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第三章「私の相棒」
「03-005」
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「あれ?」
違和感は、数十メートル先。これまで赤褐色のみだった色に、突然黒い何かが映し出されていた。
徐々にその黒は大きく、黒くなっていく。
もしかして、と空を見上げると、空からビルが降ってきていた。
「嘘っ――⁉」
逃げないと、と思うも、ここは作られたばかりの世界。何か体を隠せるような場所や物があるわけでもなく、何もしないよりはマシだろうとその場にしゃがみ込んで地面に顔を向け目を瞑り、耳を手で塞いだ。
手というフィルターでも防げない轟音が、衝撃と共に襲ってきた。砂だろう物質が巻き上げられ、体を襲う。「痛っ」と反射的に口から零れるが、実際にはそこまで刺激はない。チクチクと、植物の棘に刺されたような鈍い痛みがあるだけだった。
衝撃が収まったことを確認し、自らの息づかいが荒いことに気づけるくらいに静かになったところで明日香は目を開く。
眼前は、衝撃によって舞い上がった砂煙が広がっていた。徐々に煙が晴れ、ようやく落ちてきた建造物とやらが高層ビルであるということに気づく。ただ、現役で使用しているビルではなく、利用する人がいなくなって朽ちてしまった廃ビルのように汚らしい建造物だった。
荒野に、真っ青な空に、微かな雲と、汚いビル。あまりにもミスマッチで理解に苦しむ組み合わせに『アップロードが終了しました』という声を聞いた明日香は「一体何なの……」と呆れるしかなかった。
※
明日香が生気のない表情で虚空を見つめている。毎度、新人が入ってくる度に見る景色だが、こればかりは一向に慣れることはない。大丈夫かね、とそわそわしていた渚は「そういやアンタ、これ苦手だったねぃ」と茶化してくる千枝に「アレは誰だって嫌だろ」と口を尖らせるしかなかった。
「まあまあ。危害があるわけじゃないしぃ、大丈夫大丈夫」
そう言いながら千枝は、いたずらな笑顔でこめかみをとんとんと叩いてシードを起動させると「もしもし? 聞こえてるかな」と、仮想世界〝ハロウ〟に意識を飛ばされたであろう明日香に声をかけた。
同時に、ホログラム映像が空中に映し出される。一面の荒野に、真っ青な空に、廃ビルといつもの取り合わせに「相っ変わらず、趣味ワル」と愚痴を零すと、腹いせでもするかのように「そういや、渚はここに閉じ込められたとき半べそかいてたな」とこの世界の設計者である大翔がいたずらな笑顔を浮かべた。
「アンタラが悪いんだからね? 碌な説明もせず、いきなりこんな世界にほっぽり出されちゃかなわないでしょ」
「ま、これくらい怖い世界に飛び込むんだって先人からの警告だよ」
「ハイハイ」
これ以上話をしてもイライラが募るだけ。いたずら小僧たちからホログラムに視線を移すと「まあ、頑張って欲しいもんだ」と呟いた。
今、明日香がいるのは仮想世界〝ハロウ〟。仮想世界という文字通り、現実ではないが限りなく現実に近いデータ上の世界だ。
仕組みとしてはオンラインゲームのサーバーと近く、各々〝個人情報〟というアカウントを以て仮想世界にログインし、自分の体とほぼ同じアバターを動かすことで現実世界のシミュレーションを行うことができる空間となっている。
その中でもこのハロウは、大翔が案を出し千枝が完成させた、第七感覚特務課専用の訓練空間。ここで、コネクトを利用した戦い方を見つけていくことになる。
どういう戦闘スタイルで戦うのか、なにを武器にするのかを見つけ、自らの糧とする。ここをクリアできなければ、ムクロやシカバネと戦うことはできない言わば登竜門。多少苦労するだろうな、と眺めていると「さて、あとのことは津ノ森くんに任せて、僕たちも業務を始めよう」という鏑木の声で現実に戻された。
今日はどんな仕事が待っているのか、と身構えていると「まず、情報共有をしなくちゃだね」と鏑木はデータをシードに送信してきた。
受信したデータを開くと、数人の個人情報が開示された。
見覚えのある名前が並んでいる。先日、橋の上でシカバネとして暴れていた素体だ。全てのデータを並べて表示すると、やはり年齢性別職業や出身地まで千差万別。わざと違う条件の人間を集めたんじゃないかと言わんばかりの散らばりっぷりだ。
こうなると、もうそう言うもんだと割り切る方がいいかもしれない。
例えば、二十代男性が東京で行方不明になったら、その地域の警備を強化するのではなく、もう行方不明事件は発生しないものだと割り切って、他の地域に人員を割けば――。
「お察しの通り、このデータは先日、姫宮くんを含めた三人が対処してくれた橋の上で発生したシカバネの案件……〝桜花橋事件〟の被害者だ」
考えを張り巡らせていると、鏑木が改めてデータの説明を開始しようとしたが、大翔が「いーよ、どうせ何もわからなかったんだろ?」と横やりを入れられて続きの言葉が封じられた。呆れた様子で鏑木は「それならわざわざこんなかしこまらないさ」と言いながら鉛筆を持ち上げると「先日、技術班から報告があってね。ようやくまともな共通点が見つかった」と自信ありげに腕を組んだ。
