いくさびと

皆川大輔

文字の大きさ
上 下
18 / 40
第二章「雷のお姫様」

「02-011」

しおりを挟む
 逆に言ってしまえば〝行方不明になっている〟という点以外には共通点のないシカバネの素体達。
「治療管理人しました……っと。コレで終わりかー、残念」

 不満を漏らしながら渚は眼下の川を見た。

 ――ウーン、暴れ足りないなー。

 大翔のヤツを追ってやろうかとも思うも一瞬、だれがこの事故現場を救助隊員に伝えるんだという常識的な批判が頭の中でこだまして渚はその場に座り込むと「任務完了」と力なくため息混じりに呟いた。


       ※


 明日香は川の中で目を覚ました。上流とは違い、川の流れは比較的穏やかだ。流れに身を任せていたおかげで、足が川底に着くくらいの浅瀬にたどり着いている。明日香は残りの体力を振り絞って川を歩き、岸に這い上がった。

「はっ……はぁっ……!」

 息を吸うことすら苦しいと感じてしまうほどに疲弊していることに彼女は気づいた。また、経験したことのない倦怠感も疲労と同様、体中を包んでいる。

 ふと、明日香はある宇宙飛行士の話を思い出していた。

 日本人初のムーンウォーカー、笠見繁かさみしげるが番組の特集で、宇宙から地球へ帰ってきた人間は骨密度や体重、筋力の低下などから着陸しても自分自身の力で歩行することができないという話を自慢げに語っていた光景だ。内容こそ興味深いものではあったものの、その鼻につく自慢気なしゃべり方が不評をよび、視聴者の評価が低かったことを嫌に印象に残っている。

「宇宙帰りって、こんな感じなのかな……」

 明日香は呑気にそんなことを考えながら空を見上げた。ここ最近あまり見ることのなかった青空が広がっていて、太陽の光は燦々と照りつけている。

 久方ぶりに青空が顔を見せたというのに、体は上から下までびしょびしょ。

 ――何、やってんだろ。

 そんな気を落とした彼女の視界に、一人の少年が映り込んだ。

「なーに笑ってんだ。呑気によ」

 ――また、太陽の人だ。

 あっけらかんとした表情で明日香を覗き込む大翔。

 また、助けに来てくれた。

 その安堵感の一方、また迷惑をかけたという自責の念にかわれて「……ごめんなさい」と小さな後悔を口から零す。

「は? 何で謝ってんの」

「何の、役にも立ててなかったから……」

「バーカ、充分だよ。初めての戦い、コネクトの起動も初めてでここまでやれたら上等だ」

「そっか……」

 その言葉に明日香は心から安堵する。私は悪くないという免罪符が、あの列車内で見た残酷な光景を少し和らげる。

「そんで、こっからは俺の仕事」

 そう言葉を明日香に投げかけると、大翔は蛇の面を取り出した。明日香を取り囲んで盾となる炎の壁を形成する。

「ま、大人しくそこで見てな」

 狼狽える明日香に声を投げかけて安心させると、大翔は振り向いて川岸を見た。

 川から出て、群がるシカバネ。まるで蜜の甘美な香りに誘われた虫のようだな、と笑ってから、大翔は戦闘態勢をとった。

「一分かからないうちに終わらせてやっから」


       ※


 ――つっても、かなり使っちまったな……。

 大翔の視界に映るメーターは、すでに数十パーセントを切っていた。

 体力と同じように、大翔の使用する炎や渚の使用する氷には容量がある。一日でも間を空ければすぐに補填されるが、ここ一週間の重労働に加えて先日の一戦を経てきたこと、現場へ駆けつけるために自身と渚の身体能力を極限まで引き上げ続けたともなればこうした結果になることは至極当然だった。

