いくさびと

皆川大輔

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第四章「ゴースト」

「04ー004」

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 渚は元々データのバックアップを行うクラウドサービスの営業だった。技術畑ではないにしろ、客に問われれば答えなければならないため最低限の知識はあるはず。冗談はいいから、と無言で語る大翔に気圧されたのか、渚は「まぁ、訊いた話じゃ確か半年から一年くらいは残ってるもんだたはず」とぼやいた。無駄なプレッシャーを浴びせられたことに不満を覚えたのか、眉をひそめたまま「なんで?」と唇を尖らせる。そんな渚を気にも介さず、「それじゃ、もしかしたら」とだけ呟いた。

 ずっと置いてかれている渚はいよいよ我慢の限界が来たのか、口元をひくひくさせながら「だからどういうことなの」と語気を強めた。

「いやさ、さっきの話聞いて、思ったんだよ。あのときの乗客のバックアップから、外の映像とか抜き出せねーかなって」

「あー……」

 虚空を見つめながら渚が唸る。もうそこに映像は映し出されていないが、網膜の裏に残った微かな記憶を再生しているのだろう。その映像の中にあった電車の角度と、影が見えた箇所を重ね合わせたのか、空中で指を振りまきながら「ま、可能性はゼロじゃない……けど、薄くない?」と低く言った。

「薄い?」

「だってさ、車両からあの角度を見てる人の条件って、進行方向からみて右側に座っていて、わざわざ外の景色を見てるような人がいた場合でしょ? 秘境や絶景があるならともかく、町の間に架けられただけの橋から見える景色を、わざわざ見る人なんているかな?」

「そりゃ、一人くらいは……」

「そもそも、その人を探すときにどうやって乗客と接触するの? 記憶操作をした人にそれ関係の話するわけにもいかないし」

「そうだよなぁ」

 可能性はあっても、確証がなければ好き勝手に動くことができないのが組織に所属する人間の辛いところ。どうにか進展する方法を考えて思考を巡らせていたが、時間切れ。壁に掛けられたアナログ時計の鐘が鳴り、一時を知らせた。午後の診療開始の合図だ。

「あっ、それじゃ私戻るね!」

 微妙に残ったカレーを集めてかき込むと、焦りながら明日香は部屋をあとにした。その背中を見送ってから「内部に協力者がいるかもしれないってのも、動きにくいねぇ」と渚が呟く。

 全くその通り。もしこの懸念さえなければ、火急の用件として強引にデータを引っこ抜くことだってできたかもしれないが、事件と直面している面子くらいしか信用できない現状ではリスクが多すぎる。

「あーあ、幸運が転がってこねーかな」

 大翔はイライラをぶつけるように床を蹴り、くるくる椅子を回転させながら吐き出す。もちろん、こんな情けない愚痴を受け止めて正解を出してくれるような人がいるわけもなく、タバコの煙のように消え去ったのを確認してから「仕事すっか」とホログラムを起動した。空中に浮かぶのは、先程よりも二回り小さい長方形のスクリーン。映し出されているのは、日頃の外勤で破損した建物や記憶操作によって生じた被害の報告書。その一つ一つに目を通し、齟齬がないか確認するだけの作業――果てしない書類の山に、再びため息を溢さずにはいられなかった。


       ※


「なるほど、目撃者捜しか……」

 大翔たちとの会話内容を鏑木に伝えた第一声が、それだった。「やっぱり難しいですよね」と言葉を重ねながら明日香は午後イチに入っていた患者のために必要なカルテを机に並べる。

「まあ、難しいのは確かだね。こっそりやらなくちゃいけないし、しっかりやらなくちゃいけないし、じっくりやらなくちゃいけない」

「そうですよね……」

「ただ、可能性があるならなんでもやるべきだね。今夜にも少し大翔と相談してみるよ」

 多分、宝探しや化石発掘とかはこういう気分なのだろう。霧を掴むような作業を、薄氷を踏む思いで進めなければならない。一つ間違えれば、全てがパー。そういう毎日でありながら、別の仕事をしなければならない。今はまだまだ護衛という名のカカシでしかないが、この先いろいろな仕事を任されることになる。かかってこい、と腕まくりをする明日香に「まあ、気負う必要は無いよ。ゆっくり行こう。今はある程度防げてるんだ。勇み足になる必要は無いよ」と鏑木が優しい微笑みを向けた。

「わかりました……あっ」

 返事をしたその瞬間、カランコロンと扉の開いた音が院内に優しく響く。予約をした患者さんが来たのだろう、粗相がないよう背筋を伸ばした明日香の視界に、その患者が入り込んできた。

 視界に映ったのは、幼い小学生低学年だろう体躯の少女だ。成長を期待してのことかファッションかはわからないが、ほんの少し大きめの服装が愛らしさを感じさせる。一方で、手首に巻かれているスカーフのような布の端切れがファッションというにはあまりにもボロボロだ。

 変だな、と思うも一瞬。彼女の顔を視認したとき、明日香の体に衝撃が走った。

 ――どこかで、見た……?

 起動してあるシードからは、接触したなどという情報は表示されていない。しかし、元々の脳に保存されていたオリジナルの記憶が間違いなく会ったことがあると叫んでいる。

 近づいてくる度に疑念が増していく。

 そして、少女がようやく目の前まで来たころ。

「あ、雷のお姉ちゃん」

 少女の言葉で、疑念は確信に変わった。

 彼女は、桜花橋で起きた事件の被害者だ。
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