いくさびと

皆川大輔

文字の大きさ
上 下
24 / 40
第三章「私の相棒」

「03-004」

しおりを挟む
「覚えはあるみたいだね」と千枝は笑みを浮かべて「お察しの通り、コネクトを使用すると、その使用者にちなんだ能力が使えるようになる」と言って、大翔と渚の方を指差した。

「あの無愛想なツンツン頭なら炎に、できる風だけど実はポンコツなあれなら氷に、ってね」

 千枝の背後で鬼の形相をしている二人が見え、「あはは……」と愛想笑いを浮かべるしかなかった。

「そんで、このコネクトを、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感と、第六感のその先にある存在って考え方で、生まれた呼び名が第七感……そこから、第七感を使うことに特化した集団だから、第七感覚特務課、ってこと。このコネクトは使える人が限られていて、アンタには適性があったから選ばれたってこと」

「な、なるほど」

「そんで、コネクトは……いや、ここまでにしよっか」と、説明に熱が入り始めた千枝は肩をすくめた。恐らく、急な説明で頭がパンクし罹っている自分に気づいてくれたのだろう。にたりと笑って「ま、もっと詳しいことは追々だね」と切り上げた。助かった、と思う反面、安堵している自分が情けなく思える。こんなんじゃダメだ、と思い「いや、まだ――」と指導の最速を促したが「まあ、気持ちはわからんでもないけどね。今はそんなことにエネルギーを注ぐべきじゃあない」と千枝の言葉に遮られた。

「そ、そんなこと?」

「もっとアンタは優先しなくちゃ行けないことがあるんだ」と言いながら、千枝は白衣のポケットを弄りながら近づいてくる。ジリジリと、天使のような顔をした少女が悪魔のような笑顔で近づいてきて――イタズラでもしようかという表情をする千枝に、思わず後ずさった明日香だが、そんなことお構いなしに千枝は「ま、簡単に言っちゃえば、習うより慣れろってこと」と言って、明日香の頬をその小さな両の手で撫でた。

 ――なにをしているんですか。

 そう口を開こうとした瞬間、明日香の視界は急に真っ暗になった。

 水平線の彼方まで光の見えない真っ暗闇。

 深海か、宇宙空間か、密室か、それとも瞼の裏なのか……記憶の中にある近い景色を思い起こしても、記憶にない。体験したことのない感覚に戸惑いながらも、辛うじて「じゃあ、行ってらっしゃい」という千枝の言葉が耳朶を打ったことで、あぁ、これは現実なんだ、ということだけを認識し、明日香の意識は途絶えた。


       ◇


 真っ暗な世界になってから、ほんの数十秒が経過したころ。突如、耳障りなアラームが鳴り響き、明日香の肌を粟立たせた。

 何が起きて、と混乱しかけるも『ファイルのダウンロードを完了しました』という聞き慣れた合成音声によって冷静さを取り戻した。普段は生気のない声にうんざりしているものだが、馴染みがあるというだけで安心感を抱かせてくれる。ほんの少しすっきりした頭で虚空を見つめていると、『〝仮想空間〟をアップロードしますか?』という質問と共に、楕円形で囲われたSTARTという文字が虚空に表示された。何が起きるのかはわからないが、幼いことには何も始まらないだろうな、と観念して明日香はそのボタンを押すと『アップロードが承認されました。これより、ファイル〝ハロウ〟のアップロードを開始します。。滞在者は、地形生成に飲まれないよう、その場を動かないでください』という言葉が暗闇を駆け抜けた。

 ――う、動くなって……⁉

 予想外の指示に、思わず明日香は体を凍らせる。この後何が起きるんだ、と何が起きても対処できるよう瞼だけは開いたままにしていた明日香は、眼前で行われた〝アップロード〟とやらに度肝を抜かれた。

 まず、最初の変化は足下だった。

 薄い赤褐色の見慣れた色が、自分を中心として円上に広がっていく。瞬く間に視界いっぱいに広がったそれから、見知った埃っぽい香りが鼻孔を突いた。ようやくそれが地面かも、と思いついた明日香は、しゃがみ、右の人差し指で押すようにして弄る。すると、指の軌跡状に線ができて、ようやくそれが地面であることを確信した。

「あれ……?」

 ここで、今度は妙に明るくなった景色に疑問を持ち、今度は上を見上げてみる。

 すると今度は、深い青が一面に広がっていた。

「これは……空、でいいのかな……?」

 宇宙が透けて見えるような深い青は、まさしく空のそれだった。一面の青、と言えば海の可能性もあるが、頭上にあるのだからそれは空なのだろう――触れて確認できれば、と手を伸ばしてみたが、もちろん届くはずもなく。遠くにうっすらとモクモクと柔らかそうな形をした白色――雲が見えて、ようやく見上げている物が空だと確信できた。

「世界が……作られてる?」

 夢うつつ、という表現が近いのだろう。十八年、もう少しで十九年になる人生で初めての感覚だった。数億年前、地球ができたときの追体験でもさせて貰っているのか、などといったことを考えながらぼんやりしていると『地形のデータの生成に成功、続いて、建造物の生成に移ります』という合成音声によって我に返らされた。

