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第二章「雷のお姫様」
「02-011」
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逆に言ってしまえば〝行方不明になっている〟という点以外には共通点のないシカバネの素体達。
「治療管理人しました……っと。コレで終わりかー、残念」
不満を漏らしながら渚は眼下の川を見た。
――ウーン、暴れ足りないなー。
大翔のヤツを追ってやろうかとも思うも一瞬、だれがこの事故現場を救助隊員に伝えるんだという常識的な批判が頭の中でこだまして渚はその場に座り込むと「任務完了」と力なくため息混じりに呟いた。
※
明日香は川の中で目を覚ました。上流とは違い、川の流れは比較的穏やかだ。流れに身を任せていたおかげで、足が川底に着くくらいの浅瀬にたどり着いている。明日香は残りの体力を振り絞って川を歩き、岸に這い上がった。
「はっ……はぁっ……!」
息を吸うことすら苦しいと感じてしまうほどに疲弊していることに彼女は気づいた。また、経験したことのない倦怠感も疲労と同様、体中を包んでいる。
ふと、明日香はある宇宙飛行士の話を思い出していた。
日本人初のムーンウォーカー、笠見繁が番組の特集で、宇宙から地球へ帰ってきた人間は骨密度や体重、筋力の低下などから着陸しても自分自身の力で歩行することができないという話を自慢げに語っていた光景だ。内容こそ興味深いものではあったものの、その鼻につく自慢気なしゃべり方が不評をよび、視聴者の評価が低かったことを嫌に印象に残っている。
「宇宙帰りって、こんな感じなのかな……」
明日香は呑気にそんなことを考えながら空を見上げた。ここ最近あまり見ることのなかった青空が広がっていて、太陽の光は燦々と照りつけている。
久方ぶりに青空が顔を見せたというのに、体は上から下までびしょびしょ。
――何、やってんだろ。
そんな気を落とした彼女の視界に、一人の少年が映り込んだ。
「なーに笑ってんだ。呑気によ」
――また、太陽の人だ。
あっけらかんとした表情で明日香を覗き込む大翔。
また、助けに来てくれた。
その安堵感の一方、また迷惑をかけたという自責の念にかわれて「……ごめんなさい」と小さな後悔を口から零す。
「は? 何で謝ってんの」
「何の、役にも立ててなかったから……」
「バーカ、充分だよ。初めての戦い、コネクトの起動も初めてでここまでやれたら上等だ」
「そっか……」
その言葉に明日香は心から安堵する。私は悪くないという免罪符が、あの列車内で見た残酷な光景を少し和らげる。
「そんで、こっからは俺の仕事」
そう言葉を明日香に投げかけると、大翔は蛇の面を取り出した。明日香を取り囲んで盾となる炎の壁を形成する。
「ま、大人しくそこで見てな」
狼狽える明日香に声を投げかけて安心させると、大翔は振り向いて川岸を見た。
川から出て、群がるシカバネ。まるで蜜の甘美な香りに誘われた虫のようだな、と笑ってから、大翔は戦闘態勢をとった。
「一分かからないうちに終わらせてやっから」
※
――つっても、かなり使っちまったな……。
大翔の視界に映るメーターは、すでに数十パーセントを切っていた。
体力と同じように、大翔の使用する炎や渚の使用する氷には容量がある。一日でも間を空ければすぐに補填されるが、ここ一週間の重労働に加えて先日の一戦を経てきたこと、現場へ駆けつけるために自身と渚の身体能力を極限まで引き上げ続けたともなればこうした結果になることは至極当然だった。
「ま、こんだけあれば充分か」
しかし、そんなジリ貧とも言える状況にもかかわらず大翔は笑みを浮かべると、狼の面を取りだした。
次第に面は炎となり、やがて刀の形を生成する。視界の端のメーターから一パーセント数値が引かれた。
「よし、じゃあとっとと終わらせますか!」
刀を握って、大翔は強く駆けだした。
シカバネの群れが統率無く襲いかかってくる。知能が獣以下になっているそれらは一目散に、一直線に大翔の元へ突進していった。
そんな猪のような群の中に潜り込むと、遠慮無く刀を振り抜く。
一閃、また一閃――先日の明日香と戦ったときのように炎こそ出ないものの、振り抜く度にヒュン、ヒュンという風を切り裂く音を伴ってデカブツを淡々と処理していく。
先頭を走っていた四体のシカバネは、胴体のところで真っ二つに両断された。
次いで切り裂いた胴体の下半身を蹴り後方へ、上半身は殴りつけて前方の敵へと飛ばす。
シカバネにとっては不意の攻撃。
予想外の攻撃は例外なく、隙を生む。
そして、ぴりぴりとした緊張感の中に僅かに生まれた隙間を、大翔は見逃さない。
今度は一度だけ刀を振る。
ビュン、というそれまでとは異なる明らかに力が込められた力強い風切り音が明日香の耳に届いた瞬間には、もう残りのシカバネの胴体は綺麗に頭から両断されていた。
「一丁上がり」
そう言うと、大翔は息をふぅと一つ吐く。
時間にして、僅か二七秒の出来事。
もう安全だと判断した大翔は、明日香を壁となっていた蛇の面を解除する。
