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第二章「雷のお姫様」
「02-012」
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「ま、俺にかかりゃこんなもんさ」
ちょっと荷物を運んだくらいの感覚で得意げに笑う大翔。呆気にとられている明日香をよそに、シカバネたちを見る。シカバネの一つ一つに手を振りまいて炎を飛び散らせると、たちまち全身を包み込んだ。
「捕食開始」
バキ、ボキと不穏な音を立てながら炎が激しく揺れる。数秒も経たずして、炎の中からはシカバネの元となった素体が顔を見せた。
対象を視界に捉えると、シードが解析を始める。結果は、これまでと同様情報はどの素体もバラバラだ。性別年齢立場はもちろん、失踪した日付や住まい、家族構成その他もろもろ、全てにおいて共通点はない。
「あ、あの……この人たちはいったい何? さっきのあの化け物から出てきたけど……」
「あり? 渚姉ちゃんから聞いてねーの?」
「空気抜きとムクロの説明は受けたけど……」
「あーそこで止まってんのか」
肝心なとこ説明してないじゃん、と心のなかで悪態をつきながら「こいつらはシカバネってやつ」と素体をひとつ持ち上げた。
「ムクロとは違う。突然、爆発して人じゃなくなっちまう。理性も知性もなくなって、俺やお前みたいな力を持つやつを襲う、まさに化け物さ」
大翔が持ち上げているのは全裸の成人男性。しかし、意識はなくまるで人形のようにだらんとしている。死んでいるのか心配になったのだろう明日香は「……生きてるの?」と訝しげに問いかけた。
「あぁ。時間はかかるが、治療すりゃ普通に生活できるようにはなる」
「そっか……」
それは良かった、と続けようとする明日香を遮って「ただ、記憶は全部パーさ」と大翔は言った。
「シカバネになっているときはもちろん、家族や友人、思い出とかの自然記憶の部分から、シードに記録されてる追加記憶領域のデータまでぜーんぶロスト。覚えてんのは呼吸の仕方くらいなもんだ」
「そんな……!」
「多分、こいつらは元々普通の人間だったんだろう。俺やアンタみたいなムクロでもなく、普通の生活をしていたが、誰かが改造した。そん時に恐らく全部消したんだろう」
「なんでそんなこと……」
明日香の言葉に頷き、許せねーよなと言いながら素体を地面に寝かせる。こめかみをとんとんと二度鳴らし、鏑木へ通信を飛ばした。
「鏑木のおっさん、こっちにも回収隊回してくれ。全部素体に戻したから人数はそんないらないと思う」
『了解、ご苦労さん』
「向こうの状況は?」
『無事鎮圧したと連絡があった。姫宮くんはそこにいるか? 喋れる状態なら繋いでくれ』
「へーい」
返事をすると明日香に向かってこめかみを叩けとジェスチャーを送る。怪訝な表情のまま起動したことを確認すると、個別通話を集団通話へ切り替えた。
『さて、姫宮くん』
突然届いた声に虚を突かれた明日香は体を震わせる。
「は、はい!」
『先程、車両の鎮圧に向かった永海から連絡があった。……君の迅速な対応がなければ、犠牲者が出ていたかもしれない、とのことだ』
犠牲者が出ていたかもしれない、ということは裏を返せば犠牲者はいなかったということになる。
「じゃあ……!」
『ああ、本当によくやってくれた。機密事項に関わるために表に出ることはないが、君の英断が、全乗客六十七人の命を救った』
「本当……ですか?」
泣き崩れる明日香。救助したあの子供や重症を負っていた患者のことを思い出し、緊張感から解き放たれたと、とでも言うだろう。まるでダムが決壊したように、涙が砂利を濡らす。
「良かった……本当に、良かった……!」
何度も、何度も繰り返す。
命の尊さを、噛みしめるように――。
※
しばらくして泣き止んだ明日香は、晴れ晴れとした表情で空を見上げていた。
体は既に無意識下では経験している。しかし、意識のはっきりしている状態での戦闘は初。肉体的に、というよりも精神的な疲れが明日香の心を支配していた。
ただ、そのぐったりとした状態でさえ心地良い。得も言えぬ達成感が身を包んでいるようだ。
「どうよ、今の気分は」
大翔がそう問いかけてやると、寝転びながら空を見上げていた明日香は「不謹慎かもしれないけれど」と前置きをしてから「悪くはないかも」と呟いた。
「はっ……やっぱお前、根っからのヒーロー気質だな」
明日香の返答を受けた大翔は、嬉しそうな表情で明日香のそばに座り込む。ふいー、と彼女と同じように地面に寝転ぶと「思った通りだ」と満足げに呟いた。
「……ヒーロー気質?」
ヒーロー。
釣られて不意に溢れたその言葉。何気ない一言であるにもかかわらず、重く心にのしかかる。心がドクンと跳ね上がり、沈殿していた感情が騒ぎ立て、体温が上昇すると共に無くしていた何かが蘇ってくる。
「あぁ。自分を省みない、他人の為を考えて行動する……そして、助けることに最高の喜びを感じる。簡単に言っちまえば、他人から尊敬される人間ってことさ」
徐々に、ゆっくりと、しかし、着実に。