違和感は、数十メートル先。これまで赤褐色のみだった色に、突然黒い何かが映し出されていた。
徐々にその黒は大きく、黒くなっていく。
もしかして、と空を見上げると、空からビルが降ってきていた。
「嘘っ――⁉」
逃げないと、と思うも、ここは作られたばかりの世界。何か体を隠せるような場所や物があるわけでもなく、何もしないよりはマシだろうとその場にしゃがみ込んで地面に顔を向け目を瞑り、耳を手で塞いだ。
手というフィルターでも防げない轟音が、衝撃と共に襲ってきた。砂だろう物質が巻き上げられ、体を襲う。「痛っ」と反射的に口から零れるが、実際にはそこまで刺激はない。チクチクと、植物の棘に刺されたような鈍い痛みがあるだけだった。
衝撃が収まったことを確認し、自らの息づかいが荒いことに気づけるくらいに静かになったところで明日香は目を開く。
眼前は、衝撃によって舞い上がった砂煙が広がっていた。徐々に煙が晴れ、ようやく落ちてきた建造物とやらが高層ビルであるということに気づく。ただ、現役で使用しているビルではなく、利用する人がいなくなって朽ちてしまった廃ビルのように汚らしい建造物だった。
荒野に、真っ青な空に、微かな雲と、汚いビル。あまりにもミスマッチで理解に苦しむ組み合わせに『アップロードが終了しました』という声を聞いた明日香は「一体何なの……」と呆れるしかなかった。
※
明日香が生気のない表情で虚空を見つめている。毎度、新人が入ってくる度に見る景色だが、こればかりは一向に慣れることはない。大丈夫かね、とそわそわしていた渚は「そういやアンタ、これ苦手だったねぃ」と茶化してくる千枝に「アレは誰だって嫌だろ」と口を尖らせるしかなかった。
「まあまあ。危害があるわけじゃないしぃ、大丈夫大丈夫」
そう言いながら千枝は、いたずらな笑顔でこめかみをとんとんと叩いてシードを起動させると「もしもし? 聞こえてるかな」と、仮想世界〝ハロウ〟に意識を飛ばされたであろう明日香に声をかけた。
同時に、ホログラム映像が空中に映し出される。一面の荒野に、真っ青な空に、廃ビルといつもの取り合わせに「相っ変わらず、趣味ワル」と愚痴を零すと、腹いせでもするかのように「そういや、渚はここに閉じ込められたとき半べそかいてたな」とこの世界の設計者である大翔がいたずらな笑顔を浮かべた。
「アンタラが悪いんだからね? 碌な説明もせず、いきなりこんな世界にほっぽり出されちゃかなわないでしょ」
「ま、これくらい怖い世界に飛び込むんだって先人からの警告だよ」
「ハイハイ」
これ以上話をしてもイライラが募るだけ。いたずら小僧たちからホログラムに視線を移すと「まあ、頑張って欲しいもんだ」と呟いた。
今、明日香がいるのは仮想世界〝ハロウ〟。仮想世界という文字通り、現実ではないが限りなく現実に近いデータ上の世界だ。
仕組みとしてはオンラインゲームのサーバーと近く、各々〝個人情報〟というアカウントを以て仮想世界にログインし、自分の体とほぼ同じアバターを動かすことで現実世界のシミュレーションを行うことができる空間となっている。
その中でもこのハロウは、大翔が案を出し千枝が完成させた、第七感覚特務課専用の訓練空間。ここで、コネクトを利用した戦い方を見つけていくことになる。
どういう戦闘スタイルで戦うのか、なにを武器にするのかを見つけ、自らの糧とする。ここをクリアできなければ、ムクロやシカバネと戦うことはできない言わば登竜門。多少苦労するだろうな、と眺めていると「さて、あとのことは津ノ森くんに任せて、僕たちも業務を始めよう」という鏑木の声で現実に戻された。
今日はどんな仕事が待っているのか、と身構えていると「まず、情報共有をしなくちゃだね」と鏑木はデータをシードに送信してきた。
受信したデータを開くと、数人の個人情報が開示された。
見覚えのある名前が並んでいる。先日、橋の上でシカバネとして暴れていた素体だ。全てのデータを並べて表示すると、やはり年齢性別職業や出身地まで千差万別。わざと違う条件の人間を集めたんじゃないかと言わんばかりの散らばりっぷりだ。
こうなると、もうそう言うもんだと割り切る方がいいかもしれない。
例えば、二十代男性が東京で行方不明になったら、その地域の警備を強化するのではなく、もう行方不明事件は発生しないものだと割り切って、他の地域に人員を割けば――。
「お察しの通り、このデータは先日、姫宮くんを含めた三人が対処してくれた橋の上で発生したシカバネの案件……〝桜花橋事件〟の被害者だ」
考えを張り巡らせていると、鏑木が改めてデータの説明を開始しようとしたが、大翔が「いーよ、どうせ何もわからなかったんだろ?」と横やりを入れられて続きの言葉が封じられた。呆れた様子で鏑木は「それならわざわざこんなかしこまらないさ」と言いながら鉛筆を持ち上げると「先日、技術班から報告があってね。ようやくまともな共通点が見つかった」と自信ありげに腕を組んだ。
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