変でね……診療室で永海くんが暴れて、危うく命を落とすところだったんだ。あのときばかりは僕も覚悟決めたよ。あのとき、大翔がいなかったらお陀仏だっただろうね」
「な、ナルホド……その事件、というか、事故は他にあったんですか?」
「いや、他にはないね。余所で聞いたこともないし、今でも原因不明の異例だよ。他に例があれば、共通点を探して注意くらいはできるんだけどね」
「異例……」
「うん。まだ他にその事件があれば、共通点とかから防ぐ方法もあるんだけどね」
全く手の内ようがない上に、二度目がないとなると、ただの偶然であったとしか考えられていないのだろう。深く追求しないワケを理解しつつ、明日香は「……私、どんな顔であの子と話せばいいですかね」と小声で尋ねた。
「と、取りあえず〝夢で見た〟なんて言うくらいだし、記憶操作が丸っきりできていないってワケじゃないだろうし、あくまで自然体で行くしかないね」
「な、なるほど……」
簡易的な作戦会議を終えると、鏑木は何食わぬ顔で診療室へ戻った。
「お待たせしました。それじゃ、簡単な質問から始めるね。いいかい? 雫ちゃん」
先程まで命の危機だった話をしていたとは思えない落ち着いた声色。患者第一な医者の鑑であることに舌を巻きつつ、渚の事件が起きる可能性を考慮しながら明日香は鏑木の直ぐ側に待機を決め込んだ。
「うん。わかった」
「ありがとう。それじゃ、その夢のこともう少し聞かせてくれるかな?」
「えっとね……学校からの帰り道でね。電車に乗ってて、お外を見てたの。そしたら急に〝どんっ!〟て大きな音がして、電車が止まったの。それで怪我しちゃったんだけど、そこにいたお姉ちゃんが怪我を治してくれて……その後、なんか黒くて大きい変なのが来て、怖かったんだけど、お姉ちゃんがやっつけたの」
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