炎の中から覗く彼女は、悪魔を見ているような、あるいは神を見ているような……とにかく人智を超えた何かを見たような、羨望の眼差しを送っていた。
「……す、すごい」
「治療管理人しました……っと。コレで終わりかー、残念」
不満を漏らしながら渚は眼下の川を見た。
――ウーン、暴れ足りないなー。
大翔のヤツを追ってやろうかとも思うも一瞬、だれがこの事故現場を救助隊員に伝えるんだという常識的な批判が頭の中でこだまして渚はその場に座り込むと「任務完了」と力なくため息混じりに呟いた。
※
明日香は川の中で目を覚ました。上流とは違い、川の流れは比較的穏やかだ。流れに身を任せていたおかげで、足が川底に着くくらいの浅瀬にたどり着いている。明日香は残りの体力を振り絞って川を歩き、岸に這い上がった。
「はっ……はぁっ……!」
息を吸うことすら苦しいと感じてしまうほどに疲弊していることに彼女は気づいた。また、経験したことのない倦怠感も疲労と同様、体中を包んでいる。
ふと、明日香はある宇宙飛行士の話を思い出していた。
日本人初のムーンウォーカー、笠見繁が番組の特集で、宇宙から地球へ帰ってきた人間は骨密度や体重、筋力の低下などから着陸しても自分自身の力で歩行することができないという話を自慢げに語っていた光景だ。内容こそ興味深いものではあったものの、その鼻につく自慢気なしゃべり方が不評をよび、視聴者の評価が低かったことを嫌に印象に残っている。
「宇宙帰りって、こんな感じなのかな……」
明日香は呑気にそんなことを考えながら空を見上げた。ここ最近あまり見ることのなかった青空が広がっていて、太陽の光は燦々と照りつけている。
久方ぶりに青空が顔を見せたというのに、体は上から下までびしょびしょ。
――何、やってんだろ。
そんな気を落とした彼女の視界に、一人の少年が映り込んだ。
「なーに笑ってんだ。呑気によ」
――また、太陽の人だ。
あっけらかんとした表情で明日香を覗き込む大翔。
また、助けに来てくれた。
その安堵感の一方、また迷惑をかけたという自責の念にかわれて「……ごめんなさい」と小さな後悔を口から零す。
「は? 何で謝ってんの」
「何の、役にも立ててなかったから……」
「バーカ、充分だよ。初めての戦い、コネクトの起動も初めてでここまでやれたら上等だ」
「そっか……」
その言葉に明日香は心から安堵する。私は悪くないという免罪符が、あの列車内で見た残酷な光景を少し和らげる。
「そんで、こっからは俺の仕事」
そう言葉を明日香に投げかけると、大翔は蛇の面を取り出した。明日香を取り囲んで盾となる炎の壁を形成する。
「ま、大人しくそこで見てな」
狼狽える明日香に声を投げかけて安心させると、大翔は振り向いて川岸を見た。
川から出て、群がるシカバネ。まるで蜜の甘美な香りに誘われた虫のようだな、と笑ってから、大翔は戦闘態勢をとった。
「一分かからないうちに終わらせてやっから」
※
――つっても、かなり使っちまったな……。
大翔の視界に映るメーターは、すでに数十パーセントを切っていた。
体力と同じように、大翔の使用する炎や渚の使用する氷には容量がある。一日でも間を空ければすぐに補填されるが、ここ一週間の重労働に加えて先日の一戦を経てきたこと、現場へ駆けつけるために自身と渚の身体能力を極限まで引き上げ続けたともなればこうした結果になることは至極当然だった。
「ま、こんだけあれば充分か」
しかし、そんなジリ貧とも言える状況にもかかわらず大翔は笑みを浮かべると、狼の面を取りだした。
次第に面は炎となり、やがて刀の形を生成する。視界の端のメーターから一パーセント数値が引かれた。
「よし、じゃあとっとと終わらせますか!」
刀を握って、大翔は強く駆けだした。
シカバネの群れが統率無く襲いかかってくる。知能が獣以下になっているそれらは一目散に、一直線に大翔の元へ突進していった。
そんな猪のような群の中に潜り込むと、遠慮無く刀を振り抜く。
一閃、また一閃――先日の明日香と戦ったときのように炎こそ出ないものの、振り抜く度にヒュン、ヒュンという風を切り裂く音を伴ってデカブツを淡々と処理していく。
先頭を走っていた四体のシカバネは、胴体のところで真っ二つに両断された。
次いで切り裂いた胴体の下半身を蹴り後方へ、上半身は殴りつけて前方の敵へと飛ばす。
シカバネにとっては不意の攻撃。
予想外の攻撃は例外なく、隙を生む。
そして、ぴりぴりとした緊張感の中に僅かに生まれた隙間を、大翔は見逃さない。
今度は一度だけ刀を振る。
ビュン、というそれまでとは異なる明らかに力が込められた力強い風切り音が明日香の耳に届いた瞬間には、もう残りのシカバネの胴体は綺麗に頭から両断されていた。
「一丁上がり」
そう言うと、大翔は息をふぅと一つ吐く。
時間にして、僅か二七秒の出来事。
もう安全だと判断した大翔は、明日香を壁となっていた蛇の面を解除する。
炎の中から覗く彼女は、悪魔を見ているような、あるいは神を見ているような……とにかく人智を超えた何かを見たような、羨望の眼差しを送っていた。
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