「建造物……?」

 先程までと同じように、気がつかない間に生成されるのだろう、と高をくくってじっとしていると、明日香はある違和感に気づいた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

未来から来た美女の俺

廣瀬純一
SF
未来から来た美女が未来の自分だった男の話

Z ~heaven of ideal world~

Cheeze Charlotte
SF
ごく普通の中学生の月影ユウはある日、突如家を訪ねてきた美少女に外へと連れ出される! 美少女に手を引かれるがままに走るユウ。その先に待っていたのは甘酸っぱい恋でも、二人での逃避行でもなく、人の形をした怪物「Z」との戦いの日々だった。 この日、美少女こと「雪奈カノ」とユウは、サバイバル生活を始めた。いつか怪物に脅かされない平和な世界が再び帰ってくることを信じて。 そして三年後、二人はロシア北東部まで逃げてきていた。世界全体で起きたこのパニックは人類の六割を失うきっかけにはなったが、人類はそこでいくつかの保全区画を建設することに成功した。 そのうちの一つがあるロシア北東部まで無事に逃げてきたユウとカノは、そこで「Z」の大群に襲われてしまう。 カノはユウを無事に保全区画に送り届けるため、その命を犠牲にした。 一人生き残ったユウは、保全区画内で独りを感じながら生きていたが、そこでも「Z」が現れる。 そこで出会った佳野ミチルと共に、彼は「Z」をめぐる哀しみが飛び交う世界へと踏み出してゆくこととなる............。

闇に飲まれた謎のメトロノーム

八戸三春
SF
[あらすじ:近未来の荒廃した都市、ノヴァシティ。特殊な能力を持つ人々が存在し、「エレメントホルダー」と呼ばれている。彼らは神のような組織によって管理されているが、組織には闇の部分が存在する。 主人公は記憶を失った少年で、ノヴァシティの片隅で孤独に暮らしていた。ある日、彼は自分の名前を求めて旅に出る。途中で彼は記憶を操作する能力を持つ少女、アリスと出会う。 アリスは「シンフォニア」と呼ばれる組織の一員であり、彼女の任務は特殊な能力を持つ人々を見つけ出し、組織に連れ戻すことだった。彼女は主人公に協力を求め、共に行動することを提案する。 旅の中で、主人公とアリスは組織の闇の部分や謎の指導者に迫る。彼らは他のエレメントホルダーたちと出会い、それぞれの過去や思いを知ることで、彼らの内面や苦悩に触れていく。 彼らは力を合わせて組織に立ち向かい、真実を追求していく。だが、組織との戦いの中で、主人公とアリスは道徳的なジレンマに直面する。正義と犠牲の間で葛藤しながら、彼らは自分たちの信念を貫こうとする。 ノヴァシティの外に広がる未知の領域や他の都市を探索しながら、彼らの旅はさらなる展開を迎える。新たな組織やキャラクターとの出会い、音楽の力や道具・技術の活用が物語に絡んでくる。 主人公とアリスは、組織との最終決戦に挑む。エレメントホルダーたちと共に立ち上がり、自身の運命と存在意義を見つけるために奮闘する。彼らの絆と信じる心が、世界を救う力となる。 キャラクターの掘り下げや世界の探索、道具や技術の紹介、モラルディレンマなどを盛り込んだ、読者を悲しみや感動、熱い展開に引き込む荒廃SF小説となる。]

グラディア(旧作)

壱元
SF
ネオン光る近未来大都市。人々にとっての第一の娯楽は安全なる剣闘:グラディアであった。 恩人の仇を討つ為、そして自らの夢を求めて一人の貧しい少年は恩人の弓を携えてグラディアのリーグで成り上がっていく。少年の行き着く先は天国か地獄か、それとも… ※本作は連載終了しました。

ガーディストベルセルク

ぱとり乙人
SF
正気を狂気に変えて、愛と憎悪で乗り越えろ。 人は今まで色んな資源やエネルギーを消費し続けてきた。このまま使い続ければ、いずれは使い果たしてしまう可能性さえ十分にあり得る。【エクトプラズム】という未知のエネルギーから開発された【ガイスト】。 金刃 乱(かねと おさむ)はとある出来事から【フィジカルポイント(身体能力超強化】という【ガイスト】を渡され、新生活を送る事となった。 しかし、これが彼の人生を大きく狂わせてしまう事になる。

どうやら世間ではウイルスが流行っているようです!!

うさ丸
SF
高校卒業を切っ掛けに、毒親との縁を断ちきり他県の田舎の山奥にある限界集落で新生活スローライフをスタートした。 順調だと思われた生活に異変が。都心で猛威を振るったウイルスが暴走、感染した人々が狂暴化し魔の手が迫って来る。逃げるべきか、それともこの場に留まるべきか。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

徒然話

冬目マコト
SF
短編のお話しです。

処理中です...