いくさびと

皆川大輔

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第三章「私の相棒」

「03-010」

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 体の小さいハクが相手。素早さも相まってただでさえ視認しにくいのに、自身の小回りが利かなくなることは自殺行為になるかもしれない。しかし、このまま避け続けながら思案するよりも、少しゆっくりして考えた方がよりよい結論を導き出せると思っての行動だった。

 そして、体を起こした明日香は周囲を見渡して、自分の決断が正しいことを理解する。

 ビルの内部は、つい最近まで使用していたのではないかと思われるくらいに机や椅子が置いてある。

数年使ったようなホワイトボードが放置されていたり、すっかり使われなくなっただろう寂れたスポットライト型の蛍光灯が放置されたままなど、妙なリアル感に溢れていた。その煩雑とした様相は、身を隠すにはちょうどいい塩梅に思える。

 駆け抜ける道すがら、唯一直立を保っていた可動式のスタッキングテーブルに指を這わせてみると、ざらざらとした感触が指から伝わってきた。

「これ……」

 指を確認すると、第一関節から先が白くなっている。毎日掃除をしてもなぜか部屋の隅にいる、アレ……埃だ。

「こんなところまで……細かっ」

 隅々まで作り込まれているこだわりの強さを感じつつ、こんなものまで再現しなくでいいでしょ、と呆れながら白くなった指先を眺めていると、ふと、一つの作戦が明日香の脳裏を過ぎった。

 子供が思いつくくらい幼稚な作戦。でも、間違いなく時間を稼ぐことができる――根拠のない確信を持った明日香は、思いつきそのままに踵を返すと、先程指を這わせた長机を一台持ち上げ、ハクへと投げつけた。

 当然、先程の雷と比べればより速度の遅い攻撃、ハクにひらりと回避されてしまう。

 ただ、これは想定内。

 身構えたまま行方を追うと、目標物を失った虚空を直進し続け、勢いそのまま天井に直撃した。

 攻撃が不発した、とハクも考えたのだろう。『そんなもので!』と意地の悪いほほえみを口に浮かべるが、「狙い通りだよ!」と明日香はその嘲笑を振り払った。

 一転して怪訝な表情に変えて『何を――』と呟くハクの頭上から、その答えが降ってくる。

 それは、この異様に作り込まれた世界であるが故に発生した埃だ。

 積もり積もった、という設定なのだろう。スポットライト型の電灯が、長机の当たった衝撃で激しく揺れ、まるで粉のように細かい雪が降り注いでいるようだった。文字通り、ダイヤモンドダスト――そんな美麗にさえ思える現象を引き起こした長机は、重力に則って落下し、先程までの自分と同じようの床に転がっていた他の机や椅子と衝突。更に埃を舞い上げ、結果として煙幕のような目くらましとなった。

 倒すためじゃない。倒すための作戦を練るための時間を稼ぐ作戦。子供だましかと思ったが、想定以上に上手くいったのだろう。ハクの『これはっ……!』と困惑した声が耳に届き作戦の成功を確信した明日香は、先程投げた最初の長机に身を隠した。

 素早く、戦闘経験においても一日の長があるだろう相手に攻撃を当てるためには、虚を突くしかない。

 そのためには、この埃まみれで視界が奪われている中で、開けた場所に出て対応するのか、それとも埃が晴れるのを待ち視界の確保を優先するのかを知る必要がある。息を殺していると、『小癪な!』などと独り言を放ってくれているお陰でハクの大体の位置と行動が予測できた。

 まだ留まっているようだ。更に『この煙が晴れた瞬間、其方を見つけ出して終わりぞ!』という言葉から、埃が晴れるのを待つということも読み取れる。また、〝見つけ出して〟ということはこの場から逃げていると考えているのだろう。追っていくことを前提にしていなければ出てこない言葉だ。

 ――隙を突くなら、ここしかないよね……。

 目を瞑り、次の作戦を考える。自分でも驚くほどのクリアな思考が頭の中を駆け巡り、次々と案を絞り出していった。

 今は、先程までの〝急に攻撃をされて逃げ回るしかなかった〟不利な状況ではない。

 前提として〝この場にいつつ〟、〝隙を突いて〟、〝一撃でとどめを刺せるような攻撃〟が必要だというパーツ条件がある。縛りだとも捉えられるが、何かの結論を出すために真っ新な白紙の状態からのスタートとある程度の条件があるとでは大きな差がある。

 しかも、その情報は自分の方だけが持っているという遙かに有利な状況だ。

 まるで物語の中の探偵が推理の過程でパズルのピースをつなぎ合わせるように、明日香は頭の中で全ての条件を並べて当てはめていった。

 そして、遂に一つの答えに辿り着く。

 ――よし……これなら!

 再び確かな自信を得た明日香は、身を隠していた長机を再び持ち上げ、窓があっただろう方向へ勢いよく投げつけた。

 ――作戦開始だ!

 パリン、と甲高いガラスの割れた音が、反撃の狼煙だった。


       ※


 ばりん、と窓がらすの割れた音が耳朶を打ち、不意に訪れた恐怖が全身の毛を逆立たせた。

 なにが、と思うも一瞬、この埃に乗じて外に出ようとしているのだろうと気づいたハクは『逃がすわけなかろう!』と音のした方向へ顔を向ける。
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