「ま、こんだけあれば充分か」

 しかし、そんなジリ貧とも言える状況にもかかわらず大翔は笑みを浮かべると、狼の面を取りだした。

 次第に面は炎となり、やがて刀の形を生成する。視界の端のメーターから一パーセント数値が引かれた。

「よし、じゃあとっとと終わらせますか!」

 刀を握って、大翔は強く駆けだした。

 シカバネの群れが統率無く襲いかかってくる。知能が獣以下になっているそれらは一目散に、一直線に大翔の元へ突進していった。

 そんな猪のような群の中に潜り込むと、遠慮無く刀を振り抜く。

 一閃、また一閃――先日の明日香と戦ったときのように炎こそ出ないものの、振り抜く度にヒュン、ヒュンという風を切り裂く音を伴ってデカブツを淡々と処理していく。

 先頭を走っていた四体のシカバネは、胴体のところで真っ二つに両断された。

 次いで切り裂いた胴体の下半身を蹴り後方へ、上半身は殴りつけて前方の敵へと飛ばす。

 シカバネにとっては不意の攻撃。

 予想外の攻撃は例外なく、隙を生む。

 そして、ぴりぴりとした緊張感の中に僅かに生まれた隙間を、大翔は見逃さない。

 今度は一度だけ刀を振る。

 ビュン、というそれまでとは異なる明らかに力が込められた力強い風切り音が明日香の耳に届いた瞬間には、もう残りのシカバネの胴体は綺麗に頭から両断されていた。

「一丁上がり」

 そう言うと、大翔は息をふぅと一つ吐く。

 時間にして、僅か二七秒の出来事。

 もう安全だと判断した大翔は、明日香を壁となっていた蛇の面を解除する。

 炎の中から覗く彼女は、悪魔を見ているような、あるいは神を見ているような……とにかく人智を超えた何かを見たような、羨望の眼差しを送っていた。

「……す、すごい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

月の庭の格闘家【ピエロ】

雪銀海仁@自作絵&小説商業連載中
SF
 小さな天体、巨月【ラージムーン】。そこに存在するアストーリ国のアストーリ校では、格闘技が教えられていた。時折、地球から奇妙な姿の襲撃者が訪れていたが、大きな被害は出ていなかった。  22歳の教師シルバは襲撃者対策の夜勤をしつつ、12歳の女子ジュリアにカポエィラを教えていた。そんなある時、銀色姿の襲撃者が降ってくる。その正体はジュリアと同年代の少女で……。  ファンタジーな雰囲気と、現代日本で言うと小学生の年齢の女の子キャラは可愛く書けたのではと思っています。 【表紙は自作イラストです】

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

グラディア(旧作)

壱元
SF
ネオン光る近未来大都市。人々にとっての第一の娯楽は安全なる剣闘:グラディアであった。 恩人の仇を討つ為、そして自らの夢を求めて一人の貧しい少年は恩人の弓を携えてグラディアのリーグで成り上がっていく。少年の行き着く先は天国か地獄か、それとも… ※本作は連載終了しました。

狂気の姫君〜妾の娘だと虐げられますがぶっ飛んだ発想でざまぁしてやる話〜

abang
恋愛
国王の不貞で出来た、望まれぬ子であるアテ・マキシマは真っ白な肌に殆ど白髪に近いブロンドの毛先は何故かいつも淡い桃色に染まる。 美しい容姿に、頭脳明晰、魔法完璧、踊り子で戦闘民族であった母の血統でしなやかな体術はまるで舞のようである。 完璧なプリンセスに見える彼女は… ただちょっとだけ……クレイジー!?!? 「あぁこれ?妾の娘だとワインをかけられたの。ちょうど白より赤のドレスがいいなぁって思ってたから。え?なんではしたないの?じゃ、アンタ達もかぶってみる?結構いいよ。流行るかも。」 巷で噂のクレイジープリンセス、父もお手上げ。 教育以外を放置されて育った彼女は、常識の欠落が著しかった。 品行方正な妹はあの手この手でアテを貶めるが… 「シャーロット?いい子なんじゃない?」 快活な笑みで相手にもされずイライラするばかり。 貴族の常識!? 人間らしさ!? 「何言ってんのか、わかんない。アンタ。」 子供とお年寄りに弱くて、動物が好きなクレイジープリンセス。 そんな彼女に突然訪れる初恋とプリンセスとしての生き残りサバイバル。 「んーかいかんっ!」

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...