「他人から尊敬、か……。そんなこと、これまでに一回もなかったな。……ね、私、なれるのかな? そんな……あなたみたいに」
ちょっと荷物を運んだくらいの感覚で得意げに笑う大翔。呆気にとられている明日香をよそに、シカバネたちを見る。シカバネの一つ一つに手を振りまいて炎を飛び散らせると、たちまち全身を包み込んだ。
「捕食開始」
バキ、ボキと不穏な音を立てながら炎が激しく揺れる。数秒も経たずして、炎の中からはシカバネの元となった素体が顔を見せた。
対象を視界に捉えると、シードが解析を始める。結果は、これまでと同様情報はどの素体もバラバラだ。性別年齢立場はもちろん、失踪した日付や住まい、家族構成その他もろもろ、全てにおいて共通点はない。
「あ、あの……この人たちはいったい何? さっきのあの化け物から出てきたけど……」
「あり? 渚姉ちゃんから聞いてねーの?」
「空気抜きとムクロの説明は受けたけど……」
「あーそこで止まってんのか」
肝心なとこ説明してないじゃん、と心のなかで悪態をつきながら「こいつらはシカバネってやつ」と素体をひとつ持ち上げた。
「ムクロとは違う。突然、爆発して人じゃなくなっちまう。理性も知性もなくなって、俺やお前みたいな力を持つやつを襲う、まさに化け物さ」
大翔が持ち上げているのは全裸の成人男性。しかし、意識はなくまるで人形のようにだらんとしている。死んでいるのか心配になったのだろう明日香は「……生きてるの?」と訝しげに問いかけた。
「あぁ。時間はかかるが、治療すりゃ普通に生活できるようにはなる」
「そっか……」
それは良かった、と続けようとする明日香を遮って「ただ、記憶は全部パーさ」と大翔は言った。
「シカバネになっているときはもちろん、家族や友人、思い出とかの自然記憶の部分から、シードに記録されてる追加記憶領域のデータまでぜーんぶロスト。覚えてんのは呼吸の仕方くらいなもんだ」
「そんな……!」
「多分、こいつらは元々普通の人間だったんだろう。俺やアンタみたいなムクロでもなく、普通の生活をしていたが、誰かが改造した。そん時に恐らく全部消したんだろう」
「なんでそんなこと……」
明日香の言葉に頷き、許せねーよなと言いながら素体を地面に寝かせる。こめかみをとんとんと二度鳴らし、鏑木へ通信を飛ばした。
「鏑木のおっさん、こっちにも回収隊回してくれ。全部素体に戻したから人数はそんないらないと思う」
『了解、ご苦労さん』
「向こうの状況は?」
『無事鎮圧したと連絡があった。姫宮くんはそこにいるか? 喋れる状態なら繋いでくれ』
「へーい」
返事をすると明日香に向かってこめかみを叩けとジェスチャーを送る。怪訝な表情のまま起動したことを確認すると、個別通話を集団通話へ切り替えた。
『さて、姫宮くん』
突然届いた声に虚を突かれた明日香は体を震わせる。
「は、はい!」
『先程、車両の鎮圧に向かった永海から連絡があった。……君の迅速な対応がなければ、犠牲者が出ていたかもしれない、とのことだ』
犠牲者が出ていたかもしれない、ということは裏を返せば犠牲者はいなかったということになる。
「じゃあ……!」
『ああ、本当によくやってくれた。機密事項に関わるために表に出ることはないが、君の英断が、全乗客六十七人の命を救った』
「本当……ですか?」
泣き崩れる明日香。救助したあの子供や重症を負っていた患者のことを思い出し、緊張感から解き放たれたと、とでも言うだろう。まるでダムが決壊したように、涙が砂利を濡らす。
「良かった……本当に、良かった……!」
何度も、何度も繰り返す。
命の尊さを、噛みしめるように――。
※
しばらくして泣き止んだ明日香は、晴れ晴れとした表情で空を見上げていた。
体は既に無意識下では経験している。しかし、意識のはっきりしている状態での戦闘は初。肉体的に、というよりも精神的な疲れが明日香の心を支配していた。
ただ、そのぐったりとした状態でさえ心地良い。得も言えぬ達成感が身を包んでいるようだ。
「どうよ、今の気分は」
大翔がそう問いかけてやると、寝転びながら空を見上げていた明日香は「不謹慎かもしれないけれど」と前置きをしてから「悪くはないかも」と呟いた。
「はっ……やっぱお前、根っからのヒーロー気質だな」
明日香の返答を受けた大翔は、嬉しそうな表情で明日香のそばに座り込む。ふいー、と彼女と同じように地面に寝転ぶと「思った通りだ」と満足げに呟いた。
「……ヒーロー気質?」
ヒーロー。
釣られて不意に溢れたその言葉。何気ない一言であるにもかかわらず、重く心にのしかかる。心がドクンと跳ね上がり、沈殿していた感情が騒ぎ立て、体温が上昇すると共に無くしていた何かが蘇ってくる。
「あぁ。自分を省みない、他人の為を考えて行動する……そして、助けることに最高の喜びを感じる。簡単に言っちまえば、他人から尊敬される人間ってことさ」
徐々に、ゆっくりと、しかし、着実に。
「他人から尊敬、か……。そんなこと、これまでに一回もなかったな。……ね、私、なれるのかな? そんな……あなたみたいに」
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