いくさびと

皆川大輔

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第三章「私の相棒」

「03-007」

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 どこからともなく聞こえてきた千枝の声曰く、ここは空想の世界。怪我を負っても実際には微かに痛みを感じる程度ということを聞いて安心したのも束の間、〝アレ〟に体を紙のように押しつぶされてからすっかり心は折れてしまった。

初めて味わった死の恐怖が、足をすくませる。しっかりしなくちゃ、なんて決意は所詮学生上がりの軟派な考えに過ぎない。こうして命のやりとりをして初めて、覚悟を決められるんだ、と理解しつつあった明日香は『どこ?』と無垢な子供のような少女の声に体を震わせた。

 アレの声だ――口元に手をやり、息を殺して体を縮める。この世界にある遮蔽物は廃ビルらしきもの一つ。気がつかずに、どこかへ行って、と願うも、現実、もといこの仮想空間は甘い世界ではなかった。

『見つけたぞ!』

 背後から聞こえた声に、再び体を震わせた。恐る恐る振り返ると、つぶらな瞳が明日香を覗き帰していた。

「――っ⁉」

 突然恐怖におののき、その場を飛び上がると、後方に直ぐ移動した。距離を取ったからといって有利になるわけではないが、姿を捉えた方がもし仮に動かれたときに対処が出来る、と直感しての行動だった。

 明日香の視線の先にいるそれは、30~40センチはあろうかという胴と10センチほどのしっぽをユラユラとさせながら浮いていた。それだけ見れば、純白な色も相まって風に晒されて靡く洗濯物のタオルと相違ないのだが、胴から生える短い四つの四肢とくりんとした目、そして耳がその存在を生物だと認識させた。

 一番近いのは……イタチだ。野山や屋根裏に棲み、時折人の目の前に顔を出す生き物と瓜二つ。ペットとしての需要がありそうなほど可愛いその姿は幼いころにはその飼育を母に検討してもらったあのイタチそのものだが、今、明日香の目の前で空中に浮いているそれは、とてもそんな庇護の対象になる存在ではないと確信を持てていた。

 それはなぜか。答えは単純で、その白いイタチは、小さな手で巨大な鎚を手に持っていたからだ。

 どういう理屈でそれを持っているかはわからない。ただ一つ確かなのは、あの鎚で殴られたが最後、体はアニメや漫画よろしくぺらぺらにされてしまうということだけ。体が潰される、という日常生活では一度も経験したことのない感覚で、挟んだ、という痛みの上位互換。すっかり恐怖を植え付けられてしまった明日香は「離れて!」と声を上げた。

『そんなこと言わうもんではないぞ? わらわは、其方から生まれたというのに』

 至って余裕そうに、見下していることがつぶらな瞳からでも伝わってくる。明日香はアイ変えあらず作動してくれないコネクトとやらに苛立ちながら「私から……?」と呟いた。

「無論。其方の心の中からイメージを借りてできたものが、この体なのですから」

 だからイタチの姿なのかと合点がいった反面、まだまだ謎しかない白イタチに「あなたは……何なの?」と問いかけてみた。

 突然現れ、突然襲いかかったときは、ただの攻撃プログラムがある敵くらいの認識しかしておらず、あの橋の上で戦ったようにコネクトを利用して倒す試験のようなもの、と考えていた。しかし、会話ができるとなれば話は別。なんとかして情報を引き出して乗り越えよう、という魂胆の基、明日香は「何が目的なの?」と質問を重ねた。

『目的かえ? 其方、そんなことも理解しないままこの空間にいるとは……ほとほと呆れるばかりじゃな』

「仕方ないじゃない……何も聞かされないまま、急に飛ばされちゃったんだから」

『違う違う。そのくらい察せ、ということじゃ。其方、先程何を学んだ?』

「何を学んだって……?」

『ヒロト、とかいう小僧から教えられたであろう。答えを探らず、自分で考えるように、と。其方、もうその心持ちを忘れたか。感銘を受けたとばかり思っていたのだがな』

 白イタチは、まるでさっき大翔達と交わした会話を全て聞いていて、感情まで読み取っているかのような口ぶりだった。全て言い当てられた上で呆れられたことに明日香は「今は考えるだけの要素がなさすぎるからあなたに聞いてるの」と口を尖らせた。

 白イタチは『むぅ……こんなのが妾の依代よりしろとは。不安は募るばかりだの』と呆れた様子で首を左右に振ると、ため息をつきながら『妾はハク。其方の〝繋魂きずなたま〟である』と言い切った。

「きずなたま……?」

『其方たち……こねくと? とかいう力を使っておるだろう? その力の基になっている存在である、と考えてよい』

「ど、どうういうこと?」

『其方たち、本来非力な人間が超常とも言える力を使うためには、妾たち繋魂が其方たちの体を〝依代よりしろ〟として使うことで、現実に空想の力を再現することを可能にしているということだ。ま、端的に言ってしまえば妾たちは〝えねるぎー〟といったところかの』

「エネルギー……」

『それで、この空間は妾たち繋魂と其方たち人とを繋ぐことを可能にするための、儀式を行う場としてあの小僧が用意した場所であるな』
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